蒸留酒
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』コミック5巻が7月15日発売です。よろしくお願いします。
ドロガン、ロスカと地下に降りていくと、既に席には結構な数のドワーフが座っていた。
「酒だ、酒だ! こっちにお代わりをもってこい!」
「おい、酒が足らんぞ!」
杯を掲げて叫ぶドワーフたちの声が酒場内に響き渡る。
「やっぱり酒場に入るとうるさいな」
「……すごい声量っす」
力強い言葉の応酬にドロガンは呆れ、耳のいいロスカは驚いているようだ。
肉体労働である鍛冶をやっている者がほとんどだからか、声量がとても力強い。
「飲み物はエールでいい?」
一番端っこの静かそうな場所に腰を下ろすと、ドワーフの女性がやってきた。
先程受付をしてくれた女将と似ているが、背丈や髪型が微妙に違う気がする。
というか最初に聞くのが酒なのか。さすがはドワーフ。
ドロガンが「飲めるか?」と視線を向けてくるので異論なく頷いた。
もう日が暮れて夜になるし、今から出歩こうとは思わないからな。お酒が入ってしまっても問題はない。
ロスカもお酒は飲めるようで頷いていた。
「ああ、それを三つ頼む。あと怒り豆の塩焼きとラゾーナの串焼きを頼む」
「はーい!」
ドロガンが注文すると、ドワーフの女性は去っていく。
「……親方、今のは女将さんの子供っすかね?」
「どう見てもそうだろう?」
おずおずと尋ねるロスカに、ドロガンは当然とばかりに行った。
いや、ごめんなさい。成人しているか、していないかの見分けがつきません。
エルフも長寿なために年齢不詳感があるが、ドワーフも中々のものだ。
俺たちが見分けをつけられる日は遠そうだな。
なんてぼんやり思っていると、すぐにエールが届いた。
「それじゃあ乾杯っす!」
「乾杯」
杯を軽くぶつけてエールを呑む。
前世で呑んでいたお酒に比べると味が大雑把だ。
場所によっては酸味が強かったりと癖が強いが、こういうお酒も悪くない。
「はい、怒り豆の塩焼きとラゾーナの串焼きね!」
くぴくぴとエールを呑んでいると、給仕の少女が料理を持ってきてくれた。
「コイツは殻ごと食える。気になるなら殻をとってもいい」
そう言いながらドロガンが怒り豆をつまんで殻ごと豪快に食べる。
剥くのが面倒だったので真似してそのまま食べてみる。
パリッとした殻の食感がし、中から柔らかい豆が出てくる。
銀杏のような味でまぶされている塩がいいアクセントだ。
「この豆、いけるっすね!」
「うん、殻があった方が食べ応えがあっていいかも」
そして、塩の利いた怒り豆をエールと一緒に飲み込むのがいい。
怒り豆の次は、串に刺さっているお肉だ。
手に取って食べてみる。
見た目や食感は鶏肉に似ているな。臭みはまったくなくて意外とジューシーだ。
脂がのったササミのような味だ。
「ラゾーナっていう肉は鳥の一種ですか?」
「いや、違う。レディオ火山の近くに棲息しているワニだ」
「ええ! これ鶏肉じゃないんすか!?」
ロスカも鶏肉だと思っていたらしくドロガンの言葉を聞いて驚いている。
ワニの肉だったのか。はじめて食べたな。
想像していたよりもずっと柔らかくて食べやすいな。
色々な場所に行くとこういった珍しい料理も食べられるから楽しいな。
「じゃあ、次は手羽をいってみるか? ラゾーナの足が見れてワニを食っている実感が持てる」
「美味しいんですか?」
「ピリッとした香辛料が振りかけられて美味い」
「お、お願いします!」
「あたしもっす!」
ワニの足がついているとか怖そうであるが、美味しいのなら食べてみたい。
意を決して頷くとドロガンが店員を呼んで、他の料理と一緒に注文をしてくれた。
「おいおい、こいつは珍しい奴がいるじゃねえか!」
怒り豆を摘まみながらラゾーナの手羽を待っていると、杯を手にしたドワーフが対面に座った。
ひょっとして人間である俺か、獣人のロスカに絡んでいるのか? と思ったが、腰を下ろしたドワーフの視線はドロガンに向いていた。
「久し振りじゃねえかドロガン」
「バリスか」
「一匹狼のお前が誰かと一緒にいるなんて珍しいじゃねえか」
こうして酒場で騒いでいるドワーフたちと比べてみると、ドロガンがいかに静かなタイプかよくわかるな。
どうやら昔からあんまり人とつるむタイプではなかったようだ。
「獣人の方は弟子で、人間の方は付き添いの冒険者だ」
「はじめまして、ロスカというっす」
「冒険者のシュウです」
「俺はバリスだ。ドロガンとは昔からの知り合いだ。この街でグラスなんかを作っている」
