意外な経営状況
新章開幕です。
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テラフィオス湿地帯で毒性素材の採取を終えた俺は、冒険者ギルドに顔を出した。
約二週間ぶりのギルドが懐かしく感じられる。
ギルドの中では依頼書を眺める者がいたり、パーティー同士で情報交換をしていたり、酒場で呑んだくれていたりと自由な空気が漂っていた。
冒険者ギルドのいつもの空気を肌で感じながら進んでいくと、受付には職員であるラビスがいた。
「おはようございます、シュウさん。クラウスさんの指名依頼はどうでした?」
「昨日、すべての素材を納品し無事に終えることができました。依頼書にサインをもらってきましたよ」
「では、確認させていただきますね」
指名依頼の達成を報告するべき、達成を認めるサインが入った書類を提出。
「……はい、問題ございません。指名依頼の達成を受理します。今回もお疲れ様です」
「ありがとうございます。ラビスさんの教えてくださった情報にはとても助かりました」
「本当ですか? 冒険者さんの活動をサポートするのが私たちの仕事ですので、そう言われると職員冥利に尽きます」
礼を言うと、ラビスが少し照れたように笑う。
兎耳がピクピクと動いているのが微笑ましい。
「ところで、今回はどんな大型の魔物と遭遇したのですか?」
「俺が大型の魔物と遭遇するのが当たり前みたいに言わないでくださいよ」
「え? 遭遇しなかったのですか?」
「……いえ、しました」
悔しいけれど、ラビスの言う通りだった。
またしても俺は採取依頼で大型の魔物に遭遇し、討伐することになったのである。
「ですよね。今回はどんな魔物を討伐してきたのですか?」
「ゲイノースです」
「ええっ!? ゲイノースですか!? あの滅多に市場に出回らない幻の魔物の!?」
さすがはギルド職員だけあって、ラビスは知っているようだ。
驚愕の眼差しを向けてくる。
「はい、そのゲイノースです」
「あ、あの、一部分でもいいのでギルドに売っていただけないでしょうか? 何分、貴重な魔物でして……」
「牙や皮、肉ならばいいですよ」
牙、皮、肉は大量に確保できているので、売ったとしても自分の懐から素材がなくなることはない。
今回はラビスに助けてもらったし、少しくらいギルドに恩返ししてもいいだろう。
「ありがとうございます! あの、他の部位は……」
「クラウスさんとサフィーさんに頼まれて売ってしまいました」
「くっ、行動が早い!」
これにはラビスが悔しそうな顔で呻く。
持ち帰ってきた当日に交渉を始める二人だからな。ギルドも驚きのスピードだ。
まあ、眼球以外は少し持っているのだが、これは俺のコレクションにするので悪いけど売るつもりはなかった。
ゲイノースの素材は希少価値がかなり高く、少しの部位を売却するだけで金貨七十枚ほど手に入った。
口座に恐ろしい額のお金が溜まっていくけど、実感が全然湧かないや。
「それにしても、難易度の高い毒性素材の採取までこなすなんて流石ですね!」
「いえ、今回はラビスさんの教えてくれた情報や、同行してくれたルミアさんにとても助けられました」
「ルミアさんのお力というと……?」
ルミアの活躍ぶりが気になったらしいラビスに、俺は湿地帯で非常に助かった道具の数々を話す。
「す、すごい! 本当にそのようなものが!? 現物があれば見せて頂けないでしょうか?」
「いいですよ」
話してみるとすごい食いつきだったので、ルミアに作ってもらったレインコートとスライム靴を見せる。
「水に塗らしてみても?」
「構いませんよ」
許可すると、ラビスはエルフのシュレディに頼んで魔法で水を出してもらい、レインコートや靴を軽く濡らした。
「水に塗れたのに全く湿ってない!」
「完全に水を弾いていますね。これは雨の日にとても使えそうです」
レインコートやスライム靴の耐水性の高さに驚きの表情を浮かべる二人。
「是非ともギルドにも卸して欲しい道具ですね。これがあれば雨天での活動や湿地帯での冒険が非常に楽になります」
「上申してみましょう」
真剣な表情で相談するシュレディとラビス。
どうやらギルドでも採用したいらしく、上司と掛け合ってみるそうだ。
事実、とても便利だったからな。
冒険活動だけでなく、雨天での活動や土木作業なんかにも使えるだろう。
ルミアのお店の主力商品になる日も近いかもしれない。
●
ギルドへ指名依頼の報告をして、数日後。
俺は『猫の尻尾亭』の食堂にいつものように朝食を食べに降りた。
「今日は何にするにゃ?」
「バンデルさんのオススメで」
