草原で昼食
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料理を並べると、俺たちはいそいそと座り直す。
「飲み物はわたくしが用意いたしますわ」
フランリューレはそう言うと、マジックバッグからシュワシュワ水の入った樽を取り出した。
グラスに注いでくれるのだろうと見守っていると、彼女は樽を開けて七色をした丸い実をグッと握り込んだ。
一粒の果汁が垂れると、無臭だったシュワシュワ水がフルーティーな香りを放ち始めた。
「なるほど! 濃縮果汁の実を加えることによってフルーティーなものにしたのですね!」
「当たりです! ただの水でもかなり美味しくなるので、シュワシュワ水でもイケるはずですわ!」
にっこりと微笑みながらシュワシュワ水の入ったグラスを受け取る。
色合いはほとんど変わっていないが漂う香りで別物だとわかる。
「では、いただきましょう」
グラスを合わせて乾杯をすると、そのままシュワシュワ水を飲んだ。
すると、口の中で広がるフルーティーな香り。
ミックスジュースのような様々な果物の果汁が押し寄せてくる。
やや甘みが強いように感じるが、その後にやってくる微炭酸の刺激が甘さを綺麗に洗い流してくれた。
「うん、美味しい!」
「シュワシュワ水の爽快さとフルーツの甘さがいいですわね!」
まさに清涼飲料だが、変な甘さがないので実に飲みやすかった。
これなら食事の邪魔をすることは一切ない。
「では、温かいうちに豚薔薇から」
お皿に盛り付けた豚薔薇。千切って分解してしまったが、フランリューレの手によって薔薇のようになっていて見た目が華やかだ。
崩すのを惜しく思うが食欲には抗えない。
そっとナイフで切り分けて、フォークで口に運んだ。
豚肉の脂の旨みが口の中で溶け合う最中に、ガリッと噛み砕いたスパイシーの実の香りが一気に広がる。
「美味しい!」
「オリーブウオイルを使っているお陰で風味も豊かですわね」
植物性の脂と植物性の肉だからか、相性がとてもいいのかもしれない。
料理のことは詳しいわけじゃないから厳密にはわからないけど、グランテルに戻ったらバンデルさんに聞いてみよう。
「肉にまったく臭みはありませんね」
「植物性のため野生の肉よりも雑味がなくヘルシーなのです。普通のお肉を食べるよりも太りにくいこともあり、ダイエットに効果的ですわ」
「それは女性にかなり人気が出そうですね!」
「……はい、おっしゃる通り大人気となりまして、元々自生していた区域では採取され過ぎて絶滅しそうになりましたわ」
豚薔薇がここで保護されている理由を聞いて納得してしまった。
これだけの味と食べ応えがあって、カロリーが低いなんて夢のような食材だ。
そんなものが野生に生えていたら、採り尽くされるのも無理ないかもしれない。
お土産にちょっと持って帰ろうかなと思っていたけど怖いな。
などと思いながら付け合わせの枝キノコを食べる。
ポキポキと非常に食べ応えのある食感。でも、味はしっかりとキノコだ。
そこに豚薔薇の肉汁が吸収されていて、実に美味しい。
見た目は完全に枝だけど、これはこれで面白い。
豚薔薇を食べ終わると、次に草海老の素揚げだ。
熱を通されることによってすっかり赤く染まっている。
この色を見ると、しっかりと海老だと認識できるな。
そのまま手で摘んでパクリと口の中へ。
歯を突き立てると殻の割れる小気味のいい音が響いた。
「あっ! 普通に海老ですね!」
「ほのかな塩味とマッチしていて美味しいですわ」
突出した味や癖はないが、とても安定感のある味だ。
後ろ脚が発達しているため、揚げるととてもカリカリとしており美味しい。
スパイシー樹皮も同様にスナック感覚で美味しく食べられる。
濃くなった口の中をシュワシュワ水で洗い流すと、フランリューレが用意してくれた枝豆を食べる。
茹でられて柔らかくなった枝を開くと、中には緑色の豆が詰まっている。
一般的な枝豆と似ているようで、見た目が全然違うので面白い。
優しい豆の甘みと塩の旨みがマッチしている。
「お酒が呑みたくなります」
「ですわね」
しかし、今は食材の採取中なのでお酒を呑むことはできない。
その楽しみは依頼が終わった後のお楽しみにしておこう。
枝豆を食べ終わるとベジタブルドライフラワーをつまむ。
味見していなかったレンコン、さつまいも、キャベツも実に甘みが凝縮されていて美味しい。
一枚分の花弁を食べるだけで一日に必要な野菜の栄養分を確保できるというのだから、とても優秀な食材だ。
長期間の旅などで十分な栄養を確保するのが難しい時などに重宝するだろう。
「最後はデザートの水梨ですわ!」
途中からお腹がいっぱいになってしまい、あまり料理に手を伸ばしていないフランリューレだったがデザートは別腹らしい。
水に浸されている水梨を持ち上げる。
「うわっ! 柔らかい!」
梨のような見た目をしているが、表面はかなり柔らかい。
軽く掴んでみただけで指が埋没し、変形してしまっている。
柔らかい水風船を持ち上げているかのようだ。
「水梨はとても柔らかいので潰してしまわないように注意してくださいね」
フランリューレに注意されて、慌てて包み込むように持った。
どうやって食べるのだろうと思っていると、フランリューレはそのまま齧り付いていた。
ナイフなんて入れようものなら破裂し、中の果肉やら果汁が漏れることは間違いない。
俺もフランリューレを真似て、そのまま豪快に齧り付いた。
