気になっていた冒険者たち
クラウスの指名依頼を受けることにした俺は、テラフィオス湿地帯について調べるためにギルドに向かった。
クラウスに聞いた限りでは、随分と癖のある魔物が多いらしいので入念な準備が必要そうだ。
ギルド職員であるラビスなら、魔物の情報や土地の情報を知っているだろう。
そんなわけでギルドに向かっているのだが、歩いているとふと思う。
なんであんなに簡単な挑発に乗ってしまったんだろうか。
別に依頼を受けたこと自体に後悔はしていないが、もうちょっとカッコよく引き受けたかった。
「くっ、クラウスの手の平で転がされたようで悔しい!」
なんて過去の自分を振り返りつつ頭を掻いているとギルドに到着した。
今日も強面な冒険者たちが酒場でたむろしているどうしようもない場所だが、ギルドというのはそんなものだ。
活動する内に顔見知りも増えてきたので、最初のようにビビることはない。
いつもの日課と化している掲示板を覗いてから、ラビスのところに向かおうと思っていると、急に冒険者たちが立ち上がってこちらにやってくる。
なんだなんだ?
「おい、シュウ。ちょっと聞きたいことがある」
知り合いであるラッゾがそのように声をかけてくる。
その後ろには同じパーティーメンバーのエリクがおり、他にも顔見知りの男性冒険者がたくさんいた。
強面の冒険者には慣れたが、こんな風に囲まれるとさすがに怖い。
「は、はぁ」
別に俺が何か悪いことをしてフクロ叩きにされる……などではないと願いたい。
内心ビビりながら尋ねると、ラッゾは真面目な表情で、
「……お前、昨日『アロマフォーレ』から出てきたよな? あの店、どうだった?」
「ええ?」
「おっと、惚けようとしても無駄だ。お前が昨日の夕方にあの店から出てきたことは、エリクが見ている」
「ああ、しっかりと千里眼スキルで確認した。シュウがあの店から出てきたのは間違いない」
ラッゾの言葉に頷いて、エリクがしっかりと言う。
それは斥候職のスキルの悪用ではないだろうか。しかし、有無を言わさないほどに真剣な二人を見ると、そのような突っ込みもできない。
「確かに、行ってきましたけど?」
「「おおおおおおっ!」」
別にやましいことではないので素直にそう答えると、冒険者たちがざわめいた。
「綺麗な姉ちゃんがいる店で気になっていたけど、よく行けたな」
「俺も興味があったんだが、オシャレな雰囲気でどうも気後れしてよぉ」
「あそこってそもそも男が入っていい店なのか?」
「むっ、わからん。見たところ女しか入っている姿は見ていない。男が入ったのはシュウが初めてだ」
「なんかちょっとエロい雰囲気があるけど、そういうサービスはあるのか?」
「表ではまっとうなマッサージで、裏ではそういうオプションのついてる店ってか! いいなぁ!」
などと勝手に店について語り出す冒険者たち。
まるで、いかがわしい繁華街を練りまわる高校生や大学生のようだ。
とにかく、わかったのはここにいる男性冒険者があの店に興味津々なことだ。
「……それでシュウ。あの店はどうだった?」
「アロママッサージがとても気持ち良かったですよ」
「それで、その……裏オプション的なものはあるのか?」
「さすがにそれは知りませんよ。俺は普通にマッサージしてもらっただけですし」
俺がそのように告げると、露骨にガッカリそうな表情を浮かべる冒険者たち。
「なんだよガッカリだぜ」
ラッゾの言葉からそういうオプションを期待していたのが伺える。
アロママッサージ店に何を期待しているのか。真面目にやっているセシエラさんに謝れ。
だけど、俺も内心ドキドキしていたので責めることはできない。それが男というものだ。
期待外れとばかりに冒険者が散っていく。
しかし、あの店はすごく良かった。変な偏見はなしにして、あのマッサージを普通に体験して良さを知ってもらいたい。
「確かにそういうオプションはないでしょうけど、アロマフォーレの綺麗な店員さんと会話したり、アロマでマッサージをしてもらえると純粋に癒しになると思いますけどね」
などと呟くと、散っていった冒険者がすぐさま戻ってきた。
そして、ラッゾが周囲を見渡しながら小声で尋ねてくる。
「……具体的にマッサージってどんな風にやるんだ?」
「えっと、まずは――」
俺は興味津々にしてくるラッゾをはじめとする冒険者たちに、アロマフォーレでのマッサージの流れを語ってやる。
すると、冒険者たちは説明する度に色めきたった声を上げて、最後まで真剣な様子で聴き入った。
「エリク、俺は行くぜ。あの店に」
「俺たちはパーティーだ。どんな時も一緒さ」
