沼地のダークエルフ
『異世界ではじめる二拠点生活』の書籍1巻が発売中です。現在売り上げが好調とのことで、もう少し数字が出れば重版も視野に入ります。最初の数字が続刊に関わってぎすのでお早いお買い求めをお願いします。
エオスを倒し、無事に毒牙などの素材を採取した俺とルミアは、次の素材を手に入れるべく進んでいた。
「シュウさん、シュウさん! これってドクドクキノコじゃありませんか?」
素材を探していると、木の傍を探していたルミアがそんな声を上げた。
どれどれと近づいてみると、木の陰に紫と黒の混じったキノコが生えていた。
【ドクドクキノコ】
強い毒を持ったキノコ。食性には適さない危険なキノコである。
食べると吐き気、嘔吐、下痢、腹痛などの症状が現れ、その後に意識を失う。
重傷化すると高熱、めまいなどが現れ、意識障害を経て、消化器官系が出血を起こし、最悪の場合は二日から三日で死に至ることも。
傘部分には強い酸があり、素手で触れると爛れてしまう。
劣化させないために地中にある根元も採取すると良い。
「ドクドクキノコで間違いないですね」
今まで見てきたキノコの中で一番おっかない。毒サボテングタケやアカテングタケが可愛らしく見えるほどだ。
あちらはそれなりの毒はあれど、死に至る確率が高いものではなかったし。
「これもそのまま根元から採取しても大丈夫なのでしょうか?」
「いえ、土を少し掘り返し、根元から採取する方が劣化しないようです」
「なるほど! では、そうします!」
そう説明すると、ルミアは軽くメモをした後に、スコップで土を掘り始めた。
俺も近くにあるドクドクキノコの土を同じようにスコップで掘っていく。
沼地の土は多くの水気を含んでいるために掘るのも一苦労だ。ひとつひとつの土が随分と重い。ヘドロのようなものも混ざっており、粘着性も強かった。
それでもひたすらにスコップを動かして掘っていく。
こんな風に土を掘るのは、ヤマドコロの採取をした時以来だろうか。
ドクドクキノコを傷つけないように掘っていくと、ようやく根元が見えた。
土をかき分けて軸を根元からむしり取ると、綺麗に根元が露わになった。
「よし、採取完了!」
「こっちも採取できました!」
「そっちは根元が随分と長いですね」
「シュウさんの方は短いですけど膨らんでいますね」
互いに採取したドクドクキノコの根元を観察しながらそんな感想を漏らす。
どうやら個体によって根元の形が違うようだ。そんなところも面白い。
ひとしきり観察を終えると、こちらも黒瓶に入れる。
しっかりと蓋を閉めると、マジックバッグの中に収納だ。
「手袋が汚れてしまったので洗いましょうか。ウォーターボール」
「ありがとうございます」
水魔法で水球を出すと、俺とルミアはその中に手を突っ込む。
手を洗うようにこすり合わせると、あっという間に泥は落ちて綺麗になった。
泥で変色してしまった水球は、適当なところに飛ばして破裂させる。
「こちらも水に強いんですね」
「はい、ブラックスライムの皮ですから」
ラバー生地みたいなので水も弾くだろうと思っていたが、予想以上の水の弾きだ。
手をパッパと払うと、それだけでほとんどの水滴が無くなっていた。
「エオスの毒牙、ドクドクキノコは採取したので、後はタラントの毒棘とカイシードルの毒針、毒沼蛙の毒袋の三種類ですね」
クラウスの指名依頼とルミアの課題素材は同じなので、あと三種類の素材を複数個集めれば目的は達成だ。それ以外の素材も採取しながら進んでいるので、少し時間がかかっているが悪くないペースだと思う。
「はい、この調子でドンドンと採取しましょう!」
「今日のルミアさんは、いつもよりテンションが高いですね」
元々、素材が大好きな彼女であるが、今日はいつにも増して元気だ。
それほど毒性素材が大好きなのだろうか?
