巨大樹の頂上
バイローンの肉を食べて疲労が回復し、筋力が増加した俺たちはグングンと巨大樹が進む。
最早、下を眺めようとも地上が見えることはない。枝分かれた蔓や生い茂った葉っぱが見えるのみ。恐怖感はあまりなく、周囲を見渡すと青い空や白い雲が鮮明に見えている。
これほどまでに空を近く感じられることなど早々ないだろう。
風の流れる音だけが響いており、まるでここだけ別世界のようだった。
「頂上までもうすぐですわ」
「はい! 頂上に生えている巨大樹の実というのは、どんなものなのでしょう?」
ここまでくれば実際に見た方が早いのかもしれないが、やっぱり気になるものは気になる。
「巨大樹の栄養を一点に集められ、凝縮された木の実ですわ。美味しさについては、もうこの世のものとは思えないほどだそうで」
「一点というと、木の実は一つしかないのですか?」
「はい、一つだけです! その上、十年に一度しか実をつけないので、とても貴重な実なのですわ!」
「……それは責任重大ですね」
たった一つ、それに十年に一度しか採取できないとなると、失敗した時の責任が重いな。
再挑戦のできない一発勝負。必ず巨大樹の実を傷一つつけずに採取しなければいけない。
「大丈夫ですわ。シュウさん。頂上にはたくさんの葉が生い茂っており、ほぼ生き物が生息していないと聞いております。実の採取を阻む存在などいませんわ」
俺が不安に思っていると、フランリューレが自身満々にそのようなことを言う。
「フランリューレさん、そういうのをフラグというのですがご存知ですか?」
「ふ、ふらぐ? 新しい魔法か何かですの?」
問いかけると、フランリューレは小首を傾げた、
何のことかまったくわかっていないようだ。
「いや、そういうわけじゃないんですが、俺の今までの経験から頂上には魔物がいる気がするんです」
「感知スキルに反応が?」
「……今のところないですが」
念のために広範囲を調査しているが、魔物の反応は何もない。
何もないのだが、これまで数多くの危ない魔物に絡まれてきた俺だ。
このまま素直に巨大樹の実を採取させてくれるとは思えなかった。
またどうせ危険度Bを軽く超えてくるような、魔物が出てくるに違いない。
「ならば、きっと大丈夫ですわ! ほら、あそこで斜面が消えています! きっとあの先が頂上に違いありません! 行きましょう!」
スキルに反応がない以上は魔物の存在を証明することなどできないわけで、フランリューレに強く言うことはできない。
ただ嫌な予感だけはしていたので、念入りに警戒だけはしよう。
フランリューレの後を追いかけ、蔓の斜面を駆け上がる。
斜面が消えると、太い蔓が伸びており、そこから大きな葉っぱが伸びていた。
ここだけ地上の丘と変わらないと思えるほどになだらかな地形だ。
標高がかなり高いからか太陽がかなり近く感じ、日光がとても温かい。
「ここが巨大樹の頂上ですか?」
「話に聞いていた通りの地形ですわ!」
「巨大樹の実は、一体どこに――」
言葉を続けようとしたところで、芳醇な香りが漂っているのに気付いた。
いくつもの果物を混ぜ合わせ濃縮したかのようなフルーティーな香り。それでいて蜂蜜のように甘く、上品な香りが鼻孔をくすぐる。
香りが強くする方に視線を向けると、蔓の先端に薄黄色に輝く丸い木の実があった。
「とてもいい匂いですわ! は、早く食べてしまいましょう!」
「そ、そうですね!」
香りを嗅いだ瞬間から涎が溢れてしょうがない。
きっとあれが巨大樹の実だ。
俺たちの中の本能が、あの実を求めている。食べたくて仕方がない。
持ち帰るとかどうでもいい。今すぐにむしゃぶりつきたい。
本能に突き動かされた俺たちは、誘われるように巨大樹の実に向かって歩いていく。
【巨大樹の実 最高品質】
巨大樹の頂上に生る木の実。
巨大樹の栄養が一点に集められており、味が凝縮されている。
十年に一度しか実をつけない。
その強い香りには食欲を刺激する誘引効果があり、気を強く持たないと無意識で引き寄せられてし
まう。
食べると極上の味がし、誰であっても表情が緩んでしまう。
栄養素が豊富で、一口食べただけで一か月何も口にしなくても生きていけるほど。
すると、視界の中で文字列が並んだ。
大量の文字を邪魔だと思っていると、不意に一つの言葉に目が留まった。
