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第八十八話「ルイーザとデート!」


 今日は学園が始まってから初めての休日だ。今日は休みだから一日中ゆっくり出来る。


 一先ず朝から日課の訓練を終えて朝食を済ませるとお風呂で入念に体を洗う。水は設置した手押しポンプで汲んだものでお湯を沸かしたのは俺の熱魔法だから燃料は使っていない。流石に朝からお風呂に入るためにと薪を大量に使うのは贅沢すぎる。熱魔法なら燃料は必要ないから気軽にお湯が沸かせて便利だ。


 朝から運動でドロドロになった体を綺麗にすると次は着替える。いつものドレスや貴族の正装ではなく庶民の仕事着のような地味で質素なものだ。イメージとしてはディアンドルをもっと地味にしたような感じだろうか。


 ディアンドルは南ドイツやオーストリア、スイスなどの伝統的民族衣装だ。ただ現代の派手なディアンドルとは違ってもっと質素で肌の露出も少ない。色も地味でミニスカートで胸元が完全に開いているようなものではなくロングスカートにしっかり閉まった襟元だ。


 何故こんな格好をしているかと言えば今日は貴族としてではなく庶民としてルイーザと一緒に王都を散策しながら案内してもらうことになっている。


 まぁいつも馬車に乗って移動しているばかりではなく騎士に叙爵された頃にクラウディアと一緒に王都を歩いていたけど、それでも騎士の格好をしていたし完全に庶民として歩いていたわけじゃない。年数も経っていることだし町の様子も変わっているだろう。


 ということで今日はルイーザと一緒に普通の町娘として王都を散策しようというわけだ。ついでにカンザ商会の王都支店に行って商会の様子も見てみる。


 王都勤務の者は上位の上役達は俺のことも知っている者が多数いるけどただの店員とかはいちいち俺のことなんて知らない。そもそもカンザ商会がどこの誰が経営している商会かも知らないだろう。


 俺が経営者であることを知らないどころか俺がカーザース辺境伯家の娘だとか、カーン騎士爵家の当主だとも知らない店員達が果たして庶民の格好をしている俺やルイーザにどのような接客をするのか。それを直に体験してみようというわけだ。


 一言で言えば社長がお忍びでやってきた!みたいなやつをやってみたいだけでちょっとした余興だ。もしこれで俺やルイーザを庶民と侮ってふざけた接客をしていれば大問題になるけど、それさえなければ別に客として自分の店を体験してみようというだけのことに過ぎない。


「フローラ様……、本当にこの格好でお出かけになられるおつもりですか?」


 俺が姿身の前でポーズをとっているとカタリーナが微妙な顔をしながらそんなことを言ってきた。どこかおかしいだろうか?完璧に庶民の娘の格好をしていると思うけど……。


「どこか変ですか?いつも馬車から見ている庶民の娘さん達と同じような格好だと思いますが……」


 少しスカートの裾を摘んでヒラヒラさせてみたり横を向いたりして確かめてみる。俺としては別にどこもおかしくないと思うんだけどカタリーナ的にはどこかおかしいのだろうか。


「いえ、普通の町娘と同じ格好ですよ」


「そうでしょう?」


 カタリーナの言いたいことがイマイチわからない。間違いなく普通の町娘の格好だ。別に変な所もない。これで何が問題だというのか。


「はぁ……、フローラ様がわかってそうしておられるのならばもう良いです……」


 わけがわからない。でも別に格好が変だったわけじゃないと聞いたので安心してこのまま出かけることにした。カーザース邸の家人達がギョッとした顔で俺のことを見ているけど気にしてはいけない。屋敷の門さえ出てしまえば俺はどこにでもいる普通の町娘に大変身だ。


「……」


「「……」」


 門を出て無言で歩く。


「…………」


「「…………」」


 無言で歩……、って歩けるか!