俺の説明ですっかりと気持ちが変わったのか、ラッゾとエリクをはじめとする冒険者たちは決意に満ちた瞳をしていた。
オシャレ過ぎて入れないなどと軟弱なことを述べる者は誰一人いなかった。
●
「こんにちは、ラビスさん」
「こんにちは、シュウさん! 今日も指名依頼がたくさん入っていますよ! より取り見取りです!」
掲示板を確認して受付に向かうと、ラビスが元気のいい笑顔と共に書類の束を置いた。
ドンッとやたらと重みのある音。束の分厚さからして三十センチはある。
「今回も面白そうなシュウさんの好きそうな採取依頼をいくつか見つけていまして――」
「あっ、すみません、残念ながら次に受ける依頼は決めていまして……」
活き活きと説明しようとするのを止めると、ラビスが愕然とした表情を浮かべた。
「ええっ! それじゃあ、ここにある指名依頼はどうなるんですか!?」
「お断りということで」
「そ、そんなぁ」
へにゃりと耳を垂らしながらカウンターに突っ伏すラビス。
色々と選んでくれたのに申し訳がない。
前回のアロマタケの採取のように今回も俺が好みそうな依頼を選んでおいてくれたのだろう。依頼書に貼ってある付箋を見れば、ラビスの努力はすぐにわかった。
なんだかここまでしてくれたのに申し訳ない。
「とはいえ、今回俺がこなすのも指名依頼ですから許してください」
そのように言うと、項垂れていたラビスがむくりと身体を起こす。
「依頼人から頼まれたのですか?」
「ええ、クラウスからの依頼で毒性素材の採取を頼みたいと。これが依頼書だそうです」
クラウスから提出してくるように頼まれた依頼書をラビスに渡す。
「……指名依頼は本人が持ってくるのが決まりですが、まあいいでしょう」
ちょっと微妙な顔をされたが、一応はきちんと手続きを進めてくれるらしい。
「テラフィオス湿地帯の毒性素材の採取ですか。中々に難しいでしょうが、シュウさんの腕であれば問題はないですね。手続きを進めるのに少し時間がかかりますが、すぐに出発されますか?」
「いえ、湿地帯についてほとんど知らないので、ラビスさんに教えてもらおうかと」
「なるほど、情報収集は大事ですからね。ギルド職員である私に任せてください」
頼られるのが嬉しいのか、ラビスは自身の胸をポンと叩くとテラフィオス湿地帯について説明をしてくれた。
それらの情報を纏めると、大まかな情報はこんな感じだ。
年間を通じて雨量が多い。そのため、広い範囲で地面がぬかるんでおり足場が悪い。
突如として発生する濃霧で視界が見えなくなることもある。
薄暗い湿地帯のため、手に入るキノコは豊富かつ良質。
天然の洞窟もあり採掘で手に入る鉱石もまた良質であり、巨大な群晶が形成されている場所もあって、美しい景色も見ることができる場所のようだ。
他にも生息している主な魔物や、滅多に出てこない危険な魔物についても教えてくれた。
「テラフィオス湿地帯の特徴を纏めるとこんな感じです。何かご質問はありますか?」
「そこに向かう際に用意しておいた方がいいものはありますか?」
レディオ火山のような癖のある地形は何かしらの対策をしないと、採取活動をするのはきつい場合が多い。
「今回求められる素材からして、解毒剤や解毒ポーションは必須ですね。もしもに備えてどちらも用意しておくのがいいかと思います」
解毒剤はクラウスの店で既に買い込んでいるし、後は解毒ポーションだな。
マジックバッグの中にいくつか持っているが、オススメの使い方とかを聞いておかないと。
「後は毒を採取するための道具や、ぬかるんだ地面でも歩きやすい靴。雨で濡れても大丈夫なように着替えですかね」
「ああ、そうでした。肝心の素材を採取するための道具が必要ですね」
漫然と考えていたが、採取するのは毒性素材だ。
当然、素手で触ることもできないし、それを保管するための特別な容器も必要になる。
後者は何となく思いついていたが、前者のことはすっかり抜けていた。
「どうしましょうかね……」
「それについても、サフィーさんのお店で解決すると思いますよ。抗毒、抗酸性などを持つブラックスライムの皮を利用した手袋や容器を作っていましたから」
「すごい。なんか今日はラビスさんがギルド職員っぽい」
「普段の私ってそんなに頼りなかったですかね!?」
「なんて冗談です。丁寧に教えてくださってありがとうございます」
ラビスのアドバイスを受けた俺は頭を下げて礼を言い、ギルドを後にした。
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