第九十七話「失敗は誰にでもある!」
ここ数日例の五人組が大人しい。こちらとしてはヘレーネの関与も判明してこれからどうしようかという所だけど、向こうが諦めて今後手を出してこないのならそれに越したことはない。
まぁないよなぁ……。ないだろうなぁ……。
ヘレーネを含めたあの娘達だけの考えとも思えない。裏で糸を引いている者が、大人が他にもいるはずだ。だからいくらあの娘達がもうやる気がなくなったとしてもそれで諦めて終わりとはならないだろう。
向こうに諦める気がなくいつ仕掛けてくるかもわからないのなら常に気を張っておくのもこちらが疲れるだけだ。どうせやってくることなんて小さな嫌がらせくらいだし実害はないんだからまだ暫く静観するしかないな。
そんなわけで思考を切り替えてこれからのことを考えよう。まず今日は学園に入って最初の魔法の実技の授業がある。座学はこれまで何度か習ってきたけど座学は本当に基本中の基本しか教えてくれていない。しかも授業の内容が俺の習った魔法と違う。
俺がクリストフに習った魔法は完璧なる術式を構築し、そこに必要な魔力を流せば魔法が発動する、という極めて論理的でシンプルな魔法だった。その理屈なら俺も納得出来る。
だけど学園で習う魔法は違う。神への祈りが奇跡を顕現させ~、とか、魔力を代償に精霊に働きかけ~、とか物凄くぼんやりと抽象的なことしか言っていない。そんなあやふやなもので魔法が発動するのなら魔法理論など必要ないだろう。ただ物凄く願って魔力を払えばどんなことでも自由自在となってしまう。
実際には適切な術式に必要量の魔力を流すからこそ魔法が発動しているんだ。術式が失敗していても、流す魔力が多すぎても少なすぎても失敗する。そう、魔力は少なすぎるだけじゃなくて多すぎても失敗するんだ。
感覚的に流す魔力量が少なければ魔法が失敗するというのは理解出来るだろう。わかりやすく言えば燃料が足りなければエンジンが途中で止まってしまうのと同じことだ。では何故多すぎても止まるのか。それは術式に適切な量の魔力が明記されているからだ。
物凄く大雑把に言えば、例えば術式に『50の魔力を流し、40の魔力で火の球を起こし、8の魔力で火の球を飛ばし、2の魔力で火の球を制御する』と記されているとしよう。その術式に100の魔力を流してしまうと余った50の魔力をどう処理すれば良いのかわからなくなる。余った魔力は適切に処理されず術式に不完全な形で留まり術式そのものをパンクさせてしまう。
こうして過剰供給された魔力でも術式は正確に機能しなくなり魔法が発動しないというわけだ。いや、それは少し表現が違うか。途中でパンクするまでは魔法は発動される。ただしその後で術式がパンクすると同時に魔法が暴発するなり、余った魔力が噴出するなり何らかの現象が起こって途中で失敗してしまう。
しかも魔力が少ない場合はそこで停止して終わりだけど多い場合は何らかのアクションが起こる。例えば爆発するとかそういうことだ。だから皆魔力を込めすぎるのを恐れる。魔力が足りずに失敗すれば止まるだけだけど多すぎたら自爆してしまう可能性があるからな。
じゃあたくさん魔力を込めて大きな魔法を使えないのかと言えばそんなことはない。どうするかと言えば単純な話だ。最初の『50の魔力を流し~』の部分を100でも200でも増やして書き換えれば良い。そうすることで自分で威力を調整した好きな大きさの魔法を使うことが出来る。
ただそれは俺やクリストフの使っている魔法の場合の話だ。学園で教えている魔法は神や精霊への祈りという形で『詠唱』をしている。その『詠唱』こそが術式を構築しているわけだ。つまり術式をまったく理解していない者でも一定の『詠唱』を唱えることで自動的に術式を構築して魔法を発動させることが出来る。
でもこれでは自分で自由に書き換えが出来ない。『詠唱』に込められている術式を再現するだけでその術式を自ら書き換えて発動させるというのは困難だ。俺の想像でしかないけどこの学園式の魔法の教え方では魔法を使えないことになってしまう者がかなり出るんじゃないかと思う。
理由は最初に戻る。『詠唱』で構築された術式は固定されている。自分で書き変えようと思ったら『詠唱』から変えなければならずそれなら自分で術式を構築した方が手っ取り早い。固定の術式である『詠唱』魔法には決まった量の魔力量を流さなければならない。
魔法を習い始めたばかりの者が居たとして、そんな者がいきなり『詠唱』魔法で決められた量の魔力量をきっちり流すなんて芸当が出来るだろうか?俺はそんな簡単に出来ることじゃないと思う。その時点で決められた魔力量を流せず魔法が発動しないとその者は『魔法が出来ない者』あるいは『魔法が下手な者』として魔法に触れる機会すら激減してしまうのではないか?
