天空魚を捕まえろ
200話達成です!
「はっ!」
程なくすると、気絶していたフランリューレが飛び起きた。
それから慌てて周囲を見渡すと、先ほどの出来事を思い出すかのように呟いた。
「わ、わたくし……ゴムの葉に乗って跳躍を……」
「緊急時だったとはいえ、少々乱暴な移動法になってしまってすみません」
「いえ、元はといえば、わたくしの不注意が原因でしたのでシュウさんが謝罪する必要はありませんわ。シュウさんが助けてくださらなければ、パニックで何もできずに落下していましたので。助けて
いただき、ありがとうございますわ」
頭を下げて礼を言ってくれるフランリューレ。
結構、トラウマのような体験を強いるようなことになったが怒ってはいないようだ。
良かった。
「いえいえ、フランリューレさんを守るのが俺の役目ですから」
「…………」
「フランリューレさん? 大丈夫ですか? 顔も赤いようですし、やはり体調が良くないのですか?」
フランリューレが顔を赤くしながらボーッとした顔をしている。
「い、いえ、なんでもありませんわ! オホホ!」
心配になって問いかけると、フランリューレはハッと我に返って微笑んだ。
「これは心理学の教授が言っていた、吊り橋効果とやらですわ! 断じてそういう感情では……」
胸を抑えながらブツブツと小声で何かを呟くフランリューレ。
あれだけスリル満載の跳躍をしたんだ。まだ呼吸が落ち着いていないのかもしれない。
彼女が万全の状態になるまでもう少し待つことにしよう。
「お待たせいたしました。もう大丈夫ですわ。先に進みましょう」
「わかりました」
水分補給や軽食を食べながら待機していると、フランリューレはすっかりと落ち着いたようだ。
体調が万全になったところで俺たちは蔓を登って進んでいくことにする。
ただその中で気になるのは、フランリューレが挙動不審なところだ。
ジーッと俺を見ているので、用があるのかと思って振り返るとスッと視線を逸らすのだ。
一回や二回であれば気のせいということもあるが、五回、六回と繰り返されると気になってしまう。
「どうかされましたか?」
「な、なんでもありませんわ」
気になって思わず問いかけてみると、そのような返答がくる。
「そうですか」
そのように答えられると、こちらとしてはそれ以上問いかけることはできない。
歩み自体は普通だし、怒っている様子もないので問題ないだろう。
フランリューレの奇行を気にしないことにして、俺は前を歩くことにした。
巨大樹の道のりはゴムの葉でショートカットしてきたせいか、植生ががらりと変わっている。
蔓は大木のように太く、螺旋を描くように生えていた。
まるで巨大樹の蔓が上へ上へと誘っているように思える。
高いところにきたせいか、少しだけ空気が肌寒い。
時折、風が強くようになって、細い蔓なんかは風に煽られて揺れるのがちょっと怖いな。
「そろそろ天空魚は見つかりますかね?」
「あ、はい。そろそろ七百メートルなので天空魚が見つかる頃かと思いますわ」
「天空魚とはどのような魚なんですか?」
「名前の通り、空を自在に泳ぎ回る魚ですわ。群れで行動し、巨大樹の周囲で発生している気流に乗って常に移動しています。噂をすれば、見えましたわ! あれが天空魚です!」
フランリューレの説明を聞いて、ちょうど天空魚が現れたらしい。
彼女の指先を視線で追うと、そこには青い魚の群れが見えた。
【天空魚】
巨大樹周辺の上空に生息している、空を泳ぐ魚。
体調四十センチほど。翼を広げると、横幅は七十センチを超える。
厳密には翼膜で気流に乗ることで空を移動しており、直接飛べる距離は五百メートル。
群れで空遊する習性を持ち、速さは時速百キロ。
塩焼きやタタキにしても美味しく、魚卵も美味。優秀な出汁にもなる。
鑑定してみると、天空魚だった。
海の中でもないのに魚が優美に空を泳ぎ回っている。
その姿は非現実的でありながら、非常に幻想的でとても綺麗だ。
太陽の光を浴びて銀色のお腹や翼がキラキラと輝いている。
「あれが天空魚! 綺麗ですね!」
天空魚を眺めながら思わずそんな感想が漏れた。
