いざ、美食保護区へ
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昼食が終わると、その日は旅の疲れを癒すためにライラート家の屋敷でゆったりと過ごした。
そして、翌日。自室で朝食を済ませた俺は、アルトリウスから依頼された採取依頼に向かうための準備を始めた。
とはいっても、ほとんどの荷物はマジックバッグの中なので、使用するであろう道具のチェックくらいのものだ。
採取用のナイフの手入れをしていると、扉がノックされた。
返事をすると、扉を開けてフランリューレが入ってくる。
「シュウさん、おはようございますですわ」
「フランリューレさん、おはようございます。今日は学園スタイルなんですね」
フランリューレの姿は昨日とは違っており、レディオ火山で出会った時と同じものだった魔法学園の制服を纏っており、髪型はツインテール。
「外で動き回るには髪が長いと邪魔ですから」
と言いつつも、髪の短くしない辺りは女の子なのだと思う。
「ちなみにシュウさんはどちらが好みですか?」
フランリューレがちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねてくる。
この質問は間違いなく俺を試されている。
ヘタな回答をしてもフランリューレは怒らないだろうが、後でなじられることは間違いない。
「どちらも魅力的で甲乙つけ難いですね。髪を下ろした方も大人っぽくて綺麗でしたし、こちらのスタイルも活発的でとても可愛らしいですから」
「あら、嬉しいですわ。にしても、シュウさんって意外と女性の扱いに慣れていらっしゃいますのね」
「いやいや、決して慣れてはありませんよ」
残念ながら女性慣れはしていない方だ。
前世でも彼女がいたことはあるが、俺の収集趣味によって愛想をつかして振られているくらいだ。彼女なんて存在とはそれっきりで、それ以降のまともな経験は一切ない。
今回の回答も社会人としての社交スキルがあったお陰で捻り出せたに過ぎない。
同様の質問を投げかけられれば、間違いなくボロが出るだろうな。
「シュウさん、準備は問題ないですか? 保護区は広大ですので、一度足を踏み入れれば、すぐに引き返すことは難しいので」
「ばっちりです。フランリューレ様こそ、荷物が少ないようですが大丈夫ですか?」
フランリューレの荷物は魔法補助のための杖と、大きめのリュックサックのみだ。
それよりももっと俺の軽装の俺が言える義理ではないが、身軽過ぎて心配だ。
「心配ありませんわ! 今日のためのお父様がマジックバッグを貸してくださったので!」
問いかけると、見事なドヤ顔で背負っているリュックを見せつけてくる。
おおー、この世界にやってきて俺以外のマジックバッグ持ちを初めて見た。
非常に価値が高く、手に入れるのは王族や大貴族でないと不可能と聞いたが、ライラート家は紛れもない大貴族だ。マジックバッグを持っていてもおかしくはない。
「なるほど! それは便利ですね!」
「ですので、シュウさんも荷物にお困りであれば、いくらかは預かることができましてよ? 無制限とはいきませんが、まだ少しくらいであれば――」
「大丈夫です。私もマジックバッグを持っているので」
「ええ!? シュウさんもマジックバッグをお持ちで!?」
「はい。ですので、荷物はばっちりです。もしものために非常食や水も大量に保管しており、仮に遭難することになっても一年は余裕なのでご安心ください」
「い、一年!? それほどのマジックバッグをお持ちだとは……」
自慢げに胸を張っていたフランリューレだったが、徐々に尻すぼみになる。
どうやらフランリューレの所有しているマジックバッグは、あまり容量が大きくはないようだ。なんだか申し訳ない。
そういえば、神様からもらった俺のマジックバッグはどれだけ入るんだろう? 特に考えることなく素材やら道具を突っ込んでいるが、未だに底が見える気配はないな。
「大丈夫ですか?」
「問題ないですわ! では、当家の管理する美食保護区に向かいましょう!」
フランリューレは咳払いをすると、気を取り直すように歩き出した。
●
屋敷を出ると、ライラート家が用意してくれた馬車に乗って移動だ。
敷地の外に出ると、しばらくは綺麗な自然が続いていたのだが、三時間ほど経過すると巨大な壁が見えてきた。それが視界の端までずーっと続いている。
「大きな壁だ」
「あの壁の向こうが美食保護区ですわ」
窓から壁を見ていると、フランリューレがそう教えてくれた。
あれだけ堅牢な壁に覆われているのは、侵入者への対策だけではなく、内側にいる生き物が外側にやってこないようにするためのものなのだろうな。
やがて俺たちの馬車は壁の傍までやってくると、ピタリと停車した。
御者を務めてくれた執事が降り、馬車の扉を開けてくれたので降りる。
どうやら俺たちがやってきたのは美食保護区への入り口部分らしい。
壁の一部には小さな入り口があり、警備人らしき男性が二人控えていた。