「カタリーナ!オリヴァー!あなた達がついて来てはゆっくり散策も出来ないでしょう!」


 そうだ。何故か俺が門を出た時からずっと後ろにカタリーナとオリヴァーがついてきている。折角俺が庶民の格好をしているというのにおつきの者を二人も連れて歩いていたらまったく意味がない。一目で普通の人じゃないと見抜かれてしまう。


「ですがフローラお嬢様、フローラお嬢様の御身をお守りするのが俺達の仕事です」


「オリヴァー……、今日の私はお嬢様ではありません。ただの町娘フロトです。町娘が護衛を連れて歩いていますか?」


 俺の言葉にオリヴァーとカタリーナは顔を見合わせて肩を竦めていた。


「フロー……、じゃなくてフロト様のおっしゃることもわかりますがこちらもはいそうですかと一人で行かせるわけには……」


「なるほど……。わかりました。それでは離れてこっそりついて来て下さい。こんなすぐ真後ろに控えられていてはまるで意味がありません。今日の私は庶民の娘フロトなのです。良いですね?」


 俺は妥協案を示した。オリヴァーやカタリーナの言い分もわからないではない。家人や配下の者達は俺を守るのが仕事だ。それなのに仕事をするなと言うことは出来ない。だから離れて護衛してもらう。それが俺の出来る最大限の譲歩だ。これすら飲めないのならこの二人をまいてでも一人でルイーザの所へ行く。


「……わかりました。じゃあ離れてついて行きます……」


 どうやらオリヴァーは折れてくれたらしい。それならこちらも無理に二人をまく必要はなくなる。何とか妥協して合意出来たのでさっそくルイーザとの待ち合わせ場所へと向かったのだった。




  =======




 ルイーザとの待ち合わせ場所に行くとすでにルイーザが待っていた。


「ごめんなさいルイーザ。お待たせ」


「ううん。私もさっき来た所だから……、フロト?」


 振り返って俺を見たルイーザはポカンとしていた。まさかまたカタリーナとオリヴァーが後ろについて来ているのかと思って振り返ってみたけど二人はかなり遠くで俺と関係なさそうに歩いていた。これなら普通は気付かれないはずだ。


「どうかした?何か変かな?」


 今日はなるべく貴族やお嬢様口調にならないように気をつけなければならない。それにルイーザとラフな感じに話せるから二人の距離も一気に縮まる可能性もある。


「あ~……、うん……。フロトがそれで良いなら良いよ……」


 まただ。何かカタリーナの時と似ている。やっぱり俺の衣装が変なのだろうか?


 自分の衣装を見てから周囲の娘さん達の姿を見てみる。別におかしなところはない。俺も娘さん達も同じような格好だ。それなのにこの感じは何なんだろう。


 まぁ考えていても恐らく答えは出ないと思うから忘れることにする。これは考えても答えが出ないパターンだ。それなら格好がおかしくないと言われているのだからそれを信じるしかない。


「それじゃあ行きましょう?まずはどこへ案内してくれるの?」


「そうね……。はっきり言って私はカーザーンの方が王都より良かったと思ってるんだけどね……」


 そうなのか?何でだろう?カーザーンも十分都会ではあるけど俺が学園で田舎者と言われる通り田舎の地方都市にすぎない。町の規模、人口、最先端のファッションや商品などは王都の方が進んでいる。


 最近は俺のアイデアとカンザ商会の商品のお陰でカーンブルクやカーザーンの方が流行の最先端を行っている気がするけど、それでもまだまだ田舎と言われても仕方が無いような地方都市だ。


「どうして?」


「えっとね……。カーザーンは公衆便所とかがあって汲み取りもしているでしょう?王都は……ね?」


「あぁ……」


 ルイーザの言いたいことはわかった。王都は相変わらず路地裏の真ん中にある排水溝に汚物が詰まってあちこちが溢れている。表通りはまだしも裏通りに行けば汚物を踏まずに歩くことは不可能だ。


