食材を調理
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』書籍13巻発売中。
豚薔薇を採取し終わると、俺は合流地点に戻ることにした。
本当はもっと採取に勤しみたかったけど、昼食の食材を集めるのが趣旨だし、ここで時間を浪費しては依頼に差し障るからね。
スパイシーの木に戻ると、そこには既にフランリューレがおり昼食のためにシートを敷いてくれていた。
「遅くなってすみません」
「大丈夫ですわ。わたくしもついさっき戻ったばかりですので」
どうやら彼女も戻ってきたばかりだったようだ。
夢中になって呼ばれるようなことにならなくてよかった。
「さあ、シュウさんも腰掛けてくださいな」
「失礼します」
靴を脱ぐと、フランリューレの敷いてくれたシートの上に腰を下ろした。
シートの上にはフランリューレの採取した食材らしきものが置かれてある。
「いっぱい採取してきましたね」
「はい! 右から濃縮果汁の実、枝キノコ、枝豆、水梨ですわ」
【濃縮果汁の実】
一粒垂らすだけで樽一杯分の水が濃密なフルーツジュースに変わるほどの甘みを持つ。
【枝キノコ】
ポキポキとした食感が特徴的なキノコ。
時間経過と共に枝先が伸びていき、繰り返し採取することが可能。
【枝豆】
枝キノコの傘の生っていない枝の中に詰まっている豆。
そのまま食べることもできるが、塩ゆでにするとより美味しくなる。
【水梨】
瑞々しい食感をした梨。とても実が柔らかく、果汁が豊富。
水辺に生っており、水分を失うと鮮度が著しく劣化する。
籠に載っている食材を順番に説明してくれるフランリューレ。
おお、さすがは女性だけあって食材のチョイスがオシャレだ。
真っ先にスパイシーなものに手を出した俺とは、採取した食材がまったく違う。
「シュウさんはどのような食材を採取されましたか?」
「俺はこんな感じです」
フランリューレに言われ、俺も自分が採取した食材の数々をシートの上に並べた。
スパイシー樹皮、スパイシーの実、草海老、ベジタブルドライフラワー、豚薔薇といった具合だ。
「そのまま食べるには不向きなものが多いですが……」
「大丈夫です。マジックバッグの中に調理器具も入れてありますから」
「なるほど! 採取したものを自分で調理する発想はありませんでしたわ!」
俺の言葉を聞いて、フランリューレが目から鱗とばかりに驚いた。
伯爵家の令嬢が自分で料理なんて普通はしないし、考えもしないよな。
こういう反応を見ると、彼女が生粋のお嬢様なのだと認識してしまう。
「採取した食材をその場で料理して食べるというのも、中々に楽しいものですよ」
その食材が自分で採取したものであれば格別だ。
「屋敷に戻ったら料理人に料理を教えてもらいますわ!」
そんな光景を想像したのか、フランリューレはキリッとした顔で決意を露わにした。
ただの貴族令嬢であれば勧めたりはしないが、彼女は将来も保護区での活動をしたいと願っている。だったら、たくましく生きる術を学んでおくのは損じゃないと思う。
「というわけで、少し調理をしますね」
「お手伝いしてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
マジックバッグから魔道コンロを、包丁、まな板といった数々の調理器具を取り出していく。
フランリューレにはスパイシーの樹皮を食べやすい大きさに切ってもらい、ベジタブルドライフラワーを皿に盛り付けてもらう。
その間に俺は鍋に水を入れて、お湯を沸かす。
その傍らにスパイシーの実をまな板の上に乗せて、乳鉢で砕く。
軽く口に含んでみると、鮮烈な香りが広がり、とても辛みが強かった。
舌が焼かれるようだ。
細かく砕かないとかなり刺激が強く出てしまい、食材の味が薄れてしまうだろう。
胡椒を音がしなくなるまで叩くと細かく砕けた証拠だ。