この学園に通うのは高度な教育を受けた貴族達だ。俺の聞いた話では貴族達は五歳~十歳くらいの間には魔法を習い始めるらしいから、そんなに長く魔法を習っていれば魔力量の操作なんて手馴れたものだろう。だけど一般庶民達が魔法を使えないというのはこの『詠唱』魔法による魔力量調整で失敗しているからそう思われているだけなんじゃないだろうか。
じゃあ皆魔法理論を習って術式を自ら構築すれば良いじゃないかというほど単純な話じゃない。前世の知識があった俺ですら魔法理論は難しく今でもきちんと全て理解しているわけじゃない。前世の知識ありで十数年も勉強している俺ですらそうなのだから勉強をする機会もない貧民達がそんなことを習うなんてほぼ不可能だ。
結果、魔法というのは金と暇を持て余している貴族達しか使えないというのが常識として罷り通っている。俺が魔法を教えたルイーザは一般庶民でありながら魔法を使える逸材になったわけだけどそんなケースは稀だ。
まぁこの国の魔法教育については俺が口を出すことじゃない。ただ今日は初めての実技授業ということで俺も少しワクワクしている。他の貴族の子女達は一体どんな魔法を使うんだろうか。俺の知らない未知なる魔法に出会えることを期待しながら演習場へと向かったのだった。
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期待して演習場に来たわけだけど……、何だろう……。この残念な感じは……。貴族の子女達は子供の頃から魔法を習っているんじゃなかったのか?何だこの惨状は?
最初に教員に説明されて皆それぞれターゲットに向かって魔法を放ち始めたけどほとんどの者が魔法を失敗している。しかも初歩の初歩レベルの魔法である灯火という魔法をだ。
灯火というのは名前の通りただライターの火のような灯火を点ける火の魔法であり一番最初に覚えるような初歩の魔法にすぎない。こんな初歩の魔法が出来ない奴なんていないだろうと思っていたけど……、ほとんどの者が失敗している。
別に灯火だけじゃない。他にも色々と風や土や水といった属性の魔法も一通り皆失敗ばっかりだ。何だこの惨状は?
「ちょっと!貴女は向こうで練習しなさいよね!」
「え?えぇ、わかりました」
久しぶりにエンマに声をかけられて俺は合同授業で一緒に魔法の実技をしている二組のすぐ隣のターゲットまで移動させられた。別にどのターゲットでも一緒だから何の問題もない。これは俺が一組の中でも爪弾き者で二組レベルの者だと周囲にアピールしたいとかそんな程度の嫌がらせかな。気にするほどのことでもないので素直に従っておく。
「あ~ん!もう!私は火の属性の相性が悪いみたい!今度は風魔法を試してみるわ!」
端に追いやられた俺は周りの声を盗み聞きしてみた。どうもおかしい。属性の相性とかそんなものは聞いたことがない。きちんと術式を構築して魔力を流せばどんな魔法でも発動可能だ。そこに相性だの何だのは存在しない……はず?
