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第九十八話「初男友達ゲット作戦!」


 魔法の実技の授業があってから数日、俺の頭にはあの時泣きそうな顔をしていた気の弱そうな少年の顔がずっとちらついていた。


 もちろん別に好きになったとか、恋愛対象として気になっているというわけじゃない。俺の心はいつまでも男なわけで男を恋愛対象として好きになるなんてことはあり得ない。そうじゃなくてあの気の弱そうな子が俺に魔法をぶつけそうになったことをずっと気にしていないかと思って気になる。


 あの時の真っ青に青褪めた顔といい、気の弱そうな態度といい、きっと今でも気にしているに違いない。もしそれが原因で魔法をやめてしまったりしたら可哀想だと思う。誰だって失敗くらいするわけで、俺だって魔法を習い始めた頃は失敗ばかりだった。時には魔力を込めすぎて暴走、爆発させて自爆したことも一度や二度じゃない。


 それどころか十数年も続けている魔法の勉強と研究だけど未だにわからないことだらけだ。バフ魔法の開発も順調とは言えず失敗が続いている。もちろん昔のバフ魔法よりは改良されてよくなっているけど俺が望むものには程遠い。


 あの少年だって頑張ればきっと普通の魔法くらいなら使えるようになるはずだ。ちょっとばかり魔法の才能がないとしても並の魔法使いくらいにはなれるだろう。それをあの事故がトラウマとなって魔法を諦めてしまったらあまりに可哀想すぎる。


 そんなわけで今日の放課後はちょっと二組の教室へと向かってみた。そ~っと二組の教室を覗いてみるとまだ何人かチラホラと残っている生徒がいた。他のクラスにもまだ生徒がいるように帰宅ラッシュを避けるために迎えを遅くにさせてこうして時間を潰している生徒もまだ残っている時間だ。


 その中から目的の人物がいるかどうか教室を見回してみれば……、いたっ!あの時の気の弱そうな少年だ。彼は時間を潰すのに自習しているらしい。教科書を広げて熱心に読んでいる。しかもその教科書は魔法の授業で使う教科書だ……。


 あぁ……、やっぱりあの時の暴発のことを気にしているのかな……。それとももしかしたらもともと魔法使いになりたい願望がある子だったのかもしれない。


 それなのにあの事故のせいで夢を諦めるようなことになったら可哀想だ。あの少年の魔法の才能はルイーザより劣る程度かもしれないけど、だからって夢を諦めて魔法使いになるななんて言えない。誰にだって夢を追いかける権利はある。なれるかどうかは別だけど……。


 何とかあの少年だけ呼び出すか話をする方法はないだろうか。いじめられっ子である俺が話しかけていたら彼までいじめられてしまうかもしれない。特に彼は気が弱そうだからターゲットにされやすそうだ。俺なら十五やそこらの小娘に多少嫌がらせされてもどうってことはないけど、気の弱い子なら自殺してしまうことだってあるかもしれない。


 そんなことを考えていたら彼が教科書を仕舞って立ち上がった。お?お?もしかして帰るのか?一人で廊下に出てきてくれるなら声をかけやすい。俺の期待通りに荷物を片付けて持った少年は一人で廊下に出て来た。こっそり後をつけて人目につかない所で声をかける。


「すみません。ちょっと良いですか?」


「え?はい?……あっ!」


 最初は普通に対応していた少年は俺の方を向くと驚いたような顔をしていた。一目見て俺の顔がわかるということはやっぱり怪我をさせそうになったことを気にしているのだろう。


