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そして私は、人の命を取りこぼす

作者: アーティ

助けての声が聞こえる。

助けを求める声がある。


私はその声に誘われて、声の主人を探し出す。

小さな背中だ。

とても小さく見える、私よりも大きな背中。

傷つき。

悲しみ。

痣が浮かぶ。

凛と伸ばされた精一杯の虚勢は見る影もなく。

いつも有形無形の何かと戦う声の主人の背中から、弱々しい何かが溢れ出し。寡黙なその口からは弱音が溢れ出していた。


人間だった。

弱い人間が多少意地を張っているだけの、人間だった。


声の主人の慟哭は小さく響く。

どこにも届くな、と。

こんな姿は見せたくない、と。

自分の本当の姿なんて無惨なものだ、と。

もう戦いたくなんてない、と。


わたしは声の主人のことは知っていた。

助けを求める姿というのは信じられなかった。

いつも凛々しく戦い、気高く存在していた。

間違えても粛々と受け止め。

膝をついても歯を食いしばり立ち上がる。

そして段々と強くなる。戦い続ける。


強い存在というのは、声の主人のことを言うのだと思う。

人のあるべき姿は、あの姿そのままなのではないかと感じる。


だから、間違えだと思った。

私の聞き間違えだと。

助けての声は本当に小さくて。

助けて、ではなく別の何かを呟いているのではないかと。

私には。

私には、想像しうる限り声の主人を助ける方法と力がないように思えたから、私は目を逸らした。


それから何日か経ち、また声が聞こえた。

私は後悔していた。

言い訳をして、声の主人の言葉を聞かなかったことを。

助けとなれないことを、助けに向かわない言い訳としたことを。

だから今度は話を聞いた。

助けて欲しいの声を聞き届けた。例えそれが叶わない願いだったとしても。


ありがとう、の言葉を聞いた。

私は無力だった。


何の力にもならなくて。

何の方法も浮かばなかった。


それでも聞いた、ありがとうの言葉。

心が楽になった気がする。

もう少しだけ頑張れると思う。

またいつか助けを呼んだ時、もう一度助けに来てくれると嬉しい。ありがとう、私の恩人。


結局のところ。

声の主人は、限界だった。

気力が底をついて、それでもなお理性を削って頑張っていた。

助けを求める気力なんてもう残っていなかった。

助ける方法なんて、声の主人を全てから逃がして、守って、癒しを与えるくらいしかなかった。

私には、そのどれ一つもできず。

ただ話を聞き届けただけだった。


だから、最後に言ってくれた「また助けを呼んだ時」というのは真っ赤な嘘だったのだろう。

優しい声の主人がくれた、ごめんねの言葉だったのだろう。


助けに来てくれたのに。

助けられてあげられなくてごめんね。

でも本当に嬉しかった。

もし。

もしもまた、助けての声が出せたなら。

また来てくれるかな。

その時はーーいや、そんなのは妄想か。

でも、そんな未来を妄想するくらい別に良いよね。

助けに来てくれて嬉しかった。

助けられてあげられなくてごめんね。


何日かが経った。

声の主人は狂気に染まる。

声にならない声をあげ。

意味をなさない動きをなして。

死に向かって逆行した。


自らの首を絞め、灯油を浴びて火を灯し、海に落ちた。命の灯火を消してしまった。


もっと早くに。

声の主人の助けての声を聞いていたら。

初めてあの声に気がついた時に話だけでも聞き届けていたら。

声の主人の気力は保ったのだろうか。

まだ生きていたのだろうか。

ぐるぐると妄想が頭を回る。

ありえなかった仮定が浮かび、声の主人が助かる道筋を探す。


けれども。

死んだのだ。

妄想の中で声の主人が助かったとしても、本当の声の主人は死んだのだ。

有形無形を相手に戦い抜いた凛々しい存在は。

けれど弱い人間として、死に逃げた臆病者として。

死んでしまった。


私は無力で。阿呆で。

助ける力はなく。

助ける方法も思い浮かばず。

助ける機会を生かすこともできず。

人の命を取りこぼした。


誰か、助けてほしい。

私が助けての声をあげられる内に。


ごめんねの幻聴が聞こえる。

今の私には、魔法の言葉だ。

私の命を繋ぐ、か細い力を持つ魔法の言葉だ。


私は死にたがり。

自慢は、少し前に学校の人気者からありがとうを言ってもらえたこと。

私は今日も、屋上へと登る。あの人と出会えた自慢の場所。


ネタバレ。

自殺しようとしつつ、いざ屋上に立つと恐怖が浮かんで、何とか死にたくない気持ちが浮かんで自殺を思い止まり続けた主人公。

たまたま学校の人気者、みんなの期待を背負っていた声の主人と出会い、1度めは見なかったことにしてUターン。

何日か後にまた来て、今度はゴートゥー。

しかし悲しきかな、主人公には何のスキルも地位もお金も友人関係もトーク力もない。

それでも声の主人は、笑ってくれた。

その笑顔に安心した主人公は、けれど数日後に声の主人が死んだことを伝え聞く。

あの笑顔は何だったのか。ぐるぐると頭の中を思考が巡る。

体は日課のように屋上へと向かう。

死に抗う気力を恐怖で奮い立たせるために。

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