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第九十一話「新店舗構想!」


 翌日、休み明けで学園に来てみれば面倒なことが起こっていた。


「はぁ……、そのうち何かされるかとは思っていましたがこれは……」


 朝やってきた俺の机の上には何か黒っぽいものがぶちまけられていた。これはインクか何かだろうか。表面を見るとかなり乾いているので今朝ぶちまけたわけじゃなさそうだ。一昨日俺が帰った後か、昨日の休みの間に誰かが入り込んでぶちまけたと思われる。


 まさか貴族のご令嬢達ともあろう者がこんなくだらない嫌がらせをしてくるとは……。


 もちろん例の五人組がやったという証拠はない。ただ他に俺に直接あれだけ絡んでくる者がいないから勝手にそう思っているだけだ。もしかしたら例の五人組以外の愉快犯という線もあり得るかもしれないけど、それじゃ今の俺には調べようもない。


 どうしたものかと思っていると五人組がクスクス笑いながら教室に入って来た。今朝は随分早い登校だ。もしかして俺が困っている姿を見ようと思って早めに来たのだろうか。


「あらあらぁ?どうしたの?自分でインクをこぼしてしまったの?間抜けねぇ」


「ほ~んと、なぁんにも出来ない無能だと大変ねぇ」


「クスクス」


 こいつらは……。それって自分達がやりましたって言ってるのと同じじゃないか?間近で見ても俺にはこれがインクだという確証はなかった。それなのに自分達でインクだと言い切るということはこれが何か自分達は知ってるってことじゃないか?


 それにわざわざいつもより早い時間にやってきて俺に嫌味を言うなんて、今日に限って特別いつもより早い時間に来たのは俺が困ってるのを見て楽しんだり、俺が何か対処しようとするのを邪魔しようと思ってのことじゃないのか?


 何というか……、本当にやることが幼稚というか子供の発想だ。まぁ十五歳なんて元の世界で言えば子供と言えば子供だろうけど、こちらの世界じゃ十分大人扱いされる歳だ。決して保護されるだけの子供の年齢じゃない。


 高度な教育を受けたはずの貴族の子女ともあろうものがこの程度の子供の発想しかないなんて大丈夫なんだろうか。俺が心配してやることじゃないけどこいつら自身やこいつらの家の将来が心配になりそうだ。


 まだ裏付けは出来ていない。こいつらが何故ここまで露骨に俺に嫌がらせするのか。何が目的で誰が指示しているのか。それが確認出来るまでは余計な挑発には乗らないことだ。


 俺にはいじめられて悦ぶ趣味はないから正直イラッとはする。転生前後の俺の合計人生の三分の一ほどしか生きていない小娘に舐められるのも愉快なはずはない。だけど発想が貧相すぎて相手にするのも馬鹿らしくなってくる。子供に馬鹿だのアホだの、おっさんだのデブだのハゲだのと言われても大人がいちいち子供を殴り飛ばしに行かないのと一緒だ。


 いや……、前世でも年齢だけ大人で精神的に未熟な大人が増えて馬鹿な事件や事故を起こしていたけどね……。前世の俺が死ぬ前くらいの頃になると大人になりきれていない精神的に未熟な大人が溢れかえっていた。クレーマーやモンスターペアレント、あおり運転とかそんな事件は全部そういった精神的に未熟で幼稚な大人が増えたことによるものだろう。


 そういう者達は少し自分の気に入らないということがあるだけで、この五人組のように幼稚な嫌がらせや暴力で自分の思い通りにしようとしていた。こいつらも同じだ。上位貴族という特権に浸りきって自分の権力で全てが思いのままに出来ると思っている。だから思い通りにならないことがあるとこうして腹を立てて幼稚な嫌がらせをする。


 ここで少しこいつらを懲らしめてやるのは簡単だ。だけどそれは相手もてぐすねひいて待っていることだろう。俺が怒って反応したり手を出したりするのを待っているに違いない。今は無理に相手をせず準備することだ。こいつらが罠を仕掛けている土俵にわざわざ乗ってやることはない。


「ちょっと!どこへ行こうというのかしら?」


「私達を無視するつもり?」


 俺が教室を出て行こうとすると前を塞がれて周りを囲まれてしまった。


「どいてくださる?」


 自分で言った言葉が何かに引っかかってそこで止まった。『どいてくださるかしら?』……。あの娘の言葉が思い出される。そういえばそちらもまだ未解決だ。何か知らないけど俺の周りには問題ばかり起こる。


 誰の人生であろうとも順風満帆ということはないだろう。だけど俺の周りの問題はあまりに多すぎる気がする。自分が不幸だなんて言うつもりはない。最近ではカタリーナとも再会出来てルイーザとも蟠りがとけた。良いことだってたくさんある。ただそれ以上にあれもこれもと問題が起こりすぎな気はするけど……。