「あまりお時間は取らせませんから少しお話しても良いですか?出来ればあまり人目につかない所が良いのですが……」


「……はい」


 俺がそう言うと俯いて妙に暗い声で少年は答えた。やっぱりまだ気にしているんだな。とにかく誰かに見られたら面倒なことになりそうなので少年を連れて俺は人目につかない場所へと移動したのだった。




  ~~~~~~~




 クラウディアの時は校舎裏に行っただけで失敗したし今回はそんなことがないように細心の注意を払った。誰にも見られていなかったのはちゃんと確認済みだし、誰もいない空き教室で鍵もかけた。よほど大きな声で話さない限りは話の内容なんて外からはまず聞こえないだろう。


「ごめんなさい!僕は貴女を殺そうとしました!ごめんなさい!謝って許されるようなことじゃないとわかっています!でも僕にはこれしか出来ることはないんです!ごめんなさい!」


「え?ちょっ、ちょっと落ち着いてください。殺そうなんて大袈裟ですよ」


 俺が声をかける前にいきなり少年に謝られて驚いた。それも殺そうとしただの何だのと随分大袈裟な少年だ。だからこそあれほど気に病んでいたのだろうか。あんな魔法じゃ赤ん坊だって殺せはしない。火が燃え移って大火傷で死ぬ可能性はあるかもしれないけど、火さえ消火すれば大した魔法じゃなかった。


「大袈裟なんかじゃありません!例え命は助かったとしても未婚のご令嬢の顔に大きな火傷を負わせればそれはもう殺したも同然なんです!」


 あ~……、それはそうだな……。そんな疵物になればもうまともな結婚は出来ないだろう。それは貴族のご令嬢として役割がなくなるのと同義だ。極端に言えば貴族の娘とは当主からみれば少しでも良い縁談を結ぶための政略結婚の手駒でしかない。


 もちろん貴族だって親だ。子供の幸せを願わないわけはない。だけどその幸せの価値観が現代日本とはかなり違う。現代日本人なら虐待だの差別だのと言う人もいるだろう。それでもこの世界での貴族の娘の幸せとは少しでも良い家の相手と結婚することだ。それが家のためにもなり本人の幸せにもなると考えられている。


 良い家に嫁ぐということは裕福な暮らしが出来るということだ。飢えることなく貧しい暮らしをしなくても良い。それはそれで確かに一つの幸せの基準にもなり得るだろう。


 現代日本では本人がそれを幸せだと感じて追求しているならともかく、親が勝手にそう考えて結婚を決めるなんて余計なお世話だと思われるだろう。だけど国や時代が違えば誰もがそれこそが幸せなのだと思っている国や時代だってある。この国だってそうだ。貴族の大半は良い縁談を結ぶことが子供の幸せにもなると考えている。


 そんな国と時代にあってより良い縁談を結ぶにはどうすれば良いか。自分の家よりも上位の家との縁談を成功させようと思えばそれなりの何かがなければならない。それは例えば何らかの能力があったり容姿がよかったりということだ。


 能力というのは何も勉強が出来るとか家事が出来るということじゃない。貴族の娘が勉強が出来ることなんて別に必要な能力じゃない。勉強が出来なくても物を知らなくてもそれらが出来る者をつければ良い。家事だってそうだ。家事が出来るメイドを雇えば済む話であって貴族の娘がそんな能力の有無で評価はされない。


 では貴族の娘に求められる最大の能力とは何か。それはコミュニケーション能力だ。周辺の有力貴族の夫人を集めてお茶会を開く。その夫人達を集められるかどうかは本人の能力による。下位の家でも本人のコミュニケーション能力が高ければ高位の夫人達に気に入られてお茶会で引っ張りだこになるだろう。


 逆にどれほど家が高位の家でも、例えばあまりに高飛車すぎるとか、命令してくるばかりで面倒臭い人は敬遠されてしまう。もちろん表面的には自分より上の家にはそうそう逆らわないだろうけど、親しい友達を呼ぶお茶会にはそういう者は呼ばれなかったりするのは当然だろう。


 そんなコミュニケーション能力や人脈、夫人同士のネットワークというのが貴族の娘に求められる能力だ。その能力の一つとして見た目、器量、容姿というのも当然関わってくる。どんなに中身が良い人でも見た目が悪ければ第一印象を損ねて、そもそもそこから先へ進めなくなってしまう場合もあるだろう。


 もちろんどんなに見た目に問題がある人でもうまく立ち回れる人もいるし、そういうことで差別や偏見を持たない相手だっている。だけど大きな不利を背負っていることは間違いない。


 もし顔が大きく焼け爛れた娘だったならば……、自分の家より高位の家との縁談なんてまず見込めない。そんな容姿でも相手が妥協出来る関係。つまり相手の家の方が格下で、相手はそれを妥協して我慢してでも家として得るメリットがあるような結婚しか望めないだろう。


 そして仮にそうして結婚出来ても周辺の奥様方との付き合いも難しい。さっき言ったように見た目で差別や偏見を受けることもあるだろう。


 そんな状況になればもうそれは貴族のご令嬢としては死んだも同然だ、というのは間違いじゃない。酷い親なら親子の縁を切って子供を捨てるとか、外に出さないように監禁状態にしてしまう親だっているだろう。そう考えればこの少年がここまで深刻に捉えてトラウマになっているのも頷ける。


「貴方の苦しみはわかりました。ですが私は何ともなかったのです。もう気に病む必要はありません。……と、私が言った所でそう簡単に気持ちの整理がつかないから悩んでおられるのですよね」


「え?あ?あの……?」


