冒険
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』8巻の発売日は5月9日です。電子版もありますのでよろしくです。
俺の目の前では海底神殿が広がっている。
その荘厳な姿は見るものに確かな歴史を感じさせた。
遠くから見るとまるで古墳のようにも見える。
これらの建築物が自然に出来上がるはずがない。間違いなくここには人の文明があったのだろう。
「それじゃあ、早速調査を開始しようか。気付いたこと、不思議なことがあれば何でも教えてくれ」
「わかりました」
俺が頷くと、サフィーはスーッと中央にある神殿に進んでいく。
「……サフィーさんは物怖じしていないんですね」
「何人もの有名な学者さんたちが調査にきていますが何もわかっていませんからね。専門家ではない、私たちが何かを発見できる可能性は低いですからシュウさんも気楽に観ればいいと思いますよ」
ルミアは苦笑いしながらそう言うと、スーッと外縁部の方を見にいった。
確かにサフィーは頼まれたから仕方なく行くと言っていたな。
古代のアイテムがある可能性にかけただけで、頼んだ方もそれ程期待はしていないはずだ。
俺もあまり気負うことなく、名所を見物するような気持ちでいよう。
調査スキルで魔物を探知しているが、今のところ周囲に特別危険な魔物はいない様子。
暗い海の底にあるせいか神殿は少し異様に見えた。
ここから先に安易に踏み入ってはいけないような錯覚に囚われそうだ。
神殿の外縁部にあるのは見上げるほど大きな柱。
見事な彫刻が施されており、どこか神聖さを感じさせる。
試しに触ってみるが特に異変は見られない。魔力で覆っているので感触は少し鈍いが、石材でできていることは確かだな。
足元は地殻変動の影響か割れている箇所も多い。
だけど、地面には確かに舗装された道らしきものが見えていた。
ライトボールで裂け目を覗いてみるも暗闇だけが広がっている。
どうやら相当深くまで裂け目が続いているらしい。水魔法があるので落ちることはないだろうが、あまり近寄らない方が良さそうだ。
柱の間を進んでいると民家らしい建造物があちこちで見える。こちらは中央にある神殿や柱に比べて朽ちているものが多い。
民家の中に入ってみると瓦礫があるだけで、当然人はいない。
だが、人はいない代わりに魚が住み家にしているようだ。
【ゴテイウオ】
深海に生息する魚。視力を失っている代わりに気配に敏い。
不気味な見た目とは裏腹に食べると、とても美味。
旨味が強く、白子や胃腸まで食べられる。
瓦礫の隙間から顔を出してこちらを窺っていたのはゴテイウオという魚だ。
灰色の体に黒い斑点模様を浮かべており、僅かに体表が緑色に光っている。さらに白濁化した大きな目と正直見た目はあまり良くないが、食用としてはかなり美味しいようだ。
試しに捕まえてみようかと思ったが、すぐに引っ込んでしまった。
とても警戒心が強いな。
隙間の奥にいってしまっては捕まえることが難しいので諦める。
民家の中では生活道具らしき物は見受けられない。
研究者が何度も調査にきているようなので、あったとしても目ぼしい物は回収されているのだろうな。
そうなると、やはり注目するべき場所は中央に鎮座する神殿か。
民家を出て中央にある神殿に向かう。
神殿の入り口はとても大きく、馬車が二台は通れそうなほどの横幅だ。
扉の表面には奇怪な形をした文字や壁画が描かれている。
「この扉は力押しでは開かないようだ」
「……みたいですね」
「この神殿の中には誰も入ったことがないそうですよ」
扉を触っているとサフィーとルミアがやってきた。
「じゃあ、誰も中がどうなっているかわからないんですね」
「そうだ。だが、扉がある以上は中に入れるはずなんだがなぁ」
肩を竦めながら扉を眺めるサフィー。
彼女であっても今のところそれらしい発見はないようだ。
これだけ大きい建造物だ。中には何かきっとあるはず。
誰も入ったことないと言われると入ってみたくなるよな。でも、入る方法がさっぱりとわからない。
「中央にあるこの穴が気になりますよね」
「そうだな。そこに何かがあったと考えるのが妥当だろう。鍵の代わりとなる古代のアイテムなのか……」
扉の中央にはぽっかりと丸い穴が空いている。
ここに何かが収まっていたような感じがするが、それがなにかはわからない。