――その強い香りには食欲を刺激する誘引効果があり、気を強く持たないと無意識で引き寄せられてしまう。
「おいおい! アルトリウス様から依頼されたものなのに、自分たちで食べようとか何考えてるんだ!」
ハッと正気に戻った俺は、つい先ほどまでの思考に突っ込む。
あれは採取して持ち帰る素材だ。自分たちだけで食べちゃダメだろう。
素材を見たら無意識に鑑定する癖があった良かった。お陰で何とか我に返ることができた。
誘引効果があると聞いていたけど、まさかこんなに強いものだとは思わなかった。
それにこういった素材の傍には、いつものように魔物がいるのが定番だ。
しっかり安全を確認せずに突っ込むとかあり得ない。
「フランリューレさん! 採取の前に安全確認ですよ!」
「離してください、シュウさん! わたくしはあの実を食べたいのです!」
フランリューレの肩を掴むが、彼女はすっかりと誘引されているのか意識がすっかりと実に向かっている。
口の端からはダラダラと涎が垂れており、凛としたフランリューレの姿は欠片もない。
なんだか乙女の見てはいけない表情を見てしまっている気がする。
誘引されている時は俺もあんなにだらしない顔をしていたのだろうか。
なんて考えている場合じゃない。
ひとまず、フランリューレを正気に戻さなければ。
「失礼します!」
「ひゃああああっ!」
無防備に歩き出すフランリューレの背中に、俺は氷魔法で作った氷を流し込んだ。
実に夢中になっていたフランリューレが、海老ぞりになって甲高い悲鳴を上げた。
フランリューレは制服をパタパタとはためかせて氷を排出すると、顔を赤くしながら抗議する。
「な、なにをするんですかシュウさん!?」
「正気に戻りましたか?」
「正気って……わたくしは常に――って、あれ? わたくしってば、いつの間にこんなところまで?」
「巨大樹の実に誘引され、一直線に向かって食べようとしていたんですよ」
「……そういえば、そんなことをしようとした気が! わたくしとしたことが、お父様から頼まれたものを食べようだなんて……!」
説明すると、フランリューレが思い出したように呟く。
元の状態に戻ってくれたようで良かった。
「とりあえず、涎を拭いてください。口元が大変なことになっていますから」
「ッ!?」
ハンカチを渡しながら指摘すると、フランリューレはすぐに受け取って口の周りを拭った。
「失礼しました。大変お見苦しいものをお見せいたしましたわ。ハンカチは屋敷に戻ってから新しいものをお渡しいたします」
別に洗ってくれればいいのだが、逆の立場になればそうしたくなるのも納得だった。
「シュウさん、魔物の気配はいかがです?」
ひとまず、落ち着いたところで魔石調査を発動。
頂上全域を索敵できるように魔力のソナーを放ってみる。
結果は反応なし。
「いないようですね」
「そのですか」
しかし、今までの経験からして絶対にいるんだよな。
「納得されていないご様子ですね?」
「ええ。今まで採取に行く度に予期せぬ魔物に絡まれたもので」
「たとえば、どのような?」
「レッドドラゴン、ドボルザーク、クラーケン、ゲイノースなどですね」
「どれも危険度Aを越えている化け物じゃありませんか。シュウさんが疑心暗鬼になる気持ちが少しだけわかったような気がしますわ」
今まで遭遇してきた魔物を聞いてギョッとしてるフランリューレ。
せめて、出現するかもしれないと言った前情報があれば、こっちだって対策するのにな。
モンモンハンターでも低確率でしか出現しない危険モンスターに遭遇していた。
この不運ばっかりは神様の力でもどうしようもないのかもな。
「ですが、今回は大丈夫ですわ。巨大樹の頂上に危険な魔物がいるといった調査報告は一度も上がってきていませんから」
「そうですか。なら、安全ですかね」
顔を見合わせて「あはは」と笑うと、そんな俺たちの周りで黒い羽が舞った。
新作はじめました!
『スキルツリーの解錠者~A級パーティーを追放されたので【解錠&施錠】を活かして、S級冒険者を目指す~』
https://ncode.syosetu.com/n2693io/
自信のスキルツリーを解錠してスキルを獲得したり、相手のスキルを施錠して無効化できたりしちゃう異世界冒険譚です。