スタンニードル
「美味しいです!」
「ルミアさんにもそう言ってもらえて良かったです」
ギルドからそのままお店にやってきて食べてもらったら、ルミアのそんな感想を貰えた。
「溶かして砂糖やフルーツを混ぜ込み、冷やして固めることでこんなにも美味しくなるなんて! スライムの特性を活かした調理法ですね!」
器に盛られたスライムゼリーを眺めながら感激するルミア。
前世にあるゼリーの作り方で試してみたが、スライムにも応用できるようだったのが幸いだ。
「なんだなんだ? 店の主たる私を差し置いて美味しいものを食べているのか?」
ルミアの声を聞いてか、作業部屋から出てきたサフィーがやってくる。
小腹が空いたのだろう。
「サフィーさんの分もありますよ」
「それはなによりだ」
マジックバッグからもう一つのスライムゼリーを取り出すと、サフィーはにんまりと笑ってイスに座った。
そして、スプーンを手にすると、スライムゼリーを口に運ぶ。
「おお、スライムの中に七色ブドウが練り込まれているのか! 味が七色に変化して美味しいな!」
そのままパクリパクリと食べ進めるサフィー。
どうやらサフィーも気に入ってくれたようだ。
「ところで、サフィーさん。テーブルに置いているものは?」
サフィーがこちらにやってくる際、手に持っていたものが無造作に置かれている。
直方体から伸びている鉄の針のようなもの。
これは一体何なのだろうか?
「ああ、これはシュウ君が教えてくれたスライムの素材を上質に採取するためのアイテムさ。ちょうど近所の子供が一匹スライムをくれたことだし試してみよう」
サフィーはそう言うと、作業部屋に戻って一匹のスライムを連れてきた。
こちらはまだ核の抜かれていない個体であるために生きたまま捕獲されたのだろう。
俺とルミアが見守る中、サフィーはアイテムをスライムに押し付ける。
横にあるボタンをカチッと押すと、鉄の針がシュコッと伸びた。
それはスライムの中心にある核へと触れ、先端部分でバチバチッと電気が発生した。
スライムはビクリと体を震わせると、体の動きを停止させる。
「ふむ。ルミアやシュウ君の言った通り、この方法で採取すると素材が劣化しないな。見事だ」
最後に核を優しく手繰り寄せて抜き取ると、そこには上質なスライムの素材が残った。
「少し工夫はいるが、これなら雷魔法が使えない者でも上質なスライムの素材を採取できるだろう。電撃の調整もでき、暴漢なんかも追い払える」
まるで、前世にもあったスタンガンのようだ。
「もう完成させるなんてさすがですね」
「仕組みも単純な上に私の得意な雷魔法を付与するだけだ。これくらいなら、そこらの錬金術師でもできるだろう」
「そうなんですか?」
「いえ、無理だと思います……」
弟子であるルミアがそう言っているんだ。
やっぱり、半日もしない内にこれだけのクオリティのアイテムを作り上げるのが凄いことなのだろうな。
「それはルミアの修行が足りない証だな」
「師匠が素材の注文や品物の納品、店番や帳簿点けなんかを手伝ってくれれば、私ももっと修行に専念できるのですが……」
「いやぁー、ルミアはよく頑張ってる! 我が弟子ながら誇らしいぞ! この調子で精進すれば、すぐに作れるようになるさ!」
手首がねじ切れんばかりの手の平返し。
せっかくサフィーの尊敬度が上がっていただけに色々と台無しだった。
「よし、シュウ君。約束した通り、これは進呈するとしよう。もっとも雷魔法も使える君には必要ないかもしれないが……」
「いえいえ、助かります! 属性を持っているスライムやビッグスライムなどの大きな個体にはとても便利ですよ」
「そうか。それなら良かった。ちなみに針は二メートルまで伸び、雷撃は上級魔法程度までの威力が出る。やわな造りはしていないが、伸ばせば伸ばす程衝撃に弱くなるので注意してくれ。後、高威力の電撃を連発するとヒートするので冷ます必要があり、雷魔石を交換しなければならない。その点だ
けは注意してくれ」
「スライムを採取するだけなので、そこまでしませんよ」
「まあ、念のためというやつだ」
採取用とはいえ、サフィーの作ったアイテムということか。
そんな使い方をすることはないだろうが、頭の中に留めておくことにしよう。
「ところで、このアイテムの名前はなんですか?」
「そうだな。方法を編み出しのはシュウ君だし、君が名付けてくれ」
「では、『スタンニードル』でいかがでしょう?」
