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第九十二話「目玉商品!」


 俺が考えた……、わけじゃないけど目玉にしようと思っていたファーストフードを実演するために場所を移す。とはいっても会議室から食堂に移動した程度の話だ。皆でゾロゾロ調理設備のある場所へ行くとすでにカタリーナが準備を終えてくれていた。


「まずは私が実際に作ってみますので皆さんはそれを見て味見して意見を言ってください」


 ある程度下準備の終えている材料を使って俺はさっそくフライパンで牛乳や卵で溶いた小麦粉を薄く焼き始めた。すぐに周囲においしそうな匂いが漂い始める。俺はどんな物が出来てどんな味か知ってるからおいしそうだと思うけどこれを知らない皆はどう感じているんだろう。ちらりと皆の方を見てみれば……。


「何やら甘い匂いが……」


「そうですね……」


 ふむ……。やっぱり少々甘い匂いに感じるのか。それはともかく薄いのですぐに焼き上がる。焦げないようにうまく調理しなくては……。


 薄く焼いた生地にホイップクリームとカットした果物を乗せていく。チョコレートソースとかもあれば良いんだけど残念ながらこの世界ではまだ俺はチョコレートを未発見だ。ゴムとチョコは早急に欲しい。あっ、あとコーヒーと紅茶もかな……。


 それはともかく俺が何を作っているかもうおわかりだろう。これは日本式のクレープだ。ただしこうしてクリームや果物を巻いた甘いお菓子のようなクレープは七十年代後半に日本で生まれたもので元々はこんな食べ物じゃなかった。


 クレープとは本来塩味で具材を巻いたおかずのようなものだった。日本でクリームにチョコレートに果物という甘いお菓子として発売され徐々に浸透していったにすぎない。


 最初に用意したのは日本式の甘いクレープ。そして甘いクレープ生地とは違う塩味のクレープ生地も焼いていく。こちらには刻んだキャベツと焼いた肉を挟んでみる。肉は照り焼き風にしたいんだけど流石にそこまでは出来ない。露店でも売っていたこの辺りでメジャーな味付けの串焼き風のものを刻んで挟んでいるだけだ。


 生地を焼くのは日本で見られるような縁がなくて丸い専用の焼き機じゃなくてただの丸いフライパンで焼いている。道具や焼き方についても今後詰める必要はあるかもしれないけど今はとりあえず間に合わせだ。


 何種類かのクレープが完成したので皆に試食してもらう。折角だからカタリーナとヘルムートの意見も聞こう。


「皆さんで味見してみてください。出来れば色々な物を少しずつ食べてそれぞれ意見や感想をお願いしますね。カタリーナとヘルムートもお願いね」


「え?私もフローラ様の手料理をいただいてもよろしいのですか?」


 ヘルムートが驚いたように聞き返してきた。そう言えばヘルムートは俺の料理を食べたことがなかったか?なかったかな?わからない。思い出せないということは『ない』か『ほぼない』くらいなんだろう。カタリーナは栄養失調の治療で俺の手料理を食べていたし、もしかしたらヘルムートは自分は俺の料理を食べたことがなかったか、ほとんどなかったのを気にしていたのかもしれない。


「どうぞ。男の人の意見も女の人の意見も聞いてみたいから感想もお願いね」


「はいっ!」


 おい……。そんなに気合を入れて答えるようなことか?まぁいい。俺は皆がクレープを食べている間に生地をたくさん焼いておく。そして一枚ずつ重ねながら間にクリームを挟む。それを繰り返すとミルクレープの出来上がりだ。


 ミルクレープは生地の枚数が多く必要だから値段が高くなるだろうか。……いや、待てよ。溶いた小麦粉なんて値段は知れてるか?それならクリームをたくさん使う普通の日本式の甘いクレープの方が高くなる?その理屈で言えば一番安くなりそうなのはおかず風のクレープか。


 日本でも甘いお菓子クレープが流行ってからかなり経つけど、最近では男性用にとツナとかチキンとかを挟んだおかずのようなクレープも発売されていた。まぁ後から出来たというよりは原点回帰に近いことで本家フランスとかじゃもともとそういうおかずのようなものがクレープだったわけだけど……。


 こちらでも女性は甘いクレープ、男性はおかずのようなクレープが流行るだろうか。ケーキを作るのは大変だからミルクレープにコーヒーや紅茶を出してカフェに出来たら最高なんだろうけど……。残念ながらコーヒーも紅茶もない。


