魚群を調査
昼食を食べ終わると、朝から遊んでいた疲れが出たのかのんびりムードに突入した。
ルミア、ネルジュ、メイドたちはパラソルの下でアビスカスジュースを飲みながら和やかに談笑をしており、サフィーはイスに深く背中を預けて爆睡中だ。
女性同士の会話は盛り上がっており、とてもきゃぴきゃぴしている。
華やかなのはとてもいいことだが、ゆっくりとした時間を過ごしたくなって俺はパラソルから離れて岩場にやってきていた。
こちらは砂浜もなく、地形の影響で波の流れも強いから人気は少ない。
が、釣りを楽しんでいる男性がポツリポツリと立っていた。
浜辺のような賑やかさはないが、趣味を楽しんでいる空気感があった。これはこれで悪くない。
潮だまりを覗き込むと、小さなカニやコハゼのような魚が泳いでいる。
海のような広大さはないが、小さな水面世界を覗き見しているようで楽しいな。
岩場のところや潮だまりに釣り糸を垂らしたら、案外釣れるかもしれない。
なにか採取できるものがあるかもしれないとマジックバッグを持ってきていたので、釣り竿セットを取り出す。
「ふむ、いい物を持っているではないか。もう一本ないか?」
「びっくりした。付いてきてたんだ」
「さすがにあそこではゆっくりできん」
苦々しそうな表情でクラウスが言う。
どうやら俺と同じ理由でゆっくりできる場所に避難したかったようだ。
「なるほどね。もう一本あるから貸してあげるよ」
「助かる」
マジックバッグから取り出したもう一本の釣り竿をクラウスに渡す。
こういう時に秘密にしなくてもいい相手というのは気楽で助かるな。
別にルミアたちを信用していないわけでもないが、情報が漏れないように秘密にしておくに越したことはないし、難しいものだな。
そんなことを考えながら餌用に買っておいたワームを針につけて、潮だまりに垂らす。
「ちょっと待て。なにをしている?」
「え? 潮だまりで釣りだけど?」
「そんなところに獲物などいないだろう?」
「いや、いるよ? カニとかコハゼとか」
俺が指さしてやると、クラウスは覗き込んで顔をしかめる。
「そんな小物を釣って楽しいのか?」
「小さな獲物でも釣る楽しみは味わえるからね」
どうやらクラウスは大物を狙っていたようだ。
大きい獲物を狙うのもいいが、こういう小さな獲物との駆け引きも悪くはない。
見える相手とのやりとりもいいものだ。
「……餌をくれ」
水面を眺めていると、クラウスも近くにきてそう言った。
なんだかんだやってみるらしい。
餌を渡してやると、クラウスは針につけて潮だまりに垂らした。
「おっ、コハゼだ」
俺の針の近くにコハゼが姿を現した。
コハゼは餌が気になっているようで伺いながらも近付いてくる。
コハゼはちょんちょんと餌を突くと、パクリと食べた。
針にひっかかり釣り竿に確かな感触を感じた俺は、そのまま釣り竿を引き上げた。
「よし、コハゼが釣れた!」
ピチピチと元気に跳ねて抵抗するコハゼ。
やはり、どんなに小さな獲物でも釣れると嬉しい。
魚がかかるまで待つのも楽しいけど、やっぱり釣れるのが一番いい。
「こっちはカニだ」
コハゼを針から外すと、クラウスの方が可愛らしいサイズをしたカニを釣り上げていた。
「お、いいねえ。素揚げにして食べたら美味しそうだ」
「そっちのコハゼもな」
小さなカニやコハゼくらいなら素揚げにすれば十分食べられる。
「にしても、随分と感度がいい糸だな。なんの糸を使っているんだ?」
「ゼルスパイダーの糸だよ」
「……道理で感度がいいわけだ」
呆れと納得が入り混じった表情で頷くクラウス。
デミオ鉱山でゼルスパイダーの糸はたくさん回収しているからな。余っているくらいならこうして釣り糸にしてやる方がいいと思ったんだ。
マジックバッグからケースを取り出し、コハゼとカニをしめる。
こうすることで生き物もモノとして扱えるので、いつでも収納することができるのだ。
餌を再びつけると潮だまり釣りを再開。
今度は端の方で白っぽい色をしたエビが見えたので、そちらに糸を垂らす。
エビは反射的に後ろに下がる。しかし、目の前に落ちてきたのがワームだとわかったのか、おずおずと近付いてきた。
俺が餌を遠ざけてやるとエビも追いかけてきた。
もはや、完全に餌と認識しており、それを食べようとしているようだ。
エビは餌まで近付くとゆっくりとハサミで掴み、自分の住処までズリズリと持っていく。
糸がピンピンと反応して釣り上げたくなるが、ここは我慢だ。
まだ針に食いついていないので、ここで釣り上げれば逃げられるだろう。
エビが安心して食いつくまでジッと待つ。
そして、住処にたどり着いたタイミングでパクリと咥えた。
釣り糸に強い感触がきた時点で一気に引き上げる。
「ここだ! ――あっ」
エビは見事に引き上がったが、まだかかりが弱かったのか針から外れてポチャリと落ちた。
「どうやら上げるタイミングが早かったようだな」
クラウスは自ら釣り上げた白いエビを見せびらかすようにしながら鼻で笑った。
「ちくしょう」
