泥パックは恐ろしい
すみません、前回の評判があんまり良くなかったようなので削除し、改稿いたしました。
ルミアにお土産として素材を渡した俺は、解毒ポーションなどの備品を買い足すと速やかに店を出た。
店に居続けると蒸留酒ですっかり酔っぱらったサフィーに絡まれるし、何よりルミアが火山の素材を調べたそうにソワソワとしていたからだ。
新しい素材をじっくり観察したい気持ちは大いにわかるので、俺は空気を読んだのだ。
もう少しゆっくりとするつもりだったが、早めに店を出たお陰で時間に余裕ができた。
「……せっかくだし冒険者ギルドに顔を出すか」
レディオ火山から戻ってきて冒険者ギルドにはまだ顔を出していない。
近々顔を出そうとは思っていたので、ちょうどいいだろう。
そう決めた俺は西区画から猫の尻尾亭を通り過ぎて、そのまま中央区にある冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドにたどり着くと、今日もギルド内は依頼を発注する人や冒険者でいっぱいだ。
昼食の時間に差し掛かっているせいか、併設されている酒場では多くの冒険者がたむろしている。
昼間だというのに酒杯をぶつけ合っているパーティーもいた。
というか、パーティーにはレオナやエリク、ラッゾといった知り合いもいた。
昼間から呑むということは今日は依頼をこなすつもりはないんだろうな。
さすがに自由を尊ぶ冒険者でもそれくらいの分別はある。
中には酒が入ったまま依頼に赴く冒険者もいるがそれはドワーフかほんの一部の酒豪だけだ。基本的に依頼をこなす前は酒を入れないのが冒険者の常識だ。
多分、掲示板を見たけど気に入るような依頼がなかったんだろうな。
今日は依頼をやめておこう。それじゃあ、これから呑むか。という流れはギルドでもよく見られる光景だった。
……なんだか楽しそうだな。まだ昼食を食べていないし、俺もあっちに混ざっちゃおうかな。
「シュウさん! 帰ってきたんですね!」
そんな気持ちがムクムクと膨れ上がり、酒場に足を向けようとすると受付からラビスが声をかけてきた。
その目はどこか潤んでおり、俺が帰ってきたことで心底安心しているように見える。
綺麗な受付嬢が帰ってきたことを喜んでくれる。
冒険者冥利に尽きる光景であるが、その喜びの裏に黒い思惑があることを俺は知っている。というか学んだ。
ラビスが余裕なさそうにしている状況というのは、俺にとってあまりよろしくないことの方が多い。
「はい、帰ってきましたよー」
「ちょっと! 久し振りにお会いしたのに手を振ってバイバイするなんて酷くないですか!?」
サラッと笑顔を浮かべて去ろうとしたのだが、ラビスが瞬足を思わせる速さで接近して腕を取ってきた。
「すみません、酒盛りをしている冒険者たちが楽しそうだったのでつい」
話している途中で力を入れて進もうとしたが、何故かビクとも動かなかった。
獣人の女性は力が強いとはいえ、ここまでの差が出てしまうものなのだろう。
まあいいや。ギルドには顔を出すだけでなく、ひとつの用事があったのだ。
「そういえば、エルドのお土産があるのでお渡ししますね」
「えっ、本当ですか!?」
お土産というキーワードを聞いて、ラビスの兎耳がピーンと立った。
「今回のお土産には自信がありますよ?」
「そんな風にハードルを上げちゃっていいんですか? 期待しちゃいますよ?」
前回はリンドブルムから海鮮食材を持ち帰らなかったことを残念がられてしまった。
お土産を持ち帰る身としても、汚名をそのままにしておくわけにはいかない。
俺がきちんとしたセンスと価値観を持っている男だと思い知らさなければ。
今回は自信がある。
なんといっても領主の奥さんであるサラサがあんなに喜んでいたからだ。
でも、逆に効果がアリ過ぎて不安だな。サラサを興奮させるくらいの素材なのだ。
普通の女性がどのような反応をするか読めないところがある。
「今回のお土産はコレです!」
ラビスがワクワクとした表情をする中、俺はエルドの泥パックが入った瓶をカウンターに置いた。
「……何ですか、これは? まさか火山灰や土を詰めてきたとかいいませんよね?」
おや? 一発でわからないのか?
