第九十九話「そんな話は聞いてない!」
ジーモンと友達になってもう何度も放課後に演習場で魔法の練習を繰り返している。友達というのは俺が勝手に言っているだけでジーモンがそう言ったわけじゃないけどいいだろう。こうして二人で放課後に魔法の練習をするような仲なんだからそれはもう友達と言えるはずだ。
「ジーモン様、そろそろ魔法の自信はつきましたか?」
度々放課後残っては魔法の練習を繰り返しているけどジーモンは一向に魔法に自信がついたとは言わない。こうして俺が聞くといつも返ってくる返事は同じものだ。
「はぁ……、自信がつくどころかフローラ様と一緒に練習しているとますますなくなります……」
いつもこれだ。まったく意味がわからない。ジーモンも拙いながらもそれなりに魔法は使えている。俺に魔法の詠唱も教えてくれた。これにて俺の当初の予定は全てクリアとなるはずだった。それなのにジーモンはいつまで経っても自信がないという。
「ジーモン様も別に神や精霊が見えているわけではなく、ただ詠唱して魔力を込めているだけなのですよね?」
「うん、そうだよ」
魔法があまり得意じゃなさそうなジーモンだからなのか、他の人も皆そうなのかはわからないけど、当初俺が考えたようなこの世界の人が神や精霊を実際に見たり感じたり出来ているというようなことはないらしい。俺が魔法を使うのに術式を自力で展開しているのと同じ魔法を、ただ詠唱によって発動させているだけのようだ。
それで良いのならば何も難しいことはない。ただ詠唱して魔力を込めれば良い。いつも自力で術式を展開しているのを詠唱でさせるだけのことだ。
詠唱で魔法を発動させることにも色々とメリット、デメリットがある。まずメリットとしては決まった詠唱を使えば誰が発動させても同じ魔法を再現出来るというものだ。術式と必要魔力量が固定なのだから誰が使おうともまったく同じ魔法が発動される。
それから詠唱で魔法を使えばいちいち専門知識が必要な魔法理論を勉強する必要はない。広く普及させるつもりならば詠唱魔法の方が格段に広めやすいだろう。いや、昔の人が広く普及させるために魔法理論の勉強も必要なく、誰でも同じ効果を発揮出来る詠唱魔法を開発したという所だろうな。
詠唱を間違えない限り術式展開を失敗することがないというのも利点だろう。自力で術式を構築すれば間違えることもある。術式を間違えれば当然魔法はうまく発動出来ない。詠唱魔法なら詠唱を間違えない限りは毎回必ず同じ術式が構築されるのだからそういう意味での失敗はなくなるはずだ。
じゃあそんな素晴らしい詠唱魔法は何のデメリットもないのかと言えばそんなことはない。詠唱魔法のデメリットは術式展開までにかかる時間の長さと、応用力・汎用性の低さだ。
俺が使うなら簡単な魔法なら一瞬で展開可能な術式を詠唱魔法なら長々と詠唱をしてからでないと使えない。発動までに無駄に時間がかかり隙だらけになる。また声に出して術式を構築しなければならないので声が出せない状況でも魔法が使えなくなる。
そして詠唱魔法は応用も利かず汎用性もない。毎回必ず決まった術式が出来上がるということは火の球の大きさだけ変えるとか、持続時間を延ばすとか、そういった応用は一切出来ない。また詠唱は非常によく出来たものでおいそれと簡単に変えれるものではなく別の魔法を組み上げたりというのは相当な研究をしなければ出来ない。
例えば俺の術式魔法なら自分でその場で好き勝手に様々な所を書き換えられる。その書き換えがミスっていたら魔法が不発になるか、最悪暴発するかもしれないけど書き換えが完璧ならばどんな魔法でも書き換え可能だ。
それに比べて詠唱魔法はただ言葉を羅列しているわけではなく全てが術式を構築するためにお互いに関係し合っているから、一部の文言だけ変えたらすぐに応用出来るというほど単純なものじゃない。一言変えたために他との整合性が取れなくなり、不整合部分を直そうと思うとまた別の所と不整合になり……、結局一から詠唱を組み直すことになる。
クリストフが少しのキーワードで魔法を発動させているのは術式魔法と詠唱魔法の良いとこ取りをしているからだと思う。自力構築可能な所や書き換えの余地を残したい所だけ自力で術式を構築し、毎回固定で良い部分だけ詠唱する。こうすることによって応用や汎用性を残したまま可能な限り短時間で毎回ムラなく失敗しにくい魔法として発動させているんだろう。
俺は術式魔法だけしか教えられていないけどクリストフの応用は中々実戦的だと思う。俺はもう全部自力で術式構築することに慣れてしまったけど、戦闘中に極力ミスなく、かつ短時間で魔法を発動させたければ非常に合理的だ。
「それよりまたあの無詠唱の魔法を見せてくれないかな?」
「はぁ……、またですか?まぁ良いですけど……」
まるで玩具をねだる子供のようにキラキラした目でそんなことを言ってくる。ジーモンに詠唱を教えてもらう時に、授業では魔法を使っていたじゃないか、と突っ込まれたのでやむを得ず術式を自力で構築して魔法を使っていたことを教えることになってしまった。するとそれ以来ジーモンは俺の術式魔法を無詠唱魔法と呼んで度々見たがるようになった。
今まで何度も見せているのにまた今日も見たいという。ジーモン自身も術式魔法を使えるようになろうと頑張っているけど術式を自力構築しようと思ったら魔法理論への理解がなければならない。そう簡単に一朝一夕で使えるようになるほど簡単なものじゃない。