バリスと名乗ったドワーフはそう言って手に持っているグラスを見せた。
「このグラスはバリスさんが作ったっすか?」
この店にあるのは木製の杯だ。それなのに精緻な造りのグラスを持ってきているということは、バリスが自前で持ってきているということだろう。
「ああ、そうだ。美味い酒はいい杯に注いで呑むのが俺の流儀だからな」
そう誇らしげに語るバリスのグラスは、丁寧に彫刻がされておりとても綺麗だった。
前世のグラスのように透き通るほどとは言わないが、エールが入って黄金の輝きを放つそれは十分に芸術的な価値がある。
「見事な装飾っすね! ここの凹凸は光の反射を出すためっすか?」
「おお、話がわかるじゃねえか。そうだ。黄金色のエールが輝いて見せるように意図して作ってるんだ」
なんだか同じ作り手同士で意気投合しているようだ。
会ったばかりだというのにすっかりと打ち解けているように見える。
「これだけ装飾について詳しいってことは装飾人として働いてるのか?」
「そうっす! 親方の武具に装飾をしたり、自分でアクセサリーとかを作っているっすよ!」
「ほう、そいつは面白い。おい、ドロガン。こいつを俺の工房に呼んでいいか?」
「元からバリスのところで修業させるために連れてきたんだ。遠慮なくこき使ってくれ」
「そうだったんすか!? えっと、改めてよろしくっす!」
ガッチリと握手を交わすロスカとバリス。
どうやら元からロスカの修行先としてバリスの工房に訪れるつもりだったらしい。
ラゾーナの串肉を頬張りながらドロガンは「会いに行く手間が省けた」と満足そうにしていた。
「よーし、こいつはめでたい。改めて乾杯しようぜ!」
グラスからエールを呑みほしてしまったバリスが上機嫌にそう言う。
俺はなんとか残っているものを飲みほして、なんとかお代わりを貰って乾杯し直す。
バリスとドロガンはごくごくと喉を鳴らしてエールをあおっていく。
それぞれの杯はかなりの量であるというのに、あっという間に半分以下になっていた。
「さすがはドワーフ。ドロガンさんもお酒に強いですね」
「そうか? こんなもの水みたいなものだろ」
ドロガンも騒がしくないとはいえ、ドワーフ。やっぱり酒にはすこぶる強いようだ。
あれだけ一気に呑んでもケロリとしている。
エールが水というのはおかしいと思う。
「俺としてはもっとガツンとくる強い酒が呑みたいんだがなぁ」
「だったら蒸留してみたらどうです?」
「……蒸留ってなんだ?」
軽い気持ちで提案してみたのだが、バリスは真剣な表情で尋ねてきた。
先程まで陽気に笑っていた人とは思えないほどだ。
この世界では蒸留酒というのはないのだろうか。普段からお酒はあまり飲まないので詳しいことはわからない。
「うわっ! なんだか他のドワーフもいっぱい!」
「いいから蒸留酒とかいう酒について話してくれ」
気が付けば先程まで騒いでいたドワーフの客たちが周囲に群がっていた。
誰もが真剣な眼差しを向けて、蒸留酒の話に耳を傾けようとしている。
生半可な話でもしたら怒られてしまいそうだ。
「えっと、酒を火で炙れば酒の素だけ蒸気から出てくるんですよ。それを冷やして集めれば、通常よりも強いお酒ができるはずです」
「水を温めた時みたいに湯気が出て水と混ざるんじゃねえか?」
「お酒の素は水よりも早く湯気になるんですよ」
書籍なんかでチラ見した程度なので、この程度の知識しかないが大体そんな仕組みのはずだ。
「俺は酒造りに詳しくはねえが、もしそれで強い酒が造れるならやってみる価値はあるな」
「ひとまず、試してみるか」
「それで本当にできるのならドデカくして作ってみればいい」
「冷却するのはどうする?」
「氷石を使えばいいじゃろ。ワシが持ってるから使えばいい」
バリスが呟くと、それに便乗するように周りにいたドワーフが真剣な表情で議論しだした。
「よし、早速やってみるか!」
「「おうよ!」」
そして、考えるよりも実践してみることになったのか、あっという間にバリスを中心としたドワーフたちは酒場を出ていった。
夜だというのに今から蒸留するための道具を作るつもりなのだろうか。
ここにいるドワーフの全員が何かしらの作り手だ。彼等にかかれば不可能じゃないところが恐ろしい。
ドワーフのスピード感についていけず、俺は瞬きをするしかなかった。
「な、なんだかすごいことになったっすね」
「ドワーフの前で新しい酒の話をするからだ」
もしかしたら俺は、とんでもないことを教えてしまったのかもしれないな。