いや……、俺が習った魔法の方がおかしいのか?周囲では『水の魔法は出来た』とか『俺は風が一番相性が良い!』とか口々に言っている。もしかして俺の習っていた魔法の方がおかしいんじゃ……。
そういえば俺に魔法を教えていたのは変態魔法使いのクリストフだもんな。何でもクリストフは中央であまりに奇行ばかりするから追放されたと聞いた。別に俺はクリストフに偏見もないし嫌いでもないけどクリストフの教えがおかしかった可能性は考えておく必要があるかもしれない。
でもそもそも皆が失敗しているのは見ている限りじゃ流す魔力量を失敗しているからなんだよなぁ……。相性とかじゃなくて魔力量の調整を失敗しているから魔法がうまく発動していない、という風にしか見えない。それとも俺には見えない何かがあるのだろうか。
ん?……俺には見えない?もしかして本当にこの世界には精霊なり何なりがいるとか?皆はその精霊が見えていてその力を借りている?俺は魂が異世界人だからこの世界の精霊が見えたり感じたり出来ないとか?じゃあ俺が使っている魔法と皆の魔法は根本的に違うということか?
それに俺から言わせれば灯火とかのような初級魔法と言われている魔法は制御が難しい。物凄く小さな魔力を流さなければならないわけで繊細な魔力操作が必要になる。それならいっそ大雑把に大きな魔力を流す魔法の方が初心者向きだと俺は思う。
あっ!そういうことか!皆本当は大雑把な魔法なら簡単に使えるんじゃないのか?だけど極限まで小さな灯火とかそういう魔法を使うことで繊細な魔力操作を覚えようとしているのか!それがこの授業の趣旨なわけだな!
道理で皆小さな魔法ばかり使おうとしているわけだ。この授業は魔法を使える者達がさらに繊細な魔力操作を覚えるための授業だったんだ。危ない危ない。これに気付かないままだったら俺は大きな魔法でターゲットを撃つ所だった。そういう授業じゃないんだ。だから誰も大きな魔法を使わないんだ。
それに皆授業で習った詠唱を使っている。もしかして自分で術式を構築してコントロールするんじゃなくて、授業で習った通りの術式を利用して最適な魔力量をコントロールしろということなのか。
……やばい。俺は授業の詠唱を聞き流していたからあまり覚えていない。適当に詠唱している振りをして自力で皆の術式と同じ術式を真似して構築しよう。せめて教師にばれませんように……。
「え~……、精霊の……、ごにょごにょ……、えっとぉ~……、力よ~?……顕現せよ~……、灯火!」
適当に誤魔化したつもりだけど大丈夫だっただろうか……。最後の『灯火』だけ強調しておく。きちんと詠唱しましたよというアピールだ。
魔法自体は成功した。まぁ当たり前だ。灯火と同じ術式を構築したんだから同じ魔法が発動するのは当然だ。魔法理論も科学と同じであり再現性があるからこそ理論として成立している。再現できなければ理論ではない。
小さな灯火がふよふよと飛んでいきターゲットに当たる。パチンと弾けて表面に焦げ目のようなものがついた。結構距離がある上に焦げ目は小さいから前世の肉眼では到底見えなかっただろう。今生ではかなり目が良いのか遠くにある小さな物までよく見える。
「カーザースは成功か。惜しいな……」
「え?」
後ろで俺を見ていた教師がそんなことを呟いた。何が惜しいのだろうか。あっ……。もしかして俺が詠唱をいい加減にして自力で術式を構築したのがバレてしまったのだろうか。これでは良い成績はもらえないということか。
「(本当なら公正な成績をつけてやりたいが私にも家族がいるのでな……。悪いが良い点数はつけてやれない。魔法成功は認めるが的まで届いたら高得点というのはつけてやれない)」
最後にボソッと何か呟きながら去って行った教師を見送る。どうも俺の不正がバレてしまったようだ。一応咎められはしなかったけど気をつけよう。これからはきちんと詠唱魔法の詠唱も覚えます……。
