第九十五話「ご褒美の後に面倒事が来る!」
あ~、凄かった!何がって、全部!
お風呂上りの良い匂いをさせたクラウディアが薄着のまま俺にぴったりくっついてくるんだもん。クラウディアはそんなに物凄く巨乳なわけでもないし、日頃から訓練に励んでいるからどちらかと言えば引き締まっていて筋肉質な体をしている。でも色っぽかった。俺に息子さんが残っていたら確実にエレクトしていた。
十五歳や十六歳の女の子を相手に何をと思うかもしれない。でも実際に見てみろ!若いピチピチの女の子がお風呂上りに薄着で自分に密着してくるんだぞ?ロリコンじゃなくても誰だってエレクトするに決まってるだろ!
ふ~!ふ~!
……ちょっと落ち着こう。まだ俺も昂ぶっているようだ。
「フローラ様……、そんなにクラウディアが魅力的だったのですか?」
「えっ!?いやっ!?あの……、その……」
クラウディアはもうとっくにヘルムートとカタリーナに送られて帰って行った。今は夕飯も済ませて自室でカタリーナと二人っきりだ。何か言い訳しなくちゃ……。
「いつもは汗の匂いをさせているクラウディアが今日はお風呂上りで石鹸の匂いをさせていたのでその違いに驚いてしまいました」
まぁこれは嘘じゃない。いつもの少々汗臭いクラウディアの匂いも決して嫌なわけじゃない。だけどやっぱり良い匂いをさせた女の子というのはそれだけでも男はフラフラとおびき寄せられてしまうものだ。
「それではこれでいかがですか?いつもはフローラ様の前を辞した後にお風呂に入っていますが今日は私ももうお風呂に入った後ですよ?」
「うっ!カタリーナ……」
確かにほんのりうちの石鹸の匂いをさせたカタリーナが俺にぴったりくっついてくる。椅子に座っている俺に正面から抱き合うように体をくっつけてくるカタリーナの体温と匂いがはっきり感じられた。
「これで私にもドキドキしてくださいますか?」
「してます!もうしてますから!」
どんどん体を密着させてくるカタリーナに俺の心臓が張り裂けそうなくらいにバクバクしている。
……あれ?でもこれって……。
「おわかりいただけますか?私もとてもドキドキしています」
「カタリーナ……」
妖艶な顔ではなく、ほんのり頬を染めた恥らう年頃の乙女がそこにはいた。あぁ……、このままカタリーナを襲ってしまいたい。この娘は何でこうも可愛いのだろうか。
「あっ……、でももしかして……、クラウディアと一緒にお風呂に入ったということはクラウディアとカタリーナはお互いに裸で?」
ちょっと俺の中で何やら暗い感情が芽生えた。これは何だ?……嫉妬?嫉妬か。そうだ。クラウディアの裸をカタリーナに見られたのも、カタリーナの裸をクラウディアに見られたのも、俺は二人の裸を見ていないというのに二人はお互いに見たということにモヤッとしたものを感じているんだ。
女性同士で裸を見るなんて別に珍しいことでもない。共同風呂やサウナで裸を見られるのも普通だし、俺なんてメイド達に着替えから何からお世話をされているから裸なんてしょっちゅう見られてる。
それなのに何だかクラウディアの裸が誰かに見られたことや、カタリーナの裸が誰かに見られたことに微妙に嫌な気持ちになっている。俺って何て心の狭い男だろうか。でもそう思ってしまうのはとめられない。せめて俺が二人の裸を見ていて、その場にも俺がいればこうも思わないんだろうけど……。
「もしかしてヤキモチをやいてくださっているのですか?でもご心配には及びませんよ。クラウディアにはお風呂の使い方や石鹸について説明しただけです。その後クラウディアは一人でお風呂に入っただけなので私は脱いでおりません」
あぁ、そうなのか。一緒にお風呂に入ったわけじゃないんだ。それを聞いてなんだかちょっとだけホッとした自分が情けない。クラウディアもカタリーナも俺のものじゃないのに、そのくせ独占欲だけはいっちょまえに持っている。だけどそれでも俺は……。
「カタリーナ……」
「フローラ様……」
先ほどまではカタリーナの方が俺に体を密着させてきていた。だけど俺は今キュッとカタリーナを抱き寄せた。お互いの胸が潰れあってドキドキと脈を打っているのがはっきり感じられる。カタリーナの命の鼓動を感じると共にその鼓動が普通より早く強く打っていることがより実感された。
コンコンッ!