ルイーザに術式魔法を教えるのにも随分苦労したものだ。数学や似非科学的なことまで色々と教えなければならなかった。そこからがようやくスタートラインなわけでその前提条件を整えた上で魔法理論の勉強をしなければならない。
「くれぐれも私がこの魔法を使っていることは他言無用でお願いしますね」
「わかっているよ」
ジーモンには教えることになったけどこれは絶対に秘密にしなければならないことだ。授業の時も魔法の教師にバレていた節がある。あの時は何も言われなかったけど皆が詠唱魔法を使っている中で俺だけ術式魔法を使っていると成績に響くと思われる。せっかくあの時は教師が目を瞑ってくれたんだからこのことは絶対に秘密にしなければならない。
それにしても……、俺が魔法を使おうとターゲットの前に立つとジーモンがキラキラした目で俺の魔法を見てる。ジーモンは本当に魔法が好きなんだな。そんなに才能もないようだけどそれでも好きなものは好きなんだろう。いや、本人にあまり才能がないからこそ憧れるのだろうか。そんなことを考えながら術式を構築しようとして……。
「ヘッ……クチッ!あっ……」
俺は術式構築中にくしゃみをしてしまった。それ自体は別に良い。術式構築も失敗はしなかった。じゃあ何が問題なのか。俺が今『間違えて』構築した術式はいつも家での訓練の時に使っている使い慣れた術式だ。灯火を発動させようと思っていたのにくしゃみのせいでいつもの慣れた術式を無意識に構築してしまった。
ゴウッ!という音と共に飛び出した火の槍は的に当たるとドッカーーーーンッ!と大きな音と振動を発生させてぶつかった的を消滅させた。壊れたとか燃やしたとかじゃない。的そのものがなくなっている。的が立っていた辺りは抉れてクレーターのようになっていた。
「さっ、さぁ……、今日はもうそろそろ帰りましょうか……」
「ちょっ!今何したの!?あの的は対魔法防御が施された的なんだよ!」
俺が華麗にスルーしようとしているのにジーモンがギャーギャーと騒いでうるさい。ほら!モタモタするな!いくら放課後とはいえ音と振動を聞きつけて誰かが来るだろうが!そもそも演習場を借りるためには申告しなければならない。無断で使っているわけじゃないから俺達が借りていることは教師達にはバレているはずだ。さっさと撤退しないと教師に捕まることに……。
「なっ、何だ今の音は!」
あ~……、遅かった……。異変に気付いて駆けつけてきた魔法担当の教師に捕まった俺達は散々事情聴取されることになったのだった。
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教師に捕まった俺達はちゃんと正直に事情を説明したんだけどあの教師は中々俺の言うことを信じなかった。そもそも魔法であの的が壊せるわけがないとか何とか。あまりにしつこいから俺の方も少しイラッとして教師の目の前でさっきの再現をしてもう一つ的を消滅させたらようやく信じてもらえた。
その後少しだけ話をしてようやく開放された俺達は別々に帰った。俺とジーモンが友達でよく放課後に魔法の特訓をしていることは秘密だ。演習場を借りるために教師には利用者の名前を伝えているけど生徒達はそんな情報は知らない。
折角そうして偽装しているのだから帰りに仲良く一緒に帰っている所でも見られてしまったら全てが台無しになる。だから俺達はいつも特訓が終わると時間をずらして別々に帰っている。
暫く演習場の利用禁止を言い渡されたので明日からどうしようか……。最近は放課後にジーモンと魔法の特訓ばかりだったから急にすることがなくなると何だか暇になったような気がしてしまう。
まぁ明日の放課後は予定があるから実際の問題としては明後日からだな。明日はようやく王様にお目通りが叶う日だ。散々待たされたけどこれでようやくリンガーブルク家のことについて事情が聞ける。
明日に備えて今日はもう休むことにしたのだった。
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今日の放課後は王城に出向いて王様と会うことになっている。ジーモンにも今日は用事があることは言ってあるし、そもそもしばらくは演習場の利用禁止を二人して言い渡されているから魔法の特訓は出来ない。
昼食を食べた後に学園内をうろついてみる。いつもは時間ぎりぎりまでカタリーナと話をしたりしているけど今日はちょっと気分転換に学園内を歩いてみようと思った。
目的もなくプラプラと歩いていると校舎の裏に来てしまった。花壇のようなものがあちこちに並んでいる。中庭のようなものじゃなくて、よく日本の学校の校舎裏にあった園芸部とかが世話をしている花壇だらけの場所のようなものだ。
少しだけ興味を惹かれた俺は花壇に近づいていく。するとそこには先に人がいた。その女生徒を見て俺は動けなくなった。
「アレクサンドラ……」
「……」
じっと花壇に咲いている花を見詰めているのはアレクサンドラだった。泣いているかのような顔をして静かに花を見詰めている。一体どうしたのだろうか。まるで泣いているかのような顔に見える。いや、もしかして本当に泣いているんじゃ……?
