皆と海に
100話達成!
ルーカスの依頼が終わった翌日。予定通り、サフィーはルミアを伴って屋敷に訪れた。
俺だけじゃなくクラウスもネルジュも同席して、和やかに会話を楽しんでいるとサフィーが唐突に言ってきた。
「シュウ君、海に行かないか?」
「それは採取ですか?」
「まったく、君までルミアと同じようなことを言うのだな」
俺の問い返しにサフィーは苦笑いをした。
「急に海に行くと言われたら、そう思ってしまいますよね?」
「うん、俺たちの職業がらそう思っちゃうよ」
共感するように尋ねてくるルミアに俺はしっかりと頷いた。
マスタークラスの錬金術師が誘ってきたら、それに関係するものだと思ってしまうじゃないか。
「採取じゃなければ何の用で行くんです?」
「何の用って、それはただ遊ぶために決まってるじゃないか」
サフィーの口から当然のように出た言葉に少し驚く。
「この町では海で遊ぶ文化があるのですか?」
サルベージ依頼をする時何度も海に潜ってみたが、海で遊んでいる人は見られなかった。
「ああ、シュウ君が依頼で活動していた辺りの海は魔物も多い上に、漁業を中心としている場所だから知らないのも無理はないか」
「人々が遊び場としているのはシュウさんが活動していた海の反対側なんです。そちらは魔物も少なくて安全ですよ」
「そうだったんですね。なら、反対側も是非行ってみたいです」
どうやら俺が活動していた場所は魔物が多くて危険な海域だったらしい。道理で海の中に魔物も多いし、海で遊んでいる人もいないわけだ。
この世界にも海で遊ぶ文化というものがあって俺は嬉しい。
「いいですね! 皆で海に!」
「ネルジュ様やクラウス様も是非」
サフィーがそう言うと、ネルジュは顔を輝かせた。
「お兄様、わたしたちもご一緒させてもらいましょう?」
「……俺は行かん」
ネルジュの提案をきっぱりと断るクラウス。
取り付く島もない兄の様子にネルジュは頬を膨らませて抗議の視線を送る。
うん、クラウスってどう見ても海で遊ぶタイプじゃないしな。断る流れになると思っていたよ。
「いいです。お兄様が付いてきてくれなくても、わたしは皆様に付いていきますから」
「お、おい。あまり身体が強くない癖に倒れでもしたらどうする?」
「さあ、その時はシュウさんに介抱していただくしかありませんね?」
兄妹の会話が何故か俺に飛び火する。
そして、クラウス。関係のない俺を無意味に睨みつけるのはやめてほしい。
「……コイツに任せるのは不安だ。俺も付いていく」
「ありがとうございます、お兄様」
不承不承呟いたクラウスの言葉に、ネルジュは満足そうな笑みを浮かべた。
そして、出汁にされた俺に詫びと礼をするように軽く頭を下げてくれた。
すべてはクラウスを連れ出すための口実だとわかっているので、こちらとしても不快に思うことはない。
むしろ、クラウスがきてくれないと女性だけを引き連れて海に行くというレベルの高い状況に陥るので、とてもありがたかった。
◆
準備を整えて出発し、サフィーに付いていくことしばらく。
俺たちはリンドブルムの海水浴場にたどり着いた。
「おお、こっちの方が断然広い!」
視界いっぱいに浜と海が広がっている光景に思わず感嘆の息が漏れる。
俺が過ごしていた場所はここまで見通しが広いほど浜が広くなかったし、すぐ傍に港や山もあった。
それに比べれば、こちらの方が解放感は何倍も上だ。漁業の船もまったくうろついていない。
浜にはいくつものパラソルテントや簡易的なイスが置いてあり、人々は水着を纏ってのんびりしたり、海で泳いでいたりした。
「こっちでも水着はあるんだ」
「こっちでもということは、お前の故郷にもあったのか?」
「育った場所が島国だったからね」
「そうか」
思わぬクラウスの指摘に焦ったが、別に嘘は言っていない。
ただ、俺の故郷はこの世界にないだけだ。
にしても、この世界の水着は中々に独特だな。妙にヒラヒラの多いものもあれば、露出の激しいものもある。ちょっと目に毒な女性も多い。
「水着はあそこにある店で貸し出してくれる。着替え終わったら、適当に集合しよう」
「わかりました」
サフィーの指さすお店では水着がずらりと並べられている。
その他にもパラソルやイスなんかも置いてあり、海で遊ぶのに必要な物は大抵揃えられているようだ。
男性陣と女性陣で別れてお店に入っていく。
男性側の水着はいたってシンプル。ズボンタイプのもので、その面積を大きくするか小さくするかしかの違いしかない。
クラウスは七分丈の黒い海水パンツと紫の羽織ものを選ぶと、すぐに試着室に入っていった。
男同士で水着を選ぶためにキャッキャウフフする趣味はないが、もう少し構ってくれてもいいと思う。
とりあえず、俺もきわどい系の水着は無理なので無難に紺色の海水パンツに緑の羽織ものを選んだ。
試着室に入ってパンツを履いてみると、サイズもぴったりな様子だ。
羽織ものも大きすぎることはない。ハイビスカスのような大きな花模様が南国っぽさを表していて意外といい。
試着を終えると、既にクラウスは清算を終えて待っている様子だった。
店の前を歩いている女性が、クラウスを見惚れるような視線を向けている。
明かに乗り気ではないのに、意外と水着がびっしりと決まっているのがちょっとムカついた。
「特に変な格好じゃないよね?」
「ああ、問題ない」
こっちの文化を知らないので心配だったが、特に問題ないようだ。
クラウスから胡乱な視線を向けられることもなかったので、俺は水着と羽織り物の貸し出し清算を済ませる。
荷物を預けることもできるみたいだったが、大事な物も多い(特にマジックバッグ)ので預けはしなかっ
た。
クラウスも自分の服は自分で持っているみたいだし。
「ほら、ルミア! こんな水着はどうだ? スッケスケだぞ!?」
「そんな水着は着ません!」
「はわわわ、布がとても透けている上に布の面積が……」
清算を終えて店の前に出ていくと、女性陣のいる方から聞き覚えのある声が響いていた。
中の様子は伺えないが、あちらは水着を選んでキャッキャウフフしてることはすぐにわかった。
「……なにをやっているんだ。ただ水着を選ぶだけでどうしてこんなに時間がかかる?」
炎天下の中、待たされているのでクラウスはイライラ気味だ。
それは男性のほとんどが女性に思うものだが、堂々とそれを口にするのはさすがだな。
「きっと、服を選ぶことも楽しんでいるんだよ」
「自分に合うものをパッと選ぶだけではないか」
それは服にあんまり頓着しない俺たちの主張であって、お洒落に気を使う彼女たちの主張はきっと違うに違いない。
「薬学で例えるなら、素材と素材を組み合わせたらどうなるか議論しているような感じじゃないかな?」
「そういうものか? まあ、いい。先に俺たちでパラソルの準備をしておこう」
「そうだね。まだ時間がかかりそうだし」
未だに聞こえてくるはしゃぎ声から、まだ試着室にも入っていないだろう。
ずっと外で待っていても時間が勿体ないので、俺とクラウスはパラソルやイスなんかを貸し出してもらい、空いている場所に設置することにした。