「フローラ様、遅くに申し訳ありません。少しお時間をよろしいでしょうか?」
「ひぅっ!」
「ちっ……」
急にノックされた音に驚いて俺は飛び上がった。声からしてやってきたのはイザベラだろう。それから今カタリーナは舌打ちをしなかったか?
……まさかな。さっきのしおらしいカタリーナが演技で実は全て計算ずくの小悪魔なカタリーナを想像してしまった。そんなことがあるはずもない。カタリーナは素直で良い子だ。男を手玉に取るような小悪魔なはずがない。
「……お邪魔でしたか?」
「なっ……、何のことですか?」
俺が入室を許可するとイザベラが入ってきて代わりにカタリーナが出て行った。テーブルの前に座っている俺の前まできたイザベラは第一声でそう言った。俺は努めて冷静に答えたはずだけどイザベラの視線が痛い。しかも声が裏返っていた。あれじゃ何かありましたと言っているようなものだ。
「それよりどうしたのですか?」
イザベラがこんな時間にやってくるということは恐らく何かの報告だろう。裏で色々頼んでいることの報告にやってくるのはいつも遅い時間だ。普通の時間には普通の業務のことについてしか言ってこない。となると何かわかったということだろうか。
「はい……。ゾフィー・アルンハルトやエンマ・ヴァルテックをはじめとしたフローラ様の学園での同級生の一部がバイエン公爵家に頻繁に出入りしている証拠を掴みました。遅い時間に人目を忍んで訪れていることが多いようです」
「なるほど……」
まぁそれだけじゃ証拠にはなるまい。だけどこれで繋がりは証明されたわけだ。
直接問い詰めても学園でのことで用があって訪ねたとか、家同士の繋がりがあって訪ねたのであって俺の件とは関係ないと言い張るだろう。もしかしたらお互いの家に行き来していることすら否定するかもしれない。もっと決定的な証拠でも掴まない限りは表立って動くことは出来ないだろう。
だけど……、やっぱりそうだったのか……。残念だよヘレーネ・フォン・バイエン嬢……。もしかしたら友達にもなれたかもしれないのに……。
自分で裏で操っている者達にいじめをさせておきながらいかにも自分が間を取り持っているかのような顔をしてどんな心境だったのだろうか。こんなのはいじめの手段でもよくあることだ。いじめのターゲットに優しくしていた人物が実は首謀者でターゲットからの信頼を得るためにやっていたなんてのは使い古された手だ。
まだ何の証拠もない。俺のただの妄想だと言われたらその通りだ。だけど俺には確信がある。ゾフィー・アルンハルトやエンマ・ヴァルテック達を操って俺をいじめさせている首謀者はヘレーネ・フォン・バイエンに違いない。
動機は何だろうな。やっぱりルートヴィヒの婚約者関係か。ディートリヒやルトガーに聞いた話や、ルートヴィヒ達が俺を昼食に誘いに来た時のやり取りではっきりわかった。ルートヴィヒはヘレーネに興味がない。
もし世の中で言われているようなルートヴィヒとヘレーネが許婚候補筆頭だというのならあの時の態度はあり得ない。顔と名前すら一致していないなんて興味がないと言っているのと同義だろう。
ルートヴィヒもルトガーもバイエン公爵家のヘレーネという名前は知っていた。それなのに本人を前にして気付かないなんてあり得ない。俺が考えていたようなルートヴィヒとヘレーネがお互いに結婚したいと思っている関係という線は確実になくなった。
ならば考えられる可能性の一つは俺をルートヴィヒの許婚から引き摺り下ろしたいからということだろう。俺とルートヴィヒの婚約を破棄させてヘレーネがルートヴィヒの婚約者に納まる。そうなればカーザース辺境伯家に喧嘩を売ってでも十分利益があるだろう。
ただ俺ならもっと確実になってからでなければ辺境伯家にはここまで露骨に喧嘩は売らない。例え自分が絶対に婚約者の座に納まる自信があったとしても、万が一であろうとも失敗した時のことを考えればここまで露骨に辺境伯家には喧嘩は売らないはずだ。
そうか……。だからこそのゾフィーやエンマということか……。
仮に万が一計画が失敗して俺がルートヴィヒの妻として王族の仲間入りをすればどんな仕返しを受けるかわからない。だからこそ直接手を下させているのはゾフィーやエンマ達なんだ。自分は後ろから操っているだけで無関係を装う。最悪の場合になっても周囲に証言してもらえばよい。むしろ自分は許婚の方を助けていたのだと……。