 紅茶も緑茶も中国茶も全部同じで発酵のさせ方の違いだけだったはずだ。もちろんチャノキ種とアッサム種でどのお茶に発酵させるか向き不向きはあったはずだけど基本的にどれも同じであることに違いはない。


 輸入しているお茶を栽培出来たら紅茶も作れるだろうか。でも植えてから摘採出来るようになるまで何年もかかるだろう。そもそもチャノキを輸入出来るかどうか。そして仮に輸入出来たとしてプロイス王国の気候で育つのかという問題もある。


 まぁ出所はうちから北西のあの地域なんだろうから、うちより高緯度で栽培出来るんだったらうちでも出来る可能性は高そうだけど……。それか生の茶葉を輸入しながら発酵させて紅茶にするか。作り方を教えて生産元で加工させたらうちの利益が減るからな。出来るだけこっそりうちで加工して紅茶にしたい。


 それからよくコーヒーの代用でたんぽぽコーヒーとかいうけどあれは駄目だ。たんぽぽ『コーヒー』という名前だからコーヒーっぽいかと思ってコーヒーの無い世界に代用コーヒーを作った!とか言ってるけどまったく味が違いすぎる。


 確かに焙煎して香ばしいからその香ばしさだけで言えばコーヒーに似ているとも言えるかもしれないけど、どちらかと言えば麦茶のような味だ。代用はあくまで代用でコーヒーを飲めない状況の人が飲んでいただけでコーヒーの代わりにはならない。


 コーヒーはあったとしても全量輸入になるだろうな。それとも温室やビニールハウスで栽培出来るだろうか。管理が難しそうだし下手をすれば全て枯れるなんて結果になりそうだ。ビニールハウスを増やしすぎるリスクも考えれば輸入が無難だな。


「こちらの甘いものは女性に好まれそうですね」


 俺が考え事をしていると早速レオノールが意見を言い出した。商品開発が担当だから新しいアイデアにはすぐに反応する。


「私はこちらの肉を挟んでいる方が好みですかねぇ」


 一通り味見したフーゴも混ざってくる。皆次第にあーでもないこーでもないとお互いに語り出した。


「うちの商品がこんなおいしい食べ物になるなんて思ってもみませんでした」


「エドワード……。貴方は自分の牧場の商品を知らなさすぎです。鶏卵、砂糖、牛乳、クリーム、バターは万能の材料ですよ。それらがあればお菓子から料理まで何でも作れます」


 日本のお菓子や料理でそれらは欠かせない。豊かな食卓には必須とすら言えるだろう。


「私は恐らくこちらの肉や野菜を挟んだ方が売れると思いますね」


「その根拠は?」


 いつの間にかカタリーナとレオノールが意見を交わしていた。カタリーナは女性なのにおかずクレープの方が良いのかな?


「私自身が食べるのなら甘いお菓子の方が良いです。ですがこちらの肉や野菜の方は食卓に並べることが出来ます。値段との相談にはなりますがそれなりの価格で買えるのならば今日の晩御飯としてこちらを買っていく主婦が多いのではないでしょうか」


 なるほど……。その場で食べることばかりじゃなくて持って帰って今日のおかずにするってことか。日本の惣菜と同じような発想ということかな。


「私はこれらを露店販売だけではなく店内販売もして飲み物を飲みながらゆっくり食べる客層と、外で食べ歩きする客層の両方に売りたいと考えています。また店内で飲み食いする際に一般客用のカンザ商会の商品も見れるようにすれば宣伝にもなるのではないでしょうか」


 俺も議論に参加して考えを述べる。紙に絵も描きながら説明する。クレープを焼いて販売する窓口は店内用と店外用のものを用意して外で食べ歩きも出来るし店内でゆっくり食べることも出来るようにする。


 店を仕切って片側はクレープのカフェのようにして、隣側はカンザ商会の一般販売部門の商品を並べておけば店内でクレープを食べた客からカンザ商会の商品が見える。価格や商品サンプルを並べておけば興味を持った客がそのままカフェから商会側の店舗へ入れるようにしておけばどうだろう。


「なるほど。ですが何も仕切りがなければこのクレープ?ですか?この食べ物が飛んできたりして商会の商品が汚れたりしませんか?あるいは飲食側の客がうっかり商会側の商品を壊したり……」


 そうだな。低い仕切りを用意するだけだとうっかり放り投げてしまったクレープが商会側に飛んでくるとか、というのは極端だとしても商会側のギリギリを歩いてる時に商会側にクレープを落とすとかそういうことはあるかもしれない。