この状態で軽く口に含んでみると、香りや刺激は程よいくらいになった。
胡椒が出来上がると豚薔薇の花びらを千切る。
採取した時にはあまり気にしていなかったが、思っていた以上に肉厚だな。
これならしっかりとした食べ応えが得られるだろう。
豚薔薇肉を千切ると、砕いたスパイシーの実と塩を両面につけた。
もう一つの魔道コンロを用意すると、そこにフライパンを載せてオリーブウオイルを少し垂らす。
香り豊かなオイルの上に味付けをした豚薔薇肉を入れた。
ジュウウウッという音が鳴る。
豚薔薇肉の焼ける匂いやスパイシーの実の香ばしい匂いが合わさって実に暴力的だった。
「フランリューレさん、枝キノコをお借りしても?」
「…………」
「フランリューレさん?」
「え、ええ! どうぞですわ!」
再度尋ねると、フランリューレは慌てて枝キノコを差し出してきた。
口の端から滴りそうになっている涎は見なかったことにしよう。
枝キノコを受け取ると、ちょうどいい大きさにポキリと折ってフライパンに投入。
こうして炒めるだけで付け合わせとして美味しくなるだろう。
豚薔薇肉を焼いていると、最初に用意したコンロの鍋がボコボコと音を立てた。
沸騰している合図だ。
「沸騰したお湯に枝豆を入れて、軽く茹でてくれますか?」
「わかりましたわ!」
指示を出すと、フランリューレは枝の中から豆を剝き出してお湯に入れた。
料理初心者の彼女であるが、このくらいの単純な作業は淀みなくできるみたいで安心した。
世の中には初心者なのに、隠し味を入れようとしたり、色合いを気にして勝手に調味料を加えるような化け物がいるからね。彼女がそうじゃないようで良かった。
豚薔薇肉に焼き色がついたら、裏返して焼いていく。
両面にしっかりと焼き色がついたらフライパンからまな板に上げて落ち着かせる。
最後に包丁で表面についたスパイシーの実を払い落とせば……。
「豚薔薇のスパイシー焼きの完成!」
「とても美味しそうですわ!」
せっかくなので花の形にしてやると、見た目も華やかになった。
「枝豆の方はどうですか?」
「ばっちりですわ!」
フランリューレが用意した平皿には、ぷっくらとした緑色の豆が転がっていた。
ほくほくと白い湯気が上がっており、こちらも美味しそうだ。
「後は草海老を揚げるだけですね」
フライパンを下げて、油に入った小さな鍋を魔道コンロに乗せる。
「こちらの揚げ物にはオリーブウオイルを使わないのですか?」
「オリーブウオイルは揚げ物に使うには、少し上質過ぎるので普通の油にしておきました」
オリーブウオイルは、例えるなら前世でもあったエキストラバージンオイルのようなもの。
純度が高い高級品だ。
味や風味も強い上に温度も上がりにくいので、こういった揚げ物には向かないと言えるだろう。
「食材を扱うには、そのような点も気を付けないといけないのですね」
感心したようにフランリューレが眺める中、カゴの中に水を入れて草海老をジャブジャブと洗っておく。
菜箸を浸して油がいい温度に達したことを確かめると、水気をとった草海老を一気に油に投入。
そして、すぐに蓋をして閉じた。
ジュワワワワワッと油が弾けてボコボコと音が鳴るのが聞こえる。
それと共に蓋に何かがガツンガツンと当たる衝撃も。
日本酒があれば酔わせて大人しくすることができるのだけど、そんなものはないので強引だ。
元気に跳ねようが、こうして蓋をして閉じ込めてしまえば脱出される心配もない。
程なくして蓋への衝撃がなくなったので、おずおずと開けてみる。
すると、鍋の中には真っ赤に染まった草海老たちがいた。
「いい色合いですわ!」
「赤色になってくれてよかった」
バッタやイナゴも食べたことがあるし、食べられるのだが、やはり海老というからには赤くなってくれないとな。
泡が落ち着いたところで草海老をお皿に盛り付ける。
それを何度も繰り返せば、草海老の素揚げの完成だ。
「これで完成です!」
「では、いただきましょう」