お土産
バンデルさんの依頼内容を詰め終わった俺は、冒険者ギルドにやってきていた。
サラビは夜行性なので出発するのは夕方だ。睡眠不足にならないように昼間のうちに昼寝をしておくとして、まだ時間があったのでお土産を渡しに回ることにしたのだ。
「あっ、シュウさん! お帰りなさいませ!」
「ただいまです」
「シュウさんがいない間にたくさんの採取依頼が溜まっているんですよー。十個くらい見繕いましょうか?」
顔を合わせるなり依頼の話へ持っていこうとするラビス。
愛嬌を振りまきながらシレッと依頼を消化させようとするのは相変わらずだ。一気に十個も受けさせようとするとかおかしい。
「いえ、今日は個人的な依頼を受けちゃったので」
「……そうですか」
今日は依頼を受けないことを告げると、残念そうに耳をしおらせるラビス。
「その代わり、今日は約束していたリンドブルムのお土産を持ってきましたよ」
俺がそう言った瞬間、ラビスの耳が即座にピンと立つ。
それだけじゃなく受付をしていたシュレディやカティ、奥で作業をしていた職員たちも待っていたとばかりに振り返った。
森の中を歩いていたらいつの間にか魔物の巣窟に入っていたかのようなプレッシャーを感じる。
仕事を放棄して押し寄せてはこないものの視線だけはしっかりとこちらに向いていた。怖い。
「どんな物を持ってきてくれたんですか?」
ラビスから期待のこもった眼差しを受けて、俺はリンドブルムのお土産をテーブルに並べていく。
「フエガイに珊瑚片、乾燥させたアビスカスの花や海藻です!」
「ふわぁ、この綺麗な石っぽいのたまに見かけます。珊瑚片っていうんですね」
「はい、珊瑚が欠けて波によって削られてできるそうですよ」
やはり、女性だけあってか綺麗な物には目がないらしい。
ラビスは珊瑚片をキラキラとした瞳で見つめていた。
俺とルミア、ネルジュ、クラウスで一緒に拾ったものだ。アクセサリーにするか迷ったが、全員に配るだけの数がないし、穴を空けてもらえば既存のアクセサリーにも使えるだろう。
観賞用に置いておくもよし、子供にあげるもよし、持っているアクセサリーにアレンジを加えるもよし
だ。
「こちらのフエガイというのは?」
「息を吹きかけると音が鳴りますよ。それぞれ微妙に音が違って面白いです」
「へー、そうなんですね」
俺の一押しはフエガイなのであるが、ラビスの琴線には触れなかったのか淡泊な返事をされた。ちょっとショックだ。
こういうのを喜ぶのは男性だけなのだろうか。いや、でもルミアだって無邪気に遊んでくれていたし。
まあ、人によって喜ぶのは様々だからな。
「アビスカスの花っていうのはどうやって使うんですか?」
「こして砂糖やレモンと混ぜてジュースにしたり、紅茶に入れたり、お風呂に浮かべるといいそうですよ」
「へー! 花のジュースやお風呂だなんてお洒落ですね!」
こちらは先程と違って、とてもよい反応だ。
ジュースにする方法だけでは喜ばれない気がしたので、ネルジュから他の使い道を聞いておいてよかった。
「……とてもいい香りです。早速飲み物にしてきます」
「お願いしまーす」
シュレディはアビスカスの花が気に入ったのか、冒険者の応対を終えるなりアビスカスの花の入った壺を一つ持って行った。
簡単にできるジュースなのでギルドで作るのだろうな。仕事の合間に飲むと、リラックスできそうだ。
「シュウさん、こちらの海藻というのは?」
「そのまま水に戻してスープの具材にしたり、そのまま煮込んで出汁をとったりします」
「出汁……ですか?」
首を傾げたラビスは振り返って、カティに尋ねる。
「海藻を煮込んで出汁をとるってなんだかわかります?」
「え? 料理の話をあたしにしてもダメだよ」