「あんた誰に向かって口聞いてるの?」


「偉そうな口を聞いて……、ヒッ!」


「どきなさい……」


 あの娘のことを考えてしまったからだろうか。自分でも驚くほど低い声が出た気がする。五人組の俺を見る目が恐怖に濁っている。この程度の威圧で恐れるくらいなら最初から手を出してこなければ良いものを……。


 でもちょっとだけ安心した。このお馬鹿な娘達にも当たり前の感覚や感情はあるんだな。本当にお馬鹿な動物というのは恐怖も理解出来ずに無謀な相手にも挑むものだ。俺に恐怖を感じるということは本能的にであれ敵わない相手に絡んではいけないと理解出来ているということだろう。


 ペタンと腰を抜かして崩れ落ちた五人組の横を通り過ぎる。教員達のいる所謂職員室に行って机の交換を頼めば良いだろうか。面倒なことだと思いながらも俺は職員室を目指したのだった。




  =======




 朝の一件以来五人組は俺に近づいて来なくなったので結果オーライということで良しとしよう。特に何事もなく家路についたので昨日イザベラに集めておくように言っておいた者達と会うことにする。


 着いたのはカーザース邸ではなくカンザ商会の王都事務所だ。昨日行った店舗の方とは違う。責任者達が集まったり会計がいたりと裏方の仕事ばかりの事務所で店舗から少し離れた場所にある。とはいっても急に責任者を呼べとか言われてもすぐに呼びに行ける距離だから物凄く遠いというわけじゃない。


 何故ここに来たかと言うと昨日色々と問題点が見えてきたのでその話し合いをしようと思って王都支店の上役を集めておくように言っておいたからだ。


「全員集まっているかしら?」


 俺が部屋に入って声をかけると全員が立ち上がった。


「すでに全員集まっております」


 王都支店の店長フーゴが代表して答える。店長といっても日本のフランチャイズチェーン店の雇われ店長なんかとは違ってフーゴの権限と責任は大きい。まぁ責任という意味ではフランチャイズの店長も責任ばかり負わされる立場なんだろうけど決定権や権限なんてほとんどないケースが多いだろうからね。


 フーゴはいわば王都でのカンザ商会総責任者というべき立場の者だ。そういえば権限の大きさも伝わりやすいだろうか。今の所王都支店は一店舗しかないからそこの店長と言うのも間違いじゃないけど王都エリアの総責任者でもある。


 その他に会計のカイル、商品開発部長のレオノール、牧場管理者のエドワードが揃っていた。カイルは若めの男性でレオノールは中年のおばちゃんだ。女性向けの商品開発こそが重要だと考えている俺は開発部長におばちゃんのレオノールを推薦した。


 フーゴがいらないと判断すれば断っても良いと言ったんだけどフーゴが王都支店の商品開発部長にレオノールを受け入れたので決定した人事だ。カイルも俺が会計に任命した。フーゴを信用していないわけじゃないけど人事まで全てフーゴが自由に出来たら自分の子飼いばかりで幹部を固める可能性もあるからね。


 でも一応断っても良いとは言っていたんだから全部が全部俺の言う通りにする必要はない。実際他の幹部候補は俺の推薦を断ってフーゴが自分で選んだ者を任命している役職もある。


「あのぅ……、カーン騎士爵様……、どうしてわたくしめがこのような場におるのでしょうか?」


 エドワードが隅の方で縮こまりながらそんなことを聞いてきた。なんでも何もこれからの予定に牧場の商品が必要だからだ。……と思ったけどあれか。王都の牧場の面子は俺がカンザ商会の経営者だと知らないんだったな。カーンブルク等では牧場の商品をカンザ商会に卸しているからどちらも俺が経営者だと知っている。


 それに比べて王都支店では俺はあまり陣頭指揮に立っていないし牧場の方もほとんどノータッチだった。こちらの人員がお互いのことを知らなくとも無理はない。


「エドワードが管理している牧場も、カンザ商会も、全てカーン騎士爵家が経営しています。今回新たに事業を立ち上げようと思っておりますがそのために牧場からの商品仕入れが重要になります。お互いに顔合わせするとともに販売価格の決定等、今後について話し合いたいと思って両者を会わせることにしました」


「「「……え?」」」


 フーゴ以外の者達はポカンとしている。フーゴはカーン領でもカンザ商会の仕事に関わっていたから俺が牧場を経営していることは知っていた。王都でスカウトしたカイルとレオノール、それからカーザース領から移ったとはいっても当時はまだカンザ商会がなかった頃に王都の牧場に異動になったエドワードは知らなかったようだ。


「あっ!それで両方とも私が経営しているということはなるべく秘密にしておいてくださいね。これから説明しますが色々と面倒事もありそうなのでその対策に出来るだけ余計な情報が漏れないようにするためです。それと従業員達の身の安全もありますのでくれぐれも注意してくださいね」


