アロママッサージ2
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「はい、シュウさんの身体の状態がわかりました。これからアロマを使ったマッサージに入っていくのですが、身体に合わない食べ物はありますか?」
「ないと思います」
軽いマッサージが一通り、終わるとセシエラがそのようなことを尋ねてきた。多分、アレルギー的なものの質問だろう。
すべての食材を食べてきたわけではないが、新しい身体を得て、そのような反応は特になかった。
「わかりました。では、この中から好きな香りを選んでください」
そう言って目の前に五種類のアロマ瓶を並べるセシエラ。
この中のどれかを使ってマッサージしてくれるのだろう。
鑑定してひとつひとつの効能を確かめてじっくり決めてもいいのだが、それでは面白みがないので嗅いでみて直感的に気に入ったものにする。
「これが好きですね」
フローラルとシトラスが混ざり、ほのかに苦みを感じるこの香り。
なんとなくこれが好きだ。
「ネロリですね。ビターオレンジの木に咲く花から抽出された精油です。神経の高揚からくる不眠症や高血圧を落ち着かせ、不安や緊張なども和らげてくれるといった、高い心の安定作用があるんですよ」
「なるほど、それはリラックスできそうですね」
リラックスするのに持ってこいそうなアロマを選べたようだ。
視覚的には見えないがアロマ瓶の開封される音で、アロマオイルが注がれているのが聞こえる。
「それではアロママッサージを始めますね」
「お願いします」
「まずは足からいきます」
タオルを捲り、露わになった俺の右足にセシエラによるアロママッサージが開始される。
「お、おおおおおお」
最初に全身を手でマッサージされるので大よその感触は予想していたのだが、この感触は予想外だ。アロマオイルが塗布されて、それを押し流すかのようなストローク。
「これは気持ちいい」
「それは良かったです」
セシエラの体温というか腕の感触をより密に感じる。
……なんか、ちょっとえっちだ。
足全体を押し流すようなストロークは中々際どい部分までくる。しかし、それによる不快感や痛みは全くない。
人が触れられることで不快に感じるライン、痛くなってしまう力加減を把握しているのだろう。体重をかけてグッと力を入れられるが痛気持ちいいラインだ。
「次は腕から腰にかけてほぐしますね」
足周りが終わると、次は腕や背中周りがマッサージされる。
こちらもまた心地よい。
「実は腕と腰の筋肉は繋がっているんですよ。腕の疲れがたまってくると、腕から腰にかけての筋肉が張って、身体の側面が縮こまってくることもあるんです」
「へー」
最初に言ってくれた知識は知っていたが、後半部分の関連性にまでは考えが及んでいなかった。
それもそうか。どちらかが疲弊すれば、その疲労も連動して溜まるのも道理だな。
やっぱり、アロママッサージをしているだけあって身体の知識について深いんだな。
肩の筋肉や背中の筋肉がほぐされると、今度は背中が横からマッサージされる。
「おお、マッサージの仕方が変わりましたね?」
さっきのやり方とまったく違う。手の平を滑らせるようの腰の側面がマッサージされる。
まるで筋肉を横から転がされているかのようだ。
「横からもマッサージを加えていくことで、より深い筋肉を緩めることができるんです」
「なるほど」
ひとつひとつのマッサージに意味があるのか。自分の知らない知識だけあって聞いていて楽しいな。
「次は仰向けになってください」
背面が終わると、次は前面のようだ。
言われた通りにうつ伏せの状態から仰向けの状態に寝転がる。
これはセシエラと対面する形になるので、ドキドキするかもしれない。
見上げるとセシエラの豊かな双丘で顔を見えないくらいだ。
なんてことを思っていると、タオルが被されて視界が見えなくなってしまう。
ちょっと残念であるがこんな美人とずっと対面状態でマッサージされると、緊張してしまうのでこれでよかったのかもしれない。
タオルの隙間から少しだけ様子を伺うと、アロマオイルを手に付けたしているセシエラの姿が見えた。
同じように足の前面から再びアロママッサージ。
すると、今度はセシエラが足の裏を指で押し出した。
「ああ、それも気持ちがいたたたたたたたたっ!?」
「痛みがある部位は老廃物が蓄積していますので、しっかりとほぐしていきますね」
痛みを訴えて上体を起こすも、セシエラはにっこりとした笑みを浮かべながらぐりぐりと刺激していく。
「なんだか嗜虐心のある笑顔をしています」
「とか、言いながらぐりぐりしないでください! いたたっ!」
「うふふ」
この人、絶対にSだ。柔らかい笑顔を浮かべているが、ちっとも心が隠せていない。
口ではそんなことを言いながら俺の反応を見て喜んでいる。
……痛いのになんか気持ちいい。変な趣味に目覚めてしまいそうだ。
足のマッサージ、腹部、腕が終わると、次は肩のマッサージとなる。
しかし、それは肩だけでなく、首回りもマッサージされる。
「ああ、首が気持ちいい」
「腰が痛い時には背骨のバランスが崩れていることが多いです。そういう時は首の筋肉に負担がかかっていることが多いですからね。こちらもしっかりとほぐして、姿勢のバランスをとりやすいようにしますね」
確かに首というのは複雑であらゆる部位と繋がっているとも聞いた。
「見えないところで負担がかかっていたんですね」
「そうですね。それらの負担を取り除いてあげるのが私たちの仕事です」
セシエラの手の動きは正確に筋肉をとらえており、様々な方向からマッサージされることによって
緩んでいく。
知らない間に硬くなっていた筋肉がほぐれ、身体から無駄な力が抜け、疲労がドンドンと抜けていくのがわかった。
「……はぁ、気持ちいい」
自然に口から漏れた感想。それを最後に俺の意識は闇へと落ちていった。
●
「シュウさん、終わりましたよ」
誰かの揺さぶりで俺は目を覚ます。
そこには何故かセシエラがいた。
「んんっ……あれ? どうしてセシエラさんが?」
「マッサージ中に眠ってしまわれたんですよ」
そう言われて三秒後に、脳みそが覚醒して状況を把握した。
「ああっ、そうでした」
アロマタケの採取を終えて、アロママッサージをしてもらったんだった。
窓から差し込む光を見る限り、夜になっているわけではない。眠っていたのは短時間のようだ。
とはいえ、ずっとここにいてはセシエラの迷惑だろう。
「ホットタオルです。こちらでオイルを拭ってください」
「ありがとうございます」
慌てて起き上がると、セシエラからホットタオルを渡された。
温まったタオルで余分なオイルを拭っていく。思っていたよりも前面部分にオイルが少なかったのは眠っている間にセシエラが拭ってくれたのだろう。
それが終わると、患者衣を羽織り、マジックバッグを手にして更衣室に向かう。
そして、いつもの服装へと着替えるとセシエラの店を出る。
「ありがとうございました。とても気持ち良かったです」
「そう言っていただけて何よりです。またお時間のある時にいらっしてくださいね」
「はい、また来ることにします!」
わざわざ店の外まで見送りに出てくれたセシエラに手を振って別れる。
通りを歩くと、いつも通りのグランテルの街並みが広がっている。夕方にさしかかる時間のためか人の往来も多く、賑やかだ。
俺の足取りは非常に軽い。
それはアロマによって心がリラックスしているだけでなく、身体の筋肉がほぐされたからだ。
最初は体験してみたことがないからと軽い気持ちで受けてみたが、予想以上にいいものだったな。
「また時間ができたら行こう」
いつもより軽い身体で俺は帰路についたのだった。
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