カイシードル
『異世界のんびり素材採取生活』の書籍2巻が7月13日に発売します。
それと同時にコミック1巻も発売します。
Amazonなどで予約始まってますのでよろしくお願いします。
シザーズの傍を通り過ぎて、奥へ進むとやがて開けた場所へとたどり着いた。
左側には湖が広がっており、奥には大きな水晶が群生している。
これがテラフィオス湿地帯の名物である水晶の群生地帯か。
先ほどの発光水晶に照らされながらも、キラキラとした輝きを放っている。
発光水晶とは純度が桁違いなのだろう。遠目ながらにもそのことがよくわかる。
「シュウ!」
光り輝く水晶に見惚れていると、レイルーシカから鋭い注意の声が上がる。
「『アイスシールド』」
その声で我に返ると、飛来物が飛んでくる気配がしたので咄嗟に氷魔法で氷壁を展開。
氷壁にガガガガガと何かが突き刺さる音がした。
氷壁に突き刺さったものを見ると、鋭く尖った針だった。
【カイシードルの毒針】
カイシードルの針。針には強い神経毒が含まれている。
鑑定してみると、棘の正体がわかる。
どうやら毒性素材の一つである、カイシードルのお出ましのようだ。
まさか、こうも好戦的でいきなり攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。
「すみません、助かりました。そちらは大丈夫ですか?」
「私とルミアも無事だ!」
レイルーシカとルミアは咄嗟に回避したようで無事だった。地面には無数の尖った針が刺さっている。
氷壁から顔を出して針の飛んできた方向を伺うと、湖の岸に真っ黒な針を生やした魔物がいた。
【カイシードル 危険度C】
テラフィオス湿地帯の水辺に生息する魔物。
針を動かし、管足を使ってゆっくり移動する。普段は岩やくぼみなどに張り付いていることが多い。
鋭く尖った針には強い神経毒があり、刺さると激痛に見舞われる。
機動性は皆無に等しいが、毒針を飛ばしてくるので注意が必要。
岸辺に存在するのは七体のカイシードル。
魔石調査をしてみると、湖底の方にも反応はあるが岸辺に上がっているのはこれらだけのようだ。
先程棘を飛ばしてきたばかりだが、すぐに針が生え変わっている。
次の斉射に備えて俺はいくつもの氷壁を展開する。
カイシードルがまたしても針を射出してきたが、レイルーシカとルミアは氷壁に隠れることでやり過ごした。
ガガガガガッといくつもの針が飛んできて氷壁に突き刺さる。
「助かりました」
ホッと安堵の息を吐くルミアとレイルーシカ。
抜群の体捌きを持っている彼女たちでも、これだけの弾幕を前にするとずっと躱し続けるのは厳しいだろう。
「まさか、これだけの数が岸に上がってきているとは……」
身を隠しているレイルーシカが首を捻って唸る。
「普段はもっと数が少ないのですか?」
「ああ、いても二体か三体程度だ。沼地の異変の影響か?」
これだけの数が岸に上がってくることはほとんどないらしい。
しかし、俺たちの目の前にはズラリと待ち構えるカイシードルたちがいる。
レイルーシカが最近の沼地はおかしいと言っていた。カイシードルの異様な発生も、異変の一つなのだろう。
「どうしましょうか。これでは迂闊に動くことができませんね」
こうやって話している間にもカイシードルたちは絶えずして毒針を撃ち込んできている。
幸いにして毒針にそれほどの威力はないので、俺の氷壁が撃ち抜かれることはないが、これだけの数が飛んでくると、迂闊に飛び出すこともできない。
「氷壁を展開していきますので、二人はそのタイミングで接近していってください」
これだけの弾幕になると俺たちが出ていくよりも障壁を広げた方がいい。
「わかった」
「シュウさんを信じます!」
そのような提案をしていると、レイルーシカとルミアが曇りなき眼差しを向けながら頷いてくれる。二人の真っすぐな信頼にきちんと答えないとな。
「『アイスシールド』」
針が氷壁を叩いたタイミングに前方に氷壁を複数展開。
ルミアとレイルーシカの射線を切るように隆起した氷壁は、カイシードルの弾幕を見事に防ぐ。
二人は氷壁を盾にしながら左右に展開して接近。
一か所に固まっていたターゲットが散開したことにより、カーシードルの照準に迷いの気配を感じた。
その隙に俺は二人の動きをしっかりと見て氷壁をさらに設置していく。
「はっ!」
「えいっ!」
苦し紛れに射出した針が虚しく氷壁に阻まれ、レイルーシカとルミアの剣がカイシードルを見事に貫いた。
紫色の液体をまき散らしながら崩れ落ちる二体のカイシードル。
残りの五体が慌てて針を飛ばすも、既に二人は離脱して氷壁の裏だった。
カイシードルの針がなくなり、すぐに次の針を生やそうとするがそれを見過ごす俺ではない。
「『フリーズ』」
すっかり俺から意識の逸れた五体のカイシードルは俺の氷魔法で見事に氷像と化した。
