スライム素材の採取
「シュウさん、この後のご予定は空いていますか?」
カボチャグラタンを食べ終わると、ルミアが尋ねてきた。
通常なら勘違しそうになる誘いであるが、ルミアのことをよくわかっている俺は勘違いしたりしない。
「空いていますよ。素材の採取ですね?」
「はい! ギルドからレインコートやスライム靴の発注を受けたので、スライムの皮を採取したいと思いまして!」
やはりデートなどという誘いではなく、素材採取のお誘いだった。
密かに聞き耳を立てていたバンデルとミーアがずっこける気配がした。
ルミアともそれなりの付き合いになるが、相変わらずこの子はブレない。
まあ、俺とルミアはそんな甘酸っぱい関係ではなく、素材採取仲間なのでデートの誘いなどあり得るはずがなかった。
「勿論、大半は冒険者の方が集めてくださるんですけど、自分の手でも採取してみたいんです! シュウさんも一緒にどうですか?」
スライムの皮か……思えば、スライムを見かけることはよくあったけど、素材を採取したことはなかったな。
「いいですよ。スライムの皮の採取に興味がありますので」
「ありがとうございます!」
宿を出発した俺とルミアは冒険者ギルドに向かう。
今回の納品先はルミアなのでギルドに納品する必要はないが、グランテル周辺の状況を確かめる必要がある。
俺とルミアはここ二週間ほどグランテルにいなかったわけだしな。
スライムは何度も見かけたことのある魔物なので、調査を使えばすぐに見つかるだろうが、それでも比較的多く棲息している場所に向かう方が効率的だろう。
ギルドにやってくると、今日はホールがとても混雑していた。
「なんだか今日はいつにも増して賑やかですね?」
「なにかあったのでしょうか?」
一日の依頼が張り出されるタイミングは朝早くなので、午前中に賑わうことはおかしくはない。
しかし、今日の賑わい具合は明らかにいつもと様子が違ったものだった。
ラビスやシュレディに聞こうにも、職員たちは冒険者の対応で忙しそうだ。
視線を彷徨わせていると、ちょうど近くにレオナがいたので声をかける。
「こんにちは、レオナさん」
「おっ、久し振りだねシュウ。湿地帯に行ってるって聞いたけど、戻ってきたんだ?」
「はい、少し前に。ところで、今日の賑わいはどうしたんですかね?」
「ああ、これね! グランテルの傍の草原でスライムが大量発生したんだ」
「本当ですか!?」
「う、うん。それでギルドがスライムの皮を高く買い取るって宣言したから、駆け出しの冒険者を中心に賑わってるのよね。私のところも少しお金が欲しいから参加するつもり」
身を乗り出す勢いで尋ねるルミアに驚きつつも、レオナは教えてくれた。
スライムの皮が入用なタイミングでスライムの大量発生。
これはギルドにとって嬉しいハプニングだ。
レインコートやスライム靴に必要な素材をたくさん集めるために、買い取りの増額を宣言したに違いない。
スライムの危険度はF。
それは駆け出し冒険者でも十分に討伐し、採取することのできるレベルだ。
通常であれば、買い取り額はそれほど大きくないが、増額中の今でなら美味しい仕事となり得るのだろう。
「なるほど、納得しました。教えてくださり、ありがとうございます」
「どういたしまして。落ち着いたら湿地帯の話を聞かせてね」
「はい、その時は是非」
レオナはヒラヒラと手を振ると、遅れてやって来た仲間のラッゾとエリクと合流した。
「どうやら賑わいの原因はスライムの大量発生みたいですね」
「私たちにとっては喜ばしいと言ったら不謹慎なのでしょうか?」
「いえ、スライムは大した害を与えるわけでもないので、不謹慎にはならないかと」
家畜や畑を食い荒らしたり、人を襲うようであれば表立って喜ぶことはできないが、今回の魔物は危険度の低いスライムだ。
あまり増えすぎると単純に邪魔だし、生態系を狂わせる可能性があるので討伐するべきであるが、人々に大きな害を与える魔物でもないので喜んでも問題ないだろう。
「でしたら、ここは素直に喜んで採取に行きましょうか」
「そうですね。出現場所もわかっているので向かいますか」
スライムの大量発生場所を掴んだ俺たちは、依頼書を受けることなくそのまま平原に向かった。
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街を出て小一時間歩いた場所にある草原。
