癒しの真理?
ラベンダー、ひのき、ペパーミント、ジャスミン、パチュリ、オレンジ、グレープフルーツなどなど。俺は見つけた限りのアロマタケを採取していく。
「おお? このアロマタケは木の中にあるのか?」
調査を使いながらアロマタケを採取していると、木の中でアロマタケが透けて見えていた。
しかも、素材の等級は上から二番目の橙色。これはかなりレアなアロマタケということになる。
念のために裏側を見てみるも、そこにアロマタケはない。
「やっぱり、どう見ても木の中だよな?」
まさかこんなところにも生えているキノコがあるとは。
しかし、これどうやって採るんだろう? 樹皮を割って採取すればいいのか?
樹皮を傷つけることに罪悪感はあるが、レア素材を前にして手をこまねいているのも我慢できないのがコレクターだった。
「ショックボール」
とりあえず、無魔法の初級魔法を使ってみる。
軽い衝撃や打撃を与える魔法は見事に樹皮だけを破砕した。
割れた樹皮の中には黒い網状になった傘を持つ変わったアロマタケがあった。
プーンと香るスパイシーな匂い。
……なんだろう、この香り。すごく身近で嗅いだことのある匂いだ。
具体的には料理に使う調味料の一種。だけど、本当にそんな香りのするアロマタケがあるのか?
黒い不思議なアロマタケに手を伸ばそうとすると、ブウウウンという不気味な羽音がした。
振り返ると体長一メートルくらいあるテントウムシにカブトムシ、蝶々の魔物が近づいてきていた。
【ガガルフォン 危険度D】
【アトランタス 危険度C】
【テントックル 危険度D】
それらはこの区域に入り込んだ時に、最初に把握していた魔物たちだ。
「うわっ! お前たちついさっきまで全然違う方向を飛んでいたじゃないか!?」
採取をする前に魔石調査で魔物の位置は把握していた。
視界で俺を捕捉している様子もなかったし、気ままに飛び回っている感じだった。
それなのに急に方向転換して襲い掛かるなんて予想外だ。
樹皮を割ってこのキノコを見つけた瞬間にやってきたので、もしかして昆虫系の魔物が特に好む匂いだったのだろうか。
せっかく見つけた希少なアロマタケだ。ここで逃げ出すわけにはいかない。
「フリーズ!」
森の中では火魔法は使えないので比較的慣れている氷魔法を選択。
すると、一直線にこちらに飛んできていた魔物たちが凍り付いて地面に落ちた。
「ふう、よかった」
凍り付いたのは三体の魔物だけで周囲の木々は一切凍り付いていない。
最初は魔力量に振り回されていた魔法であるが、レディオ火山でかなり使い込んでいたお陰か中々に使いこなせるようになったな。
三体の魔物が凍死したことを確認すると、マジックバッグに収納する。
後でギルドに納品して解体してもらうとしようかな。
「さてさて、また他の魔物がやってこないように採取しちゃおう」
また魔物に襲われてはたまったものじゃないからな。
【アロマタケ(ブラックペッパー)】
ブラックペッパーの香りがするアロマタケ。
刺激作用により、鋭敏な感覚を取り戻すことができる。物事に無関心、無感動になっている時に効
果的。昆虫系の魔物を誘引する作用があるので注意。
グランテルでは発見されていない貴重品。
「ブラックペッパー!? そんな香りまであるんだ……」
おそるおそる鑑定してみると、俺が思っていた通りの香りだった。
まさかとは思ったがそんな香りまであるとは予想外だ。
しかも、この辺りでは発見されていない貴重品だとは。
「……アロマタケって本当に面白いな」
アロマタケは俺の想像を遥かに越える種類の香りが存在している。
そのどれもが色や形が違い、香りも違う。
アロマタケは一体いくつもの香りが存在するのだろう。
既に依頼内容の四種類は採取済みであるが、アロマタケの種類の多さに俺はすっかりと魅力されて、新しい種類のアロマタケを探していた。
これだけ豊かな種類と効果のある素材。コレクターとして疼かないわけがなかった。
◆
「そろそろ戻ろうかな……」
昼食すら食べることなく夢中になって採取を続けていると、いつの間にか空に浮かんでいる太陽が中天を遥かに過ぎていた。
まだ夕方には遠い時間であろうが、ここからグランテルまで戻って依頼主に直接納品することを考えればちょうどいい時間だ。
