派閥
尻尾の先端部分の骨を置くことで、ボーラの一匹分の骨が大体揃った。
ボーラという魔物を見たことはないが、中々に大型の魔物だったようで全長二メートルくらいはある。頭蓋は大きく強靭な牙がたくさん生えており尻尾も長い。
見た事がないので適当に並べただけであるが、大体こんな感じのはずだ。幸いなことに綺麗な状態だったので当たりをつけやすい。
骨だけになったというのに、この魚の獰猛さがハッキリと伝わってくる。
これに肉が付けばもっと迫力があっただろうな。できれば生きている姿を目にしたくはないものだ。
「ひとまず、これで揃ったかな?」
「「おおー!」」
なんて呟くと、周囲から感嘆の声とパチパチと拍手が上がった。
驚いて周囲を見やると、たくさんの人が集まっていることに気付いた。
どうやら俺がボーラの骨を掘り起こして並べている様を見ていたようだ。
なんだかとても恥ずかしい。
「ど、どうも」
知らない人に囲まれて注目されるのには慣れていないので、とりあえず頭を下げてクラウスたちの傍に寄る。
「……まさか、一匹分の骨を丸々掘り起こすとはな」
「せっかく見つけたんだから全部揃えないと気持ちが悪いじゃん」
「海に遊びにきてまで採取をするとは、シュウ君は生粋の採取人だね」
クラウスとサフィーはどこか呆れた様子だけど構わない。それが俺の人生の楽しみ方なのだ。
俺にとって採取というのは趣味や生きがいであって仕事ではないので、別に休暇日という概念はないのだから。
それが禁止されているわけでもない限り、俺は採取をするのだ。
「あれ? ルミアさんやネルジュ様は?」
「屋台で食べ物を買っているところさ。話していると、ちょうど帰ってきたみたいだね」
サフィーの視線の先を見ると、ルミア、ネルジュがメイドたちを伴って、たくさんの食材を持ってきてくれていた。
「あっ、シュウさん。ボーラの骨の採取は終わったんですか?」
「ええ、終わりましたよ。私だけ買い出しや準備をやっていなくてすいません」
シートの整いようを見ると、食事をするために用意していたことがわかる。
俺だけが採取に夢中で何もやっていない。
それに貴族であるネルジュを使い走りのような真似をさせてしまったことを非常に申し訳なく思う。
「気にしないでください。わたしが好きでやっていることですから。それよりも骨は全部並んでいますか?」
「全部かはわかりませんが大まかな形になったかと思います」
「食事の前に少しだけ拝見してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ルミア、行きましょう!」
「はい、ネルジュさん!」
ネルジュとルミアはシートの上に料理を置くと一緒に骨を見に行った。
ネルジュとルミアの空気が以前よりも柔らかくなっている。
俺が採取している間に、二人は親しくなったようだ。そんな変化が微笑ましいな。
「俺たちはイスとテーブルを追加で借りてくる?」
「いや、できればこのままで頼む。というより、ネルジュがそれを希望している」
ネルジュからすれば、シートの上で食べるのは辛いのではないかと思ったが、彼女はそう感じていないようだ。
皆で海に行くことに顔を輝かせていたし、多分庶民的な過ごし方を体験してみたいのだろう。
「クラウスたちがいいのなら俺は構わないよ」
「ネルジュが迷惑をかけてすまん」
「このくらい迷惑じゃないし、気にしなくていいから」
クラウスはこれをネルジュのワガママと捉えているようであるが、これくらいの提案であれば可愛いものだ。
ほどなくすると、ネルジュとルミアは骨を見てきたのか少し興奮した様子で戻ってきた。
「あれだけの数の骨をよく見つけることができましたね」
「そういうのが得意ですから」
そう、俺の本分は素材採取。断じて危険な魔物の退治ではない。
リンドブルムの海は平和でいいな。ヤバイ、魔物とか出てこないし。
今日は朝から海で遊んだからかとてもお腹が空いたな。
シートの上に腰を下ろすと魚の塩焼きや、貝の蒸し焼き、串焼き、甲殻類のタレ焼きなどといったたくさんの海鮮料理がある。
とてもいい匂いだ。
「それじゃあ、そろそろいただくとしようか」
サフィーがそう言うと、皆が思い思いの食材に手を伸ばした。
