沼シャコ獲り
『異世界のんびり素材採取生活』小説2巻とコミック1巻は夏頃発売予定です。
「あっ!」
レイルーシカの話を聞いて、不安に思っていると突如としてルミアが声を上げた。
「どうしたんです、ルミアさん?」
「今、土の中からロブスターみたいな生き物が出てきました!」
ロブスターというと、海老みたいな生き物ということだろうか?
ルミアの指さしている地面には小さな穴があり、何らかの生物がいるであろう形跡があった。
「ああ、沼シャコだろう。この辺りにはよくいるからな。焼いたり、茹でたり、素揚げにしたりと美味しく食べられる」
「へー、食べられるんですね。どうやって捕まえるんですか?」
「沼シャコ獲りには自信がある。私が獲る様子を見せてやろう」
軽い説明をしてくれるのかと思いきや、レイルーシカは若干ドヤ顔をしつつ屈んだ。
そして、ポーチから長細い筆のようなものを取り出すと、真剣に穴の様子を眺め出した。
どうやら今から沼シャコを捕まえてみせてくれるらしい。
自信があるらしくかなりのやる気だ。
沼シャコがどんなものか興味があるので、俺とルミアは傍で見守る。
レイルーシカはいくつもの穴へ筆を入れていく。
ズボッと深くまで入れてしまい、外に出ているのは上部についている布だけだ。
恐らく、穴の中に深く突っ込んでも取り出せるようにカスタマイズしているのだろう。
真剣な表情だけでなく、その道具からして普段からの入れ込みぶりがわかるというものだ。
「……そろそろか」
そのまま三人して待っていると、不意に一本の筆が動いた。
「あっ! あそこの筆が上がってきてます!」
「沼シャコだ。巣の中に入ってきた異物を鋏で押し出そうとしているんだ」
なるほど、蟹のような習性を活かしての捕まえ方か。
感心しているとレイルーシカが反応のある筆を掴み、押し込んでは引いたりと動かす。
「後は中にいる沼シャコを上まで誘い出したところで、筆を掴んでいる沼シャコをグッと捕まえる! これが沼シャコの獲り方だ!」
「おおおおおっ!」
「すごいです!」
見事な腕前で沼シャコを捕まえたレイルーシカに俺たちは拍手を送る。
「子供の頃からよく獲って食べているからな」
どこか誇らしげに言うレイルーシカ。言うだけあってかなり動きが手慣れていた。
「これが沼シャコですか。リンドブルムで見たロブスターとは全然違いますね」
レイルーシカが摘まんだシャコをルミアと俺はまじまじと見つめる。
見た目はまさに前世にも存在していたシャコとほぼ同じだ。若干色味が黒っぽい気がするが、それ以外に違いはないように見える。
【沼シャコ】
テラフィオス湿地帯に生息する甲殻類で、体長は十二センチから二十センチ。
泥底や砂泥底におり、U字形の巣穴を掘って生活している。
肉食性で他の甲殻類や魚類、貝類などを好んで食べる。
小さな鎌のように発達した脚で打撃し、貝殻などを割ることができる。
環境の変化に強い。塩茹でや揚げ物にすると美味。
死後時間が経つと、殻の下で酵素が分泌され、自らの身を溶かしてしまうので新鮮なうちに調理すべし。
鑑定してみると、沼シャコの情報が出てきた。
こちらも前世のものと同じようだ。
「なんだか面白そうですね。私たちも捕まえてみましょう」
「いいですね」
少しグロテスクな生き物であるが、ルミアは全く怯むことなく提案してきた。
きちんと食べられるし面白そうなので頷く。
「少し筆をお借りしてもいいですか?」
「構わんさ。こっちの筆を使うといい」
「あ、ありがとうございます」
気前よく追加の筆を渡してくるレイルーシカ。
一体、何本の筆を持ち歩いているのやら。
レイルーシカから筆を借り、俺とルミアは地面にある穴を探す。
「沼シャコ、調査」
試しにスキルで探索してみると、地面の中にたくさんの沼シャコがいるのが透けて見えた。
素晴らしいスキルなのであるが、大量に沼シャコが重なって見える姿は中々にすごい。
沼シャコがいる穴に俺は直接筆を入れた。
そして、スキルで透過した状態のまま俺は筆をグリグリと突っ込んでみる。
すると、土の中にいる沼シャコが鎌脚で筆を攻撃してきた。
筆を握っていると確かな衝撃を感じる。
レイルーシカがやったように筆を動かしてちょっかいをかけつつ上まで誘う。
しっかりと目視しながら上まで誘い上げ、反対側の手で掴んだ。
引っこ抜いた筆と一緒にスポンと出てくる沼シャコ。
毛先を挟んでいる捕脚を掴んでいるので、攻撃される心配もない。完璧だ。
「捕まえました!」
「わあっ! もうですか!? すごいです、シュウさん!」
「そ、そんなバカな。素人がこんなにも早く捕まえるだと!?」
早速の捕獲報告にルミアが褒め、レイルーシカが驚愕の表情を浮かべた。
その表情は信じられないとばかり。
普通であれば、地中の様子は見えないので伝わる感覚を見極める力がいるだろう。
しかし、俺には地中の様子までしっかり見えているので、沼シャコがどこで何をしているか丸わかりだ。だから、楽に捕まえることができるのだ。
捕まえた沼シャコをケースに入れると、俺は次の筆にとりかかる。
同じように筆先を突っ込んで、沼シャコにちょっかいをかける。
すると、怒った沼シャコがいきり立って筆を攻撃してきた。
徐々に引きながら上まで誘導し、地表まで来たところで捕まえる。それの繰り返しだ。
「二匹目、三匹目、四匹目」
