オリーブウ
炭酸水は天然の炭酸ガスを含む水のことだ。
地殻変動により、天然ガスが地下水脈に入り込み、溶け込んだことで出来上がる。
この辺りにもきっとそういった地下水脈が存在するのだろう。
「なるほど。それはどちらに?」
「このまま真っすぐ進めば着きますわ。ただ、この辺りにはシュワシュワ水を好んでいる獰猛な魔物がいますので注意が必要です」
綺麗な水辺には多くの動物が集まるように、魅力的な炭酸水が湧き出る泉には、それを好む多くの魔物がいるようだ。
魔物が炭酸を好むっていうのはシュールだけど、おかしな話じゃないな。
「なるほど。道理で魔物がやってくるはずです」
なんて話していると、ちょうど俺たちの進路を阻むように魔物が三体現れた。
緑色の体表をした豚だ。
オークをそのまま四足歩行にしたようなイメージに近い。
猪のように鋭い牙こそ生えていないものの、頭部が異様に発達している。
勢いよく頭突きでもされようものなら質量と相まって、とんでもない威力を発揮するだろう。
「オリーブウですわ!」
「倒してしまっても?」
「ダメです! オリーブウはとても良質なオリーブオイルを採取することができますので殺さないでください!」
魔法の準備をし、臨戦態勢に入ろうとしたがフランリューレに止められる。
現れた魔物を殺すなと言われたことで気勢が一気に削がれてしまうが、ここは良質な食材、あるいは素材が採取できる希少な魔物を保護する場所だ。
さっきのカニカマキリが特別なだけで基本的に無駄な殺生は避けなければいけない。
「では、できるだけ傷つけずに無力化を狙います」
俺は氷魔法の威力をできるだけ最小限にしてフリーズを発動。
すると、こちらに突進しようとしていたオリーブウたちの足元が凍り付く。
しかし、それは一瞬だけですぐに割られてしまった。
「ちょっと弱すぎたかな?」
オリーブウが突進してくるが、さすがに勢いを削がれた状態なので俺もフランリューレも楽にステップで避けることができた。
「しょうがない。威力を弱めた風魔法をぶつけて吹き飛ばそう」
「あまりストレスを与えると採取するオリーブオイルの質が悪くなるので、できるだけ最小限でお願いしますわ」
「中々に無茶を言いますね!」
「申し訳ありません! ですが、食材のためなのです!」
素材の品質にうるさいクラウスでもここまでの無茶は言わないと思う。
だとすると、弱い魔法でじわじわと力を削るよりも、一気に無力化した方がいいか。
しかし、俺の魔法のレパートリーだと無力化に特化したものは少ない。
いや、別に魔法にこだわる必要はない。魔法で無力化するのが難しければ、道具に頼ればいいのだ。
こういう時にちょうどいいアイテムを俺はサフィーから貰った。
それはスライムの素材をより上質に効率良く採取するために開発された、スタンニードルだ。
マジックバッグからスタンニードルを取り出すと、俺はオリーブウに向けて鑑定を発動。
電流を流すことで全身を麻痺させることができる箇所を探る。
すると、視界に見えるオリーブウの右腹部、腹中央、首左といった箇所に赤い点が見えた。
どうやらそこにスタンニードルを打ち込めば、無力化できるようだ。
「フランリューレさん、オリーブウたちの意識を少し逸らせますか?」
「お任せください!」
俺が安全に近づくための陽動をフランリューレに頼む。
再びこちらに突進しようとしているオリーブウにフランリューレは杖を突き出した。
「アースクラッシュ」
オリーブウたちの目の前に土塊を出現させると、それを粉砕。
飛び散る土がオリーブウたちの視界を遮り、その間に俺は一気に接近。
「スタンニードル!」
スキルによって表示される赤い点。
オリーブウの右腹部にスタンニードルを差し込んだ。
スイッチを押すと、針から電流が流れた。
オリーブウはビクリと体を震えさせると、体が硬直したように動かなくなって横転した。
スタンされたオリーブウはうめき声を上げるものの、足先一本動かすことはできない。
スタンニードルの効果を確かめられたところで、俺は二体目、三体目のオリーブウにも同じようにスタンさせた。
「ふう、これでどうです?」
「最小限でオリーブウを無力化できています! 素晴らしいですわ! それは魔道具か何かでしょうか?」
「サフィーさんに作ってもらったアイテムです。魔物をスタンできるツボを見極めれば、このように一撃で無力化させることができます」
割とぶっつけ本番だったが、わざわざ不安にさせる必要もないので黙っておこう。
ちゃんと上手くいってよかった。
「……闇雲に電流を流せばいいというわけではないのですね。興味はありますが、わたくしでは使いこなすことは難しそうです」
少し残念そうな顔をするフランリューレ。
スタンニードルを使いこなすには、魔物を一撃でスタンさせることのできるツボを見極めることが重要だ。
俺は鑑定と調査スキルがあるのでどのような魔物であっても見極めることができるが、それらがなければ初見で対応することは不可能に近い。
スキルがなくても数多の冒険者が知識を蓄積させてくれるかもしれないが、飯の種を公開する大きなメリットがなければ発展はしないだろうな。
なんて考えていると、フランリューレがオリーブウに近づく。
杖でツンツンと突いているが、オリーブウたちは身動きを取ることができない。
「これなら採取ができますわね」
「どのように採取をするんですか?」
「牛の乳しぼりと一緒ですわ。お腹の裏側にある乳房を優しく手で握り込んであげるんです」
フランリューレはマジックバッグから瓶を取り出すと、オリーブウの乳房部分を握り込んだ。すると、透明感のあるオリーブオイルが出てきた。
ミルクではなくオリーブオイルが出てくる。なんとも不思議な光景だ。
フランリューレに教えてもらってやってみると、同じようにオリーブオイルが出てきた。
最初の一、二絞りは細菌が入っているかもしれないので捨ててしまって、三絞り目から瓶へと注いでいく。
動くことのできないオリーブウのオリーブオイルを一方的に搾取することに、ちょっと罪悪感を覚えないでもなかったが、少しだけ分けてほしい。
一頭につき瓶五つほどが適正な採取量だとフランリューレに教えられたので、それ以上の採取はしない。
「こうして見ると、とても綺麗ですね」
オリーブオイルの入った瓶を見ながら思わずつぶやく。
若葉のような発色をしており、吸い込まれそうな透明感。
まるで、ペリドットのような美しさだ。
太陽の光に透かして見ると、一層と爽やかに輝いて見えた。
「夜になると、昼間とはまた違った輝きが見えて綺麗ですわよ」
「なるほど。夜になった時の楽しみにしておきます」
【オリーブウオイル 高品質】
オリーブウから採取することのできるオリーブオイル。一日に精製できる量は一リットルほど。天然オイルなので雑味は一切なく、最上の香りや風味を楽しむことができる。
そのままパンやサラダにつけても美味しく、料理の仕上げの一振りにもってこい。
鑑定してみると、やはり高級品だった。
これだけ品質の良いオリーブオイルだとバンデルのお土産にしたら喜びそうだな。
グランテルに戻ったらこのオリーブオイルを使って、何か美味しい料理でも作ってもらおう。