巣の主
ヴォルケノスの卵を手に入れた俺は、レディオ火山から帰るべく必死に足を進めていた。
今や頂上部を降りて洞窟内部。ヴォルケノスに見つかることなく順調だ。
ただ卵が重い故に出せる速度は小走りより、少し速い程度。だが、この調子ならば安全に火山を出て、エルドまで戻ることができそうだ。
なんて考えていると、魔石調査に反応があった。
マグマの中に見えているのはマグマレス。
「……やばいぞ。この状態でマグマなんて飛ばされたら避けられる気がしない」
かといって、前回と同じようにブリザードを使って氷漬けにもできない。
なにせ俺の手の中にある卵は儚い命だ。氷魔法の影響で死んでしまったら、依頼が失敗になるかもしれない。
凍結させて仮死状態にして運ぶ案もあるが、領主に生きたまま持ち帰ってきて欲しいとお願いされている。
こちらに影響の出ない遠くで氷魔法を叩き込むか、接触しないように迂回するのが一番だろう。
かなり遠回りになるがマグマレスのいないところに行くのが一番だ。
マグマにはできるだけ近寄らないように迂回する。
卵を両手で抱えながらえっちらおっちら。
しかし、その迂回した先にも別のマグマレスがいた。
さすがにこれ以上は迂回することができない。
俺は覚悟を決めて、卵を抱えながら近くを通り過ぎる。
バレないでくれという俺の願いも虚しく、マグマレスは反応した。
「くそっ!」
マグマから顔を出すと、こちらに向けて口を開こうとしたのでブリザードを叩き込む。
すると、顔を出したマグマレスが凍り付いた。
しかし、範囲を絞ったせいか、徐々に周りにあるマグマが氷を呑み込んで溶かしてくる。
この場所にとどまっていては、すぐに凍り付いたマグマレスも動き出すことだろう。
そのまま小走りで進むと、今度は別のマグマレスがマグマを吐き出してくる。
俺の氷魔法を警戒して遠くから放ってきた。
攻撃する前に潰す事ができないので実にいやらしい。だが、その代わり今度は距離ができたために機動性の落ちた今でも余裕を持って避けることができた。
着弾点も予想しているので、そこにブリザードを叩き込むと巻き込まれる心配もない。
凍り付いたマグマ球を横目に俺は悠々と通り過ぎる。
「グギャアアアアアッ!」
しかし、その先にはリザードマンの群れがいて完全に出くわしてしまった。
しまった。マグマの方ばかり警戒をしていて地上の索敵を疎かにしてしまった。
俺の姿を見つけるなり雄叫びを上げて突撃してくる。
卵を持った状態ではリザードマンから逃げ切ることもできない。
「ブリザード!」
それならばリザードマンを先に潰すまで。
ブリザードを遠距離で叩き込んでリザードマンの群れを氷漬けにした。
その隙を狙ってマグマレスたちがマグマの砲火を浴びせてくる。
「くっそー。卵を持っていない時は、氷魔法を放てば逃げていったのに!」
臆病なはずのマグマレスがここぞとばかりに攻撃してくる。
恐らく、こちらが自由に動くことができないとわかっているのだろう。その野性的な勘の良さが恨めしい。
ブリザードでマグマを落とし、撃ち落とせなかったものは小走りで避ける。
近くに跳弾しそうなものはブリザードの冷気で防御。
「よし、このまま進んで撒いてしまえば――あつっ!?」
なんて考えて駆けだそうとしたら、上からファイヤーバードが降下してきて腕を掠めた。
焼けるような熱さに驚いて思わず、手からヴォルケノスの卵が落ちてしまう。
スローモーションで落ちていく卵を見て、俺はあんぐりと口を開ける。
割れるな!