「かしこまりにゃー」
迷った時はバンデルのオススメが一番だ。
さて、今日はどんな食材を使った料理がやってくるだろう。
「シュウさん、お隣いいですか?」
フレッシュジュースを飲みながら待っていると、ルミアが声をかけてきた。
「勿論、構いませんよ」
「では、失礼します」
頷くと、ルミアが隣のカウンター席に腰を下ろす。
「ご注文はどうするかにゃ?」
「えっと、フレッシュジュースとバンデルさんのオススメでお願いします」
すかさずやってきたミーアは注文をとると、厨房に向かっていた。
「今日はどうされましたか?」
わざわざこちらにやってきて朝食を摂りにくる時は、ルミアに用事があることが多い。
日中は出かけていることが多い俺だが、朝のこの時間帯は大抵ここで食事をしているからだ。
「えっと、この間ギルドの方がうちにやってきて道具を売って欲しいと言われたんです」
「ああ、レインコートやスライム靴の件ですね。すみません、報告の際に職員の方に見せたからそうなったのだと思います。ご迷惑だったでしょうか?」
「とんでもないです! お陰様ですギルドからたくさんの発注を頂けることになって嬉しいです! まずはそのお礼を言いたくて」
「なるほど。結果的にルミアさんの店の力になれてよかったです」
「お陰で今年は問題なく乗り切れそうです」
にっこりと笑っていたルミアの表情に一筋の影が差し込んだ。
えっと、これは店の経営状況があまり良くないのか?
あの店のアイテムには助けられているし、俺の憩いの場の一つでもある。
そういうことを聞いてしまうと心配になるな。
「失礼なことを尋ねますが、サフィーさんがいるのにそんなに経営がカツカツなんですか?」
「国内で四人しかいないマスターの資格を持つ師匠ですが、気に入った依頼しか受けてくれず、受けてくれたものも気分で止めてしまったりするので」
「あー……」
気分屋なところがあるサフィーだ。面倒くさくなって作るのを止めたとか言い出す姿が想像できる。
「ですが、ポーションやアイテムは売れているのでは?」
やってくる依頼はまともに受けていなさそうだが、お店に並べてあるポーションやアイテムは売れているようにも見えた。
大通りにある大きな店のように賑わってはいないものの、堅実に売れている印象だった。
「販売での営業は十分にあるのですが、師匠が気に入った高級素材を仕入れてトントンに。特に私が湿地帯に行っていた間に師匠は好き放題に素材を仕入れてしまって……」
「な、なるほど」
どうやらお店で出している利益以上の出費があるようだ。
弟子であるルミアは非常に苦労している様子。
前回、魔力釜の魔力を満タンにした時のサフィーのテンションは尋常じゃなかった。
思う存分錬金できることでタガが外れてしまったのかもしれない。
「では、今回はゲイノースの眼球が結果的に手に入らなかったのは良かったのかもしれませんね」
「いえ、ゲイノースの眼球は希少素材であり、ポーションの貴重な触媒なので必要ではあります」
なんて慰めてみると、ルミアがきっぱりと告げた。
素材にお金を出すことをいとわないプロの錬金術師の顔があった。
やはり、ルミアもそういうところはサフィーと似ているらしい。
とはいえ、彼女ほど見境がないわけではないようだ。
「まあ、それはそれとしてお陰でいいお仕事ができました。本当にありがとうございます、シュウさん」
「いえ、仕事に繋がったのはルミアさんやサフィーさんが本当にいい物を作ったからですよ」
「お待たせにゃ! 今日のオススメにゃ!」
なんて謙遜し合っていると、看板娘のミーアが料理を持ってきた。
目の前に差し出されたのは耐熱プレートからこぼれんばかりのグラタンが。
「おお、カボチャのグラタンだ!」
「これは美味しそうですね!」
「今日はいいカボチャが入ったからな。グラタンにしてみたぜ」
これには厨房にいるバンデルさんもにっこりの笑顔。
チーズがぶすぶすとした音を立てており、その中にはカボチャが埋まっている。
焦げ目のついたチーズの香ばしい匂いと甘いカボチャとクリームの香りがとてもいい。
堪らずフォークを手にして、すくいあげると湯気を立てながらチーズが伸びた。
それを上手く絡めながら口へ運ぶ。
「熱々で美味しい!」
「濃厚なチーズの塩っけと甘いカボチャがとてもよく合います!」
口の中で広がるクリームソースの味と濃厚なチーズ。
しっかりと火が通されたカボチャは甘みを増しており、口の中で存在感を強く主張している。
付け合わせにはバゲットとの相性も良く、俺たちは見る間にカボチャのグラタンを平らげたのだった。