「うむ、不意打ちを食らって崩れそうになったものの、立て直すことができればこんなものだろう」
「すみません、俺が水晶に気をとられていたせいで……」
「気にするな。私もいても二匹程度だろうという油断もあった。シュウだけの責任ではない」
「あれだけ綺麗な水晶があれば仕方がありませんよ。私たちはたまたま少し後ろにいたので気付けただけです」
レイルーシカとルミアは笑って許してくれるが、感知系スキルを持っているのは俺なのだ。
自分が凡ミスをして追い込まれるのはいいが、今回はパーティーなのだ。仲間に迷惑にまでかかってしまうのはよろしくない。
美しい光景が広がっていたとはいえ、しっかりと冷静になって周囲を警戒しなければ。
見惚れるのは安全確認ができてからにしないとな。
きっちりと反省をした俺は、氷壁に刺さった針を抜いた。
串のように細長く、そして鋭く尖っている。
先端には付着している透明な液体は毒なのだろう。
「今回の毒性素材は解体をする必要がなさそうですね」
「状態が綺麗なものを抜き取って回収すれば十分だろう」
カイシードルの毒針は、洞窟の中に散らばっているし、氷壁にもたくさん突き刺さっている。へし折れていないものを抜き取って、専用のケースに入れてやればそれだけで採取は完了だった。
「念のため本体も収納しておきましょうかね」
「他の部位も素材として使えるかもしれません! 師匠も喜びます!」
「取り出した時に針が刺さると危ないですし、針は全部折っておきましょう」
これだけトゲトゲしていると、取り出した時に思わず事故に遭いかねない。
致死性の毒ではないが、強い痛みを伴う毒のためにできる限り安全性は高めておきたい。
俺は採取用のナイフで針をポキポキと折っていく。ルミアも反対側の針を剣でポキポキと斬り落としてくれる。
「これ楽しいですね!」
「いつまでもやっていられる気がします!」
あまにも針をへし折るのが楽しく、俺はルミアと一緒に三体のカイシードルを丸裸にしてマジックバッグに収納した。
それからもう一度魔石調査を発動して、周囲に魔物がいないかをチェック。
湖底には何体ものカイシードルの反応があるが、一向に気配が動いていない。
かなりの鈍足らしいので数時間経っても、岸に上がってくることはないだろう。
周囲に安全をチェックすると、奥で光輝いている巨大な水晶に近づく。
近づいてみるとよくわかる水晶の美しさ。水のように透き通っており、そこに一切の不純物はない。発光水晶を見た後だからか、余計に群生している水晶が美しく見えた。
【白銀水晶 高品質】
年中降り注ぐ豊富な水と魔力が入り混じってできた、白銀の水晶。
不純物はほぼなく、水のような透明な輝きをしている。
硬度はそれほど高くないが、芸術品や装飾品としての価値が非常に高く、その美しさは数多の人を魅了する。
「白銀水晶かぁ……本当に綺麗ですね」
「はい、とても」
隣で見上げているルミアが息を吐くような声音で頷く。
発光水晶によって照らされて、光り輝く白銀の水晶はそれほどまでに美しかった。
洞窟の内部と一体化しているかのような、巨大な白銀水晶と周囲に生えている水晶はそれ自体が一つの芸術品のようだった。
「なんだかこれだけ綺麗だと採掘する気が失せてしまいますね」
「はい、私もあれにツルハシを突き立てることはできません」
話に聞いており、遠目で確認した際は少し採掘をしようと思ったが、近くでその美しさを目の当たりにするとそんな気は失せてしまった。
自己満足だとはわかってはいるが、これだけ美しい自然の神秘を目にすると不思議とそう思うのだ。
「シュウとルミアはこういった素材が大好きなのではないのか?」
「大好きではありますが、これだけ綺麗なものを見ると採取するのが申し訳なくなるというか」
「これはここにあるままの状態が一番綺麗だと思うので」
素材コレクターとして疼く心がないといえば嘘になるが、この素材はこのままにしておく方がいいように思えた。
「二人は冒険者なのに真面目なのだな。そういった自然の美しさを愛しむ者は嫌いじゃない。せっかくここまで来たんだ。二人にこれをやろう」
くっくっと笑いながらレイルーシカが懐から取り出した何かを渡してくる。
受け取ったものを見ると、それはまさしく小さな白銀水晶だった。
「滴り落ちる水滴や、魔物同士の戦いの余波で欠けてしまった白銀水晶だ。お金の代わりに持ち歩いているものだが二人に譲ろう」
「「いいんですか!?」」
「ああ、構わないさ」
俺とルミアの言葉が見事に重なる。
そんな様子を見て、レイルーシカはおかしそうに笑った。
やっぱり、こういった素材が好きな者としては欲しい気持ちも大きい。
採掘しないと言っておきながら露骨に喜んでしまったのが恥ずかしいが、そういった事情のものであれば懐に入れるのも構わないだろう。
俺とルミアは顔を赤くしながらも、小さな白銀水晶を素直に受け取った。