その中で俺が一番気になっているのは、コップに入っている鮮やかなピンク色のジュースだ。
匂いを嗅いでみると、フローラルな香りがする。
「花の香り?」
「そうだ。アビスカスという花のジュースだ。アビスカスを採取し、刻んで、こして、砂糖やレモン水を加えるとできる」
「この辺りに自生していて、よく飲まれるんですよ」
「そうなんですね」
小首を傾げていると、クラウスとネルジュが教えてくれた。
道理でフローラルな香りがしたわけだ。花でできたジュースはあまり飲んだことがないので味が非常に気になる。
試しに少し飲んでみると、口の中で花の香りが広がった。
「あっ、美味しい!」
想像以上の美味しさに思わず感嘆の声が漏れる。
喉をスッと通るような爽快感に優しい甘み。そして、広がる柔らかな花の風味。
花臭さなんてものは全くなくとても飲みやすかった。
「花からこんなに美味しいジュースが作れるとは驚きです」
「ああ、ルミアが紅茶に載せる時があるが、こういう使い道の方がわかりやすくて美味いな」
「あれにはあれの良さがあるんですよ」
拗ねたように頬を膨らますルミアを見て、サフィーが笑った。
このままゴクゴクと飲んでしまいたいが、一気に飲んでしまうのは勿体なので食べる方に移行する。
最初に手に取ったのは蒸し焼きにされた大き目のロック貝。
細い隙間に指を入れて開いてやると、プリッとした白い身が出てきた。
ホクホクと湯気を漂わせるそれをフォークで突き刺して、口の中へ。
芳醇な磯の香りが口の中で弾ける。まるで牡蠣のような濃厚な貝の旨味。
「あっ、これ美味しい」
それがとても美味しくて俺は次に手を伸ばす。
ロック貝は大きな皿に山盛りに積まれているので、たくさん食べても大丈夫だ。
「シュウ君、そのまま食べるのも美味しいが、レモンを絞っても美味いぞ?」
「そのまま味わうだけでは勿体ないぞ」
サフィーの悪魔的な発想に驚愕していると、クラウスが俺のロック貝にレモンを振り絞る。
おそるおそる口にすると、レモンの酸味がクリーミーな旨味と非常にマッチしていた。
「ああ、なんて食べやすいんだ」
レモンがあれば、あっさりとしていて無限に食べられる気さえする。
「わたしはほんの少し岩塩をかけることをオススメします」
ネルジュがそう言うと、メイドの一人がさっとロック貝を持ってきて、その上に岩塩を振りかけた。
主の意図を汲むのが早すぎないだろうか。
ネルジュから食べてくださいというプレッシャーをかけられながらも、俺は口にしてみる。
「おお、塩も美味しい!」
ロック貝の味もいいが、それに少しアクセントを加えることで満足感が得られる。
海で遊んで知らず知らずのうちに汗を流していたからか、塩味がより美味しく感じられた。
これも勿論美味しい。
「そうでしょう?」
俺が素直な感想を漏らすと、ネルジュは我がことのように喜んだ。
このまま終われば、どちらの調味料も相性が抜群と和やかに終わっただろう。
「それでシュウさん、どちらが好みなんですか?」
しかし、ルミアの口から優劣を促すような禁断の言葉が漏れてしまった。
その瞬間、俺たちの周りの空気が緊張感に包まれた。
「フン、そんなものは答えるまでもないだろ?」
「そうだね。勿論、レモンだよな? シュウ君?」
「いいえ、シュウさんは塩派に決まっています。ですよね?」
クラウス、サフィー、ネルジュの視線が突き刺さる。
この三人の妙に熱意のある言葉から、絶対そのような派閥があると思っていた。
この議論は古より語り継がれてきた、目玉焼きに塩をかけるか、ソースをかけるか、醤油をかけるのかと同じぐらい不毛で決着がつかない問題だと思える。
「「どっちなんだ?」」
「どっちなんです?」
「え、えーっと、ルミアさんは?」
異様な迫力を持つ三者に詰め寄られて、俺はルミアに救援を求める。
「私はそのまま食べる派です」
「「…………」」
ルミアのきっぱりとした答えに三人が毒気を抜かれたのを感じた俺は、ここぞとばかりに便乗する。
「俺もそのまま食べる派で」
「素材そのものを味わうのもいいですよね」
「ですです」
そんな風に和やかに会話する俺たちを、三人は消化不良でも起こしたかのような顔で見ていた。




