ルート調査
「うーん……」
何とか逃げおおせた俺は唸っていた。
それは卵を産んだヴォルケノスがしっかりと巣を見張っているからである。
これはまだいいとしよう。卵をゲットする難易度は上がってしまうが想定内の出来事。
むしろ、最初にフリーで運び出せたことが幸運だったのだ。
それより気にするべきは、道中に棲息する魔物たちのしつこさ。
卵を持つ前はブリザードを叩き込んでおけば近付かなかったのだが、卵を持っているとわかった途端に果敢に攻撃してくる。
何十キロの重さのある卵を両手で抱えている以上、機敏に動くことは無理だ。
こちらが万全の状態かそうでないかが魔物もわかっているのだろうな。
かといって無作為に魔法をバラまき過ぎても影響が出そうで怖いし。
やはり、一番の攻略法は魔物との接触を避けることだろうな。
魔物の種類、特性、棲息区域をしっかりと把握して、慎重なルート選びをする必要がある。
「遠回りに見えるけど、これが一番近道な気がするな」
この程度の苦難、モンモンハンターでいくつも乗り越えてきた。
安全な道を通るためにモンスターの動向を確認するのは基本である。それを現実でもやればいいだけのことだ。
素材を確保するためなら、この程度の障害は逆に燃えるというものだ。
やるべき事が明確になった俺は、道を引き返してルートチェックをすることにした。
レディオ火山の洞窟は入り組んでいる。俺の通ってきたところは主要なルートであり、最短距離を突き進むもの。
今回の確認ではそれ以外の場所も確認してみることにする。
「この辺りはやっぱりマグマレスが多いな」
頂上部へと至る洞窟内。最初の関門といえる場所がこのマグマレスの群生地帯だ。
洞窟内はたくさんのマグマが流れており、調査スキルを使ってみると数十匹のマグマレスが泳いでいるのが見える。
俺が怒りに任せて放出したブリザードは既に溶けており、地面が微かに濡れている程度であった。この洞窟内がどれほど高温なのか改めて実感させられた気がする。
マグマレスを相手にしていたらキリがないな。
飛んでくるマグマを防ぎつつ、素早く駆け抜けることが重要だろう。
前回は主要なルートを通り過ぎようとしたが、今回は脇道に進んでみることにする。
念のために調査を使用して、行き止まりではないか確かめる。
……ふむ、しっかりと細い道が続いているようだ。それに魔物もいない。
こちらであれば、仮に魔物がやってきても一列にしか入ってこられないので対応が楽だ。
少なくても前回、魔物に囲まれた時のような全方位の警戒はいらないだろう。
一本道を進んでいくと、また違う広間に出てきた。
見渡してみるとリザードマンが数体うろついており、別の細い脇道が三つほど続いている。
「……これは地道にマッピングをしていくしかないな」
恐らくレディオ火山の内部は蟻の巣状に広がっており、多くの脇道や広間で形成されているのだろう。当然、進んだ先に必ずしも道があるわけでもない。進み続けた果てに行き止まりだったということもあるだろう。
だが、的確なルートを見つけるためには、地味に通って確かめるしかない。
調査スキルで道の把握はできるので途方もない作業にはならないが、何回もの実験が必要だ。
「でも、こういう地道な作業は嫌いじゃない」
俺はマジックバッグから火山内部の簡易地図とペンを手にして、洞窟を進んでいくのであった。
◆
「調査」
洞窟内部にいる俺は調査スキルを放つ。とはいっても、今使っているのは素材を探すためではなく、魔力の波を放つことでこの先に道が続いているのか確かめる作業だ。
「うん? 魔力の反響が途切れた?」
狭い洞窟であれば、魔力の波が反響する。しかし、その反響が途中で霧散した。
その霧散の仕方は広間に続くものではない。多少、広いところに出ようが、俺の魔力はある程度反射する。
気になった俺は、魔力の反響がなくなった脇道を進んでみることにした。
鍾乳洞のような狭い道を進んでいくと、前方に眩しい光が差し込んでくる。
「明るい。外の光か……?」
マグマの明るさとは違う純粋な光に目を細めながら足を進めると、外の景色が広がっていた。
薄暗い洞窟にすっかりと慣れていたせいか、外の風景が眩しい。が、慣れてきたのか、しっかりと視界にとらえることができた。
「おお、いい景色だ!」
どうやら外縁部的な場所にやってきたのだろう。
圧倒的な高さを誇る火山から生い茂った森を見下ろすことができた。
遠くに見えている街並みは、間違いなくエルドだろう。
エルドからレディオ火山を遠目に見上げることができたが、まさかこちらからも見下ろすことができるとは思わなかった。
卵を運ぶためのルート調査のためだけにやってきたが、この景色が見られるのなら十分に足を運ぶ価値がある。
たとえ、この先のルートが行き止まりでも俺に悔いはない。
気持ちのいい外の風を浴びながら、そんな清々しい気持ちを抱く。
外縁部は砂利道になっており、道幅は大人二人が並べる程度の細いもの。それがずーっと下の方まで続いている。
恐らく、このまま沿って向かえば、下層の広間に出られるのではないだろうか。
そんな淡い期待を抱きながら進む。
この道には当然ガードレールや柵のような転落を防ぐような物はない。
もし、落ちたらそのまま急な傾斜を転がっていくことになるので少し怖い。
だけど、魔物の気配もまったくない上に景色もいい。気持ちのいい風も吹いているので柵さえあれば観光スポットとして最高だった。
「うん? なんか硫黄っぽい匂いがする?」
細い道をずっと下っていると、山肌の方から硫黄のような匂いがした。
匂いの方に視線を向けてみると、微かに白い湯気が漂っているのが見えた。
火山で硫黄といえば温泉! などという思考が巡るが、危険な硫黄ガスが噴出しているだけという可能性もある。
しかし、こんな時に便利なのが鑑定だ。これで空気が安全なものか確かめることができる。
【硫化水素ガス】
硫黄と水素が結合してできた物質。
火山ガスと同じく、引火性の高いガスでもある。硫黄泉から漂ってきたものである。
腐った卵のような刺激のある匂いをしており、吸い続けると中毒症状を引きおこすこともある。が、この辺りに漂うガスは人体に影響を与える濃度ではない。
「硫黄泉!?」
どうやら危険なガスではないようで一安心。だが、鑑定の情報には気になる単語が出てきた。
もしかして、あの湯気が漂ってきている場所には温泉があるのではないだろうか。
危険な成分が含まれているガスでもないので、俺は山肌をよじ登って向かってみることにした。
なだらかな山肌を進んでいくと、予想通りそこには湯気を吐き出す天然温泉があった。
岩垣に囲まれた風情のある温泉地帯。
「間違いなく、天然の硫黄温泉だ!」
「……ここにたどり着く奴がいるとは珍しいな」
天然温泉を見つけて興奮の声を上げると、近くから声がした。
まるで最難関ダンジョンの奥地で待ち構えるボスのような台詞を吐いたのは、神経質そうな顔をしたドワーフ。
「あっ! あなたはエルドにいた道具屋のドワーフ!」
「あん? 耐火性のグローブを買っていった冒険者か」
先客として温泉を堪能していたのは、エルドの街で道具屋を営んでいたドワーフであった。