「わかりやすいのは嫌いじゃない。では、『スタンニードル』としよう。仮に正式に商品化する際は、一部の利益をシュウ君に振り込もう」
「え? いや、俺は考えただけなので……」
「それが何より大事なのさ。いいから受け取っておきたまえ」
「ありがとうございます」
有無を言わさないサフィーの言葉を聞いて、俺は素直に受け取ることにした。
ふんわりとしたアイディアを見事な形にしてくれたサフィーに感謝だ。
「ちなみに商品化する際は、もう少し電撃に自重を……」
「わかっている。きちんと上限は設けておくさ。そうしないと高額過ぎて、気軽に買えなくなるからな」
サフィーの返答を聞いて、俺は心からホッとした。
でも、すぐに貰ったアイテムの値段を想像して怖くなった。
値段については考えないようにしよう。
●
「お久しぶりです、シュウ様」
「ベルダンさん、お久しぶりです。今日はどうされましたか?」
スライムの大量発生から一週間後。
グランテルで指名依頼をこなしながらのんびり過ごしていると、ベルダンがやってきた。
今まで用事はあっても手紙や伝言などとワンクッションを置いていた。
彼が直接、俺の拠点にしている宿にまでやってくるというのは珍しい。
賑やかな食堂に燕尾服を着こなした執事がいるのは、何とも奇妙な光景だった。
「突然で申し訳ありませんが、今からお屋敷に来ていただくことは可能でしょうか? ご予定があれば、日を改めることも可能ですが、できればお早めに時間を作っていただけますと幸いです」
物腰の低いベルダンが直接やって来て、ここまで言うのであれば急ぐ用事なのだろう。
「今日は特に予定が入っていないので大丈夫ですよ。今すぐにでも問題ありません」
「助かります。では、表に馬車を停めておりますのでお乗りください」
指名依頼を終えている状態で良かった。今なら受注中の依頼もないので問題はない。
宿を出ると、通りにはエノープス家の紋章がついたいつもの馬車が停まっていた。
領主の馬車が来ているとあって、周囲では好奇の視線が集まっていた。
ちょっと恥ずかしい。
ベルダンと一緒に車内に乗り込むと、御者が手綱を鳴らしてゆっくりと馬車は動き始めた。
グランテルを出発して、馬車に揺られることしばらく。
馬車はカルロイドの屋敷に到着した。
綺麗な庭園を横目に歩き、広い玄関をくぐる。
廊下にはあちこちで雑務をこなしているメイドの姿があり、俺の姿に気付くと端に寄って礼をしてくれる。
なんだか最初に比べると、非常に慣れてきた感じがあるな。
領主の屋敷に慣れるってのも変な気分だけど、初めての時のようにおどおどとしなくなったのはいいことなのだろう。
「あら、シュウさん。来ていらっしゃったのね」
「サラサ様、お邪魔しております」
ベルダンの後ろをついて歩いていると、カルロイドの妻であるサラサがやってきた。
亜麻色の髪に優しげな瞳が特徴的で、と顔を確かめたところで気付く。
なんだかサラサの肌がとても白くて艶やかだ。
「サラサ様、以前よりも肌が綺麗になられましたね」
「わかります? シュウさんに頂いたエルドの泥パックを使ってから、ずっと肌の調子がいいのですよ」
そう言ってみせると、嬉しそうな表情で語るサラサ。
モジュラワームの美容液をラビスたちが使った時のようなご機嫌なオーラだ。
「お気に召されたようで何よりです」
「ですが、一定の量を仕入れることができないというのが気がかりですね」
頬を手に当てて悩ましそうな顔をするサラサ。
かなりの泥パックをお裾分けしたのであるが、いつかは無くなってしまうことを憂いている様子。
「エルドに住んでいるドワーフの友人に、定期的に輸送できないか相談してみます」
「本当!? 是非ともお願いしたいわ!」
そう返答すると、サラサは嬉しそうな声を上げた。
バリスからは定期的に蒸留酒の試作品が送られてきている。
そこに泥パックも混ぜて送ってもらえないか相談しよう。
なんて話し合っていると、前方からカルロイドがやってきて咳払い。
「サラサ、悪いんだけどシュウ殿とはこれから話があってね」
「そうでした。途中で引き留めてしまってごめんなさい。では、お二人でゆっくりどうぞ」
カルロイドが迎えに来ると、サラサはサマードレスを翻して去っていく。
「サラサがすまないね」
「お気になさらず」
「じゃあ、早速で悪いけど応接室に向かおう」
改めてカルロイドに連れられて応接室に向かった。