天然温泉
本作のコミカライズが決定しました。詳細は追って報告します。
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俺が思わず叫ぶと、ドワーフは細い瞳を僅かに見開いた。
「あん? 耐火性のグローブを買っていった冒険者じゃないか」
先客として温泉を堪能していたのは、エルドの街の道具屋を営んでいたドワーフであった。
お世話になったことだけじゃなく、ぶっきらぼうでドワーフにしては商売っ気のある人なのでとても印象に残っていた。
彼がどうしてここにいるのか気になるところであるが、今はそれよりも。
「ここって温泉ですよね?」
「見りゃわかるだろ。そのまま入ると汚れるから、入りたきゃそこにある桶でかけ湯をしてから入れ」
店主にも許可をとった俺は、いそいそと服を脱ぐ。
お湯を鑑定してみると四十度程度で人が入るのに適温ともいえる温度だった。
服を丁寧に畳み、店主が持ってきた桶でかけ湯をする。
すると、ジュウウと音が鳴った。これには思わず店主も身をすくめて驚く。
「なんだ? ここのお湯はそんなに熱かったか?」
「あ、すみません。氷魔法で冷気を纏っていたのを忘れてました」
ブリザードを身体に纏っていたために、それとお湯がぶつかってしまった音であった。
慌てて冷気を解除する。
「ビックリさせるな。まったく、常時纏い続けているとは、よっぽど魔力に自信があるんだな」
桶でお湯を掬ってみると、色が乳白色だ。硫黄が混ざっているからだろう。
「少し濁っているが特に身体に影響はない。俺はここに二十年近く通っているからな」
そして、この店主も基本的にぶっきらぼうであるが悪い人ではないんだよな。
なんだかんだと初めて入る俺にしっかりとレクチャーしてくれているし。
硫黄っぽい匂いを感じながらお湯をかける。
洞窟内でかいた汗や土埃などがお湯で洗い流される。少し熱めであるが、微妙に調節が効いていない辺りがいかにも天然らしい。
バシャバシャと何度もお湯をかけるだけで汗が流されて大分スッキリした。
かけ湯して一通り身体を綺麗にしたところで、ゆっくりと足を浸からせる。
「ああ……」
「早く入れ。男の入浴シーンをゆっくり眺めさせられる身にもなってみろ」
「そうかもしれませんけど、勘弁してください」
急にお湯に入ると身体がびっくりするからな。ヒートショック現象を起こさないためにも、身体を徐々にお湯に慣らしつつ入るのが健康のためだ。
まあ、店主からすればあまり見たくない光景だと思うけど。
お湯の温度に身体を慣らしつつ、ゆっくりと全身をお湯に沈める。
温かいお湯に全身が包まれてとても気持ちがいい。
思わずホッと息を吐いてしまう。
湧き上がる湯気がすごいが、遠くの景色は十分見えている。
こんな景色のいいところで温泉に入れるなんて幸せだ。
「まさか、レディオ火山に温泉があるなんて……」
「一部の者以外は知らない情報だ。あまり人に広めるなよ? 人がくると鬱陶しい」
「わかりました。こんないい場所は独占したいですからね」
「まあ、この蒸し暑さと魔物の脅威を乗り越えてまで入りにくる奴はそういないがな」
それもそうかもしれない。なんといったって火山内の温度は殺人的だ。
それを乗り越えてまで温泉に入りにくる者は、よほどの好きものだろう。
「……お前さんは何をしに火山にきたんだ? まさか、温泉を探しにきたわけでもないだろう?」
「ヴォルケノスの卵を持ち帰るのが目的でしたが、途中の魔物に邪魔されてしまいまして。魔物とあまり接敵しない迂回ルートを調べていたら、ここにたどり着きました」
「また厄介な依頼をやっているものだな」
「難しいですけど、素材のための障害なら燃えますね」
なんて返事をすると、店主は「ハッ」と鼻を鳴らした。
変な奴だと思われたのかもしれないが、それが俺の本心だからな。
お湯に入っていると、身体が温まってきたが喉が渇いた。
湧き水筒を取って、水分補給をすることにする。
火照った身体に冷たい水が流れ込んできて気持ちがいい。
そのまま水筒を戻そうと思ったら、店主がこちらを見ていることに気付いた。
「飲みます?」
「……貰う」
