調査に同行
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』書籍8巻は5月9日に発売です。
5月11日には文庫版の1巻が発売します。
「お兄様ってばシュウさんとずっと楽しそうに釣りをして」
茜色に染まった浜辺でネルジュは頬を膨らませていた。
理由はあまりに戻ってこない俺とクラウスを心配して見に行ったら、二人で釣りを楽しんでいたからである。
どちらが多くシルバーフィッシュを釣れるか、どちらがより大きな獲物を釣り上げることができるかを競っていた俺たちは結局午後のほとんどを釣りに費やしていたのである。
しかし、ネルジュは兄であるクラウス、俺を含めた皆で楽しみたかったようだ。
「別に釣りをしようが俺の勝手だ」
「むう、お兄様はまたそんな冷たいことをおっしゃって」
が、クラウスはそれがわかっていながら取り合おうとはしない。
まあ、俺たちも俺たちで楽しかったからな。あの時間に悔いがあるかと言われれば全くない。
「…………」
「なんです?」
そう心の中で思っていると、サフィーがしみじみとこちらを見ていた。
「シュウ君は水着姿の美女がいながら男をとるのか……」
「誤解を与えるような言い方はやめてください」
言われてみれば、水着の美女を放っておいてクラウスと遊んでいたのだ。サフィーにそのようになじられても仕方がないのかもしれない。
「私ももう少しシュウさんと採取をしたかったです」
「ご、ごめんなさい」
ああ、ルミアもこちらを見上げながら残念そうにしている。
サフィーになじられるのは平気だが、ルミアにそんな風に言われるといたたまれなくなった。
「シュウ君、明日は空いているかな?」
唐突にそう言ってくるサフィーに俺は戸惑いながらも答える。
「明日ですか? 依頼も終わりましたし空いていますよ」
「なら、海底神殿の調査に付き合ってくれないか?」
「それってサフィーさんが頼まれていたっていうものですよね?」
「そうとも。シュウ君なら海守の腕輪を持っているし、是非とも付いてきてくれると助かるのだが」
「シュウさんがいると心強いです!」
サフィーを援護するかのようにルミアが目を輝かせて言う。
なるほど、今日の埋め合わせを海底神殿の調査とするわけか。
「わかりました。海底神殿には個人としても興味がありますし同行させてください」
海底神殿が気になる。昔の文明がどんな物だったのか見てみたい。
「ありがとう、助かる。それじゃあ、明日の朝にシュウ君が依頼で向かっていた浜辺に集合で頼むよ」
「わかりました!」
サフィーはそう告げると、話は終わりとばかりにルミアと共に水着店に入っていった。
「お兄様、わたしたちも海底神殿に行きましょう!」
「さすがに遠すぎる。それに俺たちはずっと海中に入れるようなアイテムを持っていない」
クラウスの現実味のある指摘にネルジュはシュンとした。
「海底神殿は難しいですけど、たくさんのシルバーフィッシュが釣れたので皆でお料理しましょう!」
「いいですね! 早く屋敷に戻って作りましょう!」
俺のフォローが効いたのか、ネルジュは嬉しそうに笑う。
「お兄様、こういうフォローが大事なのですよ?」
ネルジュの付け加えるような言葉にクラウスは鼻を鳴らしてスルーした。
◆
皆と海で遊んだ翌日。
朝食を食べ終わった俺は、集合場所である浜辺にきていた。
こちらは昨日の浜辺と違って、遊泳に相応しくない環境なのであまり人がいない。
港の方でいくつもの船が停まっており、漁師さんが漁の準備をしているくらいだ。
昨日と違って静けさすら感じられる海。静かな波の音が聞こえて心地がいい。
「お待たせしました、シュウさん!」
浜辺を散歩しながら待っていると、ルミアの声が響いた。
振り返るとルミアと欠伸を漏らしているサフィーが立っていた。
遅れて到着したことを申し訳なく思うルミアと、それを何とも思っていないサフィーの態度が対比されていて面白いな。
「いえ、俺も今きたところなので」
「おっ、デートでお約束の台詞だな」
どうやら異世界でもその台詞はお約束と言える言葉らしい。不思議だ。
ちなみに今日の目的は遊泳ではないので水着姿ではない。ちょっとそれが残念。
「海底神殿はどちらにあるんです?」
