冷やしてみる
スライムのゼリーを美味しく頂いた俺は、帰り道でふと考えた。
スライムって、冷やした方が美味しいんじゃないか?
温めると溶けるとも鑑定で出ていたし、一度溶かして砂糖やフルーツを加え、再び冷やしたら固まるんじゃないだろうか。
そうしたら前世のフルーツゼリーのようなものが出来上がる気がする。
常温でもゼリーは美味しいが、やっぱり冷たいゼリーが食べたい。
残暑が残っているこの季節に冷たいゼリーは絶対美味しいはずだ。
なんてことを考えていると、『猫の尻尾亭』にたどり着いた。
昼食時を過ぎた時間なせいかミーアをはじめとする従業員はほとんどおらず、厨房ではバンデルさんが食器を磨いていた。
「バンデルさん、少し厨房をお借りしていいですか?」
「なんだ? なにか作りたい料理でもあるのか?」
「少しスライムの料理を試してみたくて」
「ほう、錬金術師に加工してもらったか。奥の厨房には入れられねえが、ここでならいいぜ」
食堂にはカウンター型の厨房があり、その奥には大きな厨房がある。
俺には小さなカウンター型でも十分だ。
「それで構いません。ありがとうございます」
バンデルさんの許しを得ると、俺はカウンターの中にある厨房に入らせてもらう。
いつもは客として眺める場所だけに、内側に入るのは不思議な気分だった。
バンデルさんやミーアはいつもこんな光景を見ているんだな。
意外と遠くまでよく見える。
さて、そんな感想はさておいて、スライムゼリー作りだ。
ルミアから精錬してもらったスライムを頂いているので、それを取り出してフライパンに入れた。
そのまま火にかけてゆっくりと弱火で熱を通していく。
すると、プルリとしていたスライムの身がゆっくりと形を崩し、やや粘着性を感じさせる液体になった。
そこに砂糖を加えて甘みをプラス。
さらに手頃なフルーツをカットして加えようと思ったが、せっかくなら豪華にいきたい。
俺は前にルミアと採取した七色ブドウをカットして混ぜることにした。
「うお、七色ブドウか。こりゃ、豪勢だな」
横から覗いていたバンデルさんが苦笑する。
七色の味を持つブドウを混ぜ込めば、満足度はかなり高いに違いない。
「小さな型とかありますか?」
「そういや、前に誰かが菓子作り用に買った型があったな。結局使ってねえ奴が……」
バンデルさんは思い出したように呟くと、ガサゴソと戸棚を漁り出す。
「おっ、あったあった。これでいいか?」
「はい。ありがとうございます」
バンデルさんから型を受け取り、そこに溶かしたスライムの身を流し込む。
「冷蔵庫で冷やしてもらってもいいですか? 使用料はお裾分けということで」
「いいぜ」
バンデルさんの手によって冷蔵庫に収納されていく、ゼリーたち。
氷魔法でやってもいいが加減が難しいので素直に道具に頼ることにした。
大体冷えて固まるのは冷蔵庫で二時間程度。
ちょうどお菓子の時間といえる時間帯に食べることができるだろう。
後は出来上がるのを楽しみに待つだけだ。
●
「そろそろゼリーが固まったかな?」
体感で二時間が経過したのを見計らい、俺は部屋を出て食堂に向かうことにした。
食堂にはぼちぼちと客が入っている。
夕食を食べる時間ではないが喉を潤したり、腰を落ち着けて休憩したりと、喫茶店のような和やかな雰囲気だ。
しかし、俺が足を踏み入れた瞬間に空気がヒリついた。
「な、なんだ?」
冒険者として経験を積んだからこそわかる視線。
大型の肉食獣に狙いを定められたような感覚だ。
「シュウ、ちょっと相談いいかにゃー?」
そこにすごくいい笑顔で猫なで声を出しているミーア。
後ろではクロイをはじめとする従業員たちがこちらに注目している。
なんか怖い。
「ど、どうしたんだミーア?」
「冷蔵庫に入っているプルプルとした透明の中に七色ブドウが入っている不思議な料理のことにゃ!」
「ああ、スライムゼリーのことか」
「美味しそうなアレはスライムだったのにゃ! シュウ、あれをいくつか買い取らせて欲しいにゃ!」
「いいよ」
「やったにゃ!」
「ただし、売れるのは三個までだ。残りのものは試食用とお世話になった人に先にあげたいから」
スライム料理を教えてくれたルミアとお世話になっているサフィー。
それにギルド職員のラビス、シュレディ、カティ辺りには先に渡しておきたい。
そこに俺とバンデルが食べる用に二つ。
今回は十個ほど作ったので、ミーアたちに売れる分は三個だった。
「にゃにゃにゃ! 今出ている従業員は五人! 二人が食べられにゃいことに……そういえば、アーデとクロイは休憩時間だったにゃ? 買い取る権利があるのは今頑張って働いているメンバーということにして――」
「反対!」
「普通逆でしょ! 勤務中じゃない私たちこそ堂々と食べる権利があると言えるわ!」
「にゃにゃー! 交渉を私に任せた癖に文句をつけるにゃか!?」
スライムゼリーを買い取って食べる権利で争い合う従業員たち。
女性同士の話題で男が割って入るとロクなことがない。
何とか穏便な話し合いで解決してくれることを祈ろう。
「スライムの方は固まってます?」
