第九十三話「訓練参加!」
最近学園が静かだ。いや、生徒達はいつも通りガヤガヤとうるさいけど俺の周りだけ静かというか何というか……。絡んでくる者がいなくなったお陰で平穏な学園生活が送れている。
といってもまだ昨日と今日だけの話だけど俺の威圧を受けてから五人組が少々俺に絡むことに尻込みしているらしい。自分達の脅しやいじめが通じないどころか自分達が逆にいじめている相手の威圧を受けて尻込みしているようじゃまだまだだ。そんなことじゃ黒幕さんに怒られても知らないよ?
まぁ俺があの五人組を心配してやる謂れはないわけでどうでも良い話ではある。面倒な絡んでくる奴らがいなくなって少しすっきりした気分だ。
そんなわけで平穏な学園生活を送れた俺は今日も帰りに寄り道をしていく。何か俺がまともに家に真っ直ぐ帰ることって滅多にない気がするな。
俺ってほとんど箱入り娘だったからこうして自由に出歩けるなんてことは今までほとんどなかった。カーザース領を追放になった頃くらいからカーン領へは比較的自由に行けるようになったけど、それでも行き先を告げたり帰る時間を告げたりと制約はあった。
今ももちろん好き勝手に出歩けるわけじゃないけど帰りにどこかに寄り道しても怒られるなんてことはない。俺にだって用事があるわけで遊んでるわけじゃないのは父も母もわかっているだろうしね。
今日は王城の方へ向かう。残念ながらまだ今日は王様と面会出来る日じゃない。アレクサンドラの、いや、リンガーブルク家のことで王様に話を聞こうと思って面会の予約は取ってあるけどそれはまだ先だ。さすがに王様だけあって面会の申し込みをしたからといってすぐに会えるというようなことはない。
本日用があるのは王城の敷地内とはいっても門を入ってすぐに庭の方へと周った先にある練兵場だ。俺は未だに近衛師団の団員なんだからむしろもっと早くに来るべきだったのかもしれない。色々とあって後回しにしている間に随分時間が経ってしまっている。
ともかく王城に入り、叙爵された当時に通いなれた通路を通って練兵場へと赴いた。今日も帰りに学園で騎士爵の正装に着替えてきている。今日ここへ来たのはカーザース家のフローラではなくカーン騎士爵だ。その辺りの使い分けは間違えてはいけない。
「皆さん精が出ますね」
「フロトッ!?」
俺が練兵場を覗き込むと丁度クラウディア、いや、騎士のクラウディオが休憩しているところだった。懐かしい。最初に練兵場を訪れた時にクラウディオと剣を交えた場所だ。壁には近衛師団の団員達用の剣が並べられている。
もちろんどれも練習用に刃を潰してある模擬戦用の剣だけど団員達は自分用の剣を壁際に並べている。あの時の俺のように急な参加者は手前のテーブルに乱雑に置かれている古い剣を借りることになっている。
そこら辺は休憩スペースにもなっており団員達の荷物が置いてあったり飲み物を飲みながら休んでいたりするための場所にもなっている。丁度休憩中だったらしいクラウディオの所へ向かって横に腰掛けた。
「クラウディオは休憩中かい?」
「え?あっ!うっ?おっ?」
急に俺が現れたから驚いているらしいクラウディオは考えがまとまらないのか、何と言って良いのかわからないのか、返答に困っているようだった。
「あ~……、これは妃殿下、このような場所に足を運んでいただき……」
「ちょっと団長……、私は近衛師団の団員フロト・フォン・カーン騎士爵です。お忘れですか?」
何か前にも見た似合わない挨拶をしようとしているホルスト師団長を止める。あのまましゃべらせていたら何を言い出すかわかったもんじゃない。どうせ碌な事は言わないだろう。
「うむっ!王都に来てから随分経つのに今頃訓練に顔を出すとはどういう了見だ。これはきつい訓練を課す必要があるな!」
相変わらず変わり身の早いホルストは突然そんなことを言い出した。俺が王都に来たからと、そんなおいそれと顔を出せるような立場じゃないことをわかっているくせに……。やっぱりこのおっさんはしゃべると碌な事を言わない。
「げっ!フロト……、逃げた方が良いよ。僕でもきつい訓練だからあれから訓練もしてなさそうなお嬢様じゃ近衛師団の訓練なんてついていけないよ」
