下山
最後の細い洞窟を走り抜けると、フランリューレ、アレク、ネルネ、ギールスがへたり込んでいた。
「皆さん、お怪我はないですか?」
「は、はい。なんとかですの……」
「はぁ、はぁ……俺、人生で一番速く走った気がするぜ」
「……怪我はないけど、死ぬほど疲れた。もう無理」
「少し休憩させてください」
ヴォルケノスからの全力疾走はかなり堪えたらしく、フランリューレたちは地べたに座り込んでいた。
マグマゴーレムの討伐に、ヴォルケノスの卵の回収、そして逃走。
たった半日の出来事であるがかなり濃厚だったな。俺も今日はかなり疲れてへとへとだ。
一緒になって座り込みたい気持ちはあるが、ここは年上として何とか虚勢を張ることにする。
まあ、精神年齢が上なだけで、見た目上での年齢は彼女たちとそう変わらないんだけどね。
しばらく水分補給をしながら休憩をしていると、四人も落ち着いたのか立ち上がった。
「シュウさん。ヴォルケノスの卵だ」
アレクからヴォルケノスの卵を手渡される。
「どこにも傷はないですね。これで俺の依頼もこなすことができそうです」
「よかったですわ。シュウさんのお力になることができて」
フランリューレたちがホッとした表情をする。
澄ました顔で礼をしているが、こちらとしては小躍りしたい気持ちでいっぱいだった。
何せ一度は失敗し、二度目は追い返されてしまい途方に暮れていた依頼だ。
三度目のチャンレジにしてようやく採取の成功。これが嬉しくないはずがない。
「フランリューレさんたちのお陰で卵を回収できました。本当にありがとうございます」
「いえ、シュウさんの力があってこそですので。わたくしたちは少しだけお手伝いしただけですわ」
「こちらも課題を手伝ってもらったのでお相子です」
「……シュウさんがいなかったら達成できていたか怪しかった」
「それな!」
そうだろうか? ネルネたちの地力を考えると、苦戦はすれど達成はできたような気がするが。まあ、そのような仮定を言う必要もないので、ギールスの言う通りお相子だな。
「それじゃあ、エルドに戻りますか。この時間であれば、帰りの馬車があるはずなので」
レディオ火山からエルドまでは定期的に馬車が出ている。
日が暮れるとなくなってしまうが、夕方に差し掛かっていない今くらいの時間であれば残っているはずだ。
さすがに疲れた今の状態で徒歩で戻りたくはない。
「賛成ですわ。わたくし、早くお風呂に入りたいです」
「……私も。汗や土で身体が気持ち悪い」
「俺は腹が減ったぜ」
「僕はひとまずベッドで横になりたい」
定期馬車のある場所に向かいながら、それぞれが街に戻っての予定を述べていく。
皆で並んで歩きながら、こうやって喋る感じが高校生のようで懐かしいな。
「そうですわ、シュウさん! 街に戻ったらご夕食を一緒にしませんか? 互いに達成できたお祝いとして!」
皆の予定に耳を傾けていると、フランリューレが今思いついたかのように提案してきた。
ネルネ、アレク、ギールスも乗り気なのか、期待のこもった眼差しが向けられる。
「お邪魔してもいいのなら是非」
「決まりですわ!」
そう答えると、フランリューレたちが嬉しそうに笑った。
◆
エルドに戻って一息つくと、フランリューレたちが身支度を整えて宿にやってきた。
そこから祝い会の会場は適当に探そうとしていたのだが、ドワーフの女将に捕まって地下の酒場に連行されることになった。
まあ、この宿の料理は美味しいし、騒いでも騒音にはならないので気兼ねなく飲めるのでいいだろう。
「へえー、ここの宿は酒場が地下にあるのか! 道理で上が静かだったわけだぜ!」
階段を降りていくと、アレクが感心した声を上げる。
「アレクさんたちの泊っている宿は賑やかなんです?」
「こっちは地獄だぜ。毎日毎日夜遅くまでドワーフたちの声が聞こえて眠れねえよ」
「うう……お陰でドワーフたちのはしたない歌が頭に残ってしまいましたわ」
「……そう? 私は大丈夫だった」
「それはネルネだけだ」
ズーンと暗い表情をするアレクたち。ネルネはどのような環境でも眠れるタイプなのか、一人だけケロッとしていた。
俺はドロガンオススメの静かな宿に泊まっているので平気だが、他のところではドワーフたちの声がかなり響いているらしい。
俺も一度、夜に散歩してみたらそこら中の店から大声が聞こえてきたからな。
人口の八割をドワーフが占める街では、これが当たり前なのかもしれない。
「あっちの広い席に座りな」
「ありがとうございます」
五人と人数が多めだったからか女将が端にある広いテーブルに案内してくれた。
大きなテーブルをぐるりと囲うようなソファー席なので、ゆったりと過ごしやすくていいな。
席に座ると右側にフランリューレ、左側にネルネが座ってきた。
両サイドに綺麗な少女が座っているとちょっとだけ緊張する。椅子と違って、ソファー席なので区切りがないし。
平静を装うように酒場を見回してみると、あることに気付いた。
「あれ? 今日は静かですね?」
今日はドワーフの数が少ない。
連日、夜になるとバカみたいに騒いでいるのに。
「なあに、直にドカッとやってくるよ」
それもそうか。今は夕方で呑み始めるには少し早いしな。
そんな風に納得して、俺たちはそれぞれ気になったものを好きに注文する。
「シュウさん、何かオススメの品があれば教えて頂けますか?」
「ラゾーナの串焼きが美味しいですよ」
「ええっ!? シュウさん、あれ食ったのか!?」
フランリューレが尋ねてきたので答えると、皆がギョッとする。
どうやらフランリューレたちはまだラゾーナを食べていないようだ。
「食べました。見た目は如何にもアレですけど、鶏肉みたいで美味しいですよ。スパイスの相性も抜群ですし」
俺のプレゼンに注文を受けている女将も満足げに頷いている。
「ほ、本当に美味しいんですの?」
「……食べてみよう」
意外にも真っ先に決断したのはネルネだった。
いつもと変わらない眠そうな表情であるが、言葉はハッキリとしていた。
「あいよ。それじゃあ、人数分用意するね」
そして、女将が強引に注文を締め切って、厨房へと去っていった。