「南の方さ。シュウ君がサルベージで向かった小島のさらに奥だ」
「わかりました。それなら早速向かいましょうか」
早速、海守の腕輪に魔力を流そうとするが、サフィーから静止の声が上がる。
「待ってくれ。ここからアイテムを使っていたら魔力がとても保たない」
「そうなんですか?」
「船をお借りしているので小島まで船で向かいます。そこからアイテムを使って潜りましょう」
「なるほど、その方が早いですもんね」
「そもそも普通の人は魔力が足りなくて、そんなことは考えないと思うが……」
納得して頷く俺に呆れた視線を向けてくるサフィー。
魔力が多いせいですっかりと脳筋になっていたようだ。
サルベージの時も船を借りていれば、もっと早く済んだかもしれない。
いや、海の中に潜って素材を採取することも重要だ。
あれは俺にとっては無駄ではないな。
俺はそう自分に言い聞かせながら、港へと歩いていくサフィーとルミアの後ろを付いていく。
小型サイズの船に近付くと、サフィーは船長らしき男性に声をかける。
「やあ、船長。約束通り船を借りるよ?」
「いいけど傷つけるなよ?」
「任せてくれ。これでも操舵には自信があるんだ」
そんな会話を聞いていた俺は衝撃を受けた。
「ええ? サフィーさんって船を動かせるんですか?」
「師匠はこういった調査をよく頼まれるので慣れているんですよ」
「へー、多才なんですね」
錬金術だけでなく、船の操舵までできると恐れ入るというか意外だな。
サフィーが報酬を支払うと、船長は船から降りて行った。
それと入れ違うように俺とルミアが乗船する。
大きな船ではないが三人くらいなら余裕で動き回れる広さがある。思っていたよりも窮屈に感じないな。
「帆を張るからそこのロープを引っ張ってくれ!」
「わかりました!」
サフィーに指さされたロープを引っ張ると、閉じていた帆が広がる。
錨は既に上がっているのか風を受けた船は港から徐々に離れていく。
中央にある船内ではサフィーが操舵をしていた。
「よし、風を掴んだ。二人は適当に景色でも眺めていてくれ」
サフィーにそう言われたので、俺とルミアはデッキで景色を眺めることにした。
「気持ちのいい風ですね」
「そうですね。こういう風はグランテルでは味わえません」
強い潮風に乗っているからか船の進みは思っていた以上に速い。
潮を孕んだ風が全身を撫でているようだ。
隣にいるルミアの髪の毛が宙に軌跡を描いている。
こうやって船からの景色を見られるのであれば、今日は外に出てきた甲斐があるな。
「あっ! あそこで何か跳ねました!」
「どこです?」
「あそこです!」
いつもより少し興奮気味のルミアがこちらに寄りながら指をさす。
その先には鋭いヒレを持った魚が、海面をピョンピョンと跳ねていた。
「本当ですね」
「あの魚はどうして跳ぶんでしょう?」
ルミアが跳びはねる魚を見ながら小首を傾げる。
「ああやって遠くに跳んで外敵から身を守っているのかもしれないですね。海の中には恐ろしく泳ぐのが速い大きな魚もいますから」
「なるほど、それは一理ありますね!」
前世のトビウオが跳んでいる理由がそんな感じだったので、それに当てはめてみただけである。
それがあの魚にも当てはまるかは不明だが、こうやって生物の進化を考察するのは意外と楽しい。
跳びはねる魚がいなくなると、今度は船周りを眺めてみる。
なにか面白い魚がいないかなーと見下ろしていると、水面に灰色の魚が顔を出した。
「おっ」
気になって覗き込むと、水面からピュッと海水が飛んできて顔が濡れた。
「わっ、なんだ!?」
「どうしました、シュウさん? わっ、可愛い!」
「キュキュキュキュキュ!」
イルカのような哺乳類なのだろうか。随分と大きい。
その魚は顔がびしょ濡れになった俺を見て笑っているようだった。
隣にいるルミアも密かに笑っているのがチラリと見える。
「おい、俺だけ狙うんじゃなくてルミアさんもちゃんと当ててくれ」
「キュッ!」
俺がそう頼むと言葉を理解したのかルミアの顔にも水をピュッと飛ばした。
「ひゃっ!? シュウさん~」
「酷いのは俺じゃなくて飛ばしてきたこの魚ですよ」
「いいえ、今のはシュウさんです」
ルミアがそう拗ねるようにそっぽを向いた。
しかし、少しすると俺たちはどちらともなく笑った。
どっちも顔がびしょ濡れだった。