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第九十話「問題点に気付く!」


 ルイーザと一緒に色々な店を見て回った。やっぱり情報として知っているだけと実際に自分の足で歩いて見てみるのではまったく違う。今まで考えもしなかったことまで考えるきっかけになったのはよかっただろう。


 そして王都の表通りを歩いてきて最後に俺の目的でもあったカンザ商会に入る。


 ルイーザは石鹸に興味があるようだったからルイーザに石鹸を買ってあげようか。だけどまずは店員の反応を見るためにあえて冷やかしだと言ってやった。それでも一瞬ポカンとしただけの店員は変わることなく笑顔で俺達の接客をしてくれた。


 この店員のことは知らないけどこの娘は良いな。顔はまぁ特別美人ということはない。少々失礼な言い方をすればどこにでもいる普通の町娘というところだろうか。だけど物腰は柔らかく接客は丁寧でとても安心する。


 あまり美人すぎるときつく見えることもある。それに比べてこの女性店員は美人というタイプではない代わりに柔らかいというか何というか。


 カンザ商会王都支店の店長を任せているフーゴはよくわかっているようだ。今やカンザ商会の労働者を募集すれば数十倍、数百倍の倍率で応募がやってくる。中には他所のスパイも混ざっていることだろう。そういった応募の中からこの女性店員を選んだというのは大したものだ。


 俺はいちいち労働者の面接等は行なっていないので詳細は知らない。ただこの店員を雇って接客にあてているフーゴの見る目は確かだと思う。俺が面接をしていたらこの娘を見出すことが出来ていたかどうか自信はない。この娘は間違いなく当たりだ。これほどの人材は大切にしなければならない。


 そんなことを考えながら商品の説明を受けて、最近行なっていたお試し用の香り付きの高級石鹸がまだ売れ残っていると言って持ってきてくれたのでそれを買うことになった。


 たまたま最後の一個が残っているなんてルイーザは運が良い?違う……。これは致命的なことだ。このお試し用の高級石鹸は商会側は大幅な赤字で売っている。人件費どころか材料費すらまともに回収出来ていない価格で売っている超お買い得品だ。


 もし俺が客なら絶対すぐさま買う。何なら全部買い占めても良いくらいの品だ。店員が覚えているだろうから同じ客に何個も売らないようにしているはずだけど、それでも何とかして複数個確保したいほどのお買い得品なのは間違いない。


 それがキャンペーン開始からこれだけ経ってもまだ売れ残っている。これは非常にまずいことだと思う。会員専用に売っている高級品部門は常に在庫が足りない状況が続いている。それなのにお試し用に同じ品を超低価格で売っているのに売れ残っている。これがどういうことか。


 ルイーザも言っていた。自分のような者がカンザ商会に入って良いのかと……。全ての元凶はそこにある。


 カンザ商会は一般庶民にも解放されている。特に資格や条件はなく誰でも自由に買い物が出来る商会だ。だけど客であるはずの一般庶民達はそうは感じてくれていないということだろう。


 自分のような者が気軽に入って良いのだろうか……。もしかしてお高いんじゃ……。自分のような貧乏人が行ったら何か言われるんじゃ……。商品を傷つけたとか盗んだとか言われたら大変だ……。


 そういう思いがあるのかもしれない。非会員用の一般部門はそんなに高級品もないし庶民に気軽に買って欲しい物もたくさんある。だけど客側がそれについていけていない。これは由々しき事態だ。何か打開策を考える必要がある。ルイーザのお陰で問題点もわかった。


 お会計を済ませて帰ろうかと思っていた時、奥の商談用の扉が物凄い音を立てて開かれた。出て来たのは太った貴族のおばさんだ。ギンギラギンで目がチカチカするほど派手に着飾り、顔は化粧じゃなくて絵画だろうと突っ込みたくなるほど描かれている。


 その貴族の相手は店長のフーゴがしていたようだ。未だに怒鳴り散らしているおばさん貴族とフーゴの会話が聞こえてきた。


 どうやらあのおばさん貴族はヴァルテック侯爵家の夫人で未だに会員になれないことに怒っているらしい。それも伯爵家は会員になっていて商品を売ったくせに侯爵家の自分は会員にもなれず商品も売らないとは何事かと言っているようだ。


 そうは言うけどベリル伯爵家は北西に領地を持つ貴族家でありうちの地元と近い。カンザ商会が有名になる前から贔屓にしてくれている相手であり、当時は会員数も少なくうちの高い会員費用を払ってまで入ってくれる人は珍しいくらいだった。


 それでもカンザ商会の初期の頃から高い会員費用を払って贔屓にしてきてくれた相手であり、カンザ商会が有名になってから殺到してきた新規会員とでは信用が違う。


 ベリル伯爵家が会員になってくれた当時は会員審査なんてまったく混んでいなかったからすぐに審査がまわってきて入会まで待たされる時間も僅かだっただろう。今は何百人、いや、もしかすると何千人と審査待ちで順番が回ってくるまで時間がかかるのは当然のことだ。


