卵の納品
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』書籍9巻は10月12日発売です! よろしくお願いします!
「それじゃあ、一足先に戻りますね」
「おう。俺たちも適当なタイミングで戻る」
四日目の朝。ヴォルケノスの卵を手に入れた俺は、グランテルに戻ることにした。
できるだけ新鮮な状態がいいので速やかに卵を持ち帰らなければいけないからだ。
同じ宿に泊まっているドロガンに声をかけると、軽く手を上げて返事してくれた。
傍らにはロスカがベッドで寝転がっているが、特に返事はない。
聞こえていないのか、わかっていて無視をされているのかわからない。俺が蒸留酒の話をバリスにしたせいで、全然装飾の修行ができていないそうだしな。
昨日もお祝い会の中で、何度絡まれたことか。
「ロスカさん、怒ってます?」
「いや、蒸留酒の呑み過ぎで寝込んでるだけだ」
耳を澄ませてみると、ロスカが「うー」とか唸っている。
ただの二日酔いのようだ。
「解毒ポーションを置いていきますので、後で飲ませてあげてください」
「しっかりとシュウの差し入れだと伝えておこう」
「助かります」
ちょっとした罪滅ぼしになるといいなと思いながら解毒ポーションを置いて部屋を去る。
「グランテルに戻ります」
「あいよ。こっちに来ることがあったら、またおいで」
ドワーフの女将さんに簡単なチェックアウトを済ませる。
「シュウさん、ちょうどお帰りですのね」
ヴォルケノスの卵をしっかりと抱えながら外に出ると、フランリューレたちが待っていた。
「見送りにきてくれたんですね。ありがとうございます」
「いえいえ、シュウさんはわたくしたちの恩人ですもの」
「……これくらい当然」
「短い間とはいえ、一緒に冒険した仲だしな」
「僕たちでよければ見送らせてください」
帰り道は同伴者がまったくいないので寂しくなると思っていたので、とても嬉しい。
たとえ、それが見送りまでであっても。
「では、お願いします」
「はいですわ!」
卵を抱えながら、俺は街の南門目指して歩いていく。
その道すがら俺はちょっとした買い物を済ませる。
とはいっても、俺にはマジックバッグがあるので食料品の買い足しなどはいらない。
ルミアのお頼みリストの中で炎の黒砂だけが採取できていないからだ。
こちらは火山岩から採れる素材で、エルドでは着火剤として普通に売られていると聞いたので買うことにしたのだ。
採取者として現地で採取したかったが、速やかに依頼を達成しなければいけない以上拘っていてはいけない。あくまで依頼が優先だからな。
炎の黒砂を買い上げると、フランリューレやネルネ、アレク、ギールスと会話をしながら歩く。
彼女たちは予定よりも早いペースで課題を達成することができたので、街を観光するそうだ。
キラキラとした面持ちで語る彼女らを見ていると、こちらも頑張らないといけないと思える。若い人といると、それだけでエネルギーを貰えるものだ。
にしても羨ましい。俺も街を観光したり、ここにしかない素材を採取しにいきたかった。しかし、今は依頼が優先なので帰るしかないのだ。
また余裕ができれば、エルドにやってきて素材を採取することにしよう。
温泉にだって入りたいし、周辺の山々にも魅力的な素材がたくさんあるだろうしな。
そんな野望を抱いていると、南門にある馬車乗り場にたどり着いた。
勿論、帰りも高級馬車だ。
「うわっ、迷わず高級馬車とかカッコいいな」
「乗り心地は比べるまでもないですし、時間は有限ですからね」
それに領主様が負担してくれるので気負うことはない。
「……その辺の下級貴族より貴族してる」
どうやら貴族といっても、皆が優雅な生活を送れるわけではないようだ。
君たちの爵位は知らないけど、無駄遣いしなければ乗れるはずだからね?
