夏の癒し
『Aランク冒険者のスローライフ』コミック2巻、発売中です!
「やあ、待たせてすまない」
クラウスと共に日除けのパラソルやイスを設置し、シートを敷いていると水着姿となったサフィー、ルミア、ネルジュが到着した。
黒い水着を身に纏っているサフィーは抜群のプロポーションも相まって大人の色香を振りまいている。
特に水着から溢れんばかりの胸元のせいで、周囲にいる男性の視線は釘付けだ。
元々スタイルがいいことはわかっていたが、完全にこれは目の毒だな。
「シュウさんとクラウス様に準備をさせてしまって申し訳ありません」
釘付けになってしまいそうな視線を引き離すと、ルミアが申し訳なさそうに頭を下げた。
ルミアのものはサフィーに比べると肌面積も控えめだ。真っ青な水着が金色の髪とよく合っている。
年齢の割に胸元が豊かなことに驚いたが、サフィーのインパクトで慣れたお陰で凝視するような失礼は犯さずに済んだ。
「気にしないでください。男性の方が着替えは早く終わるものですから。シート上に荷物を置いちゃってください」
「ありがとうございます」
俺がそう言うと、ルミアたちは各々の荷物をシートの上に置いていく。
「お兄様、わたしの水着はどうですか?」
ネルジュが纏っているのは肌の露出が少ない白い水着。
露出は少ないがフリルがあしらわれていてとても可愛い。
クラウスは妹であるネルジュの水着を見下ろすと、
「……どうとはなんだ?」
クラウスのわかっていない台詞に周りで聞いていた俺たちはずっこけそうになった。
「お兄様、女性が着飾った際は褒めの言葉くらいかけるべきですよ」
「パーティーでもないのに、そんな世辞を言っても無駄だろう」
「たとえ、世辞であろうとも女性は嬉しいものなんです。ねえ、ルミアさん?」
「ええ!? ま、まあ、褒めてもらえるのは嬉しいですね」
ネルジュに話題を振られたことに驚きながらも、ルミアはもじもじと答える。
「そうだなそうだな。私とルミアもシュウ君に水着を褒められていないな~」
この勢いに便乗してサフィーがニヤニヤと笑いながらわざとらしく言う。
どうして俺が巻き込まれてしまうのか。
とはいえ、ここで妙に反応をしたらサフィーの玩具にされることはわかりきっている。
俺は羞恥心を一切捨て去って、社会人モードに切り替える。
「ルミアさんもサフィーさんも水着がとても似合っていますよ」
「あ、ありがとうございます」
「ふむ、あまり新鮮な言葉も反応も出てこなかったが、今日のところは勘弁してやろう」
ルミアは頬を染めていたが、サフィーの反応は微妙だった。
サフィーは色々と異性にアプローチされる機会も多いだろうし、恋愛経験の少ない俺では相手にならないことはわかりきっていた。
だから、別にショックなんか受けていない。
「ほら、お兄様。パーティーでなくても、ああいう言葉が大事なのです」
「わかったから、落ち着け。日焼け止めも塗っていない状態で外にいると肌が焼けるぞ」
「もう」
なおも詰め寄るネルジュをクラウスはそう言って背中を押す事で丸め込んだ。
クラウスの言葉を皮切りに、各々がシートの上に座って日焼け止めを塗る。
すぐに海に入りたいところであるが、日焼けで苦しむのは嫌だからな。
しっかりと塗っておかないとお風呂に入るのが地獄になるし。
「ルミア、背中に塗ってくれないか?」
「いいですよ」
「あ、私もお願いします。ルミアさんの背中を塗りますので」
「そ、そんな恐れ多いです」
「気にしないでください。わたしがやりたいのですから」
黙々と塗っていると女性陣は手の届かない範囲を塗り合いっこするようだ。
まるで、女の子しか出てこない日常マンガみたいなやり取りだな。
にしても、俺も背中の方はどうしよう。やはり、自分だけで塗ろうにも届かない。
俺の他に余っているのは――
「……俺はお前と塗り合いっこなど断じてやらんぞ」
「うん、さすがにそれは俺もきつい」
男二人で背中を塗り合うとかどんな絵面だ。
クラウスと塗り合うのは勿論ごめんであるが、だからといって背中が日焼けするのは困る。
「ネルジュ、俺の背中を塗ってくれ」
「しょうがないですね」
こういう時は兄妹というものがとても羨ましい。何せ、遠慮なく頼めてしまうのだから。
「なら、シュウ君の背中はルミアが塗ってやれ。いつも世話になっているしな」
背中は諦めるかと考えていたら、サフィーが嬉しい提案をしてくれた。
さすがに女性に背中を塗ってくれというのは、どこか気恥ずかしかったからな。
「そうですね。わ、私でよければ……」
「お願いしますね」