 うちは相手が高位貴族だからとか、そこらの商人だからと客を選ばない。誰であろうと厳正かつ公平に順番通りに審査している。侯爵家どころか公爵家ですら順番待ちをしているのにヴァルテック侯爵家だけ優先して順番を繰り上げるなんて出来るはずもない。それじゃうちの信用と売りである公平さが揺らいでしまう。


 そう説明してもヴァルテック侯爵夫人は納得出来ないようだ。というより恐らく人の話を聞いていないか、聞こえていても理解するだけの脳がないんだろう。まったく会話がかみ合っていない。


 チラリとこちらを見たフーゴと目が合った。店長を任せているフーゴは当然俺のことを知っている。ハンドサインで俺のことは黙っていろと合図を送ると黙って少し頷いていた。どうやら通じたらしい。


「あっ!ちょっとそこの小娘!あんた何持ってるのよ?その匂い例の石鹸でしょう!私には売らないくせにどうしてこんな小娘に売っているの!」


「ですから先ほど非会員様用に一つ残っている物があるとお伝えした時にいらないと言われたではありませんか……」


 ヴァルテック侯爵夫人とフーゴの会話から経緯が簡単に読み取れる。非会員用にお試し品があるからそれなら売れると言ったのに、一般人用に売っている物を侯爵夫人である自分に売りつけるのかと怒ったのだろう。このおばさんならそんなところだ。


「ちょっと、それは私のだからこちらに渡しなさい」


「え?あの……、これは私が買ったもので……」


 そしてとうとうルイーザの前までやってきたヴァルテック侯爵夫人はそう言い切った。とことんどうしようもないおばさんだ。カンザ商会を潰してやるぞと脅したり、先に商品を買ったルイーザにそれを寄越せなんて言うなんてますます会員審査で落とされる可能性が高くなるだけだとわからないらしい。


「お客様、こちらの商品はこちらのお嬢様方が先に買われたものです。当商会では例えどのような身分の方であろうとも順番を守っていただくことになっておりますのでご理解ください」


 ヴァルテック侯爵夫人に絡まれて困っていたルイーザの前に女性店員が割って入った。素晴らしい!この女性店員は絶対に守らなくてはならない。例え相手が高位貴族であっても屈しない店員はカンザ商会で守っていかなければ……。そうでなければ店員の方も安心して毅然とした態度を取れなくなってしまう。店員が侯爵夫人の脅しに屈していないのに店が屈するわけにはいかない。


「そこの男に聞いたでしょ!私に先に売ると言ってたんだから私の物よ!私に渡しなさい!」


 それにしてもこの侯爵夫人は酷すぎるな……。まぁ娘があれだからな……。その親も推して知るべしという所だろう。ヴァルテック侯爵家と言えば一つしかない。恐らくこのおばさんは俺の同級生のエンマ・ヴァルテックの母親だろう。支離滅裂で感情的にヒステリックに叫ぶ所がそっくりだ。


「私がお薦めした時にいらないと申されましたので次のお客様にお売りしたまでのことです。先に買う約束をされていたのならばこちらの落ち度ですがお客様はいらないと申されましたので、その商品はそちらのお嬢様のものです」


「あっそう!いい度胸ね!そういうことなら良いわ。だったらこんな商会なんて潰してやるから覚えてらっしゃい!」


 そう言うとヴァルテック侯爵夫人はドスドスと足音をたてて出て行った。まさにクレーマーを見ている気分だった。カンザ商会は王室にも商品を卸している王室御用達の商会だから侯爵家如きに潰せるとは思えないけど、注意と警戒は必要だろうな。どんな嫌がらせをしてくるかわからない。


「お騒がせして申し訳ありませんでした」


 女性店員は俺達に頭を下げた。自分は悪くないのにこちらに気を使えるのは素晴らしい。身を挺してルイーザを守ったことといい、この女性店員はとてもよく出来た店員だ。フーゴも含めて店員達に何かされる可能性もあるから後で少しフーゴ達と話し合いして警戒を強めた方が良いだろう。


「妙なことに巻き込まれたけどどうだった?」


 少し気になったので俺はルイーザに聞いてみた。もしかして今回のことでもうカンザ商会なんて来たくないと思ってしまったかもしれない。そんな思いで聞いた俺の心配は無用だった。


「うん。私みたいな貧民でもきちんと対応してくれて……、それに貴族様からも庇ってくれるなんて……、お姉さんとても格好良かったです。今度フロトがいない時に一人で来ても同じように対応してくれますか?」


 ん?何かその言い方だと俺がいたからよくしてくれたみたいに聞こえるじゃないか。この店員達はそんなことは考えていないはずだぞ。俺の方針通りに経営されているのならば例えルイーザ一人で来ようとも今回と同じ対応をしてくれるはずだ。


「もちろんです。またのご来店をお待ちしております」


 そういって一同が頭を下げて俺達を見送ってくれた。うんうん。ちゃんと俺の方針通りに教育してくれているようだ。いちいち俺が全員の教育を行えないのでそういう仕事は下に任せてある。それがきちんと行き届いているということは管理職の者達や教育係がきちんとしてくれているということだ。