ふむ?まぁ確かにあれから近衛師団の訓練には顔を出していない。俺はまったく強くなった気もしないしここらでちょっと父と母のスパルタ以外の訓練も体験してみるのも良いかもしれない。
「それではお願いします」
「よく言った!それでは百人組手だ。おい!全員良く聞け!こいつは近衛師団の団員、騎士爵のフロトだ!これから普段訓練に来ない舐め腐ったこいつに百人組手をさせる。誰か一番に出たい者はいるか?」
ホルストがそう声をかけると『ウオォーー!』と騎士達から声が上がった。百人組手とは何だろうか。
「あ~あ……、知らないよ」
「百人組手って何だ?」
クラウディオに聞いてみる。前回の訓練に参加していた時にはそんなものはなかった。当時はまだなかったのか、たまたま実施される機会がなかっただけなのか。まぁあの時俺達はまだ子供だったし、何か危険そうな匂いもするから子供である俺達は除外されていたのかもしれない。
「えっとね……。百人と模擬戦をするまで終わらない地獄の訓練だよ」
「へぇ……」
何か思ったよりも普通だった。言葉通りというか……。百人組手っていう名前なんだからそんなところかなとは思ったけどまさか本当にただそれだけだったとは逆に驚いたよ。
騎士百人を相手にか。でも順番に来るんであって同時じゃないんだよな?父と母二人を相手にするのとどちらが大変なんだろうか。子供の時に訓練に参加していた時は子供用のカリキュラムだったのか随分簡単な訓練しかしてくれなかった。今回は色々と勉強になるかもしれない。
「近衛師団の地獄の訓練に顔も出さないふざけた野郎なんざ叩き出しちまえ~!」
「やれ~!ぶちのめせ~!」
「洗礼を浴びせてやれ~!」
周囲の野次がすごい。何か訓練に参加してないことを相当妬まれているというか何というか。近衛師団のくせに訓練にも来ないで何してやがるという意味の野次が多い。
やっぱりそうだよな。本当に本物の騎士だというのなら毎日朝から晩まで訓練に明け暮れて自らを鍛えなければならない。俺のようにたまたま叙爵されて、たまたま口利きで近衛師団に入ったような半端者は正規の団員からすれば疎ましいものだろう。
「最初は俺にやらせろ!」
「うおおお~~!アドンだ~!」
「「「ア・ド・ン~!ア・ド・ン~~!いえぇーい!」」」
俺よりかなり大きくて筋肉ムキムキの男が出て来た。周りのテンションが異常に盛り上がっている。声援からしてアドンという名前なんだろう。おかしいな。子供の時はこんな騎士見た記憶がないんだけどな……。
まぁそれなりに年数も経っているから退団した者も居れば新しく入団した者もいるだろう。ホルストの方を見ると特に何も言わずに顎で訓練場の中央を指されたから剣を持って向こうへ行けということだろう。
「これを借りるよ」
テーブルの上に乱雑に置かれている剣から何本か見てみたけどどれもガタガタだ。ここに置いてあるのは一応まだ使えるけど取り替えたからもういらない剣の残骸というようなものだ。壁際に並べている剣も使い古されると新しい物が新調されて古い物はここに置かれることになる。
昔と違って剣の重量を気にする必要は……、まぁまだあるけど、昔ほど限られた選択肢しかないわけじゃない。普通の剣なら十分振れるくらいの腕力はついているから状態が良さそうなものを選んで訓練場の中央へと向かう。
「アドン!やっちまえ!」
「すかしたいけすかねぇイケメンをぶっとばせ!」
んん?何か俺の見た目で反感を買っているのか?でも俺はイケメンじゃないんだけどね。女だし。
「それでは始め!」
中央に立ったホルストの合図で組手が始まる。アドンはムキムキマッチョなだけあって結構大きな剣を使うようだ。だけど人間ほどもある父の大剣と比べればまだまだ小さな剣だな。
「うおおおぉっ!」
ドスドスとゆっくり走ってきたアドンは大上段から思いっきり大剣を振り下ろしてきた。だけどこれは……、俺が素人だと思って手加減してくれているのかな。遅すぎて払ったり避けたりするのは簡単だけど……。向こうも手加減してくれているみたいだしとりあえずこのまま受けてみるか。
ガキィーンッ!