「「「「はい」」」」


 俺の言葉に皆頷いてくれた。まず俺はさらっと説明しておこうと思ってこれからのことについて話し出した。


「まず……、先日お忍びでカンザ商会王都支店を視察させていただきましたがいくつか問題点がみつかりました。その改善のためにいくつか指摘しておきますので聞いてください」


 俺は視察で感じたことを皆に聞かせた。俺なりの解決策は考えてあるけどそれを言うのは後だ。まずは皆に考えてもらう。


 店員の態度は非常によかった。あの時俺達の対応をしてくれていた女性はビアンカというらしい。ビアンカについては褒めておいた。ついでにそのビアンカを見出し接客業務につけた経営陣達も褒めておく。


 それからルイーザの反応も含めて町の一般庶民達は恐らくカンザ商会に入ることを躊躇っていると思われる。高位貴族ですら門前払いされるような格式の高い店だと思われているのだろう。事実会員に限っていえばその通りだ。例えどれほど高位貴族であろうと会員でなければ会員専用商品は売らない。会員になろうと思っても順番を守って待っていろと言って跳ね除ける。


 そういった情報が巷にも流れているんだろう。庶民の間ではカンザ商会はおいそれと行けるような場所ではないという認識が広がっている。


 でもそんなことはない。カンザ商会も一般用の商品は他の店となんら変わることなく置かれている。非会員の一般客でも買える商品はあるはずなのに皆が格式が高いと思って敬遠してしまう。


 そこまで説明すると皆は色々と案を出して話し合い始めた。まぁエドワードは牧場管理者であってカンザ商会の経営には口出しはしない。俺とエドワードがまったりしている間三人であーでもないこーでもないと話し合っていたがまだかかりそうだったので俺が一つ案を出してみる。


「私も一つ解決策を考えてみました。一般客用の店を別に構えてはどうでしょうか?先日も奥から出て来た貴族とばったり出会って私の連れは萎縮していました。高位貴族が出入りしている店には一般客は入りにくいでしょう。それに先日のように絡まれたらと思うと誰でも躊躇すると思います。そこで非会員の一般客専用に別の店を用意するのです」


 これが俺の考えていた解決策だ。他にもいくつか考えたけどこれが一番無難そうだった。店を増やすということは負担も増える。初期投資も必要になる。安く手軽に済ませるならこんな選択肢は存在しない。だけど将来的に考えても今のうちから投資して店舗を分けておくのは色々とメリットがある。


「なるほど……。そうなると新店舗は下町の商店や露店が並ぶ場所が良いですね」


「でもただそのまま出店するだけでは他の元々の同種の店と競合するだけでは?」


 皆真剣に考えてくれているようだ。皆が言うように今更庶民が集う場所に新規出店した所ですでにある店と競合するだけだ。俺はカンザ商会の商品の方が安くて素晴らしいものだと思っているけど、昔からの付き合いとかもあるだろうからいきなり俺達が乗り込んでいってもすぐにうまくいくとは思えない。


 そこで俺はある秘策を皆に披露する。


「確かにすでにそれ相応の店がある場所に新規出店しても競合して潰し合うだけでしょう。それに相手は昔ながらの周辺との付き合いがあります。地域密着型の店が相手では新規出店は厳しい。そこで目玉商品を出そうと思います。今まで存在しなかった新しい商品で客を呼び寄せるのです」


 皆俺の話に聞き入っている。エドワードだけは未だにどうして自分がこんな場所にいるのかと困惑しているようだけどこれからがエドワードの出番だ。


 俺はルイーザと一緒に王都を歩いて露店のラインナップにがっかりした。シチューのようなものや焼いた肉、串焼きのような物は売っていたけどあまりに種類や味が貧相だった。そこで俺はお手軽で食べやすくておいしいファーストフードを売り出そうと思った。


 新店舗は日用雑貨などを売るだけじゃなくてカフェのようなものを併設してそちらにも客を呼び込む。一度店に入ってしまえばカンザ商会は格式が高いとか、店に入るのが気後れするなんてことはなくなるだろう。まずは店に入ってもらわないことにはどんな良い商品も売れない。客が入った上で売れないのならこちらの商品が悪いか値段が高過ぎるということだろう。


 昨今は甜菜糖や鶏卵の生産量が増えて単価が下がっている。そしてうちは牛乳から生クリームやバターも製造している。庶民でもなるべく手頃に買えて、簡単でおいしいもの。小麦はもともと生産されているから小麦粉はいくらでも手に入る。これらの商品を使って俺はある物を商品化しようと考えた。


「エドワードの牧場から甜菜糖、鶏卵、生クリーム、バターなどを仕入れたいと思っているのですよ。それから小麦粉も使ってある商品を開発したいと思います。もしこれが成功すれば女性にも大人気の商品が誕生すると思いますよ」


 自信満々の俺に皆は首を傾げていたのだった。



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