毒性素材の採取
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ルミアと共に素材を採取しながら沼地を進んでいく。
「調査!」
スキルを使うと視界の中に様々な素材が表示された。
色合いはほとんどが低級の紫や青。その中に僅かな数であるが赤色に表示されているものが見えていた。
シルエットを見ると、なんだかサボテンのような形をしている。
もしかすると、クラウスに頼まれていた毒性素材の一つかもしれない。
周囲を警戒しながら一直線にそこに向かってみる。
スキルによって素材の輪郭が透過されているので、石の裏側を覗いた。
すると、そこにはサボテンのような植物が生えていた。
【毒サボテングタケ】
サボテンのような形をしているが、厳密な分類ではキノコ。
その身に生えている棘には毒がある。それだけでなく不用意に傷をつけると、毒成分を含んだ液体を噴射するので注意が必要。
棘に含まれた毒と噴射される毒の成分は同じである。浴びると大きく肌が腫れ上がり、しばらくの間激痛を伴うことになる。
目などに浴びると失明の恐れ。浴びた際は早急な対処が必要となる。
「うわあ、これも危ない素材だな」
鑑定で表示された情報を読み取って、最初に思ったのがそれだった。
まるで、前世でも生えていた毒のあるサボテンに似ている。
わかっていたが、クラウスも厄介な素材を求めてくれたものだ。
「シュウさん、何か見つけたんですか?」
「はい、注文にあった毒サボテングタケです」
そう言うと、ルミアもこちらにやってきて石の裏側を覗き込む。
「あっ、本当ですね! 師匠が迂闊に触ると痛い目に遭うと言っていた素材です!」
「ちなみに採取方法は聞きました?」
「いえ、シュウさんが知っているだろうと」
「……なるほど」
サフィーが適当過ぎる。
スキルのお陰でわかるとはいえ、俺もすべてを知っているわけではないんだけど。
まあ、それぐらい信頼があるとポジティブに考えよう。
【鋭い刃物で根元から切断すれば、毒液を噴射することはない。切り口を腐らせないように乾燥させると保存状態がよくなる】
採取方法を知りたいと願いながら鑑定を発動すると、そのような追加情報が出てきた。
「どうやら少し採取するのにコツがいるようですね。最初は俺がやってみますので見ていてください」
そう言って、ルミアに少し離れてもらい、マジックバッグから採取用ナイフを取り出す。
ドロガンに作ってもらったナイフだ。切れ味にいいこれなら、つっかえることなく切断できるだろう。
棘が刺さらないようにブラックスライムの手袋で手を覆い、慎重にナイフを根元に近付ける。
根元に刃を押し当てると、そのまま一気に切断。
毒サボテングタケが倒れないように、しっかりと手で支える。
特に毒液が噴射されることなく、綺麗に採取できたようだ。
俺はホッと安堵の息を吐いた。
「こんな感じで慎重にナイフで切断すれば、問題なく採取できます」
「なるほど! さすがはシュウさんです!」
尊敬するような視線を向けられるが、心臓がバクバクだ。
切った瞬間、毒液が噴射されたらどうしようって思っていたくらいだ。
しかし、採取者として先輩としての威厳を保つために、なんてことないように振舞う。
「ルミアさんも採取してみますか?」
今回の採取もルミアの経験を積むという目的がある。
俺だけが見つけて採取していても意味はない。
「はい、やります!」
問いかけにルミアは迷うことなく即座に頷いた。
こんな危険な素材だというのに肝が据わっている。覚悟があるというのは伊達ではないようだ。
ルミアはショルダーケースから自らの採取用ナイフを取り出すと、毒サボテングタケに近づく。
屈むと慎重にナイフの通りやすい角度を測る。
俺はもしも毒液が噴射してきても、魔法で防げるように準備をしておくことにした。
ルミアと毒サボテングタケの間に障壁を出してやれば、被害は最小限に抑えられるだろう。
そんな保険をかけてはいるが、それでも心配だな。
ソワソワとしそうになる心を何とか抑えつつも、俺は彼女を見守る。
やりやすい角度を見つけたのか、ルミアがナイフを根元に持っていく。
慎重に刃を添えると、ルミアは一息に根元を切断した。
片方の手できちんと支えていたので倒れることはない。
「やった! できました、シュウさん!」
「おめでとうございます」
「シュウさんのアドバイスのお陰です。さすがに今回は毒性素材だけにドキドキしました」
採取できたことを喜ぶルミアを見て、こちらもホッとする。
おっかない毒液で傷つく友人は見たくないから。
「鮮度の高い状態で保存するために、切り口の乾燥をお願いできますか?」
「わかりました。【乾燥】」