と金属同士がぶつかる音が響いてアドンの剣は俺が片手で上に構えた剣にぶつかり止った。助走をつけて大上段から走った勢いと武器の自重による重力加速もフルに活用した一撃……、に見えるけど勢いは軽い。俺が片手で上げただけの剣で受け止められてしまった。やっぱり手加減してくれてたのかな。
「えっと……、一応訓練はしていますので手加減は無用ですよ?」
「うおおぉっ!馬鹿な!」
「アドンの馬鹿力を片手で受け止めた!?」
「何だあいつは!?」
外野が騒がしい。見た目こそ全力の一撃に見えたけどまるでそんなことはない。完全に手加減されたフワリとした一撃だった。もし父や母とこんな力で打ち合えば吹き飛ばされるどころじゃ済まないだろう。剣ごと腕がもげるんじゃないだろうか。
とはいえ借りた剣が脆すぎるのか寿命が近かったのか。ビシビシと金属の鳴る音が聞こえている。これはもうそう長く持たないだろう。
「この剣は壊れそうなので自分の剣を使わさせてもらいますね」
一旦その場から離れた俺は念のために持ってきていた自分の剣を包みから取り出す。ズシリと重い。訓練用に刃は潰してあるけどさっき借りた剣と比べたら何倍も重いんじゃないだろうか。
ここに置いてある剣は子供用なのか軽い剣ばかりだった。だけどそんな軽い剣だと父や母の攻撃を受けられない。さっきのアドンの一撃でヒビが入ったように軽くて脆い剣ばかりだ。俺の自前の剣なら多少は父や母の攻撃にも耐えられるから安心だろう。
「次はこちらから行きましょうか?」
「くっ!舐めやがって!若造が!」
そう言いながらもアドンは正眼に構えたまま動かない。どうやら俺の一撃を受けてくれるらしい。
「じゃあ行きますね」
軽く走ってアドンが構える剣を正面からぶっ叩く。ただそれだけ。これで俺に手加減は必要ないと伝わるだろう。そう思ったんだけど……。
「あっ……」
構えていたアドンの大剣はへし折れてフワリと宙を舞ったかと思うと受身も取らずにドスンッ!と地面に落下した。おいおい……、いくら丈夫さに自信があるとしても受身くらい取ろうよ……。しかも倒れたアドンは中々起き上がってこない。どうしたのだろうか。
「勝者フロト!」
アドンを覗き込みに行ったホルストがそう宣言した。静まり返った周囲から次第に声が漏れ始める。
「今の見えたか?」
「いや……」
「あの巨体のアドンが今どれだけ浮き上がった?」
「あの分厚い大剣をへし折るとか信じられねぇ……」
「いや、あいつの剣の厚みを見てみろよ。どんな重さの剣だよ……」
ざわざわとした声だけが聞こえてくる。何でアドンはあれで終わりなんだ?まだ本気も出していないのにもう引き下がるのか?
「つっ、次は誰だ?」
「アニキの仇は俺が討つ!」
「うおおぉっ!サムソンだ!」
「怪力だけならアドンをも上回るというサムソンの登場だぁ!」
「今度こそミンチにしちまえ!」
おいおい……。模擬戦で団員をミンチにしてどうするよ……。しかもそのサムソンとやら、持ってる武器おかしくね?棒の先に鎖がついていて鎖の先に棘のついた鉄球がついている。そう、皆大好きモーニングスターってやつだ。
でも普通のモーニングスターというよりは鉄球ハンマーそのもののような武器だ。しかもこれって針は刃を潰してるとか関係なくない?食らったら確実に体に減り込むよね?寸止めとかも不可能だし殺す気満々じゃないかな?
「死ねぇっ!」
あっ、やっぱり死ねとか言ってますね。しかも開始の合図もないし。何これ?新人いじめ?
「こんなの当たったら痛いでしょう」
なので俺は鉄球ハンマーを打ち返した。俺に打ち返された鉄球は練兵場の壁に突き刺さって止まった。鎖を持っていたサムソンは鉄球と一緒に壁まで飛ばされていって壁にぶつかると寝転んだ。それからピクリとも動かない。まさか気絶してるなんてことは……。
「勝者フロト!」
もう確認に行くのも面倒なのか、ホルストは五秒ほど待ってサムソンが動かないのを確認すると俺の勝利をコールしたのだった。こんなので良いのか?
「それであと九十八人はどなたですか?」
「ひいぃっ!」
「逃げろ!」
「化け物だぁ!」
俺が周囲を見回してそう尋ねたら皆蜘蛛の子を散らしたように逃げ出そうとしていた。だけど無情にも出入り口の門は閉ざされてそこにホルストが立っていた。
「お前ら逃げるな!百人組手続行だ!アドン、サムソンに続け!」
「ヒェェッ!」
このあと暫く俺は近衛師団の百人組手とやらを堪能したのだった。