きちんと各出口に警備を配置しており、万が一がないように態勢を整えているのだろう。
近くで見ると、保護区を覆う壁がより大きく見える。
分厚い壁に阻まれて保護区の様子はまったく窺うことはできないが、得体のしれない空気が漂っている気がした。
壁を見ながら歩いていると、入り口にたどり着いた。
「保護区に入ります」
「アルトリウス様からお話は聞いております。ご承知とは思いますが、保護区は広大で恥ずかしながらすべての生態系は我々でも把握しきれておりません。何卒、お気を付けを」
「なにかあれば、すぐに狼煙を上げてください。我らが助けに向かいます」
「ええ、ありがとう」
真剣な顔つきで忠告する警備人の言葉にフランリューレはしっかりと頷いた。
そこには驕りや侮りのようなものはない。
ライラート家の長女だけあって保護区の恐ろしさは重々理解しているようだ。
それがわかっていながら同行を願い出てきたフランリューレの胆力を素直に尊敬する。
警備人が腕を上げると、硬く閉ざされていた扉がゆっくりと上がった。
入り口の傍にある待機所に扉の開閉を操作している者がいるようだ。
「では、行ってまいりますわ」
「お気をつけて!」
扉が開くと、フランリューレが優雅に髪をなびかせて歩き出した。
警備人たちは胸に手を当てて、騎士のような敬礼で見送った。
警備人にかなり慕われているみたいだな。
それもそうか。魔法学園で魔法を学び、保護区の管理に活かそうとしている。
そんなひたむきな真っすぐなフランリューレを好ましく思わないはずがないだろう。
「おい、死んでもお嬢様を守れよ」
「ちょっとでも傷つけたら許さねえからな」
フランリューレの後に続いて歩くと、警備人たちが俺にだけ聞こえるようにボソッと呟いた。
「は、はい。肝に銘じます」
殺気を込められた言葉に俺は冷や汗をかきながら、何とか返事をした。
保護区を出る時は、またここを通るわけだからフランリューレには傷一つつけられないな。
プレッシャーを感じながらくぐると、すぐに後方で扉が閉まる音がした。
中の生物が外に出ないためだろう。かなり厳重だ。
「さあ、シュウさん。お父様から依頼された食材の数々を――」
「フリーズ」
フランリューレが意気揚々と言葉を発する中、俺は氷魔法を行使した。
すると、フランリューレに鋏を振り下ろそうとした、魔物が瞬時に凍り付いた。
相手の突き出した鋏はフランリューレの喉元で止まっていた。
命を落としかけたことを理解したフランリューレの顔が真っ青になる。
「……シュウさん」
「ここからはもう魔物の領域ですから」
俺が魔物の奇襲に気づけたのは、扉をくぐる前に調査スキルを発動していたからだ。
俺の視界ではこちらを虎視眈々と狙っている魔物のシルエットがずっと見えていた。
扉が開いた瞬間に攻撃を仕掛けてくると思っていた。
「申し訳ありません。保護区に入ることができて浮かれてしまいました。ここが危険だということはわかっていたつもりでしたのに……」
「フランリューレさんは保護区の中に入るのは初めてなのですか?」
「警備人に厳重に守られながら五百メートル圏内までしか」
なるほど。だとすると、フランリューレが浮かれてしまうのも仕方がないかもしれない。
「ですが、知識だけは人一倍あるつもりです! シュウさんのお役にも立ってみせますので!」
「心配しなくても突き返すようなことはしませんよ。フランリューレ様を同行させることも依頼の一つですから」
そう述べると、フランリューレはホッとしたような顔になった。
過去にはヴォルケノスの陽動を手伝ってもらったのに、一回死にかけたくらいで撤退なんてできるはずもないしね。
「ありがとうございます。迷惑かとは思いますが、わたくしの将来のためにも今は甘えさせていただきますわ」
一度死にかけたというのに、まったく怯えた様子を見せない彼女の胆力は本物だ。
変に恐縮されるよりも、素直に寄りかかってもらえた方が俺もやりやすいので助かる。
今のでフランリューレの気持ちも引き締まっただろうし、先ほどのような油断はしないだろう。
「ところで、この魔物はなんなのでしょう?」
全体的な身体の構造はカマキリなのだが、腕はカニのような鋏がついており、脚は真っ赤だった。
鑑定を使えば情報が出てくるだろうが、フランリューレの知識を確かめるために敢えて尋ねてみる。
「こちらはカニカマキリですわ。とても素早く、発達した鋏は岩をも砕きます。鋏と脚部分は茹でて食べると、カニのような味がしてとても美味ですわ。冒険者ギルドに定められた危険度はCです」
淀みなく出てくる名前や特性などを聞く限り、本当に保護区内にいる魔物について勉強しているのがわかった。
「氷漬けにしてしまいましたけど大丈夫でしょうか?」
「保護区内では、それほど希少ではないので間引いても問題ありませんわ。解体して鋏と脚部分は持ち帰りましょう」
「わかりました」
よかった。どうやらこの個体は討伐しても構わないようだ。
やってきたばかりの俺には殺生の判断はつかないので、フランリューレがいてくれると助かる。




