湿地帯に必要なもの
「まさか、あたしの魔力釜を満タンにしてしまうとは。あたしからも礼を言うよ、シュウ君。これで今まで躊躇っていたアイテムも作り出すことができる」
先ほどの下着姿とは違い、いつもの服装を身に纏ったサフィーが礼を言ってくる。
「これくらいであればお安い御用ですよ」
「魔力釜を満タンにしても魔力は尽きていないと?」
「そうですね。三分の一くらい減った感じでしょうか」
「そうか! 三分の一か!」
俺がそのように言うと、サフィーが愉快とばかりに笑った。
あの魔力釜を満タンにしても、それだけしか減っていないのはやはり常識外れなのだろうな。
ひとしきり笑うと、サフィーは真面目な表情で言う。
「どうだ? シュウ君。あたしの魔力釜に定期的に魔力を注いではくれないか? 勿論、謝礼は弾むぞ」
「いつもグランテルにいるわけではないので、本当に暇があるタイミングでも良ければ」
海守の腕輪を使って海に潜るでもなければ、冒険に出てもそれほど魔力は消費しない。
元手がゼロで稼げる仕事だ。こちらとしても悪くない。
「ああ、それで十分だ! 今日の分も口座に振り込んでおく!」
「しばらくは魔力を気にすることなく、思う存分使えますね!」
これにはサフィーだけでなく、お茶を持ってきてくれたルミアも大喜びだ。
魔力を気にすることなく使えれば、たくさんアイテムを作ることができるだろう。
見習いであるルミアもより多くの経験が詰めるに違いない。
「これまで自重していたアイテムも作り放題だ。ふふふふ」
サフィーの口元がどうしようもないほどに緩んでいる。ひょっとしたら、俺はこの人から自重というものを外してしまったのかもしれない。大丈夫だろうか?
「おお? 今日はいつもの紅茶ではないな?」
「はい、シュウさんから頂いたフツの葉のお茶です」
「クラウスから貰ったもののお裾分けです」
なんて少し苦笑いをしながら本日二度目のお茶を店舗スペースでいただく。
「おお、癖のある味わいだが悪くないな」
「ミントティーとも少し違った風味と清涼感です」
二人ともフツの葉のお茶を気に入ってくれたようだ。
チビチビと味わうようにして飲んでいる。
穏やかな日差しが差し込む中、こうして三人で喋りをしながらお茶を飲むってのもいいな。
最近はどちらかというと、宿屋の食堂やギルドの酒場で騒がしく呑むことが多かったからね。
「ところで、シュウさんは何かご用があってお店に?」
「あっ、そうでした!」
魔力釜のことやサフィーとの新しい取引ですっかり忘れていた。
思い出した俺は、本来の目的を告げた。
「……ほう、テラフィオス湿地帯で毒性素材の採取か……」
「はい、それに必要な道具やアイテムを作ってもらいたいと思いまして」
「シュウ君、頼んでばかりで恐縮だが、その依頼にルミアも連れて行ってはくれないだろうか?」
「ルミアさんの経験を積むためですね?」
「ああ、そうだ。そろそろ、ルミアにも毒性素材の扱いを教えようと思ってな。ルミアは簡単な解毒ポーションこそ作れるが、それ以上のレベルのものは作れない。より、高品質の解毒ポーションを作るには、毒性素材のことを知る必要がある」
クラウスと同じようなことを言っている。
やはり、毒に対する考えは薬師も錬金術師も同じなのだろう。ちょっと面白い。
「どうだい、シュウ君?」
「俺も初めての場所なので、グランテル周辺のように案内できるわけではないですが……」
カッコよく任せろと言いたいところであるが、行ったことのある場所でないために自信満々とはいえない。
「シュウ君の技量であれば、湿地帯でも問題ないだろう」
「もしものことがあっても、自分の責任だと覚悟していますので気にしないでください」
こちらの瞳を真っすぐに見つめながらの覚悟のこもった言葉。
俺が心配しなくてもルミアは、錬金術師になるために覚悟を決めていたらしい。
これ以上、心配するのは彼女にとっても失礼だろう。