「アレクサンドラ?どうして泣いているのですか?」
「――ッ!?」
つい声をかけてしまった。真っ赤なタイトスカートのドレスに金髪を縦にロールさせたドリル頭のウィッグ。まるで意地が悪そうな悪役令嬢のような顔に見えるのに心は綺麗で優しいアレクサンドラ。
「二度と話しかけないでちょうだいと言ったでしょう!」
「あっ……」
ズカズカと歩いて俺の横を通り抜けて行ったアレクサンドラの顔はやっぱり泣いているように俺には見えたのだった。
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昼に校舎裏の花壇でアレクサンドラと会ってからほとんど何も覚えていない。授業はきちんと受けたんだっけ……。それにいつの間にか王城まで来ている。馬車に乗った記憶も曖昧だ。ずっと頭からアレクサンドラのことが離れない。
でもいつまでもぼんやりしていられない。そもそもこれからそのアレクサンドラについて重要な話が聞けるんだ。ボーッとして肝心なことを聞くのを忘れたら目も当てられない。少し気を入れ直した俺は王城へと入って行く。
今日面会の約束があることは受付にも伝わっているので俺が来たのを見ただけですぐに対応してくれた。どうやら俺の顔も覚えられているようだ。練兵場へ向かうフロトとしてじゃなくてカーザース家のフローラとして覚えられている。練兵場へはわざわざ受付を通る必要はないからフロトの時はここら辺に勤めている人とは会わない。
謁見の間にでも通されるのかと思っていたけどどんどん奥へと案内される。そして受付から案内してくれていた人は途中で交代した。ここから先は別の案内人がつく。何しろここから先は後宮だ。王族達のプライベートスペースであり無用な者は入れない。最初の案内役の人がこの先へ入る権限はないということだ。
でも、あれ?何で俺は後宮に来ているんだ?まさか王様は俺とプライベートスペースで会おうっていうんじゃないだろうな。こんな所に入って良いのは後宮勤務の者以外だと国の重役か王族くらいだ。辺境伯家の血縁者とは言ってもただの小娘や騎士爵の者が入れるような場所じゃない。
それなのに交代した案内役はどんどんさらに奥へと進んでいく。ようやく到着したらしい部屋に通されるとヴィルヘルムとディートリヒが居た。何でディートリヒまでいるんだ……。それにここは王様の私室だろう……。俺が入って良い場所じゃない。
「そなたは我が娘になるのだ。遠慮することはない」
「失礼いたします……」
入れと言われたら入るしかない。でもな……、遠慮するわ!そもそもお前の義娘になるつもりはない!
って言ってやりたいけどこれから俺はリンガーブルク家についての情報を聞きたいのだからここで喧嘩を売るわけにはいかない。先に喧嘩を売って欲しい情報をもらえなくなったら本末転倒だ。
暫く色々な話をして……、流れでちょっと余計なことも言ってしまったけどようやく核心に迫ろうかという時俺は衝撃的なことを聞かされた。
「リンガーブルク家?ナッサム公爵家が預かることになったあの家か……」
ヴィルヘルムの言葉にディートリヒも頷く。
「確か結婚の許可を求める届出が出されていましたね」
貴族は勝手に結婚出来ない。貴族家同士が結託して反乱を起こしたりすると面倒なことになるために結婚には国王の許可が必要になる。って、え?何?誰の?結婚?
「だっ、誰の結婚の許可ですか?」
「リンガーブルク家の娘アレクサンドラが結婚して名跡を継ぐための許可を求めているよ」
「………………は?」
ディートリヒの言葉を聞いて俺の頭は真っ白になったのだった。