そんなやり取りをしているとふと横から大きめの魔力を感じた。大きいとは言っても周囲の灯火に比べたらというだけであくまで比較的、という話だ。普段クリストフと訓練していた時の魔法に比べたら何十分の一とかそんなレベルでしかない。
そしてその大きめの魔法は俺の方へ向かって放たれた気がする。振り返ってみればやっぱりこちらに向かってきていた。
「ふっ」
そのまま俺に当たっても俺が纏っている魔力で弾かれてしまうだろうけど一応消しておこう。息で吹き消したように吹きかけたけどもちろん息で消したわけじゃない。魔法は術式と魔力によって構成され発動していることは説明した通りだ。じゃあどうすれば魔法を防げるのか。
クリストフとの訓練で俺は魔法を防ぐ方法を色々と考えた。簡単なのは俺が今でも纏っている体を覆う所謂防御魔法のようなものだ。魔法を打ち消すには同等の魔力をぶつけるか術式を乱すのが手っ取り早い。俺が纏っている防御魔法は触れた魔法と打ち消しあうわけだ。だから纏っている魔力以上の魔法が飛んでくればダメージを受ける。これはあくまで最終手段用として常に纏うように心がけているものだ。
俺が今したのは口から息を吹きかけるのと一緒に魔力を噴き出して火の球を相殺しただけだ。術式を乱す方法だと制御を失った魔法が破裂したりすることもある。どうやって術式を乱すか、どう乱れたかによるけど魔力自体が消えるわけじゃないから崩れた魔法が何らかの効果を周囲に及ぼすわけだ。
それに比べて今俺がやったように同等の魔力をぶつければお互いに相殺し合うので周囲への影響は最小限に留まる。これはうまくやれば周囲にまったく影響を出さないようにも出来る優れものだ。簡単に言えばまったく同質同量のエネルギーで打ち消せば反発力も何も生み出すことなく完全に消滅させることが出来る。
訓練の時はそんな細かいことは気にしていられないから大雑把に同程度の魔法で迎撃している。だから周囲に破裂したりして多少の効果が出てしまうわけだ。今はわざわざ爆発させることもないのできっちり同等の魔力をぶつけて消滅させた。
それにしても皆が灯火とかの最小限の魔法でコントロールを磨いているというのにこんな火球のような大きな魔法しか使えないなんて魔力操作が苦手な子なのかな。そちらを見てみれば気の弱そうな男の子が焦った顔でこちらを見ていた。どうやら魔法の制御を失敗して俺に飛ばしてしまったから驚いているようだ。
まぁ皆が最小限の灯火を精密にコントロールしようとしている時に大きな魔法しか使えないような子なんだからきっと魔法が苦手に違いない。俺の方に飛んできたから何ともなかったけど他の子だったら火傷をした可能性もある。
「ひっ、あっ……、ごっ、ごめんなさい!」
俺が近づいていくとその少年は青褪めた顔で謝り出した。そりゃ魔法を失敗して人に怪我をさせそうになったとなれば焦るよな。これがトラウマになって魔法を諦めてしまったら可哀想だし少しフォローしておいてあげよう。魔法が下手なこの子でも諦めなければそれなりに魔法も使えるようになるだろう。
「誰にでも失敗はあると思いますが気をつけてくださいね。他の子が怪我をしたら大変です。そんなに魔法に自信がないのなら私の隣で練習してください。私なら何かあっても大丈夫ですから。ね?」
あまりに情けないその少年にそれだけ言うと俺は自分のターゲットの前に戻った。少年は緊張の糸が切れて腰が抜けたのかへたり込んでいるけどさすがにそこまでフォローはしない。もともと二組の子だしあまり俺が接触したらあの少年までいじめのターゲットにされても可哀想だしね。
その後俺はこっそり周囲の詠唱に聞き耳をたててなんとなく覚えた詠唱を試してみたけどやっぱり詠唱が間違っていた。だからやむを得ずその後も詠唱している振りをして自力で術式を構築して授業を続けたのだった。