ここで変に照れてしまえば、気持ち悪いと思われかねないので努めて冷静に振る舞う。
シートの上に座ると、ルミアが後ろ側に回った。
「日焼け止めを塗りますね」
ルミアはそう言うと、手の中に日焼け止めのオイルをなじませて、俺の背中に塗り広げていく。
人肌に馴染んだオイルとルミアの滑らかな肌が心地よい。
このままずっと背中を撫でてもらいたいくらいだ。
油断するとだらしない顔を浮かべてしまいそうになるので、真っ青な海を眺めることで邪念を打ち払う。
ああ、今日も海は青いな。
「塗れていないところとかないですよね?」
などとぼんやりしていると、いつの間にか塗り終わったのかルミアが確認するように尋ねてきた。
「はい、大丈夫です。助かりました」
「いえいえ」
お礼を言うと、ルミアが照れたようにはにかむ。
「よし、日焼け止めを塗ったのなら早速海に入ろうではないか」
「そうですね!」
なんとなく気恥しい感じがしたので、サフィーの提案に大仰に乗って海に向かう。
「お兄様も行きましょう」
「俺はここで荷物を見張っておく」
「その必要はありません。メイドさんたちがちゃんと見張っていてくれますから」
ネルジュの言葉を聞いて思わず振り返ると、ちゃっかりと近くのシートにメイドさんたちが陣取っていた。俺を部屋に案内してくれたメイドもいる。
いつの間に付いてきていたんだろう。気付かなかった。
今はメイド姿ではなく水着姿だ。
元から綺麗な人なのはわかっていたけど、いつもと違う格好を見るとドキッとしてしまう。
俺たちの付き添いも兼ねているが、心なしかゆったりしているようだ。
半分休暇みたいなものなのだろうな。
こちらに気付いたメイドさんに軽く黙礼をして海に。
ここの海の水も透き通っていてとても綺麗だ。
押し寄せてくる波へとジャブジャブと足を入れていく。
「ああ、海に入るのは久し振りだ」
「あれ? でも、シュウさんはルーカス様の依頼で海に潜っていたのではないんですか?」
俺の感想に違和感を抱いたのだろうルミアが小首を傾げる。
「確かに潜っていましたけど、ずっとアイテムを使っていたので冷たさとかは感じなくて」
「おおかた海の素材を見つけてはしゃいでいたのだろう」
「正解」
毎日のようにたくさんの素材を持ち帰っていたクラウスにはお見通しだ。
そのはしゃいだ男が持ち帰ってきたものをほとんど買い取っているクラウスも大概だと思うけど。
「ずっと潜っていたのに一度も生身で入っていないって面白いです」
確かに三日くらいずっと海に潜っていたのに、生身で体験していないって変だよな。
広い海に青い空。それに水着姿の美少女の笑顔。
リンドブルムに来て、俺は一番夏の幸せを味わっている気がする。
クラウスの屋敷でもてなされながらゆっくり過ごすのもいいが、こういうのも悪くない。
「わぷっ!?」
などと感慨深く思いながら空を見上げていると、横合いから水をかけられた。
「海に入っているというのになーにを遠い目をしているのかな?」
水の飛んできた方を見ると、サフィーさんが悪戯小僧のような笑みを浮かべていた。
そのわかりやすい挑発で彼女が何を求めているのかを察した俺は、即座に手で水をすくいあげて飛ばす。
「甘いな」
しかし、サフィーはそれを読んでいたかのように反応して躱した。
「くっ! 錬金術師の癖に身のこなしが素早い!」
「ハハハッ! 私はマスタークラスだぞ! 素材の採取だって自分で行くこともある!」
理屈としてはわかるが、こんなところでマスタークラスの凄さを見せつけないで欲しい。
サフィーは海の中だというのに機敏に移動して、水をかけてくる。
「ひゃっ!?」
「ルミアは反応が遅いな!」
その被害は俺だけにとどまらずルミアにも伸びていた。
「ルミアさん、協力してサフィーさんを倒しましょう。あの人をぎゃふんと言わせるチャンスです!」
「そうですね。私たちで倒しましょう!」
海水でびしょびしょになったルミアに提案を持ちかけると心強い返事がきた。
普段から色々と振り回されているので、弟子としても鬱憤が溜まっているのだろう。
今ならば遊びという大義名分で遠慮なくそれを晴らすことができる。
「おいっ! 二人で手を組むのはズルくないか!?」
「これも作戦の内です!」
卑怯だと非難してくるサフィーを無視して、俺とルミアは囲むように接近する。
「フン、くだらない。水をかけ合うことのなにが楽しいのかぺっ!?」
「うふふ、お兄様がかぺって言いました」
「……」
ネルジュのそんな笑い声が聞こえてきた後、激しい水飛沫が上がった。