もちゃっとした柔らかい果肉が舌の上で溶け、口内に瑞々しい梨の味が広がった。
「柔らかくて瑞々しい!」
「やはり新鮮な水梨は違いますわ!」
驚嘆する中、フランリューレは頬に手を当ててうっとりとしていた。
ゼリーやプリンとも違う独特の柔らかさだ。
名前の通り、水分がかなり多いが味はしっかりとしている。
確かにこれはお腹がいっぱいでもいくらでも食べられるな。
フランリューレが嬉々として二個目に手を伸ばすのも納得だった。
「保護区の中でこんなにも豪勢な料理が食べられるとは思ってもいませんでしたわ!」
「気に入っていただけたようで何よりです」
手軽な男飯だが、満足してくれたようで何よりだ。
シートの上で大の字になって転がる。
仰向けになった俺を見て、フランリューレはクスリと笑いつつも、真似をするように隣で仰向けになった。
「このままお昼寝でもしちゃいますか?」
「依頼がなければ、そうしたいところなんですけどねー」
空気は澄んでいて美味しいし、天気もとてもいい。
ここで昼寝をしたら本当に最高だろうな。
「モオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
などとのんびりと考えていると、穏やかな草原に不釣り合いな咆哮が響いた。
内臓を揺さぶるような重低音に周囲にいた動物たちが逃げていき、木々に止まっていた野鳥たちが飛び立っていく。
「なんですの!?」
咆哮を耳にして、飛び起きるフランリューレと俺。
視線をやると、前方では真っ赤な体表をした大きな牛がいた。
高さは軽く六メートルを越えており、頭部からねじくれた角を生やしている。
「ここには魔物がやってこないのではなかったのですか?」
「本当に滅多なことがない限りやってこないはずなのですが。何年も私兵に調査をさせていますが、このようなことは年に一度か二度くらいで……」
「つまり、その低い確率に出くわしてしまったんでんすね」
「わたくしもビックリですわ」
草原にやってきた魔物を目にしてフランリューレも驚いている様子。
……もしかすると、俺のせいかもしれないな。
出会いたくもないのに予期せぬ場所、タイミングで不思議と魔物と遭遇してしまうのが俺だ。今回もいつものやつとしか思えなかった。
「ですが、不運でもありませんわ! あれはお父様が採取を依頼していたバイローンです!」
「本当ですか!?」
【バイローン 危険度B+】
真っ赤な体表にねじくれた角が特徴的な大型の魔物。
圧倒的な重量と破壊力を秘めており、その突進は大木すら易々と薙ぎ倒す。
怒りのボルテージが上がるごとに、筋力が硬質化していき増強する。
赤身なのにとても柔らかい肉質をしている。
通常の牛とは違った独特な甘みと食べ応えのある食感が特徴。
食べると疲れが吹き飛び、一時的に筋力が向上する。
鑑定してみると、フランリューレの言う通りバイローンだった。
「えっ! 食べると筋力が向上するんですか!?」
「はい、バイローンの肉は食べると三日間は筋力が向上するんですの」
今まで様々な食材を見てきたが、食べるだけで身体能力が上昇するものは初めてかもしれない。
未知なる食材を採取できることに心が躍る。
「あれは討伐してしまっても?」
「構いません! ただし、攻撃を加える度にバイローンは怒って筋力を頑強にします。そうすると、肉がドンドン固くなってしまいますので――」
「わかりました。一撃で終わらせます」
フランリューレの言わんとすることは理解した。
バイローンの肉を美味しくいただくためには、怒りのボルテージを上げる間もなく一撃で仕留めるのが一番だ。
「モオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
バイローンは俺たちを目視して咆哮を上げると、勢いよく突撃してきた。
直撃すれば巨大な角による串刺しは免れない。というか、掠りでもすれば圧倒的な質量によって吹き飛ばされるだろう。
しかし、不思議と怖くない。
もっと危険度の高い魔物を渡り合ってきたせいというのもあるが、単純な力比べは俺がもっとも得意とする領分だからだ。
保護区に入ってからは、その希少性のせいか無力化や手加減を求められる魔物がほとんどだった。
だけど、遠慮なく討伐していいのであれば、思いっきり魔法を放つまで。
「ブリザード」
俺はありったけの魔力を込めて、中級氷魔法を発動させた。
魔法陣から冷気の奔流が迸り、突進してきたバイローンを瞬時に凍てつかせた。
猛スピードで接近していたバイローンは完全に静止しており、氷像と化した。
「……と、とんでもない魔力ですわね。シュウさんの本気がここまでのものとは思いませんでした」
動かなくなったバイローンを見て、フランリューレが驚いている。
周囲は俺の魔法の余波で、広範囲で草花が凍り付いていた。
あちこちで氷の結晶が出来上がっており、ここだけ凍土のようになっている。
そういえば、レディオ火山の時もヴォルケノスを相手に手加減する必要があったし、フランリューレの前で遠慮なしに魔法を放つのは初めてだったかもしれない。
「細かい操作はそこまでですが、こういうのは得意なので」
怒る間もなく一撃で仕留めれば、バイローンの肉が硬質化することもない。
「これでBランクというのは少々詐欺なのではなくて?」
「俺は思う存分に採取をしたいだけど、ランクや戦闘力を上げることにそれほど興味はありませんから」
にっこりと微笑みながら告げた本心にフランリューレは頬をひきつらせるのだった。