だが、それがキーになる存在な気がする。
サフィーの言う通り、古代のアイテムなのだろうか。
俺は試しにアイテムで検索して調査スキルを発動。
「ん?」
すると、後方でひとつの反応があった。
振り返ると、俺が先程入った民家の中で球体のシルエットが浮かび上がっていた。
「どうしました、シュウさん?」
「感知スキルでちょっと気になるものを発見したもので……」
「ほう?」
感知系のスキルといっても規格外のユニークスキルだからこそ反応しただけであって、普通の感知スキルでは反応しないだろうな。
気になって民家に移動するとルミアとサフィーも興味深そうに付いてくる。
どうせ何も手がかりがないのだ。外れだとしても恥ずかしくはない。今はそれより好奇心が上回る。
俺の視界では瓦礫の隙間から丸いシルエットが見え続けている。
「……これって、もしかしてさっきの魚の中から?」
球体はゴテイウオの腹の中で浮かび上がっている。つまり、こいつが扉を開けるのに必要なアイテムを呑み込んでしまっているということだろうか。
「フリーズ」
「え?」
突然の魔法の行使にルミアが驚いているがスルー。
ゴテイウオを捕まえようにも瓦礫の奥に逃げてしまうので、乱暴に海水もろとも凍らせてしまったのだ。これが一番手っ取り早い。
瓦礫を押し退けて氷像と化したゴテイウオを引っ張り出すと、ルミアがどこか納得したような顔をした。
ゴテイウオが凍結死したことを確認し、魔法を解除すると下腹部が妙に膨らんでいるのを確認。
それを手でグッグと押してやると、ゴテイウオの口から緑色に輝く球体が出てきた。
【グリーンオーブ】
海底神殿の扉を開くのに必要なアイテム。このオーブに込められた創造者の魔力に反応して、扉が開く仕掛けになっている。
鑑定してみると、どうやらこの神殿を作った人の魔力が込められているアイテムのようだ。
これをあの扉にはめることで神殿の扉が開く仕掛けになっているらしい。
「この丸いのってもしかして……っ!」
グリーンオーブを見て、ルミアがどこか興奮したような声を上げる。
さっきの扉にあった丸い穴と、この球体を見て結びつかない者はいないだろう。
サフィーの推察通り、これが扉の鍵になる代物のようだ。
地殻変動の影響か海流によって外れてしまったのかは不明だが、こんな大事なものを魚が呑み込んでしまっているとは研究者も思わないだろうな。見つからないのも納得だ。
「どうします?」
「これをあそこにハメてみようじゃないか」
おそるおそる尋ねてみると、サフィーはニヤリと笑いながら言った。
言葉にしていなくてもサフィーの顔が面白そうだと言っている。
ルミアも特に否定することはなく、どこかワクワクとした表情だ。
ここまできたら試してみるしかないよな。
扉の前にたどり着くと中央にある丸い穴にグリーンオーブを入れる。
グリーンオーブが強い輝きを放ち、扉の溝に翡翠色の光が行き渡る。
そして、海底神殿の扉が重々しい音を立てながらゆっくりと開いた。
まるで帰ってきた主を歓迎するかのようだ。
「すごいです、海底神殿が開きました!」
「やはり、このアイテムが鍵になっていたようだな。まさか、本当に開いてしまうとはアイツも喜ぶだろう」
誰も入ったことのない海底神殿。それが目の前で開いてしまった。
「海底神殿が開いたことですし引き返しますか?」
「……何を言っている? 中を覗いていくに決まっているだろう?」
「でも、何があるかわかりませんし……」
未踏領域に入りたい気持ちもあるが、どこか入ってはいけないような雰囲気もある。
「随分と消極的だな。君はそれでも冒険者か? 海底神殿の中にまだ見ぬ素材があるかもしれないんだぞ?」
海底という厳しい自然環境もあってか気後れしていたが、サフィーの言葉でハッと目が覚めた。
そうだ。こういうところにある素材を探すのが俺のやりたいことだったじゃないか。
この場所は研究者も出入りする場所のようだし、次にいつ来られるかもわからない。
素材を探すなら今がチャンスだ。今世では我慢をしないと決めた以上、こういう時に冒険をしないと。
「サフィーさん、目が覚めました。こういう時こそ冒険ですよね! 海底神殿の中を探索しましょう!」
「ああ、シュウ君! その意気だ! やっぱり、冒険者は冒険しないとな!」
「でも、海底神殿に素材なんてあるのでしょうか?」
高笑いしている俺の耳にはルミアの小さな呟きは聞こえなかった。