「なんて速度だ。私も負けていられるか!」
俺が次々と捕獲する姿を見て、触発されたのかレイルーシカが筆を動かし始めた。
スキルを使うとすぐにたくさん獲れるが、これだけでは少しつまらない。
俺は敢えてスキルを切った状態で、沼シャコ獲りに挑戦してみる。
にょきにょきと押し上がってくる筆を見て挑戦。
反応のある筆を掴んでグッグと押してみる。それを跳ね返すような衝撃があるが、具体的な状態がわからない。
……見えていないと、今どうなっているのか全くわからないな。
それでも先ほどの経験を活かして、何とか誘ってみる。
「これは出てきたかな?」
反対側の指で掴んでみると、沼シャコの捕脚を掴んだ感触がした。
しかし、するりと指の間をすり抜けて、穴の中に逃げられてしまった。
「あっ、逃げられた!」
「フッ、そう何度も調子良くはいかなかったようだな。見ろ、私は六匹も捕まえたぞ!」
わざわざ俺に捕獲した沼シャコを見せびらかしてくるレイルーシカ。
意外と負けず嫌いなようだ。というか、この短時間で六匹って本気を出しすぎだ。
「早いですね」
「これでも集落一のシャコ獲り名人だからな」
素直に褒めると、鼻を指で擦りながらそのようなことを言う。
まさか集落一だったとは。道理ですごいわけだ。
ああ、鼻を擦ったせいで泥がついてしまっている。けど、今はいいか。
「ルミアさんの方はどうです?」
ちょうどそんな風に尋ねると、ルミアが「ああっ!?」と声を上げた。
「に、逃げられましたー」
こちらを見ながら悲しげな声を漏らすルミア。
タイミングの悪い時に声をかけてしまっただろうか。ちょっと申し訳ない。
「スコップを使いますか?」
「なんという外道なことを!」
「それだけは負けた気がするので嫌です! 自分の手で掴んでみせます!」
おずおずと提案してみると、ルミアはふるふると首を横に振る。
ついでにレイルーシカにも罵倒されてしまった。
いうなれば手長エビを網で獲るような感じだろうか。
手長エビなんかも川の浅いところに住んでおり、網を使えば簡単に捕まえられる。
だけど、それではつまらないので敢えて釣竿で捕まえる者も多い。沼シャコ獲りもそれと同じだろう。
「ふむ、もうちょっと突いては離してを繰り返してやるといい」
ルミアの様子を見かねてか、レイルーシカが近くにある筆を使って動きを再現してやる。
「こ、こうですか?」
「ああ、沼シャコを突いて怒らせてやるんだ」
レイルーシカの筆遣いを見て、ルミアはそれを真似しながら沼シャコをおびき寄せる。
すると、僅かに張っている水面に沼シャコの捕脚が見えてきた。
「出てきたぞ! 捕脚を掴んで引っ張り上げろ!」
「はい!」
レイルーシカの声に合わせてルミアが反対側の手で掴んで引っ張り上げる。
「やった! 捕まえまし――ああああああっ! 脚だけです!」
沼地に響き渡るルミアの悲鳴。
彼女が手にした筆先の先端には沼シャコの捕脚だけが付いており、肝心の本体はいなかった。
「ああっ、脚が……」
「どうやら少しだけ遅かったようだな」
ルミアが捕脚を掴んだタイミングで沼シャコも同時に全力で逃げたのだろう。
結果としてこのような無残な結果に。
「落ち込むことはない。まだまだ沼シャコはたくさんいる。ほら、そこの筆が動いているぞ」
「はい!」
レイルーシカに励まされて、ルミアは次の筆に取り掛かる。
先ほど、教わった誘いの動きを駆使して沼シャコにちょっかいをかける。
「どうだ? 触れ合っているか?」
「触れ合ってます! やる気満々です! でも、どこまで来ているかタイミングが……」
やはり、地中だけあって沼シャコがどこまで来ているか掴みづらいようだ。
少し手助けをするために俺は調査スキルで透視する。
ルミアの筆の先には一匹の沼シャコがいる。しかし、筆を警戒しているのか、今はジッと佇んでいる。
「もう少し筆先を奥に入れて、しっかりと毛先を相手に当ててみてください」
「は、はい。すみませんけど……えい! えい、えい!」
少し申し訳なさそうにルミアがグッグッグと筆を押し込む。
それは、しっかりと沼シャコの顔に当たっており、鬱陶しく思ったのか激しく捕脚で攻撃し出す。
「わっ! すごい攻撃してきました!」
「そのまま少しずつ引いて誘導しましょう」
さっきの攻撃が余程頭にきているのか、ルミアが筆先を引くと沼シャコはあっさりと追いかけてくる。
「そろそろ沼シャコが出てきますよ。準備してください」
俺がそのように言うと、ルミアは集中しだしたのか無言で反対側の手を伸ばす。
ここまできたら助言はいらないだろう。
筆を動かすのをジーッと見守っていると、ルミアがサッと左手を伸ばして筆を持ち上げた
その筆先には捕脚だけでなく、しっかりと沼シャコ本体もいた。
「今度こそ捕まえました! 沼シャコです!」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「シュウさん、レイルーシカさんのアドバイスのお陰です!」
とても嬉しそうにするルミアを見ていると、こちらまで頬が緩む。
釣られて柔らかい表情をしていたレイルーシカだが、ふと次の瞬間には凛としたものに戻る。
「よし、今のでコツを掴んだな! それを忘れないようにもう一匹だ!」
「はい! 師匠!」
どうやらルミアに新しい師匠ができたようだ。
しばらくの間、俺たちは沼シャコを獲るのに勤しんだ。