毒性素材採取の依頼
「まさか昨日の今日で来るとはな……」
アロマタケの採取を終えた翌日。俺はクラウスの家にやってきていた。
「頼みたいことがあるって言われたら気になるじゃないか」
口ぶりから別に急いでないことはわかっていたが、あんな風に言われたら気になるじゃないか。
あまりタスクは積み上げておきたくない派だ。
そういうものがあると、どうしても他のことをしている時に気になってしまうから。
「まあ、早い分に悪いことはないからいいがな」
クラウスはそのようなことを言って、用意したティーポットからお茶を注いでくれる。
だったら、「もう来たのか暇人め」みたいな言い方はしないでいいと思う。だけど、これがクラウスのツンデレだと理解している俺は突っ込んだりはしない。
「なんだそのムカつく表情は。非常に不愉快な解釈をされたような気がするぞ」
「……なにも言ってないし、そんなこと思ってないよ」
どうしてわかったんだろう。表情でわかるのだろうか。
クラウスは妙なところで鋭い。
「うん? いつもの薬草茶と違うね?」
クラウスが淹れてくれたものは、いつもの濃い緑色の薬草茶ではなく、かなり薄い緑色のお茶だった。独特のツーンとする匂いや青臭さもない。
「フツの葉のお茶だ」
「この辺に生えている植物?」
「実家が送ってきたものだ。そこまでは知らん」
なるほど。道理で俺がまったく知らないわけだ。
とはいえ、俺もこの辺の素材を全て知っているわけではないけど、流通しているのすら見たことがなかったからね。
クラウスの入れてくれたフツの葉のお茶を飲んでみる。
清々しいフツの葉の香り。呑み込むと喉の奥でスーッとした清涼感が突き抜ける。
「あっ、これ美味しいね」
薬草茶や緑茶、麦茶とも違う独特な風味と味だ。
人にとって好き嫌いが分かれるかもしれない味だが、俺は結構好きな味だ。
「そうか。なら、これをお前にやろう」
「ええ、いいの? ネルジュさんたちが心配して送ったものでしょ?」
「……量が多すぎる。俺一人では飲み切れん」
クラウスが指さす先には、パンパンに膨れ上がった革袋が五つも並んでいた。
思わず覗き込むと、袋の中にびっしりと乾燥させた葉が入っている。
【乾燥させたフツの葉 高品質】
リンドブルム周辺に生えるフツの木の葉を乾燥させたもの。
少し癖のある味がするが苦味は少なく、清涼感がある。
浄血作用、造血作用、抗酸化作用などがあり、非常に身体にいい。
胃腸の弱い人は摂取に注意。
即効性はなく、長期間続けることによって体質改善が見込める。
確かにすごく身体にいいものだが、これだけの量は飲み切れないだろう。
飲み切るよりも湿気たりダメになる方が早いような気がする。
「二袋貰ってもいい?」
「ああ、問題ない。むしろ、もっと持っていけ」
そうは言われても、これはクラウスを心配するネルジュやソラルさんの気持ちでもあるし、貰いづらい。
「どうせなら、薬を買ってくれたお客さんにサービスで渡してあげれば?」
「……その発想はなかったな。後でやってみることにしよう」
クラウスが全てを呑むことは不可能であるが、こうすれば巡り巡ってクラウスのためになるので、こういう消費もアリだろう。
クラウスの薬屋は近所の老人なども贔屓にしているので、喜んでくれるかもしれない。
「それで頼みたいことって言うのは?」
フツの茶の話が落ち着くと、俺は本題を尋ねる。
「お前に採取依頼を頼みたい」
「こういう風にきちんと説明したいってことは難しい素材なんだね?」
クラウスは俺の採取の腕を信用してくれている。それほど難しい素材でなければ、このように改まって説明しようとはしない。
「難しいのは勿論だが、何より危険だ」
「それはどんな素材?」
改まったクラウスの様子に俺は息を呑む。
「毒性素材が欲しい。できれば多くの種類で上質なものを」
「毒性素材って、毒を持った素材っていうことだよね?」
「そうだ」
俺の問いかけにクラウスはしっかりと頷く。
毒性素材というと、植物や虫などが保有している毒腺や、蛇などが持っている毒牙などが挙げられる。人体に多大な影響を及ぼすそれらはとても危険だ。
「毒性素材か……グランテル周辺ではあんまり見かけないね」
「だろうな。実際に採取に向かうのであれば、グランテルから南部にあるテラフィオス湿地帯がいいだろう。あそこなら毒性素材を持った植物や魔物が多く生息している」
クラウスは地図を広げると、グランテルから下にある場所を指さした。
「そんな物騒な場所だったんだ」
南部に広い湿地帯があるのは知っていたが、そんな物騒な場所だとは。
距離的に馬車で一週間くらいの道のりだろうか。レディオ火山よりは遠くないな。
「というか、何で毒性素材が必要なの?」
「俺は薬師だ。解毒作用のある薬を作るには、毒を研究するのは当然だろう? それに毒も使いようによっては薬にもなる」
「なるほど、確かにそれもそうだね」
物騒な素材を手に入れて何をするつもりなのだろうと思ったが、いつも通りのクラウスで安心した。
「具体的に必要な素材はあるの?」
多種類欲しいと言われるより、この素材が欲しいと言われる方が探しやすい。
「毒沼蛙の毒袋、ドクドクキノコ、タラントの毒棘、カイシードルの毒針、エオスの毒牙……この辺りの素材は欲しい」
どれも聞いたことがないし、聞いているだけで怖い。
「うーん、それって魔物の素材も含まれているよね? あんまり魔物からの採取はしないんだけどなぁ」
魔物を討伐して素材を回収するのはあまり好きじゃない。
俺はできるだけまったりと採取していたいんだ。
そんな風に告げると、クラウスは理解できないとばかりの表情で、
「……レッドドラゴン、ドボルザーク、クラーケンを討伐し、素材を採取しておきながら何を言ってるのだ?」
「いや、あれに関しては狙ってやったわけじゃなくて、向こうから絡まれただけだから」
俺はのんびり採取していたいだけなのに、運悪く絡まれるんだよ。別に狙って魔物を討伐しているわけでは断じてない。
まあ、魔物からも素材は採取しているわけだし、忌避しているわけでないのだけどね。
できれば、そういった安全なスタイルでの採取が好きってだけだ。
「……もしかして、毒性素材だから怖気づいているのか? なんだ、採取人だとは言う割に意外と肝が小さいのだな。お前の素材への愛はそんなものだったのか」
「よおおおし! やってやるよ! 魔物に含まれている素材でも素材だ。クラウスがそこまで言うなら採取してきてあげるよ!」
ちんけな挑発だとわかっているが、クラウスの言葉にカチンときた。
そこまでボロクソに言われてしまっては採取人として引き下がるわけにはいかない。
危険な毒性素材がなんだ。未知の場所と魔物がなんだ。
俺はそういう体験を求めてこの世界にきたんだ。ここで逃げてしまってはクラウスの言う通り、採取人の名折れだ。引き下がるわけにはいかない。
「さすがはグランテル随一の採取人だな。俺の期待を裏切ってくれるなよ?」
俺が啖呵を切って引き受けることを告げると、クラウスはニヤリと笑みを浮かべた。
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