ゾフィー達はとかげのしっぽなわけだ。何かあったら切り捨てられる。実行犯なんてそんなものかもな。当然万が一の保険としてそうするつもりなら証拠なんて残していないだろう。明確な証拠を挙げようと思ったら手紙なり文書なりの物的証拠が必要になる。そんなものを残さないために夜に人目を忍んで家に呼びつけて口頭で説明しているだけということか。
それなら何の証拠も残らない。ゾフィーやエンマ達が『ヘレーネの指示でやったんだ!』と主張したって『そんなことは言ってない』と白を切れば良い。それどころか『私のためを思って勝手なことをしたこの娘達に寛大な処置を!』とか言えば良い人だとすら宣伝出来るだろう。
子供の浅知恵とはいえヘレーネは中々考えている。それに娘達だけの協力じゃないだろう。もっと裏があるはずだ。でなければ子供達だってあそこまで露骨に思い切ったことは出来ない。いくら家格が多少下とはいっても、傲慢令嬢だったとしても、それでも辺境伯家相手にあそこまでやれるのは親の許可があるからだ。でなければあそこまでは出来ない。
「それと……、これはまだ確証はないのですが……」
珍しくイザベラが言い淀んでいる。いつもなら推測なんて口にしないから確実になってからしか余計な報告はしないはずだ。それでも口にしようとしているということは相当重要なことということか。
「良いのですよ。裏付けは後でも良いのです。まずは言ってみてください」
話を聞いてみないことにはこちらも判断のしようがない。不確かな情報で俺に判断を誤らせるわけにはいかないと思っている部分もあるんだろうけど、仮に不確かでも早急に情報が入るというのは重要でもある。第一報は早さが大事だ。
「はい……。実は最近ジーゲン侯爵家とナッサム公爵家が頻繁に会談を行なっているという情報が入ってきております」
その言葉を聞いて、ドクンッ、と俺の心臓が鳴った。
ジーゲン侯爵家はヴィルヘルム国王陛下の側室、第二夫人のアマーリエの実家だ。ナッサム公爵家は言わずもがなリンガーブルク家の後見人を吹聴して回っている輩だ。その二つの家が密かに会談を行なっている。もしそれが事実だとすれば狙いは……。
「はぁ……、どうやらカーザース辺境伯家も面倒事に巻き込まれているようですね……」
アマーリエは第一王子と第二王子の生母だ。正室のエリーザベト王妃が産んだ嫡子の第三王子のルートヴィヒとは犬猿の仲だろう。誰が今一番王位に近いのかは知らないけど普通に考えて王妃派と第二夫人派で王位継承権争いがあるはずだ。
俺はルートヴィヒの許婚であってアマーリエ派から見れば俺は敵だろう。貴族の結婚というのは家と家の繋がりを持つことだ。俺とルートヴィヒが結婚すればルートヴィヒの後ろにはカーザース辺境伯家がつくことになる。自分の息子達を王位につかせたいアマーリエ第二夫人からすればさぞ忌々しい相手だろう。
その第二夫人がカーザース辺境伯家の家臣であるはずのリンガーブルク家を何故か預かっているナッサム公爵家とつるんでいる。考えるまでもない。つまりリンガーブルク家をナッサム公爵家に預けさせてカーザース家臣団に楔を打ち込もうとしたのは第二夫人派の一派だということだろう。
もちろんこれにも証拠はない。そもそもイザベラも言い淀んだ通り密会しているという証拠すらない段階だ。
でもここまで綺麗に状況が揃っていれば誰でもそう考える。そしてだからこそおかしいとも言える。まさかそこまで露骨なことをするか?
でもなぁ……。ヘレーネやゾフィー達もそこまで露骨なことをするか?っていうことをしているわけで……。物的証拠さえなければ第二夫人であるアマーリエやその取り巻き達を糾弾することは出来ないと考えての大胆な行動かもしれない。
考えればキリがない。それに証拠もない。現時点では俺の妄想だ。……ただ妄想だからとこのまま指を咥えて見ているわけにもいかない。さすがに降りかかる火の粉は払わなければカーザース家にまで迷惑をかけてしまう。
「イザベラ……、このことは早急に調べてください。ただし焦らずね。こちらが動いていることは気取られては駄目よ。あくまで慎重にね」
「はい。かしこまりました」
話を終えて出て行くイザベラを見送ってからソファーに深く座りなおした。本当に次から次へと面倒なことばかり出てくる。本当に、冗談とかじゃなくて、心から……、ルートヴィヒの許婚なんてヘレーネにお譲りしたい……。