そんな俺の願いも虚しく、ヴォルケノスの卵はクシャッと音を立てて割れてしまった。
「ああっ!?」
モンモンハンターのガーンというBGMが脳内で大きく流れた気がした。
ヴォルケノスの卵を割ってしまった。貴重な素材なのにダメにして。
目の前で散乱している卵の殻と、白身や黄身を見ると酷く心が痛んだ。
ゲームで台無しにしてしまった時以上のショックだった。ヴォルケノスがいないチャンスを狙って取れた卵だというのに、こいつらはそれを平然と邪魔して……。
「なにするんだ、この野郎めー!」
思わず感情的になって周囲にブリザードを放つ。
危険を察知してファイヤーバードが逃げ、マグマレスが溶岩の底に沈んでいく。
氷の世界がマグマを浸食していくが、両方の魔物を捉えることができず逃げられてしまった。それもまた地味に腹が立つ。
とはいっても、無作為に魔法をばらまいただけなので当然の結果なのだが。
残ったのは氷の大地で膝をつく俺と、氷像と化したリザードマンたちの群れである。
なんとも虚しい。
「ええい、まだ挫けるのは早い! もう一度、ヴォルケノスの巣に戻って卵を取ってくるんだ!」
素材が発見できなくて時間切れになったり、途中のモンスターに邪魔をされて素材を持ち帰れなかったことなんてモンモンハンターで何度もあったじゃないか。
ゲームで起こった苦労を思えば、たった一度失敗したくらい何でもない。
この程度で挫けていたら素材採取者として失格だ。そこに素材がある限り、俺は諦めない。
稀少なヴォルケノスの卵を失ってしまったのは心が痛むが、まだ七個残っていたし……。
そういうわけで心を切り替えた俺は、急いで頂上にあるヴォルケノスの巣に戻る。
さっさと戻ってくれば、この辺りは凍り付いたままだ。魔物も寄ってこないかもしれない。
軽くなった身体で俺は走り出した。
◆
「……これはダメだ」
希望を胸に抱いて巣に戻った俺だが、そこには先客がいた。いや、本来いるべき主とでも言おうか。
【ヴォルケノス 危険度B】
レディオ火山の奥地や洞窟などに生息する陸棲型の海龍種。
積極的に群れる習性はなく、自分の縄張りの侵入者に容赦はしない。
四肢は短いが、見かけに反して機動性は高い。
強靭な肉体と爪で硬い岩盤をも突き破り、地中を掘り進むことができる。耐熱性に優れており、マグマの中であろうと突き進む。
全身のマグマが冷えて固まり、天然の堅牢鎧と化している。
生み落とす卵は珍味とされており、美食家の中でも有名。近頃は乱獲気味のせいで数を減らしている。
「グルルルルルッ!」
まるでレッドドラゴンを彷彿とさせる赤い鱗を身に纏っており、爬虫類のような長い尻尾。短いがどっしりとした四本の足で身体を支えている。
頭や肩には背びれのようなものが付いており、かかった溶岩をボトボトと落としている。
猛禽類のような鋭い翡翠色の瞳は、中央にあった卵の場所へとめぐっていた。
「あっ、もしかして一個足りないことに気付いちゃったかな?」
卵が一つ足りないことに気付いたのだろうか。ヴォルケノスが見た目からは想像できない機敏な動きで駆け寄って確かめ始めた。
「ガギャアアアアアアッ!」
そして、やはり足りないことに気付いたのかヴォルケノスが怒りのこもった雄叫びを上げた。
独特な咆哮に思わず耳を塞いでしまう。
そんな僅かな身動きの音で気配を察知したのか、ヴォルケノスは即座にこちらにやってきた。
猛禽類のような瞳と俺の瞳が見事に交差する。
ヴォルケノスが「お前の仕業か!」とでも言いたげな強い怒りを露わにしながら突進してくる。
「違う! 犯人は俺だけど俺じゃない!」
盗ったのは俺だけど壊したのは魔物なんだ。
そんな矛盾の弁明を図るが、ヴォルケノスが聞いてくれるはずもない。
トカゲのように足を使って、こちらを踏み潰すべく突進してくる。
即座にブリザードで氷漬けにしたくなるが、相手は稀少な魔物。氷漬けにして万が一死んでしまったらいけない。
「ブリザードライン!」
なので、ヴォルケノスと俺の間を隔てるように氷の壁を走らせる。
目の前で生成された氷壁にヴォルケノスがぶつかった。
氷壁を壊そうと体当たりする音が聞こえるが、振り返ることもせず全力でその場を後にした。
新作はじめました!
『異世界ではじめる二拠点生活〜空間魔法で王都と田舎をいったりきたり〜』
空間魔法の使える主人公が都会と田舎にそれぞれの家を持って、楽しい二拠点生活をするお話です!
転スロではできない物語構成となっております。
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