ほぼ一日中、採取していたお陰かマジックバッグの中にはアロマタケでいっぱいだ。
種類にして四十種類以上あるだろうか。
普通のバッグであればまず入らないのであるが、もし入ったとすればそれぞれの香りが混じって中がとんでもないことになってそうだ。
まあ、マジックバッグなのでそんな心配はいらないんだけどね。
指定された四種類のアロマタケは十分にあるし、それ以外の種類のものもたくさん揃えている。
これだけあれば、依頼主がクラウス並の堅物であろうと満足してくれるだろう。
だが、俺の心の奥では少しだけ満足していなかった。それは、アロマタケの香りの種類がもっとあるという予感があったからだ。
だけど、さすがに夜になるまで探すのは危ないし、依頼だってあることだしな。
今日はこの辺りにしておくことにしよう。
そんな訳で俺はアロマタケの採取を切り上げて、グランテルに戻ることにした。
グランテルに戻ってきた俺は、素材を依頼主に納品するために依頼主の店に向かった。
依頼書に書いている地図を頼りに向かうと、そこはクラウスのお店がある割と近くだった。
『アロマフォーレ』
クリーム色の壁に黒い屋根をした二階建てのお店で、看板にはそのように描かれている。
入り口にある受付には紫色の髪をした女性が事務作業をしており、店の奥の様子は見えなくなっている。
入り口近くに立っているだけで店内からいい香りがした。
どう見ても女性が通うような美容店であり、男一人で入るには気後れしてしまうな。
入り口でおどおどしている俺に気が付いたのか、受付にいる女性がにっこりと笑みを浮かべる。
別に俺はやましいことをしに来たのではない。ちゃんとした仕事で来ているのだ。
別に男だからって怯む必要はない。
店員に見つめられて踵を返せばそれこそ不審者だ。俺は勇気を振り絞って店内へと入る。
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか?」
「いえ、冒険者ギルドで指名依頼を受けました、冒険者のシュウと申します。本日はアロマタケの納品でやって参りました」
「まあ! この度は私の依頼を受けてくださり、ありがとうございます。依頼主のセシエラといいます」
指名依頼でやって来たことを伝えると、セシエラと名乗る女性は華やかな笑顔を浮かべた。
どうやらこの人が俺に指名依頼を出した人であり、このお店の店長さんだったらしい。
すごく綺麗でスタイルも良く、笑顔も素敵だ。
「受付でお話するのもなんですので奥に案内いたします」
セシエラに案内されて俺は店内の奥へ入っていく。
店内は少し薄暗く橙色の灯りがほのかに灯っている。
部屋が個室になっており、開いた扉には寝台のようなものが見えている。
きっとあそこに寝転がってマッサージをするのだろうな。
扉が閉まっているところはスタッフが施術中なのだろう。
それらの個室を通り過ぎると、落ち着いた木目調の応接室に案内された。
良かった。こちらは落ち着いた普通の部屋みたいだ。
そのことに一安心しながら促されるままに濃いブラウンのイスに座る。
テーブルの上に置いてあるケースの中には、薄い橙色をしたアロマタケがあった。
「おっ、アロマタケですね」
「はい、こちらのものはスイートオレンジの香りになります」
ケースには小さな穴が空いているのだろう。
少し甘めの柑橘系の匂いが漂っている。
「……オレンジのアロマタケよりも若干柑橘感が薄めで柔らかい感じがしますね」
「その通りです。スイートオレンジはオレンジよりも香りが柔らかめで、柑橘系が苦手な方でも気に入ってくださることが多いので重宝しています。緊張やストレスを吹き飛ばしてくれる効果があるんですよ」
「ギルド職員の知人に渡すと喜びそうです」
「うふふ、シュウさんは面白いですね」
などと軽口を言ってみせると、セシエラは上品に笑ってくれる。
……なんだろう。セシエラと話していると心が安らぐ感じがした。
綺麗な女性と会話するということは、男にとってそれだけリラックス効果があるのかもしれないな。
アロマの効能とはまた違った真理にたどり着いたような気がした。
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