群れ全体が一塊になって動いており、一匹たりとも逸れる様子はなかった。
「ところで、あれはどうやって捕まえればいいのでしょう?」
「過去の捕獲例では、近くまでやってきたところを虫捕り網で捕まえたり、釣り竿で一匹ずつ釣り上げたそうですわ」
尋ねると、フランリューレがマジックバッグから虫捕り網と釣り竿を出しながら言った。
「その時はどれだけ捕獲できたのです?」
「……三日ほど粘って四匹だそうです」
だろうな。不可能ではないかもしれないが、さすがに難易度が高すぎる。
それを実行するには並々ならぬ身体能力と精神力が必要とされそうだ。
視界では天空魚がすごい速度で移動している。
虫捕り網を持って待ち構えたとしても、とてもではないが捕らえられる気がしない。
「天空魚は意味もなく回遊しているのではなく、巨大樹に生えている空豆を餌としていますわ。ここで網を持って待ち構えれば、一匹くらいはっ……!」
そう言って空豆の近くで待ち構えていたが、天空魚は綺麗にフランリューレを避けて餌だけを食べて通り過ぎた。
「虫捕り網ではなく、網を投げてみるのはどうでしょう?」
「名案ですわ!」
投擲網を取り出しながら言うと、フランリューレが目を輝かせて頷いた。
再び自生している空豆の傍で陣取って、天空魚がやってくるのを待つ。
ジーッと待っていると、天空魚の群れは旋回して再びこちらにやってきた。
天空魚を惹きつけると、避けようとするギリギリの距離で網を広げて投げた。
「獲れた!」
広範囲に広がった投擲網はしっかりと天空魚の群れを捕らえた。
しかし、次の瞬間には天空魚が突き抜けて、投擲網が落下してしまう。
「ああっ!?」
日光に反射しているのは天空魚の鋭い翼とヒレ。
「破かれてしまいましたわ」
どうやら鋭い翼とヒレで投擲網を切り裂かれてしまったようだ。
「とはいえ、群れで移動している天空魚に投擲網という手段は悪くないように思えますね」
問題は網を投げても、鋭く尖ったヒレや翼で切り裂かれてしまうこと。
それさえ解決できれば、一度でたくさんの天空魚を捕まえることができる。
「わたくしの雷魔法で痺れさせましょうか?」
「……いえ、天空魚はかなり防御力が低いのでやめておいた方がよさそうです」
電流によるショック漁はどうかと思ったが、鑑定によると天空魚は飛ぶことに特化したせいでかなり防御力が低いらしい。加えて電撃や熱にも弱いらしく、電撃を浴びせようものなら、焼け焦げて死
んでしまう確率が高いようだ。
「無力化させるには、できるだけ傷をつけない方法が望ましいでしょう」
氷魔法で凍らせる方法もあるが、凍らせて氷塊にしてしまうと地上に急降下してしまいそうで回収が難しそうだ。できれば、それは最終手段としたい。
何かもっといい方法がないものか。
俺とフランリューレは腕を組んで考え込む。
「うーん、わたくしの魔法にはそのような便利なものはありませんわ」
魔法が無理ならば何か別の道具で……と考えたところで閃いた。
「あっ! 魔法じゃないですけど、便利なアイテムがあります!」
「本当ですか?」
マジックバッグから取り出したのは、ルミアが作ってくれた音光球。
破裂させると閃光と轟音をまき散らすことのできるアイテムで、かつてはグランテル付近で現れたレッドドラゴンに対しても非常に効果的だった。
レッドドラゴンの意識を奪うことはできなかったが、天空魚であれば意識を奪うことはできるかもしれない。
「俺が投げたらフランリューレさんは、落ちてくる天空魚めがけて投擲網を投げてください」
「わかりましたわ!」
音光球の効果を説明し、彼女に防音対策として耳栓を渡す。
閃光対策にはブラックアントルの遮光眼を加工して作ったサングラスを。
二人してかなり怪しい見た目になったが、これで音光球が間近で炸裂しようが俺たちは問題ない。
耳栓とサングラスを装着すると俺は音光球を構え、フランリューレは投擲網を手にして構える。
しばらく待っていると、天空魚が再び旋回してこちらにやってきた。
天空魚たちはさっきよりもヒレや翼を目いっぱい広げてやってくる。