なだらかな丘陵地帯になっているこの場所は、緑のカーペットという言葉がぴったりなほどに綺麗だ。
「わあー! 草原にたくさんのスライムがいます!」
草原を眺めたルミアが感嘆の声を上げた。
「いつもなら数匹程度ですが、今日は段違いですね」
サッと見渡しただけで近くに三十匹はいる。
遠くにも遥か多くの数が見えることから、数百以上のスライムがいるのは間違いないだろう。
魔石調査をして探すまでもないな。
草原には既に依頼を受けてやってきている冒険者が多く存在しており、スライムを追いかける姿が実に微笑ましい。
「この辺りは人が多いようですし、もう少し奥で採取しますか」
「そうですね」
方針を固めたところで俺とルミアは奥へ進んでいく。
「この辺りでいいでしょう」
冒険者の数が少なくなってきたところで俺たちは足を止めた。
周囲には変わらずスライムが存在しており、ボーっと佇んでいるものや元気良く跳ね回っているものと様々だ。
「なんだか見ているだけでほのぼのとしますね」
「このまま日向ぼっこでもしたい気分ですが、レインコートやスライム靴のために採取させて頂きましょう」
スライムの皮をはじめて現地で採取するからか、ルミアがやる気をみなぎらせている。
よく見かける魔物ではあるが、俺も皮を採取するのは初めてなので楽しみだ。
【スライム 危険度F】
この世界でもっとも認知されている魔物。
ゼリー状の体をしており、触るとプルプルしている。
雑食性で体内にある微弱な酸性液でじっくりと溶かす。
基本的に温厚。愛玩生物として人気で飼っている人もいる。
魔物としての力は最弱クラスで負けるような人間はほぼいない。
目の前の個体を鑑定してみると情報が出てきた。
スライムはこの世界で最弱クラスの魔物のようだ。
しかし、こうやって改めて鑑定してみると色々な情報が出てきて面白い。
体内にある酸性液でじっくり溶かして栄養を摂り込むんだな。
「皮を綺麗に採取するのにコツはありますか?」
「体内にある核を綺麗に抜き取ることです」
ルミアに言われて、じっくりスライムを観察してみると体内に青い玉のようなものが見えた。
【スライムの核】
スライムの脳であり、心臓であり、神経である重要器官。
破壊されるとスライムは死んでしまう。
他の素材を採取する場合は、できるだけ核を傷つけずに綺麗に抜き取ることを推奨。
鑑定してみると、やはりそれは核だった。
あれを綺麗に抜き取ってやればいいらしい。
俺が調べている間にルミアはブラックスライムの手袋をつけ、スライムを持ち上げた。
そのままスライムの体内に手を突っ込むと、綺麗に核だけを抜き取った。
「こんな感じです! 少しなら素肌でも問題ないのですが、今日はたくさん採取するので手袋をつけておくといいですよ!」
思っていた以上に豪快な採取方法だった。
確かに核を傷つけずに抜き取るなら、手で抜き取るのが一番だろうな。
ルミアを見習って俺もブラックスライムの手袋をはめる。
手頃なスライムを持ち上げると、強引に腕を突っ込む。
……すごい。大きなゼリーに手を突っ込んでいるような感覚だ。
ちょっと冷たくて弾力があって突っ込んでいると気持ちがいい。
そのまま核目がけて手を進めると、核がひょいと移動した。
「核が動いた?」
「大事な器官ですからね。スライムも逃れようとしますよ」
大事な器官をいとも容易く動かせるのだから凄いな。
ひょいひょいと動く核を俺は追いかけて何とか掴む。
抵抗する力が加わるが、そのまま真っすぐに引き抜いて体外へ。
すると、手の平にはころりとした青い核が載っていた。
「ビーチグラスのように綺麗ですね」
「街ではスライムの核を使った細工物などを子供たちが売っていたりしますよ」
危険度の低い魔物故に、子供でも討伐できるからいい手仕事になっているのだろうな。
核を失ったスライムの体は力を失ったように佇む。
海辺で打ち上げられたクラゲとちょっと似ていて可愛い。
「通常なら適切な処理をして皮だけを採取するのですが、このまま収納をお願いしてもいいですか?」
「いいですよ」
既に生命活動を失っているスライムは物として認識され、マジックバッグに収納することが可能だ。
核を抜き取ったスライム二匹をそのままマジックバッグに収納してしまう。
「これで二匹分の採取が完了ですかね」
「はい! この調子でドンドン採取して行きましょう!」