「固まってるぜ」
俺が窺うように言うと、バンデルが冷蔵庫から取り出してくれた。
トレーを揺らして見ると、スライムゼリーは見事に固まっているのがわかった。
「じゃあ、遠慮なくいただくぜ」
「どうぞ」
厨房と冷蔵庫を貸してもらったお礼として、約束の一つを進呈。
バンデルさんはスプーンを取り出すと、スライムゼリーを差し込んだ。
「おお、いい弾力だ。それに見栄えもいい」
バンデルさんはスライムゼリーをじっくりと観察すると、そのまま口に入れた。
それを見て俺も同じように食べてみる。
口の中で広がるプルリとした食感。一度溶かして固めたからだろうか。
そのまま食べた時よりも若干硬さを感じた。
だけど、それは冷たいゼリーを食べるのにちょうどいい硬さに思えた。
砂糖を溶かし込んでいるためにスライムにしっかりと甘みがある。
そこにカットされた七色ブドウ。
ブルーベリー、イチゴ、マスカット、オレンジと多種多様な果汁が弾けた。
「うおっ! 美味い!」
「これはいけるな!」
これには俺だけでなく、料理人であるバンデルさんも驚いている。
贅沢に七色ブドウを混ぜ込んであるのも良かったのだろう。
「俺は甘いものが得意じゃねえが、こういうものだったら大歓迎だな。暑さの残る今の季節にもピッタリだ」
「ですね。食欲がない時でも食べられそうです」
やっぱり、冷たいゼリーになるともっと美味しいや。
離れたところでぎゃーぎゃーと言い争いをしているミーアたちを見ないようにして、俺とバンデルさんはスライムゼリーを味わった。
●
スライムゼリーを味わった俺は、ビッグスライムの素材の受け取りとお裾分けも兼ねて冒険者ギルドに向かうことにした。
ギルドにやってくると酒場が多いに賑わっている。
夕方に近いということもあるが、単純にスライムの買い取り額が上がったことによって懐が温まったからだろう。
こういう稼げた時こそ貯蓄するべし。と、真面目な人は考えるが、その日を全力で生きている自由な冒険者のほとんどはそんなことはしなかった。
だけど、それが冒険者らしくて俺は好きだな。
わいわいと盛り上がってたむろしている冒険者の横を抜けて、俺は受付に向かう。
「お疲れ様です、シュウさん。ビッグスライムの解体なら終わっていますが、どうされますか?」
「この革袋に入る分だけ持ち帰ります。残りはギルドで買い取っていただいて、サフィーさんのお店に納品して貰えればと」
「かしこまりました。では、袋に素材を詰めさせて頂きますね」
大きな革袋を手にすると、ラビスは別の職員に渡した。
奥にある保管庫で詰めてくれるのだろう。
「本日、ギルドではスライム素材の買い取り額が上がっていますがいかがでしょう? 買い取りいたしましょうか?」
「いえ、今回はルミアさんに直接納品したので大丈夫です」
「あっ、そうでした。今回はお二人で採取に行かれていたのでしたね。忘れていました」
ビッグスライムの出現報告で詳しい報告はいっていたのだろう。
ラビスは納得したように頷いた。
「……なんだか疲れていますね?」
いつものラビスであれば、このくらいのことは気付いているはずだ。
笑顔もいつもより張りがないし、どことなく疲れている気がする。
「すみません。受付嬢である以上、疲労は隠すべきなのですがスライムの大量発生やら大勢の冒険者への対応で体力切れです……」
うつ伏せになってへにゃりと兎耳を折り曲げるラビス。
「ラビスさん、まるで核を抜かれたスライムみたいになってますよ」
「そうなんです。今の私は死んだスライムです」
これだけの冒険者がいるんだ。
今日は通常の業務よりも何倍も疲れるだろうな。
「そんなラビスさんに差し入れがありますよ」
「――ッ!? ほ、本当ですか?」
小声で囁くと、ラビスがすぐさまに上体を起こした。
兎耳をピンと立てて、目を輝かせる。
他の冒険者を対応しているカティの視線が一瞬こちらを向き、シュレディの尖った耳がピクリと動いた。
小声で話したんだけど聞こえていたよね? ラビスの分だけじゃなく、二人の分も用意しておいて良かった。
しかし、他の職員の分はない。
俺は周りの人に見られないようにバッグから一つの木箱を取り出す。
「こちらの確認をお願いします」
「素材の買い取りですね。拝見いたします」
俺の意図を見事に汲んだラビスがしっかりと合わせて受け取った。
「こ、これは?」
「スライムゼリーです。砂糖で味付けをし、中に七色ブドウを混ぜ込んでいるのでそのまま美味しく食べられますよ。冷えている状態が美味しいのでラビスさん、カティさん、シュレディさんで早めに召し上がってください」
「シュウさん……ッ! ありがとうございます。確かに受け取りました。これで今日は乗り切れます」
ラビスは中にあるゼリーを覗き見すると、嬉し泣きのような顔で礼を告げた。
う、うん。お仕事頑張ってください。
ビッグスライムの素材を受け取り、カティやシュレディから目礼での感謝を受け取るとギルドを出た。
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