海辺の街じゃないからだろうか? リンドブルムと違って、出汁をとるような文化が浸透していないようだ。
バンデルさんのような一部の料理人しか知らないのかもしれないな。
ふむ、こっちは少しニッチ過ぎただろうか? でも、水で戻せばある程度スープの具材として使えるし問題ないか。
「……あの、ところでシュウさん? お魚の方は……?」
「お魚ですか? ないですけど?」
「「「ええええええっ!?」」」
きっぱりと答えると、ギルド全体が震えるかのような悲鳴が上がった。
冒険者の応対をしていた職員がそっちのけで目を剥き、書類を纏めていた職員の手から書類がザザザと落ちていく。
ぎ、ギルドの仕事が……。
「海鮮料理の有名なリンドブルムに行ってきたのに海鮮食材を持ち帰ってないのですか!?」
バンッとテーブルを叩きながら前のめりになるラビス。
どうやらここにいる職員たちは、海鮮食材をかなり楽しみにしていたようだ。
「いや、だってここから馬車で一週間もあるんですよ? 夏場ですし、腐っちゃいますよ」
「シュウさんは氷魔法の使い手じゃないですか! 凍らせれば問題ないですよ!」
「それでも真夏に運んできた冷凍食材って嫌じゃないですか?」
常に氷魔法を使い続ければ溶ける心配もないが、前世に比べて衛生管理も緩いこの世界ではなんか嫌だ。
「嫌じゃないです。海のお魚食べたいです」
しかし、ラビスは思わなかったようだ。
「ええ……」
「この街に運ばれている海の魚は大抵その方法だからね」
カティも便乗して補足する。
どうやらこの街に運び込まれている海の魚は、氷魔法やアイテムで冷凍されたものらしい。
でも、俺は専門の業者じゃないし、傷んで当たったりしたら責任がとれないしな。
自分にはマジックバッグがあるので、そこまで深くとられていなかった。
「また違う季節に立ち寄った時に買ってきますね」
「ああ、私のお魚が……」
お土産に海鮮食材がないと知ったラビスは、死んだ魚のような目を浮かべていた。
◆
冒険者ギルドにお土産を置いていった俺は、次にドロガンの工房にやってきた。
「こんにちは!」
「おっ、シュウさん。帰ってきてたんすね!」
「はい、一昨日ほどに」
工房内に入ると、受付で宝石を鑑定していたロスカが出迎えてくれた。
「今日はドロガンさんは?」
いつもこうやってロスカと会話していると奥の部屋や鍛冶場からひょっこりと出てくるのであるが、今日は中々出てこない。
「ああ、親方なら会合に出ちゃって今はいないっす。頼みたいことでもあったっすか?」
「いえ、今日は単なる帰還の顔見せとお土産を渡しにきただけなので大丈夫ですよ」
「おおっ、お土産っすか!」
お土産と聞いてワクワクするロスカ。耳と尻尾がフリフリと揺れている。
期待の眼差しを向けられる中、俺はバッグからグラスガイ、珊瑚片、アクア鉱石などのアクセサリーや装飾に使えそうな素材を置いていく。
「おー! どれもとっても綺麗っす! 特にこの貝殻!」
ラビスやカティの前では微妙な視線を向けられるが、ロスカはそれが最高の品のように喜んでくれている。
「グラスガイといってリンドブルムでも希少品のようです」
「そんな希少な物をありがとうっす! これは富裕層向けのいいアクセサリーが作れそうっす! テーマは海!」
グラスガイや珊瑚片を眺めながら唸り出すロスカ。
創作モードに入りかけているのを見て、名残惜しいが適当に挨拶をしてお暇をすることにした。せっかくアイディアが出ているのに邪魔したら悪いからね。
にしても女性だからと変に凝った物を用意しなくてよかった。
ロスカだから、こういった仕事に使えるものの方が喜ぶと思ったんだよね。
その後は俺は街のちょっとした顔見知りにお土産を渡して周り、夜に備えて宿に戻って昼寝した。