それとも前回貝殻とかを持ち帰ってしまったせいで疑われているのか? だとしたら心外だ。
「違いますよ。これはレディオ火山で採れた特別な泥です。エルドの街ではこれを使った美容品がとても有名だそうですね」
俺がそこまで言うと、コレが何かわかったのかラビスの耳が逆立つ。
「……まさか、エルドの泥パックですか!?」
「その通りです」
おそるおそるの問いかけに頷くと、ギルドにいた全職員の女性と女冒険者が振り返った。
その突然の振り向き具合に注目を浴びたこちらもビビる。
「ほ、ほほほ、本当にエルドの泥パックなんですか? 人気が高すぎて貴族の方でも手に入れられないらしいですが」
「不安に思うのならどうぞ鑑定してください」
「それでは遠慮なく――うわわわわわ! 本当にエルドの泥パックです!」
俺がそのように促すと、ラビスが驚愕の声を上げた。
「どうやって手に入れた――というのは聞かないお約束ですよね?」
「はい、こればっかりは売れません」
道具屋のドワーフとの約束だ。こればっかりは教えてあげるわけにはいかない。
「本当にこれを頂いてもいいのですか?」
「はい、お土産ですから」
「ありがとうございます!」
そのように言うと、ラビスが深く腰を折りたたんで頭を下げた。
「それでは今日はこの辺りで」
「はい!」
お土産も渡すことができたし、酒場にでも戻って昼食をとろう。
「ん? なんか寒気が?」
気のせいだろうか? カウンターを後にしようとした瞬間に寒気が走った。
まるで多くの魔物に囲まれているような。首の裏側がチリチリとするような危険な感じだ。
でも、ここは冒険者ギルドだし魔物なんていないよな?
「いや、待ってくださいシュウさん!」
違和感を抱きながらも酒場に行こうとしたら、ラビスが慌てて静止の声を上げた。
最初は快く送り出す感じで返事したのに一体どうしたというのか。
「どうしました?」
「エルドの泥パック、もう少しありませんか? できれば売っていただけると嬉しいのですが」
「ラビスさんが追加として持っておきたいのですか?」
俺がそのように尋ねると、寒気のようなものが強まった気がする。
それになんだかラビスの顔が青い。
「いえ、私一人で独占するなんて気はまったくありません! 職場の皆さんにもお配りしたいと思いまして!」
まるで何かに怯えているかのように慌てて首を横に振るラビス。
そのハキハキとした口調はまるで軍隊の鬼軍曹を前にした一兵卒のよう。
それを耳にすると不思議と首筋にあった寒気が薄くなった。
ふと視線を奥にやると奥にいるギルド職員の女性たちが、すごい視線をラビスに向けていた。
しかし、俺と視線が合うと、鬼のような形相は鳴りを潜めて柔らかな笑顔になる。
傍で受注手続きをしているカティやシュレディも業務を遂行してはいるが、チラリと視線はラビスに向かっていた。
なるほど、職場の先輩や同僚たちの分も確保しないとラビスが危ないんだ。
貴族であるサラサが目の色を変えてほしがっていたくらいだ。
一般人である女性となるとさらに手が届くことはなく、入手したいと思うのだろう。
「何人くらいに配りたいのです?」
「え、えーっと、三十人分ほどあれば……」
状況を察した俺がこそっと尋ねると、ラビスが小声で申し訳なさそうに答えた。
冒険者ギルドにはそれだけの数の女性職員がいるのか。
「……結構多いですね」
正直にいえば、樽でいくつも所持しているのでそれくらいは売ることができる。
しかし、大人数に頼むとキリがないような気がするのだ。
サラサにも余っていたら譲ってくれと言われているし。
「お願いしますシュウさん! 私一人だけがこんないい物を持ち帰ったら殺されてしまいます!」
俺がちょっと渋るとラビスが泣きそうな顔で縋り付いてくる。
いや、いくらなんでもお土産でそんなことには……ならないと願いたい。
バレないように持ち帰ればいい、という作戦は最早無駄だろうな。
こうなるんだったら落ち着いた場所でこっそりと渡せばよかったかもしれない。
サラサが目の色を変えたという時点でもっと注意しておくべきだった。
「お願いです、シュウさん。私を見殺しにしないでください」
「……わかりました。残りの三十人分も売りましょう。勿論、相場よりも安くしておきます」
「ありがとうございます!」
ラビスの漏らしたお礼の言葉は今までの人生の中で一番切実なお礼だった気がした。
◆
「皆さん、シュウさんがエルドの泥パックを売ってくれましたよ!」
三十人分の泥パックを清算して外に出ると、ラビスの甲高い声が響いた。
すると、ギルドから割れんばかりの歓声が上がった。
ギルドの外にいる冒険者たちや一般市民たちが何事かと視線を向ける。
無理もない。 音の発生源がギルドにいる野郎共ではなく、明らかに女性たちのものなのだ。
しかも、時刻は酒場の賑わう夜でもなく真っ昼間。通行人が訝しむのも当然だろうな。
「よっしゃ! これで明日のデートはいただいたも同然ね!」
「シュウさん、ありがとうございます!」
「このご恩は一生忘れません!」
泥パックを手にして口々にお礼の言葉を言ってくる女性職員。
ギルドの女性職員をここまで興奮させるなんてエルドの泥パック……やっぱり怖い。
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