いつものお喋り
「お世話になりました。フランリューレ様にお会いすることがあれば、よろしくお伝えください」
「わかった。また何かあったら頼む」
素材の鑑賞会が終わり、泥パックの売却を済ませると俺はグランテルに戻ることにした。
二日目になるとカルロイドも引き留めることもなく、御用達の馬車で送ってくれることに。
「また良かったら素材の話をしにきてください!」
「はい、立ち寄ることがあれば是非」
無邪気なトビアスの言葉に俺は強く頷いた。
彼は中々に素材好きなようだ。素材について語り合える相手は貴重なので、こちらからもお願いしたいくらいだった。
挨拶を終えて馬車に乗り込もうとすると、サラサが寄ってきて耳打ちをする。
「またエルドの泥パックが手に入れば売ってくださいね」
「わ、わかりました」
マジックバッグの中に樽で持ってるんですが……なんて言ったらどうなるんだろうな。サラサの反応が怖く、そのようなことは言えないと思った。
馬車で揺られることしばらく。ようやく俺はグランテルに戻ってくることができた。
馬車で送ってくれた使用人に礼を言って、南門広場に降り立つ。
見慣れた石畳の道や木製やレンガの建物が懐かしい。
エルドはドワーフたちが人口の八割を占めていたが、ここでは獣人や人間、エルフと多種多様の種族が入り乱れている。
通りを歩きながらそんな雑然とした風景にどこかホッとしていた。
人の波をかいくぐりながら歩くと、俺の生活拠点である『猫の尻尾亭』に戻ってきた。
「にゃー! シュウ、お帰りにゃー!」
そして、こちらに気付くなりいつも通りの笑顔で出迎えてくれるミーア。
緩やかに揺れている尻尾に思わず和みながら「ただいま」と返事する。
「先に荷物を置いてきますね」
「にゃー! ひとまずゆっくりするといいにゃ!」
久し振りに会ったところなので雑談でもしたいところであるが、偽装のためのバッグが邪魔だし、少し部屋でゴロゴロしたい。
そんな帰ってきたばかりの冒険者事情をしっかり把握しているミーアは、特に気にするでもなく鍵を渡してくれた。
食堂を通って奥に行くと、バンデルが手を振ってくれたのでこちらも振り返す。
今日の昼食はバンデルの料理に決まりだな。
自室に入ると、ダミーバッグの中身を整理してマジックバッグに放り込む。
コートをフックにかけると、そのままベッドにダイブした。
ベッドのギシッとした音がお帰りの言葉のような気がした。
「はぁ……やっぱりここのベッドが落ち着くな」
領主の屋敷のベッドはここよりも広くて柔らかかったが、やっぱり慣れた場所が落ち着くものだ。
帰ってきたばかりで何もする気が湧かない。だけど、領主の依頼で遠くまで行って採取を頑張ったんだ。部屋でダラダラしてもいいだろう。
そんな風にベッドで脱力している内に眠ってしまったのか、気が付くと太陽が中天まで昇っていた。
なんだかんだ、疲労が溜っていたのだろうか。しかし、二度寝のお陰で身も心もスッキリとしたような気がする。
空腹も感じてきたので俺はベッドから起き上がると、コートを着て一階に降りることにした。
食堂に入ると、お昼ごろだからだろう。多くの客で賑わっていた。
テーブルではそこかしらからいい匂いが漂ってくる。
「お寝坊さん、お目覚めかにゃ?」
「少し休憩するつもりが結構寝ちゃったみたい。席は空いてる?」
「あそこのカウンターが空いてるにゃ」
忙しそうに給仕をするミーアに示されたカウンター席に移動。
目の前にはバンデルがいた。
旅から帰ってくるとゆっくり話せるようにカウンター席に案内してくれる。これもミーアたちの優しさだろう。
「よお、今回も遠いところまでお疲れだな。領主様の依頼でレディオ火山に行ってきたんだっけな?」
「ええ、火山の中がとても暑くて驚きました」
「マグマがあるからな。リンドブルムの海とは違って泳ぐこともできやしねえからな」