 かといって高い仕切りを設けてしまえば折角店内が繋がっているのに商品も見えず興味も持ってもらいにくい。カフェで客をおびき寄せて商会の商品も見せる作戦が無意味になってしまう。


「ガラス……。カーン領産の板ガラスを使いましょう。透明な板ガラスを張っておけば商品は見えて食べカスなどは商会側に入るのを防げます。それに透明な板ガラスというのも宣伝になるでしょう。ただしただの板ガラスだと事故で割れる恐れがあるので網入りの板ガラスか、間にセルロースを挟んだ合わせガラスが良いでしょうね」


「板ガラスを……。なるほど……。それも良い宣伝になりそうですね」


 俺の意見に皆が間取りや仕切りなども考えながらアイデアを出していく。そこで俺は忘れかけていたミルクレープも出すことにした。


「これも味見してみてください。こちらは店内で飲食するのに向いていると思いませんか?」


 クレープは円錐状に具材を包んでいるから食べ歩きにも丁度良い。だけどミルクレープなら店内で座って食べたいだろう。ミルクレープが有名になれば店内で食べようという客も増えるはずだ。そして店内に入れば隣の商会がガラス越しに見える。そこで商品に興味を持てばそのまま店内同士で移動が可能だ。こんな構想も悪くない。


「おいしい。不思議な食感ですね」


「これなら店内で飲食する客も確保出来そうです」


 やっぱり皆クレープはテイクアウトが多くなりそうだと思っていたようだ。そこで店内飲食向けにミルクレープがあれば店内へ誘導しやすくなる。


 その後も皆で色々と話し合ってかなり意見は纏まってきた。下町にカンザ商会王都二号店を出店するのもほぼ決まりだろう。後は条件に合う店舗の建物を探して内装を整えて……。


 目玉のクレープのラインナップや焼く係りの教育も必要だな。牧場から仕入れる各種材料の値段も決めなければならない。材料費が決まらないことには商品価格も決められないからね。


 あと今日はフライパンで焼いたけどやっぱりあの丸くて縁のない焼き機があった方が良いんだろうか。それにちっちゃいトンボのような薄く広げる道具もあった方が良いかもしれない。俺はお玉の裏でなぞって広げて焼いたけど厚みもバラバラだし厚くなりすぎだった。試食だからあんな程度でもよかったけど商品としては駄目だ。


 まぁあとのことはフーゴ達やエドワード達が考えることだ。俺は意見は出すけど一から十まで全て準備を整えてやるわけじゃない。残りの仕事は実務に関わっている者達にやってもらえば良いだろう。


「いくつかクレープを焼くのに使えそうな道具のアイデアもありますので後日それらのサンプルも用意してみます。それからこれはフーゴ達カンザ商会もエドワード達牧場の従業員も注意して欲しいのですが……」


 俺の真剣な声に全員が静まって耳を傾けている。これは絶対に言っておかなければならない。


「私は敵がたくさんいます。私を狙ってくる者や、カンザ商会を妬む者、牧場の邪魔をしようとする者、そういった悪意ある者達がいついかなる時私達を狙ってくるかわかりません。牧場なら同業者やライバル。カンザ商会なら貴族などから恨みを買うこともあるでしょう」


 一度言葉を切って見回すと皆真剣に頷いていた。今までにもそういうこともあったんだろう。


「そういう時に従業員が脅しに屈しないように商会や牧場も屈しないようにしなければなりません。ですが屈しなかったがために従業員達が狙われる可能性もあります。従業員達の身の安全も守れるように配慮してあげてください。それとあまり深いことは教えないように。それは何も従業員を信じていないわけではなく余計なことを知ればそれだけ危険に巻き込まれる可能性が上がるからです。くれぐれも注意してくださいね」


 ヴァルテック侯爵夫人なんかは堂々とカンザ商会を潰すと宣言していったんだから注意してしすぎるということはない。


「「「「かしこまりました」」」」


 全員が真剣に頷いてくれたので後の対処は任せる。予算が必要ならいつものように計上してくるだろう。ここにいるのは皆プロだ。俺が子供を相手にするように手取り足取りなんでも段取りしてやらなければならないというような者達じゃない。


 今日の用件を終えた俺達は馬車に乗って帰ることにした。帰りの馬車で妙にヘルムートとカタリーナの機嫌が良さそうだったけどやっぱり甘いものを食べたからかな。



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