スライムゼリー
ビッグスライムをグランテルまで持ち帰ると、俺とルミアはその日の採取を終了とすることにした。
スライムの皮はたくさん採取できたし、元より経験を積みに行くのが目的だったので採取数に拘る必要はないからな。
ビッグスライムの解体をギルド職員に任せると、俺はそのままルミアの店に向かった。
今日の採取は終わりだが、スライムの加工に興味があったので見せてもらうことにしたのだ。
「お帰り、二人共。スライムの皮の採取はどうだったかね?」
お店に戻ってくると、サフィーが奥の作業部屋から出てきた。
「普通のスライムの皮が三十六個。ブルースライムとグリーンスライムの皮を一つずつ採取できましたよ」
「ほお、それはすごい数じゃないか」
「それだけじゃなく、ビッグスライムがいたのでこちらも討伐して採取してきました!」
「ビッグスライムもか! ははは、それはすごい! 二人の採ってきた数だけで全体の注文数の半分はあるだろうな」
俺とルミアの報告を聞いて、愉快そうに笑うサフィー。
それでもまだ半分というのだからギルドからの注文数の多さがわかるというものだ。
「採取した数も凄いんですが、シュウさんがもっと凄いことを教えてくれたんです!」
「んん? もっと凄いこととは?」
興奮した面持ちのルミアが、先ほどのスライムの素材の劣化を防ぐための採取法を語り出した。
「なんだと! それは本当か!?」
「一応、これが素材を劣化させずに採取したスライムの皮になります」
マジックバッグから今回採取したスライムの皮を取り出す。
最初の二十八個は一般的な採取法によるものだが、残りの六個は特別な採取法を行ってのものだ。
こうして並べてみると皮のツヤと張りがまったく違う。
意外と一目でわかるものだな。
感慨深く思っている俺の横でサフィーは、おずおずとそれを持ち上げて見比べる。
「素晴らしい! まるで生きている状態のような状態だ! シュウ君、これは偉業だ!」
「偉業ってそこまでですかね?」
「スライムの素材をここまで高い状態で加工できることが、どれだけ素晴らしいことかわかっていないのか!? この品質だったらもっと薄く加工しても十分に使えるぞ!」
俺の肩に両手を置きながら熱弁するサフィー。
加工したことのない俺には、どれほどの素晴らしさかはわからないが、とにかく錬金術師にとってかなり嬉しいというのはわかった。
「レインコートの性能は間違いなく上がるし、スライム靴だって軽量化できますね!」
「ああ、それに今よりもっと薄く伸ばして重ねることでガラス代わりにもできそうだ」
「他にも素材のコーティングや軽くて丈夫な収納ケースなんかにも使えそうです」
上質なスライムの皮の使い道をめぐって語り合う二人。
すっかりと二人の世界に没入しており、俺は置いてきぼりだった。
「どれも試してみる価値のあるものだな! どれ、シュウ君の言っていた採取用のアイテムを作ってみるか! 私ならすぐに作れるだろう!」
やがて会話に一区切りついたのか、サフィーがそう言って作業部屋に戻った。
残されたルミアはここでようやく俺の存在を思い出したのか、しまったとばかりに目を開いた。
「あっ、ごめんなさい! シュウさんがいるのに私たちばかり喋って……」
「気にしないでください。お二人の話を聞いているだけで楽しかったですから」
別に錬金術をするわけではないが、採取された素材がどのように考えられて加工されるかを聞くのは興味深い話だった。
クリエイターとはこういう風に思考するのだなと素直に感心したものだ。
「それより、スライムの皮を加工する様子を見せてもらってもいいですか?」
「はい、任せてください!」
話題の転換も兼ねてお願いをすると、ルミアは快く頷いて準備を始めた。
一旦作業部屋に戻ると、ルミアはスライムと水を張ったタライを持って裏に出た。
俺もそれに付いていく。
「まずは水洗いしてスライムの汚れを落としていきます」
そう言うと、彼女はブラックスライムの手袋をつけてジャブジャブと洗い始めた。
大きなゼリーをもにゅもにゅと洗うのは楽しそうだ。