ルミアは毒サボテングタケに手をかざすと、スキルを発動させた。
切り口を見てみると、見事に乾燥されている。これなら毒液が滴り落ちることもないだろう。
「念のために加工瓶に入れておきますね」
「お願いします」
マジックバッグから黒い瓶を取り出して、そこに採取した毒サボテングタケを入れる。
こちらもブラックスライムの皮を利用した特殊な瓶だ。
抗毒、抗酸作用などが付与されているために、毒性素材であろうとも問題なく保管できるのだ。
乾燥させているとはいえ、取り出した時に僅かに毒液が漏れて割れるなんてなったら怖いしな。念には念をだ。
「これで採取は完了……」
「どうしました?」
俺の様子を訝しんでか、ルミアは首を傾げる。
念のために魔石調査を発動すると、遠くから二本脚で走ってくる魔物のシルエットが複数見えていた。
「あっちから魔物が近寄ってきています。シルエットからしてエオスかもしれません。数は五匹です」
「エオスの毒牙は課題素材です。ここで迎え撃ちましょう!」
そのように伝えると、ルミアは腰に佩いていた剣を抜いて構えた。
課題素材だけあって好戦的だ。レッドドラゴンを前にしても怯まなかったルミアを見ているので、既にそのことで驚くことはない。
開けた場所に移動すると、姿を現せたエオスたちはしっかりと追従してきた。
毒々しい紫色の体表に濃紺色の縞模様。
強靭な二本足でぬかるんだ地面を疾走している。
全長は約百五十センチといったところか。
巨大なイグアナがしっかりと立って、走っているような感じだ。
エリマキのようなものがついており、喉元がぷっくらと膨らんでいる。
【エオス 危険度C】
テラフィオス湿地帯に生息する鳥竜種の魔物。
一匹の力はそれほど強大ではないが、集団での戦闘を得意としている。
常に複数匹で行動し、高い知能で相手を翻弄する。
牙には凶悪な毒が含まれており、噛まれると神経毒を注入される。
毒素のあるキノコを摂取し、喉元に毒素を溜めている。
いざとなれば口からそれを吐き出して攻撃してくる。
とても体力が高くて執念深い性格をしている。
「エオスみたいですね」
ラビスから遭遇しやすい魔物だと聞いていたのですぐにわかった。
個々の力はそれほど高くはないが、集団での連携と毒による攻撃が厄介そうだ。
「ギャアアッ! ギャアアアッ!」
俺たちの目の前にやってくると、エオスが独特な威嚇をする。
「あれ? エオスが四匹しかいませんね?」
「どうやら一匹は後ろに回り込んでいるみたいです」
こっそりと俺たちの死角から回り込んでいるようであるが、視界の端にしっかりと捉えている。それに調査スキルのお陰で位置がバレバレだ。
鑑定で出てきた情報通り、ずる賢い性格をしているようだ。
毒という強い武器を持ちながら、作戦を立てて攻めてくるとは侮れないな。
「……要注意ですね」
「ええ、油断せずに倒しましょう」
「ギャアアッ!」
そのように頷き合うと、先頭にいたエオスが喉を膨らませて毒を吐いてきた。
わかりやすい予備動作があるために、俺とルミアはすぐにその場を離れた。
紫色の毒液が地面に着弾すると、何かが溶解する音がし、紫のガスが漂った。
おっかない攻撃だ。
飛び退いた俺たちに残りのエオスが距離を詰めてくる。
ルミアに二匹、俺に一匹。本能的に女性の方が与しやすいと理解しているのだろうか。
だが、それは間違いだ。
「はぁっ! せいっ!」
サフィーに鍛えられているお陰か、ルミアはその辺の冒険者よりも遥かに高い近接戦闘能力を誇っている。
エオスの毒牙が届くよりも前に、二匹のエオスは切り捨てられていた。
「フリーズ」
そして、こちらにやってきたエオスも俺の魔法で氷漬けにされた。
この距離を真っすぐに進んでくる相手に外しようがない。
瞬く間に三匹を無力化されて、毒は吐いてきたエオスは狼狽する。
しかし、不自然に後ろに逸れたかと思うと、挑発するように威嚇してきた。
「ギャアアアッ! ギャアアアッ!」
死角から回り込んできた個体の奇襲を成功させるためだろう。
魔物でありながらそこまで知能が高いなんて、やっぱり油断できない。
視線を向けるとルミアは俺の意図をくみ取ったのか、剣を構えて前方のエオスに突撃する。
そのタイミングで後ろから奇襲してくるエオス。
「アイスピラー」
スキルによって完璧にタイミングがわかっていた俺は、跳躍してきたエオスの横から氷柱を叩き込んだ。
横っ腹に穴を空けられて吹き飛び、動かなくエオス。
それとほぼ同じタイミングで前方にいたエオスがドサリと崩れ落ちた。
「やりましたね、シュウさん! エオスの素材を採取しましょう!」
血糊を振り払うと、すぐに採取用ナイフに持ち変えるルミア。
剣で戦うルミアも凛々しく綺麗だが、こちらの方が彼女に似合っており、魅力的な気がした。