タラント
「ここは私に任せろ。毒棘のついた枝を綺麗に斬り落としてみせる」
タラントを目にしたレイルーシカが鞘から剣を抜いて、勇ましく言う。
非常に頼もしくてカッコいいのだが、少し試してみたいことがある。
「待ってください。もっと安全で楽に対処できそうです」
「む? 何か良い方法があるのか?」
出鼻をくじかれてしまったレイルーシカであるが、素直に剣を鞘に納めてくれた。
「どうやらタラントはお酒に弱いようです」
「お酒に弱いというのは、私たちのように酔っちゃうということですか?」
「そうみたいです。信じにくいかもしれませんが、遠くからお酒を浴びせてみたいと思います」
「ふむ、シュウが鑑定して読み取った情報なら、きっとそうなのだろう。わかった。やってみてくれ」
「私も異論ないです」
レイルーシカとルミアから許可も貰えたので、俺はマジックバッグの中から蒸留酒を取り出した。
瓶のお酒を革袋に流し込む。
「なんだその酒は? 匂いからして、とても酒精が強いようだが……」
アルコールの匂いを嗅いで、興味津々に尋ねてくるレイルーシカ。
「エルドで最近作られるようになった、蒸留酒という強いお酒です。よければ、後で少しお譲りしましょうか?」
「かたじけない」
どうやらレイルーシカは、お酒も大好きなようだった。
「強いお酒なのに、師匠が毎日これで晩酌をしていて少し心配です」
「……なんかすみません」
まるでダメな旦那を支える妻のような発言だった。
お土産として渡したのは俺なので申し訳ないが、毎日呑んでいればもうじき無くなるのでもう少しの辛抱だと思う。
その後、サフィーがどういう動きをするかは考えたくないが……。
革袋に蒸留酒を注ぎ終えると、タラントにそのまま放り投げた。
飛来物に反応し、タラントが枝で振り払う。
鋭く尖った棘は革袋を引き裂き、パシャリと蒸留酒がこぼれた。
枝をうねうねと動かすタラントをしばらく見守る。
すると、動いていた枝の動きが悪くなり、体全体がへにゃりとなった。
まるで身体の水分を失って萎れてしまったようでもある。
「あっ! タラントが酔いました!」
「上手くいったみたいですね」
「まさか、こんな方法でタラントを無力化できるとは……」
へにゃりと崩れているタラントを見て、驚くルミアとレイルーシカ。
植物が泥酔するというのは不思議な光景だ。
「……動く様子はなさそうだ」
「では、毒棘を採取してしまいましょう」
レイルーシカが念入りに剣で突きながら様子を確かめ、問題ないことを確かめて採取に移る。
棘が刺さらないようにしっかりとブラックスライムの手袋をはめて、採取用ナイフで枝ごと斬り落とす。
カイシードルの時は針を折って楽しむ余裕もあったが、こちらはゆっくりやっていると覚醒する懸念があるので迅速に進めた。
そして、タラントからすべての毒棘を回収すると、専用のケースに収めた。
「これでタラントの毒棘の採取完了です!」
「やりましたね!」
クラウスやサフィーの欲しがっていた毒性素材は全て集まった。
後はこれをきちんと納品すれば、指名依頼は完了と言っていいだろう。
「おめでとう。湿地帯が初めてなのにも関わらず、よくこれだけの毒性素材を集めたものだ」
「ルミアさんの用意してくれた道具のお陰でとても活動が楽でしたからね」
「いえいえ、シュウさんの力があってこそですよ」
互いに譲り合いの言葉を言ったのが、なんだかおかしくて俺たちは笑い合う。
「なにはともあれ、これで必要な毒性素材の採取が終わりですね」
「はい、そうですね」
俺たちの用事は終わった。
通常ならこのまま帰るところであるが、ここまで案内してくれたレイルーシカを放って帰るのは不義理だと思う。
「後はレイルーシカさんの調査ですね」
「シュウとルミアがいてくれると大変心強いが……いいのか?」