 俺の言葉に顔を上げた少年はどうして良いかわからないというような表情をしていた。


「ですからこうしましょう。魔法の下手な貴方が魔法に自信がつくまで私と一緒に特訓しましょう?これから都合の良い日に残って演習場で魔法の練習をするのです!ね?」


「あっ……」


 俺がそういうと顔を真っ赤にした少年はポロポロと涙を流し始めた。よし。これでこの少年のトラウマも少しは解消されたはずだ。あとはこの少年と一緒に俺も魔法の練習をする。


 そう、俺がこんな提案をしたのは何もこの少年のためだけじゃない。これは俺のためでもある。俺は学園で教えられている魔法が出来ない。どうも俺が習った魔法とここで教わっている魔法は別物のように思う。魔法の授業の詠唱とかは聞き流していてノートもとっていなかったけどそれじゃ駄目っぽい。これからそれなりの成績を取ろうと思ったらこの学園式の魔法も覚えておく必要がある。


 この少年の魔法の特訓に付き合うついでに俺もこの少年に学園式の魔法を教えてもらう。そうすれば俺も学園式の魔法が使えるようになるかもしれない。カーザース家に恥をかかせないためには俺もそれなりには良い成績をとっておかなければ……。


 小年の夢を諦めさせずトラウマを取り除きつつ、俺も学園式の魔法を習う。まさに一石二鳥!しかも学園でまともに友達もいない俺が男友達をゲット出来るかもしれないという一石三鳥も狙えるという素晴らしい策だ!


「あぁ、そうでした。私はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースと申します。貴方は?」


「ぼっ、僕は……、ジーモン・フォン・ロッペです……」


 ん?ロッペ?その家は知っている。


「まぁ!貴方がロッペ侯爵家のご子息でしたか」


「え?うちを知ってるの?」


「もちろん存じております。北西地域に領地を持ちカーザース家の領地とも比較的近くですよね」


 近隣の貴族家くらいは俺だってある程度覚えている。ロッペ侯爵家は領地も小さいし北西方向とは言っても国境に接するわけでもない内陸側だ。それでも近隣の貴族家として色々と付き合いもあるから知っている。本来なら地域の社交場で顔を合わせていてもおかしくない、というか兄達は社交場で会ったことがある家のはずだ。


 俺は何故かあまり社交場に呼ばれなかったからロッペ家の人とは会ったことがない。いや、どこかで顔を合わせたことはあるのかもしれないけどお互いに名乗りあったりしたことはないので顔と名前は一致しない。地元の社交場じゃなくて地域の有力者が集まる社交場に行けば会えたはずだろう。


「よっ、よく知ってるね。……まぁ、うちはある意味有名だもんね」


「え?」


 一瞬明るい顔になったかと思ったジーモン少年はまた暗い顔に戻ってしまった。本当にこのジーモン少年はネガティブというか暗いというか……。


「領地の小さな弱小貧乏侯爵家、ロッペ侯爵家はそう有名だからね」


「まぁ!そのような噂があるのですか?」


 俺はほとんど社交場に行った覚えがないし行っても騎士爵だ何だと爪弾きにされることが多くてまともに相手にされたこともない。俺が周辺の貴族家のことを知っているのは客観的情報などからだけであってその手の情報はあまり仕入れていなかった。


「そうだよ。カーザース様もそれを知っていたんでしょ?」


「あぁ、私のことはフローラで良いですよジーモン様。私が知っているロッペ侯爵家は領民への税率を軽くし、私財を投じてでも診療所を建て領民のために尽くす良き領主一家ということだけです。そのようなくだらない噂話などに割く耳は持ち合わせておりません」


 そう、俺が知っているロッペ家の情報では不作で飢饉に陥りそうになった時、周辺の貴族家は税の取立てを厳しくし多くの領民が餓死する飢饉を発生させた年に、ロッペ家は領民への税率を軽くして各家庭に食べ物を残すことで周辺に比べて餓死者をかなり減らし飢饉とは言えないような軽度な災害で済ませたというものだ。それに領内に庶民でも受診出来る診療所を侯爵家の私財を投じて建て維持しているとも聞いている。


 領地が小さいのは事実だ。侯爵家の領地としては随分小さい。貧乏だといえばそうなのかもしれない。領民から集めた税で贅沢の限りを尽くしている他の貴族家から見れば随分質素な生活をしているだろう。だけどそのお陰で救われている領民達からの支持は圧倒的に高い。ロッペ侯爵領に住む領民達は何があろうとロッペ家に対しては反乱など絶対に起こさないだろう。


「うっ!うぅっ!」


「え?どうなされたのですか?」


 ジーモンが急に崩れ落ちて泣き始めた。全然意味がわからない。俺は何かまずいことでも言ったんだろうか?


「父上は……、誰に理解されなくともロッペ侯爵家の誇りを失うことなく……、ロッペ侯爵家らしく生きれば良いとおっしゃっておられました……。僕はそれを信じ切れませんでした……。だけど……、だけどこうして、本当にロッペ侯爵家のことをわかってくださる方もおられるのだと……、僕は今頃になってようやく理解したのです!」


 崩れ落ちたジーモンは俺の手を取りながら泣き続けた。俺にはジーモンの言っていることはよくわからない。ただここでジーモンの手を振り払うことは俺には出来なかった。俺の右手を掴んで泣いているジーモンが泣き止むまで俺は左手でその頭を撫でていたのだった。



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