受付を済ませると、指示された馬車へと移動。
もうすぐ発車するそうなので見送りはここまでとなる。
「見送りありがとうございます」
「いえ、魔法学園に立ち寄ることがあれば、是非ともわたくしたちを訪ねてくださいませ。案内してさしあげますわ」
「……もし、欲しい素材があったらシュウさんに依頼する」
「それか俺たちがグランテルに寄ることがあったらよろしくな!」
「本当にお世話になりました、またお会いしましょう」
そんな言葉を投げかけられ手を振り返して、馬車の中に入る。
魔法学園があるという街。魔法都市。魔法がとても発達していて、独特な街が広がっているのだとか。いつかそちらも行ってみたいものだ。
あと、ネルネの言葉は本当なのかお世辞なのか判断に困る。あの子のことだから本当にやりかねないな。俺でもできそうで面白い素材なら受けようかな。
大人数でパーティーを組んだのは初めてだったが、意外と楽しかった。
彼らがグランテルに来るようであれば、一緒に採取依頼に行ってもいいかもしれない。
なにはともあれ、気持ちのいい少年少女であった。
また機会があれば会いたいものだ。
などと感慨深い気持ちを抱いていると、発車の時間になったらしく扉が閉まる。
フランリューレたちは既に帰っているかと思ったが、律儀にもずっと待っていてくれた。
馬車がゆっくりと走り出すと、皆手を振ってくれる。
「お気をつけて!」
「ありがとうございます! また会いましょう!」
彼女たちの優しさに応えるようにこちらも手を振り返す。
そして、彼女たちの姿は小さくなり、高級馬車はエルドの城門を越えた。
■
エルドから出発して馬車で揺られること五日。
行きと同じ日数をかけて、俺はグランテルに戻ることができた。
時刻はまだ昼過ぎと時刻に余裕はあったので馬車を乗り換えて、そのまま領主の屋敷に向かうことにした。
卵を手に入れたらすぐに持ってきてくれと言われているからな。
ガタゴトと揺られ続けると程なくして屋敷にたどり着く。
警備の人に依頼の品を納品しにきたことを告げると、ベルダンを呼びに行ってくれた。
ここ最近、出入りするようになったので顔や名前はすっかりと覚えられているようだ。
「シュウ様、どうぞお入りください」
そして、ベルダンが出てきて屋敷の中へと案内された。
赤い絨毯の道を進んで談話室に入ると、ベルダンに促されてソファーに座る。
紅茶とお茶菓子を用意されてつまんでいると、仕事に区切りがついたのか領主であるカルドロイドが入ってきた。
「シュウ殿! ヴォルケノスの卵を持ち帰ったとは本当か!?」
開口一番に卵のことを尋ねるカルロイド。有力な貴族と繋がりを得るためのキーアイテムらしいのでずっと気になっていたのだろう。
「はい、何とか持ち帰ることができましたよ」
カルロイドがソワソワとした面持ちを浮かべる中、俺はヴォルケノスの卵をテーブルに置く。何重にも包んでいた布を解くと、肌色に赤い水玉模様をした大きな卵が露わになる。
「おお! これは間違いなくヴォルケノスの卵――なんだよなベルダン?」
カルロイドは実際に見たことがなかったのか、自信がなさそうにベルダンに尋ねる。
それを聞いて俺はソファーからずっこけそうになった。
「はい、間違いないかと」
ベルダンがしっかりと頷くと、カルロイドは喜びの声を上げた。
「よくぞ、これを持ち帰ってきてくれたシュウ殿。これでライラート伯爵と仲良くできるな!」
貴族の世界では仲良くするために、こんな貴重品が必要になるのか。
そういう贈り物で縁ができるのは知っているが、貴族社会も大変だな。
にしてもライラート? どこかで聞いたような気がする。
誰かの名前だったか地名だったか? 記憶が朧げでよく思い出せない。
まあ、今は納品依頼が完了したことを素直に喜んでおこう。
「ヴォルケノスの卵をこれほど速やかに持ち帰られるとは、さすがはシュウ様でございますね」
「いえ、今回は苦戦しましたよ。卵を取ったはいいものの、周囲の魔物に邪魔されてしまって。エルドで出会った貴族の学生さんがいなかったら、もっと時間がかかっていたと思います」
「ほう、というと魔法学園に通う生徒か?」
貴族と聞いて興味が出たのか、カルロイドが尋ねてくる。
「そうだと言っていましたね」
「よろしければ、お名前を伺ってもいいですか? パーティーなどでお会いした際は、会話のタネになりますので」
ふむ、別に身分を隠していたわけでも、やましいことをしていたわけでもないし構わないだろう。
俺はベルダンとカルロイドにエルドで出会った学生の事を話す。
すると、ベルダンとカルロイドは呆然とした表情を浮かべて無言になった。
「ど、どうしました? もしかして、彼女たちってかなり身分の高い人だったのでしょうか?」
本人たちは、それほど身分は高くないと言っていたが、貴族家を網羅していない俺には実際のところよくわからない。
ギブアンドテイクだったとはいえ、気楽にパーティーを組んでいい相手ではなかったのか。
「……う、うむ。その、なんというかヴォルケノスの卵を渡ししたいと思っていた相手がライラート家の当主であってだな」
どこか歯切れが悪そうに述べるカルロイド。
え? じゃあ、俺ってフランリューレのお父さんのために頑張っていたというのか?
な、なんという偶然なのだろう。
「どうしましょう。割と危ない依頼をお嬢さんに手伝わせてしまったのですが……」
「ライラート家の当主様はそのような事はあまり気にされないと思います。あの人は食以外のことに関しては、あまり執着されない方なので」
ベルダンが穏やかな口調でそのような事を言う。
それはそれで親として大丈夫なのだろうか。貴族世界というのは本当にわからない。
「だが、これもやりようによってはいい! あちらのお嬢さんとシュウ殿が関わっていたとなれば、いい話のタネにもなる。とにかくよくやってくれた!」
などとポジティブなことを言いながら肩をバンバンと叩いてくるカルロイド。
会話のタネにする程度であれば構わないが、貴族の世界に引っ張り込まないでくださいね?
陽気に笑うカルロイドを見て、俺はちょっと心配になるのだった。
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