語る日
昼食を食べ終わり、雑談を切り上げた俺は、ルミアの店に行くことにした。
頼まれていた素材を渡して、解毒ポーションなどの補給がしたいからな。
『猫の尻尾亭』を出た俺は、そのまま西の区画へと向かう。
段々と道幅と人通りが少なくなる閑静な住宅街の中に、ルミアの店はあった。
久し振りだったので伺うように店を覗き込むと、ちょうど店内の窓ガラスを磨いているルミアがいた。
窓ガラスをせっせと磨くことに集中しているせいか気付いていないようだ。
試しに近付いてみると、こちらに気付いたらしくルミアが手を止めて笑った。
店内に入ると、ルミアが掃除用具を片付けようとしていた。
「こんにちは。今、入っても大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。少しだけ待ってもらってもいいですか?」
「それなら手伝いますよ」
「いえ、シュウさんにお店の掃除をさせるわけには!」
「今日は特に用事もありませんし、掃除は嫌いじゃないので」
「では、お言葉に甘えて」
ルミアの手の中にある雑巾をひょいと取ってしまって窓ガラスを磨くと、彼女も任せてくれるようになった。
あのままキリがいいところまで掃除を続けるルミアを待つのも居心地が悪いしな。別に時間なら余っているし、手伝って早く終わらせた方がいいと思った。
「この液体をかけて拭いてください」
ルミアが透明な液体の入った瓶を渡してくる。
【ウォシュランクリーナー 高品質】
ウォシュランの実の成分を錬金術で抽出し、魔力水と混ぜ合わせたもの。
窓ガラスの油膜を除去することができ、窓が綺麗になる。
鑑定してみると、ガラスクリーナーであることがわかる。
「錬金術で作った生活アイテムですね?」
「はい、とても綺麗になるんですよ」
どこか自信ありげな態度で言うルミア。
「わかりました。これを使わせてもらいます」
「私は外の窓を磨きますね!」
新しい雑巾とクリーナーの瓶を手に取り、店の外側へと回るルミア。
俺は雑巾にクリーナーを少し染み込ませる。
ルミアのやっていたところを終わらせたいが、このクリーナーの効果がとても気になるので、敢えて新しい窓にチャレンジしたいと思う。
まだやっていないだろう窓ガラスは、微量な埃や砂、皮脂なんかで薄っすらと濁っている。
これがどれだけ綺麗になるのか。
ワクワクしながらゆっくりと雑巾で撫でる。
すると、窓ガラスに付着していた汚れがスッと消え去った。
雑巾のあったところだけクッキリとしているので非常にわかりやすい。
「すごい! すごく綺麗になりました!」
俺の反応が微笑ましいのか、ルミアは温かい視線。
まるで子供のようなはしゃぎようであるが、このクリーナーがすごいのだ。
多くの窓ガラスクリーナーというのは、窓に付着した油膜(汚れ)を取り除くのではなく、油膜を平均化することによって、綺麗に見せる役割のものが多い。
しかし、これは鑑定でも出ているように油膜をしっかりと除去した上で、綺麗に見せているのだ。これ
は本当にすごい。
前世でも同じように油膜を除去しようとしたら、結構な労力がかかるはずだ。
それが一つのアイテムのお陰で気楽にできるのは素晴らしいことだった。
雑巾を走らせと透き通っていく窓ガラス。それがつい楽しくて円を描いたり、四角形を作ってみたりと落書きをする。
すると、向こう側にいるルミアも笑顔で何かを描き始めた。
それは多分、クマだろう。かなりデフォルメされているが、丸い顔に丸い耳をしているので間違いない。素材のイラストなんかを描いていたので、やはり絵心があるな。
窓ガラスに『クマ』と文字を描くと、ルミアはこくこくと頷いた。
なんだろう、この平和なやり取り。窓ガラスだけでなく俺の心の油膜まで除去されていくようだ。
「ふふ、平和だねえ」
「うわっ、サフィーさんいたんですか!?」
クスリとした笑い声に振り向くと、すぐ後ろにはサフィーがいた。
ルミアも気付いていなかったらしく、驚いた顔をしている。
サフィーは生温かい視線を俺たちに向けながら、どっかりとイスに座る。
まるで見世物を観ている観客のようだ。
「邪魔して悪かったね。どうぞ、続けたまえ」
「いえ、すぐに終わらせます」
さすがに店主の前でふざけた掃除ができることもなく、俺とルミアは丁寧にだけど素早く窓を磨き上げた。
