ダークエルフの集落
書籍2巻とコミック1巻が本日発売!
「やりましたよね?」
氷像と化したゲイノースを見て、ルミアがおずおずと言葉を漏らした。
強靭な生命力と、今にも毒のブレスを吐き出しそうな迫力を見れば、不安になってしまう気持ちもわからなくもない。
ルミアにフラグのような台詞を言われ、心配になった俺はゲイノースの状態を確かめるべく鑑定する。
【ゲイノース 凍死】
「鑑定で討伐したことを確認しました」
「ふう、よかったです」
鑑定結果を伝えると、ルミアがホッとしたように胸を撫で下ろした。
安心したのは俺もだった。フラグが立たなくて本当に良かった。
実はゲイノースが生きていて、バリンと氷が割れる毒のブレスが吐き出されるなんてシャレにならないから。
「二人のお陰で沼地や集落を脅かす魔物を排除できた。心から礼を言う」
弛緩した空気が流れる中、レイルーシカが深く頭を下げて礼を言う。
「気にしないでください。困った時はお互い様ですから」
「私たちとしても、貴重な毒性素材が手に入りますので」
「本当にありがとう。偶然出会った冒険者が、君たちのように強く優しい者で良かった」
なんだか正面から感謝されると照れ臭いが、レイルーシカの賞賛の言葉は素直に受け取ることにした。
「ところで素材はどうしましょうか?」
「集落の戦士を呼べば解体できるだろうが、今から戻ってここで解体するのは骨だな。取り掛かるのは夜になってしまう」
ただでさえ足場と天気が悪いのに、視界が暗く魔物が活発に動く夜に解体するのは現実的ではない。
しかし、夜を越して明日の朝を待つ間に、周囲の魔物に食い散らかされそうだ。
「仕方がない。貴重な素材だけ採取して、今日は戻ることにしよう」
「いえ、これぐらいであればマジックバッグに収納できますよ」
「……本当か?」
レイルーシカが怪訝な表情を浮かべる中、俺はゲイノースに近づいてマジックバッグを開ける。
すると、氷像となったゲイノースが丸々マジックバッグの中に収納された。
「まさかこれほどの大きさの魔物が丸々入ってしまうとは。シュウの持つマジックバッグはすごいな」
「お陰様でどんな素材でも鮮度を保ちながら採取できるので重宝しています」
「はははっ、シュウにかかればどのような魔物でも素材扱いなんだな」
そんな俺の言葉を聞いてレイルーシカが愉快そうに笑う。
まあ、倒してしまった以上は、素材として有効活用するしかないだろう。
ルミアのように勇猛果敢に魔物まで素材と認識してはいないが、刈り取った命は大切に扱うべきだと思った。
「今日はもう遅いし、素材の解体の件ある。私の集落に案内するから、今日は泊まっていかないか?」
「それはこちらとしても嬉しいですが、いいのですか?」
レイルーシカの提案にルミアが尋ねる。
エルフなどの辺境に住んでいる種族は、他種族との交流を望まないこともある。
ダークエルフの集落とやらには興味があるが、俺たちが足を踏み入れてもいいのだろうか?