ルミアと一緒に採取をするのがサフィーから頼まれている指名依頼だからな。
「それならば、一緒に採取に行きましょう」
「はい! お願いしますね、シュウさん!」
こうして、俺はルミアと共に湿地帯に向かうことが決定した。
●
「さて、湿地帯で毒性素材を採取するとなれば、必要なものは解毒ポーションだな」
俺とルミアが頷き合うと、サフィーがイスから立ち上がって戸棚からポーション瓶を持ってくる。
「こっちが低級の解毒ポーションだ。毒沼蛙、エオスの毒であれば、これを薄めて飲んでも十分に治るだろう」
コトリと置かれた低級ポーションは薄紫色の液体だ。
解毒ポーションらしいが、液体そのものが毒っぽい。
「そして、こっちが中級の解毒ポーションだ。タラントやカイシードルのような猛毒には、こちらのポーションが必要だ」
二つ目に置かれたポーションは先程よりも液体の色が濃い紫色だ。
「基本飲めば問題ないが、状況に応じた解毒ポーションの使い方についてはルミアが教えてくれるだろう」
「はい、任せてください」
にっこりと笑みを浮かべるルミア。
そうだ。もしもの時には専門家がいるのだ。
そう考えると、いざという時も頼もしいものだ。
「そして、こっちが上級の解毒ポーションだ。激毒を持つ魔物の毒を食らってしまった時に服用すればいい。もっとも、激毒を食らいながら生きているかは怪しいがな」
真剣な顔をしながら上級ポーションを置くサフィー。
赤紫色の液体をしており、いよいよ激毒と言われても違和感がないくらいだ。
というか、サフィーの説明が怖い。
「……使うことがないように立ち回ります」
「うむ、それが賢明だろう。低級と中級の解毒ポーションが利かない複合毒に対しても、一定の効果はある。念のための保険として持っておくといい」
「ありがとうございます」
「後の細々としたアイテムや道具はルミアに持たせるとして、後は毒性素材を採取するために必要なアイテムだな。それらについてもルミアに作らせるとしよう。ついでに湿地帯を歩きやすい靴も作ろう」
「助かります!」
正直、靴に関してはどうしようかと思っていたが、サフィーにはきちんとした対策装備が浮かんでいるらしい。
「では、シュウさん。手と足のサイズを測らせてください」
「わかりました」
ルミアに連れられて、俺は店舗スペースから奥の作業部屋へ。
ルミアはメジャーを手にすると、俺の手のサイズや足のサイズを測って髪に記入していく。
そして、それが終わると今度は棚から粘土を取り出して、小さな箱に入れた。
「では、こちらに手と足をつけてください。型を取らせてもらいます」
まるで、オーダーメイド品を作るかのような細かさだ。
粘土の上に両手をつけて型をより、両足も同じように粘土に沈める。
むにゅっと粘土が足の間に入ってきて、何ともいえない気持ち悪さだった。
しかし、快適な靴のためには仕方がない。
「ありがとうございます、これで計測は完了です」
手渡された濡れタオルで手と足の粘土を拭うと、アイテムのための計測は終わったようだ。
「三日もあればできるだろう。適当にまた来てくれ」
「師匠は適当過ぎます! 出来上がれば私がお伝えしにいきますから!」
ずぼらな師匠の代わりに真面目な弟子が、きちんと業務連絡をしてくれる。
うん、それは助かる。
「はい、よろしくお願いします。あっ、金額の方はどれくらいします?」
必要なアイテムの目途がついたのは嬉しいが、肝心の代金を確認していなかった。
「魔力釜を満タンにしてくれたお礼だ。金はいらんよ。採取にルミアを連れて行ってもらう恩もあるしな」
「そういうわけなのでお代は必要ありませんよ」
尋ねると、サフィーとルミアは全く興味がないとばかりに言う。
「え? いや、そういうわけには――」
「本当に大丈夫ですから。いつもお世話になっている分、これくらいは力にならせてください」
「わかりました。楽しみにしています」
ルミアの真剣な言葉に、俺は遠慮の気持ちを霧散させて告げるのだった。