「お兄さんたち、潮だまりで釣りとは渋いねえ」
クラウスに煽られて顔を歪めていると、釣り人らしきおじさんが話しかけてきた。
「獲物が見えるからこそ、釣れないと悔しいです」
「あはは、確かに見えている獲物に逃げられると悔しいよね。おじさんもさっき大物を見える位置まで引き上げたんだけど糸を切られちゃったよ」
かなり残念だったようで、おじさんは本当に悲しそうだった。
「今日は何が釣れました?」
「大物こそ逃したけど、中々にいい釣果だったよ」
俺がそう尋ねると、おじさんは肩に背負っているボックスを下ろして開けてくれる。
そこには銀色に輝く魚や青っぽい中型の魚などが入っていた。
「銀の魚がシルバーフィッシュ、青い方がオハグロさ」
中型の魚を持ち上げて、どこか誇らしそうに言うおじさん。
本当に釣りが好きなのか、年齢こそ上だが少年のような無邪気な顔をしている。
「どっちも塩焼きにすると美味いんだ」
「いいですね。この辺でも釣れます?」
「ついさっきまで魚群が見えていたからね。今なら釣れるかもしれないよ」
こうやって魚を見せびらかされると、やはり大きめの魚を狙いたくなってくる。
「クラウス、俺たちも狙ってみよう」
「ああ、俺たちも釣るぞ」
どうやらクラウスも同じ気持ちだったらしく、切れ長の瞳に確かな熱が宿っていた。
「それじゃあ、俺たちも大きめの魚を狙ってみます」
「ああ、行っておいで。餌なら岩垣に張り付いている貝を使うといいよ」
「ありがとうございます!」
情報を提供してくれたおじさんに礼を言って、俺とクラウスは奥へと歩く。
波にさらわれない安全なポジションを見つけると、おじさんがオススメしていた貝の餌を探す。
「お、あった!」
視線を巡らすと岩の壁面にびっしりと貝がついていた。
ナイフを刺し込んでやるとポロリと取れるので、クラウスとそれをいくつか回収。
貝殻からくりぬいて、身を切り分けると針につけて海に垂らす。
クラウスも俺から少し離れた場所に餌を沈めた。
水面を見下ろしてみるとも、潮だまりとは違って水深があるために様子はわからない。
ちゃんとここに魚がいるのは少しだけ不安だ。
でも、今は信じて待つしかあるまい。
浜辺よりも勢いの強い波が岩にぶつかる。
ザザーンザザーンと心地よい波の音が鼓膜を揺さぶる。
海の方から流れてくる風は少し強く、潮の匂いを孕んでいた。
ああ、海だな。
何も考えることなく水平線を眺めるのも悪くない。
ボーっと海面を見下ろしていると、水中の中で少しだけ銀の光が見えた気がした。
「今のはシルバーフィッシュなのかな?」
一瞬だったしシルエットすら曖昧だ。本当にそうなのかはわからない。
太陽の光が水面に反射しただけというのもあり得る。
「ちょっと探してみよう」
俺はシルバーフィッシュで検索して、調査を発動。
海中に魔力を浸透させると、俺の垂らしていたところにシルバーフィッシュはほとんどいなかった。
しかし、反対側には魚群がある。そちらはシルエットが固まり過ぎて、何匹いるのか把握できない程だった。
俺はいそいそと餌を巻き上げて反対側に移動して餌を垂らした。
そして、魚群のある深さにゆっくりと沈めていく。
「おっ!」
餌を動かしながら待っていると、唐突に糸が反応した。
俺の視界では青く光るシルバーフィッシュのシルエットがくっきりと見えていた。
間違いなく俺の餌に食いついている。
先程のコハゼとは比べ物にならないように引きの強さだ。
糸が引っ張られて竿がしなる。
ゼルスパイダーの糸だけあってか食いちぎられる心配はない。
だけど、竿はそこまで丈夫でもないので、折れてしまわないように注意を払いながらじっくりと巻いていく。
「やった! 釣れた!」
糸の先には銀色に輝くシルバーフィッシュがいた。
大きな体をしならせて暴れている。四十センチ近くはあるだろうか。
こうして眺めてみると中々の大きさだ。
「……おい、感知系のスキルを使っただろう?」
針から外して釣り上げたシルバーフィッシュを眺めていると、クラウスがやってきてジト目をした。
「なんのことかな?」
「しらばっくれるな。そこにいるのがわかったかのように移動すればわかる」
クラウスは俺が感知系スキルを持っていると知っているからわかるか。
「この辺りにシルバーフィッシュの群れがいるよ。今なら多分釣れる」
素直に白状するとクラウスはすぐに餌を垂らし始めた。
「きた!」
釣れたシルバーフィッシュを絞めると、程なくしてクラウスの竿に反応がきた。
大きな反応に負けないようにクラウスは糸を巻いていき、シルバーフィッシュを釣り上げた。
「おお、おめでとう」
「俺の方が少し大きいな?」
「…………」
俺が褒めるのをよそにクラウスは俺の釣り上げたシルバーフィッシュと比べてそう言い放った。
「次はもっと大きいのを釣ってやる」
その言葉にイラついた俺は、クラウスを見返すべく餌を付けて次の獲物を狙い始めた。
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