「安心してくれ。私たちの種族は閉鎖的な価値観を持っていない。ゲイノースの討伐に力を貸してくれた冒険者だ。皆も喜んで迎え入れてくれるだろう」
俺たちの懸念を察して、レイルーシカがきっぱりと告げる。
どうやらレイルーシカの住んでいるダークエルフの集落は排他的ではないようだ。
俺とルミアは顔を見合わせるとこくりと頷く。
「それなら、お言葉に甘えてお世話になろうと思います」
「決まりだな! では、行くぞ」
「待ってください!」
方針が決まって移動しようとすると、ルミアが待ったをかけた。
「どうした、ルミア?」
「ゲイノースの撒き散らした毒の採取と腐食範囲のデータをとらせてください」
戸惑うレイルーシカと俺を前にしながら、ルミアはブラックスライムの手袋と採取ケースを手にし、採取に励み始めた。
「……シュウはいいのか?」
「俺は素材さえ手に入ればそれで満足なので」
「そうか。君たちは同じように見えて、微妙に方向性が違うのだな」
ルミアのこういうチェックは、素材を究明する錬金術師ならではなのだろうな。
●
ルミアの採取が終わると、俺たちは来た道を戻って馬車を回収し、そのままレイルーシカの集落まで向かった。
彼女の集落は沼地の入り口から西に小一時間もしない場所にあり、俺たちは日が暮れる前に到着することができた。
ダークエルフの集落は平地にあり、至って普通の民家に住んでいるようだった。
変わった点は、高床式なこと。
この辺りで年中雨が降るので水位の上昇に対策した造りなのかもしれない。
「……レイルーシカ、その者たちは?」
集落にやってくると、杖を突いて歩いた老ダークエルフが歩み出てくる。
周囲にはレイルーシカと同じ褐色の肌に尖った耳をしたダークエルフがいる。
どの人たちも顔立ちがとても整っており美形だ。
「沼地で出会った冒険者のシュウとルミアだ」
「シュウと申します」
「ルミアです」
「ふむ、レイルーシカが連れてきた者であれば、問題はないだろう。ワシはこの集落の長をやっておるゲイルだ。今日はもう遅い。あまり豊かな集落ではないが、ゆっくりしていってくれ」
「「ありがとうございます」」
ゲイルの寛大な言葉に俺とルミアは頭を下げた。
どうやらレイルーシカは集落の者からとても信頼されているらしく、彼女の連れてきた客人であるだけで歓迎して貰えた。
「ところで、レイルーシカ。沼地の様子はどうであった?」
「シュウ、ここで出してくれ」
「いいんですか?」
「せっかく綺麗に回収できたんだ。説明するよりも見せてやるのが一番早い。勿論、シュウのそれについては集落の者に他言させないことを誓う」
それというのはマジックバッグのことだろう。
まあ、俺としては辺境で生活しているダークエルフの人たちが野心を燃やすとは思えないので、そこまで大きな心配はしていなかった。
「魔物の死体を出しますので少し離れてください」
「魔物の死体?」
「ここで出す?」
俺の言葉に集落の人たちはピンときていないようだが、レイルーシカとゲイルが離れるように言うと素直に下がった。
十分なスペースができたことを確認し、俺はマジックバッグを解放した。
すると、ダークエルフたちがどよめきの声を上げながら大きく下がる。
血気盛んな戦士に至ってはその場で剣や弓矢を構え、剣呑な空気になった。
「大丈夫です! この魔物は既に死んでますから!」
「そうだ。私たち三人で討伐した」
慌てて俺とレイルーシカが宥めると、戦士たちは警戒の視線をしながらも武器を収めてくれた。
うん、ゲイノースの表情と躍動感があまりに真に迫ったものだからな。仕方のないことだ。
幸いなことに小さな子供たちが泣き出さず、はしゃいだ反応をしていたのが救いだった。
これにより警戒していた戦士や大人たちも毒気が抜かれたようだ。
「なんという大きく禍々しい顔をした蛇だ。レイルーシカ、沼地で何があったか説明してくれるか?」
まあ、さすがに討伐した魔物を見せただけじゃ納得されないよね。
とはいえ、俺とルミアが説明することでもないので、レイルーシカに任せておく。
レイルーシカが沼地に起きていた異変と、ゲイノースという魔物の凶暴性を語ると、ゲイルをはじめとするダークエルフたちはどよめきの声を上げて反応し、それを討伐した経緯まで語るとドッと割れんばかりの歓声が上がった。
「なるほど! よくやったレイルーシカ! そして、協力してくれたシュウ殿とルミア殿にも深く感謝をする! 戦士でも目視できぬこの魔物に集落が襲われていたら、どのようなことになったか……」
「いえいえ、こちらも素材集めを助けていただいたので気にしないでください」
「なんという謙虚な方々だ。皆の者、今日は宴だ! 危険な魔物の排除と良き出会いに祝福を! 料理のできるものは料理の準備を! 戦士の者たちは魔物の解体を手伝え!」
「おお!」
「宴だ! 宴だ!」
ゲイルの老いを感じさせない見事な叫びに、ダークエルフたちは実にいい笑顔で返事して動き出した。
「な? 歓迎してくれるだろう?」
動きのスムーズなダークエルフを見て呆然としていると、レイルーシカが笑みを浮かべながら言ってきた。
「歓迎というより、宴ができるのが嬉しいように見えますね……」
「違いない。こんな辺鄙なところでは刺激も少ないからな。戦語りは実にいい娯楽となる。今日は質問攻めに遭うと思うから覚悟していてくれ」
レイルーシカの楽しげな笑みと共にかけられた言葉に俺とルミアは苦笑いするのであった。