「初めてなんです! 師匠がいない状態でこんな風に外で素材を採取するのは!」
「あー、そういえば、いつもサフィーさんが傍にいるか、グランテルの近くでしたもんね」
思い返せば、ルミアと採取に出かけるのはいつもグランテルの傍の森だった。
それ以外の場所は、危険過ぎて連れていけなかったりタイミングが合わなくて行けなかったり。
「だから今回は、シュウさんに連れて行ってもらえて嬉しいんです!」
「そうですか。それなら今日は目いっぱい楽しみましょう!」
「はい!」
ルミアがやたらと嬉しそうにしているのがわかった。
彼女にとって楽しい思い出であり、有益な一日であるように俺もサポートしないとな。
●
目的の素材を探索して、沼地を歩いていると前方に魔石の反応があった。
複数の小さな魔石が一か所に集まり、妙な動きをしている。
「どうしました?」
足を止めると、ルミアが不思議そうに尋ねてくる。
「人がいますね。多分、一人だけです」
「あっ、本当ですね。地面を見てみると、足跡があります。私たちと同じ冒険者でしょうか?」
「あるいは近隣の住民かもしれませんね」
この付近にも小さな集落や村があるのは地図で確認済みだ。
気配の主は、そこから採取にやってきた人なのかもしれない。
「近隣の人なら、魔物の生息地について詳しいかもしれませんね。一応、警戒しつつ近づいてみましょうか」
「わかりました!」
ここは安全な街ではなく、人の目もほとんどない魔物の領域だ。
相手が善良な者ばかりとは限らない。だが、あからさまに気配を消して近づくと、やましいことを考えているとも考えられる。
それとなく警戒しつつ、気配は消さないように接近してみる。
気配の主がいるのは開けた場所で、それを囲むように石壁のあるところだった。
「誰だ?」
気配を出しつつ近づくと、相手は気付いたのかすぐに誰何の声を上げる。
「冒険者です。こちらに敵意はありません」
俺たちは勿体ぶることなく、石壁から姿を現す。
艶やかな長い銀髪に褐色の肌。瞳は黄色く、鋭さのある顎に通った鼻筋。
そして、何よりも特徴的なのではエルフ族のようなとがった耳だ。
相手も冒険者、あるいは戦士なのだろうか。動きやすそうな革鎧や着ており、肩や腕を覆うアーマーのようなものがついている。
俺たちが素直に姿を現して敵意がないことを伝えたお陰か、構えていた剣を即座に鞘に戻した。
ひとまずは警戒を緩めてくれたようだ。
「もしかして、ダークエルフの方ですか?」
「如何にも。私はダークエルフのレイルーシカだ」
ルミアが尋ねると、相手は自らの名を名乗った。
やっぱり、ダークエルフのようだ。
グランテルでは、受付嬢のシュレディさんをはじめとするエルフを見かけることはあっても、ダークエルフを見かけたことは一度もなかったので新鮮だ。
「で、そちらは?」
「改めまして、冒険者のシュウです」
「私は錬金術師見習いのルミアといいます」
「俺たちはグランテルから採取依頼をこなすためにやってきました」
「……ふむ、嘘ではなさそうだな」
冒険者カードを見せながら言うと、レイルーシカは頷いた。
それからやや呆れた声音で言う。
「こんな場所に採取にくるなど変わっているな。この辺りは癖の強い魔物も多く、毒性素材ばかりだぞ?」
「その毒性素材を欲しがる稀有な依頼人たちがいるんです」
「毒性素材も使い方によっては大事な薬にもなるんですよ!」
少しからかうように言うと、ルミアが心外とばかりに主張する。
そのことはしっかりとわかっているので、これ以上弄るようなことはしない。
「ところで、レイルーシカさんはここで何をしているのですか?」
「近頃、沼地の様子がおかしくてな」
「様子がおかしいと言うと?」
「具体的に何かが起こっているわけじゃない。ただ、普段いないはずの場所に魔物がいたり、いるはずの場所にいなかったりと違和感が続いている。それで集落の中でも調査に秀でた私がやってきたわけだ」
「なるほど」
「まあ、魔物の生態など私たちに測り知れることではない。何もなければ、それでいいのだがな」
……なんだろう。それはすごいフラグのような気がする。
「……ルミアさん、俺不安になってきました」
「私もです」
俺とルミアは森でレッドドラゴンに襲われ、リンドブルムでは海底神殿に巣食っていたクラーケンに襲われている。
さらに俺は、デミオ鉱山でドボルザークと遭遇している。
まさかと思うような事故が連続で続いているのだ。
最早、自分は関係ないだろうと楽観的に考えることはできなかった。