◆
「サフィーさん、ここにはいつ戻ってきたんですか?」
リンドブラムから帰ってからもしばらく、サフィーはグランテルに帰ってきてはいなかった。
なんでもリンドブルムで見つけた海底遺跡の調査を手伝っているとかでだ。
「四日くらい前だな。遺跡のアイテムについては謎が多いが、いつまでもあっちにいるわけにもいかん」
サフィーはマスタークラスの錬金術師だ。舞い込む依頼は山ほどあって引っ張りだこだろう。いつまでも遺跡のアイテムの調査だけをしていられないようだ。
有能な人は大変だな。
「そういうシュウ君はいつこっちに?」
「昨日、カルロイド様に依頼品を納品して、今日街に戻ってきたところです」
「ルミアに聞いたが、ヴォルケノスの卵を採りにレディオ火山に行ったのだったな?」
「そうですよ」
「くー、リンドブルムの件がなければ、あたしも付いて行きたかった。あそこは色々な酒があるんだ」
「そこは錬金術師らしく素材があるって言いましょうよ」
サフィーの錬金術師らしからぬ台詞にずっこけそうになる。
「素材といえば、シュウさん! 頼んでいた素材は手に入りましたか?」
ルミアがどこかソワソワとしながらも尋ねてくる。
その青い瞳には期待の色が強く籠っていた。
「はい、リストに書かれていたものは全て手に入れましたよ」
「全部!? 本当ですか!? ありがとうございます!」
まさか全部手に入れるとは思っていなかったのか、ルミアが驚きの声を上げながら頭をペコリと下げる。
「そのリストに酒は入っているんだろうな、ルミア?」
「シュウさんに頼んだのは素材なので入ってませんよ」
「な、なんだと……?」
ルミアのハッキリとした返答に、サフィーが崩れ落ちる。
そこまでエルドにあるお酒が呑みたかったのか。
「実はお土産としていくつかお酒を持ってきました」
「……シュウ君は最高だ」
マジックバッグから取り出した酒をテーブルにドンと置いてやると、絶望の淵にいたサフィーが救われた顔になる。
頼まれた素材を採取して持ってきた時よりも喜ばれているような。なんか複雑だ。
マスタークラスの錬金術師がこんなことで喜んでいいのか。
「とりあえず、こっちがエルドのエール。そして、こっちは新しく作っている蒸留酒だそうです」
などとすっとぼけているが本当の原案者は俺だ。でも、それを言ってしまうと、目の前のサフィーがどんな反応をするかわからないので言わない。
「新しい酒だと!? 今日はもう店じまいだ! ルミア、立て札を裏返しておけ!」
「ダメですからね!?」
ルミアのそんな注意も聞かず、奥の部屋へと引っ込むサフィー。
ちょろちょろと動いてはグラスやつまみらしきものを持ってくるサフィー。
真っ昼間だというのにこれから一杯やるようだ。ダメな大人が目の前にいる。
一方、ルミアはこれ以上言っても無駄だと思ったのか、ため息を吐いた。
「ごめんなさい、余計なもの出しちゃったみたいで」
「いえ、シュウさんは悪くないんです。悪いのは師匠ですから」
立て札を裏返しにしない以上、一応はルミアが店の仕事をやるらしい。
基本的に接客してるのはルミアだし、もう彼女の店でいいんじゃないかな。なんてことを思ったり。
「とりあえず、頼まれていた素材をお渡ししますね」
「お願いします!」
呆れていたルミアであるが、素材の話題を振ると表情をすぐに明るくした。
テーブルの上に頼まれていた素材を丁寧に並べていく。
熱を持っている鉱石なんかは耐熱の布やケースに包んだまま。
「魔鉄、熱石、ファイヤーバードの羽根、炎の黒砂……すごいです! リストに書いていたものが全部あります! しかも、どれも高品質! さすがはシュウさんです!」
「リストには書いていないものですが、他にもいくつか素材があるんですが見ます? 赤輝石や永遠燃石、スライムオイルなんかもありますよ」
「是非、見せてください!」
試しに言ってみると、ルミアは実に活き活きとした表情で言った。
今日はトビアスといい、ルミアといい素材をたくさん語れるいい日だ。
思いっきり採取をするのもいいけど、たまにはこんな風に語らう日があってもいいな。
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