店主に渡すと、湧き水筒をごくごくと呑み込んでいく。
「……火山で水は生命線なのに結構容赦なく飲みますね」
「お前は水魔法が使えるから余裕だろうが」
冷気を常時纏い続ける奴が水の心配なんてするはずがない。それもそうでしたね。
マジックバッグの中に水は樽で用意しているし、水魔法で飲むことができる。
俺からすれば、火山内でも水の心配は一切必要ない。
「よかったら、氷でも舐めます?」
「最近の若い奴にしては気が利くな」
「温泉の中でどうすれば心地よく、楽しく過ごせるか考えているだけですよ」
店主の年寄りじみた言葉に笑ってしまう。
店主に小さな氷玉を渡すと、自分も口の中に放り込んで舐める。
温泉に漬かりながら、冷たい氷を堪能する。なんて贅沢なんだ。
熱い湯気が心地のいい山風に攫われて、糸を引くように消えていく。
「あぁ……ここに冷たい酒やつまみもあれば最高だな」
それは俺も思っていたところだ。温泉に漬かりながら冷たい酒をグッと煽るのはきっと最高だろう。
マジックバッグの中に当然お酒も入っている。
しかし、マジックバッグはむやみやたらと見せびらかすものではない。でも、この店主はそんなことをするタイプじゃないと思った。
「……あると言ったらどうします?」
「なんだと?」
落ち着いた店主とはいえ、やはりドワーフ。
俺が冷たい酒とつまみを持っていると聞くと、大きな反応を見せた。
俺はいそいそと移動をして、マジックバッグからエールの入った樽、酒杯、屋台で買い込んだラゾーナの肉串を取り出す。
「実はちゃんとあるんです」
「マジックバッグ持ちか……そんなものを気軽に見せびらかしやがって最高か!」
テンションの低かった店主が、酒を前にしてテンションを上げてきた。
エールを杯に注ぎ氷魔法で冷やすと店主にも渡す。
「「乾杯!」」
温泉にこぼれないように杯をぶつけて、ごくごくと冷たいエールを流し込む。
風呂上りに冷たいエールを呑むのとはまったく違った爽快感。
「ぷはぁ! 美味いなぁ!」
「最高ですね!」
天然温泉にゆったりと浸かりながら冷たいお酒を飲む。
忙しい日々を送っていた前世では、まったくできなかったことだ。
エールを呑むと、街で買い込んだラゾーナの肉串を食べる。
香辛料のしっかりと効いている肉が美味しい。つい今朝方、遭遇して倒したがやはり美味しいものは美味しい。
ただ、温泉にそれをこぼすことは許されない。天然ものであり、他に誰もいないとはいえ、それは最低限のマナーだ。お行儀よくこぼさないように食べる。
そして、濃い味付けをエールで流し込むとスッキリ。無限ループだ。
俺も店主も無駄な会話をすることなく、自分たちのペースで食べて、呑んで、温泉を堪能する。
もはや、樽ごと氷魔法で冷やしているので酒が足りなければ勝手に注げばいい。
店主なんてこの短時間で四杯もお代わりをしていた。
やっぱり、ドワーフって化け物だ。
「いい物を提供し、いい思いをさせてくれた礼にいいことを教えてやろう」
杯が空になり、ラゾーナの串を食べ終わったところで店主が口を開いた。
「付いてこい」
「あ、待ってください。服を……」
「そう遠くない。タオルとマジックバッグだけ巻けば十分だ」
もたもた服を着ようとしていると、そのように言われたのでタオルとマジックバッグを腰に巻いて店主について行く。
硫黄の温泉から離れてしばらく進んでいくと、温泉ではなく泥が湧いていた。
粘着質のグレー一色の大きな水たまり。火山から湧いているのかガスの成分なのかポコポコと蠢いている。
「ここは?」
「泥温泉だ。ここの泥は質がよくて肌にもいい」
「つまり、それって……」
「かなり売れる。特に女にな。エルド名産の火山泥パックはここの泥だ。俺が定期的にここにきているのは温泉だけじゃなく、これを持ち帰るためでもある」
どこか穏やかな顔つきをしていた店主が、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
やはり、この店主はドワーフにしては商売っ気が強いなと改めて思った。
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