「マグマも厄介ですけど、その中を移動して襲ってくる魔物が厄介でしたね」
マグマレスやマグマクラブ、さらにヴォルケノス。普通の生き物であれば、まず入ることのできない場所を悠々と移動してくるからな。
相手だけ一方的に出入りする場所があるというのは、とてもやりにくかった。
調査スキルがなければもっと一方的な戦いになっていたに違いない。
「飯は何にする?」
そんな風に火山について一通り話すと、バンデルが尋ねてくる。
おっと、久し振りの雑談ゆえに話し込んでしまったようだ。ちゃんと注文もしないとな。
「あっさりめの食べ物でお願いします」
「あっさりめな。わかったぜ」
ここでの生活も長く、様々な料理を食べてきた。
最近では既存のメニューを頼むよりも、こうやってその日の気分で料理を作ってもらうことが多い。
さてさて、今日は何が出てくるだろう。水で喉を潤しながら待っていると、程なくして料理が出てきた。
「ほいよ、豚ステーキのカポナータ添えだ」
「おお、美味しそうです!」
皿の上にドドンと載った豚ステーキ。これだけならば俺の注文とは違った重い食べ物になってしまうが、その上にはカポナータが載っていた。
ステーキの香りにトマトの酸味が混ざってとてもいい。
ナイフで食べやすいサイズに切り分けると、カポナータと一緒に口に入れる。
「美味しい!」
あっさりとした豚肉にカポナータ。それがステーキの脂を和らげてくれていた。
肉汁と酸味のハーモニーが心地いい。
トマト、ズッキーニ、ナス、パプリカなどは色どりが豊かで見ていて楽しくなる。食感もそれぞれが違うし、トマトとオリーブオイルと非常にマッチしていた。
「端にあるレモンを垂らすと、カポナータの味が変わるぜ?」
バンデルに言われて、レモンを垂らして一口。
すると、よりカポナータの酸味が強くなった。
「トマトとレモンの酸味の重ね掛けがとても合いますね!」
「だろ? にしても、帰ってくるなりあっさりした料理が欲しいって渋いじゃねえか。どうしたんだ?」
旅先から帰ってきて注文するには、少しおじさん臭かったかな。若者の注文っぽくはないかもしれない。
「エルドの料理も美味しいんですが、味付けの濃い料理が多かったもので……」
「あそこは大酒呑みのドワーフの街だからな」
俺の言葉にバンデルが納得したように頷く。
それだけじゃなく、あそこにいる多くは肉体労働の鍛冶師だ。そうなると、多くの塩分を補給するためか、そういう味付けのものが多くなってしまうのだろう。
お酒も濃い味付けのものも好きだが、食べ続けるとあっさりしたものが食べたくなるものだ。
さすがに初めて泊まる領主の屋敷で、お願いもしにくかったしな。だが、ここでなら存分に甘えられる。
「ほれ、ガレットに載せてもイケるぞ」
「ありがとうございます」
バンデルがガレットを追加で出してくれた。
カポナータをそこに載せて食べてみる。
焼きたてのガレットはとても香ばしく、とてもサクサクだ。
酸味の利いたカポナータとの相性はとても良く、いくらでも食べられる。
軽快な食感が楽しく、手が止まらない。
夢中になって食べ続けていると、カポナータとガレットがなくなってしまったのでお代わり。
それとステーキを平らげるとようやく胃袋が満足してくれた。
「シュウ、領主様の依頼は無事に終わったのにゃ?」
「何とか終わりましたよー」
水を飲んで一息ついていると、給仕が落ち着いたのかミーアが隣に座った。
そして、旅先での採取の苦労や魔物のことなんかを話す。
ミーアはそれを聞いて驚いたり、手を叩いて笑ったりしてくれた。厨房で料理をしているバンデルも耳を傾けてくれているのかたまに質問や突っ込みが入る。
そんないつもの日常が心地よく、グランテルに戻ってきたことを強く実感できるのであった。
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