「綺麗になったら皮と身に分けます」
洗い終わったスライムにナイフを入れるルミア。
外皮だけを綺麗に切り取っていく。不思議な光景だ。
「まるで大根の皮を剥いているみたいですね」
「そうですね。ですが、大根のように薄く削ぐのではなく、ある程度厚みが必要なんです」
剥かれている皮を見てみると、ある程度の厚みがあることがわかった。
薄くカットすればいいというものではないらしい。
やがてスライム全体の皮を剥き終わると、不透明の皮とぷるんとした身に分離された。
「分離が終わりますと、ここからは錬金術です。【不純物分離】【酸性分離】」
作業台の上に置かれた素材に手をかざすと、素材が瞬いた。
一瞬にしてスライムの皮や身は綺麗になり、その隣には不純物や酸性が排出された。
「わっ、スライムの皮が透き通るような色に!」
「余分な成分を取り除いた結果です。加工されるととても綺麗ですよね」
余分な成分がなくなったスライムの皮は不透明さが無くなり、とても透き通っていた。
まるで薄いガラスのようだ。
「後はこれを板に張り付けて、少しだけ【乾燥】。後は自然に乾燥するのを待てば、道具やアイテムとして加工できるようになります」
「へー、こんな風に加工するのですね」
スライムの素材をこんな風に加工するとは驚きだ。
加工することでここまで色合いが変わるんだな。
「ところで、身の方はどうするんですか?」
「こちらは枕やクッションなどの緩衝材に使えるのですが、今日は美味しく食べたいと思います」
「なるほど――えっ? スライムって食べられるんですか?」
ルミアの言葉を聞いた俺は思わず耳を疑った。
「食べられますよ。錬金術による加工が必要なので、あまり一般的ではありませんが」
【スライムの身】
食用可能。錬金術ルで酸性分と不純物を抜き取ることで食べられる。
ゼリーのような食感がし、そのまま食べたり、シロップをかけて食べたりする。
熱を加えると柔らかくなり、冷やすと固まる。
試しに調べてみると、鑑定先生も食べられると言っていた。
「……スライムって食べられるんですね」
「はい! プルプルと柔らかくて美味しいですよ! 今、準備しますので待っていてくださいね!」
ルミアはにっこりと笑うと、スライムの身を持って作業部屋に引っ込んだ。
●
「できましたよ!」
販売スペースのイスでくつろいで待っていると、ルミアがスライム料理を持ってやってきた。
お盆にはガラスのお皿が載っており、そこには透明なスライムの身がカットされて盛り付けられていた。付け合わせとしてカットしたオレンジやイチゴ、さらにはミントの葉も載っていた。
普通にゼリーだな。
「このままでも食べられるのですが、少しシロップをかけて食べると美味しいですよ」
差し出してくれたミニカップにはクレッセンカの蜜が入っていた。
なるほど。確かにこの蜜をかければ、程よい甘さが加わって美味しく食べられそうだ。
「では、いただきますね」
「どうぞ」
クレッセンカの蜜を軽く回してかけると、俺はスプーンを手にした。
直方体状にカットされたスライムの身をすくいあげると、プルンとスプーンの上で揺れた。
調理されても透明さと柔らかさは健在だ。
クレッセンカの蜜で濡らされ、光の反射で輝いて見える。
そのまま頬張ると、口の中でスライムの身がプルリと踊った。
歯を使うまでもなくほろりと崩れる。
「美味しい! 蜜のほのかな甘みとフルーツの甘みと合いますね!」
「それにプルンとした喉越しが気持ち良くて癖になります!」
スライムの身自体に味はほぼなく、ところてんのような感じだ。
しかし、クレッセンカの嫌みのない甘みとフルーツと一緒に食べることで美味しく味わうことができた。
「今回はシュウさんの採取法で採れた皮を使ったのですが、弾力や喉越しが違いますね。こちらの方が新鮮で美味しいです!」
「食べる時にも影響があるんですね。いい食材になってくれて何よりです」
どうやら加工時だけではなく、食べる時にも大きな効果があるみたい。
まんまゼリーのような食材だけど、いい素材を採取できたものだ。