度々食事の邪魔してくる俺たちに腹を立てているのかもしれない。
このままだと俺とフランリューレの身体は切り裂かれることになる。
しかし、俺たちは恐れることなく作戦通り天空魚を引きつける。
そして、天空魚の群れが下降してきて正面になったタイミングで、俺はアイテムを放り投げた。
「音光球!」
飛んでいった音光球は先頭を泳いでいる天空魚の額にコツリと当たった。
その衝撃で球が弾けると同時に閃光が広がり、遅れて爆音が轟いた。
サングラスで膨大な光に守られながら、視界では意識を失った天空魚たちが落下していくのが見えた。
「フランリューレさん!」
「はいですわ!」
段取り通り、フランリューレが投擲網を投げる。
空中でぶわりと広がる。
気流が乱れる中でも綺麗に網が広がっているのは、フランリューレが風魔法を併用しているためだろう。
大きな網は落下していく天空魚の群れを一気に受け止めた。
「やりました――わわわ! 重いです! 助けてくださいなシュウさん!」
風魔法を使って天空魚の入った網を引き寄せようとするが、あまりに大漁なために魔法で引き上げることが難しいらしい。
俺は慌てて風魔法を発動し、網の下に気流を発生させることで引き上げを手伝う。
ドスンッと俺たちの前に天空魚の入った網が置かれた。
ホッと一息つけるようになると、俺たちはサングラスと耳栓を外した。
「想像以上の光と音でしたわ」
「サフィーさんのお弟子さんが作ってくれたアイテムなんですよ」
「錬金術師というのは魔道具だけでなく、このような便利な道具も作り出すことができるのですね」
感心したような顔を浮かべるフランリューレ。
別に俺が作ったわけでもないが、贔屓にしている店の商品が褒められると常連としては嬉しいものだ。
作ってくれたルミアには感謝だ。帰ったら改めてお礼を言っておかないとな。
「これで天空魚もゲットですね」
「はい。シュウさんのお陰で鮮度も抜群ですわ」
網の中には今もピクピクと体を震わせている天空魚がいた。
網から取り出して手に取ってみる。
「軽いですね!」
体長は四十センチほどあるはずだが、かなり軽い。
「天空魚は空を飛ぶために進化してきた魚なので、鳥類のように体が軽いのだそうですわ」
なるほど。確かに鳥なんかも体が軽いし、臓器も少ないって聞いたことがある。
それと同じような進化を天空魚もたどったのだろう。
遠目から見ることしかできなかったが、近くで見るともっと綺麗だな。
真っ青な背中に白いお腹。体表の半分が青色になっているのは、空の色に紛れるためなのかもしれない。
頭から尻尾までシャープな体つきをしている。迂闊に触れると皮膚を切ってしまいそうなほどだ。
「翼が綺麗だ」
大きな翼を広げてみると、細い骨に透明な膜がついている。
とても透明度が高く、奥の背景が透けて見えるほど。
この翼やヒレを使って空を飛んでいたのか。すごいな。
「大量に獲れましたがどういたしましょう?」
じっくりとした観察を終えると、俺はフランリューレに尋ねる。
網の中にいる天空魚は軽く五百匹以上いる。このすべてを捕獲してしまっていいのだろうか?
「そうですわね。これだけ大量に獲ってしまうと影響が予測できないので、百匹ほどにしておきましょう」
「わかりました。ちょうど仮死状態になっている個体が百匹ほどいるので、すぐに収納できそうです」
鑑定してみると仮死状態になっている個体がおり、そのままマジックバッグに収納することができた。お陰でいちいち締める手間が省けて助かった。
仮死状態になっている天空魚を百匹ほど収納すると、軽く水をかけて覚醒を促す。
網を解いてやると、天空魚たちはそのまま空へと飛び立っていった。
空に魚を放流するというのも不思議な気分だったが、これはこれで綺麗な光景だな。
「さて、アルトリウス様に頼まれた食材は残り一つですね」
「はい! 後は頂上を目指すのみですわ!」
頂上にあるという巨大樹の実。どんなものか楽しみだ。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。