魔木
「おっ、なんだか綺麗な実だ」
千本タマネギの採取を終えて、森を歩いていると色とりどりの葉に包まれている木の実のようなものを見つけた。
「それはゼリンの実ですわ。水分を大量に含んだゲル状の実が詰まっていまして、様々な果物の味がするのです。そのまま食べても美味しく、冷やして固めても美味しいですわ」
「こちらも食べてみても?」
「ええ。食材は基本的に自由に食べてもらっても大丈夫ですので。乱獲して食べない限り、止めはしませんわ」
いちいち尋ねるほど厳重ではないらしい。それもそうか。
少し食べた程度で影響が出るようなら初めから採取なんて依頼しないだろうしな。
フランリューレから許可を貰ったので、遠慮なく実を一つもぎ取る。
紫色の葉っぱを丁寧に剥いていくと、中からゼリーが出てきてプルンッと震えた。
ぱくっと食べてみると、まさしくブドウゼリー。
「柔らかな食感と濃厚な果汁が堪らないですね!」
「ええ、この食感は他では味わえませんわ」
「……強いて似ている食材を上げるとすれば、スライムですかね」
違う点があるとすれば、スライムゼリーの方がもっと弾力が強いことか。
あとこっちの方がしっかりと果汁の味がしている。
あっちは味付けをしてあげないと、単体での味はあまりしないから。
「ええっ!? スライムを食べたことがあるのですか?」
「はい。そのままでは食べることができませんが、錬金術で加工すると食べることができるんです」
「スライムを食べる……盲点でしたわ。後でお父様にも共有しておきましょう」
どうやらフランリューレはスライムを食べたことがなかったようだ。
育ちがいい故に、その辺でうろついているスライムを食べようなんて思考には至らなかったのかもしれない。
フランリューレが真面目な顔でメモを取っている間に、俺は赤い葉の色をしたゼリンの実を食べてみる。
こちらは食べてみるとイチゴ味。葉っぱの色によって果汁の味が違うようだ。
イチゴゼリーみたいでこちらも美味しい。
お土産に持って帰ったらラビスをはじめとするギルド職員や、ミーアをはじめとする猫の尻尾亭の皆が喜びそうだ。
幸いにも周囲にはたくさんゼリンの実が生っている。少し多めに採取しておくことにしよう。
ゼリンの実を採取しながら調査スキルを使うと、不意に近くで橙色の光が見えた。
調査スキルに素材の等級は金、橙、赤、青、紫色となっている。上に行くほど素材としてのランクが高いわけでレア物となる。
橙色となると上から二番目。中々にレア度の高い素材となる。
しかし、俺の視界で橙色に輝いているのはただの木だ。
魔石調査で反応もしていなかったので魔物というわけでもない。
【魔木】
上質な魔力を宿し、特異な進化を遂げた木。通常の木に擬態するために発見が非常に困難。
とても丈夫で武器や防具などに使用できる。魔力の媒体として杖に使われることも多い。
家具としても一級品で美しい仕上がりとなる。
燻製チップとしても使用でき、不味い肉の代表格である魔猿やワイバーンの肉でさえ美味しく加工できるほど。
気になったので鑑定してみると、どうやら魔木という素材のようだ。
「フランリューレ様、こっちに魔木がありますよ」
「えっ!? 本当ですか!?」
声を上げると、ゼリンの実を採取していたフランリューレが急いでこちらに寄ってくる。
フランリューレは俺が指し示す木を眺める。
魔木をあらゆる角度から眺めるように動き回り、そしてがっくりと膝をついた。
「お恥ずかしながら、わたくしにはまったく普通の木にしか見えませんわ」
「そうですよね。俺もスキルがなければ、見抜くことはできなかったと思います」
「うう、なにか素人でも見抜く手段はないのでしょうか?」
【*魔木の見分け方】
微細な魔力を感じ取ること。
樹皮を採取し、火をつけると香ばしい匂いがする。
鑑定スキルを使用せずとも見抜く方法はないか。そう念じながら鑑定を発動すると、スキルが補足するように教えてくれた。
「鑑定スキル以外では、微細な魔力を感じ取るという方法があるようです」
「魔力の感知には、それなりに自信がある方なのですが、まだまだ精進が足りないみたいですわね」
「後は樹皮を採取して、燃やしてみるといい匂いがするのでわかるそうです」
「当てずっぽうでやるにしても向きませんが、確かめる手段としはわかりやすくていいですわね」
そう言いながらフランリューレは樹皮を採取し、魔法で小さな火を作り出して炙る。
赤熱し、白い煙が上がると樹皮から香ばしい匂いが漂った。
「魔木の燻製の匂いですわ」
どうやら魔木を使った燻製料理を食べたことがあるらしく、薫香で魔木だとフランリューレも判断できたようだ。
「希少みたいですが魔木の採取はどうしますか?」
「かなり希少なので魔木は当家に卸していただけると――」
フランリューレの顔色でこの後に続く言葉を理解した俺は、即座に魔木で検索をかけて調査。
魔力による波動を飛ばして調査すると、俺たちの近くに複数の魔木があるのを発見した。
「ちなみに二百メートル以内にあと五本ほどあります」
「そ、そんなことまでわかるんですの!?」
「そういう感知スキルなので」
「レディオ火山でも思いましたが、シュウさんのスキルはでたらめですわ。まあ、それほどの数があるのであれば、一本くらい持ち帰っていただいても構わないです」
「ありがとうございます!」
諦めたように息を吐くフランリューレに俺は頭を下げた。
滅多に見つけることのできない素材だからこそ、収集しておきたいからね。
あと、純粋にどんなにマズい肉でも美味しく燻製できるってところも気になる。
落ち着いたらワイバーンの肉でも取り寄せて、燻製してみることにしよう。
●
「……シュウさん」
「なんですか?」
「そろそろお父様から頼まれていた食材の採取に行きませんか?」
ゼリンの実、魔木に続いて、スルメネギ、オーガニンニク、岩じゃがを採取していると、フランリューレにそのように言われた。
保護区に足を踏み入れて既に二時間が経過しているが、アルトリウスに頼まれていた食材は一つも手に入ってなかった。
だって、美食保護区が楽しすぎるんだもん。
こんなに未知の素材で溢れていれば心躍り、堪能したいと思ってしまうのは当然だ。
「………そうですね」
ちょっと歩くだけで素材と遭遇するなんてここは天国だ。
正直、依頼なんて放り出して心行くまで採取したい。
「そんな残念そうな顔をしないでくださいませ。無事に依頼をこなした暁には、シュウさんが何度でも保護区に入れるようにお父様に取り計らいますから」
「頼まれた食材の採取に向かいましょう!」
依頼を速やかにこなすことで保護区に何度も入ることができる可能性があるのであれば、今は呑気に寄り道をしている場合じゃないな。できる冒険者だということを示そう。
「アルトリウス様から依頼された食材は爆裂コーン、シュワシュワ水、バイローンの肉、天空魚、巨大樹の実でしたよね?」
「はい、この中で一番近い食材はシュワシュワ水が湧き出す、シュワシュワ泉となりますわ」
「えっと、シュワシュワ水っていうのは具体的などんなものなのでしょう?」
「口の中でシュワシュワとする水のことです。慣れないうちは痛い様に感じますが、慣れるとあのシュワシュワ感が心地良く、喉越しが最高なのです」
それってもしかして、天然炭酸水のことだろうか?