 今回のお忍び視察は大変有意義だった。ヴァルテック侯爵夫人と出会って絡まれたのは嫌な思い出になるかもしれないけど、それを差し引いても満足のいく結果となったのだった。




  =======




 陽が傾き薄暗くなっていく王都を少し小高い丘からルイーザと二人で並んで見下ろす。ここは丘が公園に整備されており王都を見下ろせる隠れた絶景スポットだ。


 普通の人はいちいちこんな所に登って景色なんて見ない。日々の生活だけで精一杯の人々は公園の丘に登って景色を見ている暇なんてないだろう。また暇やお金がある貴族や富豪や商人はこんな庶民的な場所にわざわざ歩いて来ない。せっかく整備されている公園なのにあまり利用されていない寂しい場所だ。


 だけどそのお陰であまり余計な人も来ないし綺麗な景色を静かに眺めることが出来る。ルイーザと二人でベンチに座って王都を見下ろすとチラホラと町のあちこちに明かりが灯り始めていた。


「わぁ!綺麗……」


「そうだね……」


 俺の横で目をキラキラさせて景色を見ているルイーザの横顔を見詰める。昔の行き違いや蟠りがとけて二人の距離も随分縮まったと思う。


 もし……、もし今俺がルイーザの肩を抱き寄せたらルイーザはどんな反応をするだろうか。


 嫌がる?照れる?黙って俺の肩に頭を預けてくれるだろうか。拒絶されるだろうか。まったく予測がつかない。俺が男だったら躊躇わずにルイーザの肩を抱き寄せたかもしれない。でも今の俺は女の体でルイーザも女の子だ。普通に考えたらアブノーマルなこの組み合わせをルイーザは受け入れてくれるだろうか。


 それを考えると怖い。あと一歩踏み出すのが怖くて動けない。


 女性好きで同性愛者だと告白してくれたクラウディアなら俺と抱き合っても嫌がらないだろうか。それでも同性愛者だからといって俺と抱き合ってくれるとは限らない。異性であれ同性であれが好きだからと相手が誰でも良いことは別だ。同性愛者だったからと相手は同性なら誰でも良いわけではない。


「ルイーザ……」


「ん?何?」


 あっ……、しまった。別に何か言うことを決めていたわけでも話があったわけでもないのにポツリとルイーザの名前が口をついて出てしまった。


 こちらを向いたルイーザの瞳に町の明かりが映ってキラキラと輝いている。特別美人というわけではないけれど……、愛嬌があってほっとする。そんなルイーザの顔を見ていると……、自然とその頬に触れて……。


「え?フロト?あの……」


 ルイーザの頬に触れると少し困ったような顔で俺を見詰めてくる。だけど嫌がらない。もしかしてこのまま口付けをしても嫌がらないんじゃ……。


 徐々に俺とルイーザの顔が近づいてくる。やっぱりルイーザは嫌がらない。少し潤んだ瞳で俺を見詰め返している。


 イケる!このままルイーザと……。


「そこまでです!フローラ様!」


「ひぅっ!」


 突然の声に心臓が口から飛び出るかと思った。もう少しで俺とルイーザの唇が触れ合うかと思った時、突然近くの茂みからカタリーナが出て来た。カタリーナは葉っぱまみれだ。いつからそこにいたのだろうか。そしてカタリーナがいるということはオリヴァーは?と思ったけどオリヴァーは近くにはいないようだ。


 俺は何かの達人というわけじゃないから気配を読むなんて出来ないけどこの近くにオリヴァーがいないことくらいは何となくわかる。そもそもよくよく考えてみればカタリーナやオリヴァーが見ている前でルイーザと口付けなんてしたら大変なことになる所だった。


 ある意味においてはカタリーナが止めてくれてよかったとすら言える。まだお互いの気持ちも確かめ合っていないのに場の雰囲気に流されてルイーザと口付けしてしまわなくてよかった。


「ルイーザさん!抜け駆けは禁止だといいましたよね!約束しましたよね?」


「何よぉ?フロトの方からしてくれる分には良いでしょう?別に私から迫ったわけじゃないし……」


 そして何故かカタリーナは俺ではなくルイーザと話している。約束って何だ?


「いいえ!まだ駄目です!公正公平、機会均等と約束したではありませんか!」


「ちぇ~……。良い雰囲気だったのになぁ……」


 んん?何か……、ルイーザの雰囲気が?もしかして俺ってもう少しで嵌められる所だったんじゃ?


 ルイーザがカタリーナに詰め寄られてもこれだけケロッとしているということはルイーザの罠だった可能性が高い?二人の約束だの何だのというのはわからないけど危うく罠にかかるところだったようだ。


 これからはもう少し気をつけよう。雰囲気に流されてはいけない。ルイーザも何か裏で色々と画策してそうだ。そんな裏表がある子だとは思っていなかったけど女の子は色々とある。表向きでは見えない裏が……。


 何かそんな雰囲気でもなくなったので、周辺に屯していたならず者を俺達の邪魔をしないように退治してくれていたらしいオリヴァーと合流して今日はもう帰ることにしたのだった。



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