俺がそう言うと、レイルーシカが申し訳なさそうに尋ねてくる。
「採取のお手伝いをしてくださいましたからね」
「私たちでよければお手伝いしますよ」
「ありがたい。それじゃあ、お言葉に甘えてもう少しだけ付き合ってくれると嬉しい」
そういうわけで毒性素材の採取を終えた俺たちは、レイルーシカの調査にもう少し付き合うことにした。
●
タラントの毒棘の採取を終えた俺たちは、そのまま沼地の奥へと進んでいく。
奥へ進むにつれて場所は全体的に開けてきており、いくつかの木々も現れるようになっていた。
ただ地面は変わらずぬかるんでいるし、起伏も激しく足場は悪い。
ここにやってくるまでの間、レイルーシカの気になる地点を回りながら移動してきたのであるが、それらしい異変とやらは見つかっているのだろうか。
「どうですか? 沼地の様子は?」
「見たところ大きな変化はない。精々が最初に言ったように魔物の棲息区域が少しずれているくらいだ」
「では、異常はないということでしょうか?」
「……今のところではな」
そう答えるレイルーシカであるが、様子を見る限り納得しているようには見えなかった。
「納得していなさそうですね」
「見たところ異常はない。が、なんだか気持ちが落ち着かないのだ。なにか大きなものを見落としているような……」
「長年ここに訪れているレイルーシカさんがそう思うってことは、なにかあるのかもしれません。もう少し調査してみましょう」
「すまないな。ただの取り越し苦労だといいのだが……」
幸いにして採取が早く終わったのでまだまだ時間がある。
俺たちはもう少し周囲を調査してみることにした。
レイルーシカの進む道を進んでいくと、見晴らしの居場所に出てきた。
ただし足元にはたくさんの草が生えている。俺の膝くらいの高さがあり、地面の方の視界は悪い。
「……霧が出てきたな」
採取用ナイフで草を払いながら進んでいると、レイルーシカがポツリと呟いた。
慌てて視線を上げると、もくもくとした白い霧が迫ってきており、俺たちをあっという間に呑み込んだ。
「すごい濃霧です」
ルミアの呆然とした声が隣で響く。
霧は予想以上に濃く、五メートル先になるとまるで前が見えなかった。
「幸いにしてこの辺りはそこまで足場が悪くない。離れないようにしっかりと注意してくれ」
できるだけ互いの距離間隔を狭くしながら進んでいく。
なんだか足元に毒蛇とかワニとかいそうでちょっと歩くのが怖いなぁ。
なんて思いながら歩いていると、左後ろの方でカサリと草が揺れる音がした。
「どうしました、シュウさん?」
立ち止まると、ルミアが怪訝な声を上げた。
「今、ルミアさんは俺の真後ろにいましたよね?」
「はい、そうですよ?」
ルミアが付いてきているのは真後ろだ。
「何か違和感でも?」
レイルーシカは俺の前を歩いており、こうして振り返っている。
「今、風は吹いてなかったですよね?」
「今はほとんど吹いていない無風だな」
それなのに右後ろの草が揺れたというのはおかしい。
小動物の可能性もあるが、俺は最悪の可能性を考えて魔石調査を発動した。
すると、ルミアのすぐ真後ろに大きな大蛇が口を開けて迫っていた。
そんな! 肉眼ではまったく見えなかったというのに、どうしてこんな巨大な魔物が目の前に!
頭の中が混乱しそうになるが、調査スキルで見えたシルエットを信じることにした。
「ルミアさん、伏せてください! 『アイスピラー』ッ!」
「えっ? ひゃっ!」
戸惑いながらもすぐに身を伏せたルミアを確認し、大蛇の顔目がけて氷魔法を放つ。
「キシャアアアアアアアアアッ!?」
俺の放った氷柱は大蛇の左目に突き刺さり、苦悶の声が漏れた。
それと共に肉眼の方でしっかりと相手の正体を目にすることができた。