 それにいつ上から汚物がぶちまけられるかわからない。一応掛け声はあるけどそれを聞いてから回避出来るかどうかも運次第だ。せっかちな人なら掛け声とほぼ同時にぶちまけて全然掛け声の意味ないだろという人もいる。避ける暇もなければ掛け声をする意味がない。


 というわけで結局散策するのは表通りだけとなった。これなら昔にクラウディアと一緒に歩いていたのと変わらない。でも無理に裏通りの汚物塗れになりながら行きたい場所もないので、昔との違いを見ながら表通りを歩くことにしたのだった。




  =======




 ルイーザと一緒に歩きながら表通りの店を冷やかしていく。とはいっても日本のお店と違って服屋に商品の服がたくさん吊ってあるとかいうことはないので見る物も知れている。露店や店舗で主に見ていくのは日用雑貨や食料品、あるいはその場で食べられるようなものが中心だ。


 俺が肉や野菜を物色しても意味はないんだけど一応見るだけ見てみる。物価というか相場というか、そういうものの勉強にもなるのでまったく無意味ということはないだろう。さすが王都だけあってカーザース領やカーン領では見たことがない野菜もある。


 また魚屋があることには驚いた。カーンブルクから南東の内陸側にある王都ベルンは海に面していない。川を遡って船で輸送してくるルートも微妙に遠い。そんな条件なのに魚屋が成り立つものなのか。


 まぁ海魚だけじゃなくて川魚もいるから川魚の魚屋くらいはあるかもしれないけど、並んでいる魚は海魚もあった。ちょっと興味が沸いたので店主に話を聞いてみる。


「すみません。少しお話をよろしいでしょうか?」


「あ~?何だ?買わねぇんだったらむこうへ……、はい!何でしょうか?お嬢様」


 面倒臭そうに俺を追い払おうとしていた店主のおっさんは俺の方を見るなり態度が一変した。やっぱり何かおかしい。今日は一日中俺が声をかけた人は皆こんな感じだった。俺の衣装が変なのかと思ってちょっとスカートの裾を持って横や後ろを確認してみるけど特に変な所はない。一体何なんだろうか。


「ここには海魚が並んでいますがどうしてでしょうか?ベルンは海から遠く離れているはずですが……」


 もう気にしても仕方が無いのでとりあえず聞きたいことを聞いてみる。


「あ~……、っと、お嬢様はご存じねぇでしょうけど専門の輸送屋がいるんですよ」


「へぇ!」


 おっさんの話を整理するとどうやら魚の輸送専門の業者が存在するらしい。それらは百数十kmくらいまでなら鮮魚を輸送出来るそうだ。さすがにそれ以上となると生は難しいので干物にしたり燻製にしたり塩漬けにしたりするらしい。


 そう言えば店に並んでいる魚も半分くらいは干物や燻製などの加工品が置かれている。ベルンまではギリギリ一番近い港で水揚げされてすぐに輸送されてくるらしく何とか生の鮮魚も持ってこれるらしい。


 俺も家で魚料理も食べているはずなのに今までそんなこと疑問にも思っていなかった。やっぱり直に町を歩いて自分の目で見てみないとこういうことはわからないものだな。


 昼食のために店に入った時も俺は驚いた。どうやらこの世界では朝食というものはないらしい。おかしいな。俺の家では昔から朝食はあった。だけどそう言われれば地球でも中世ヨーロッパでは基本的に昼夜二食が普通だったらしいしそんなものなのだろうか。


 うちは体が資本の脳筋一家だし兵士や労働者は朝食や間食も食べていたようだからその流れかもしれない。これも外に出て庶民の生活に触れてようやく知ったことだ。


「どうもありがとうございました」


「いえ、お役に立てたなら光栄です!」


 ヘンテコな敬礼っぽい格好をしているおっさんと別れて店を離れる。


「面白い人でしたね」


「ははっ……、そうかな……」


 何かルイーザの乾いた笑いが聞こえる気がするけどあまり気にしないでおこう。今日はこんなことばかりだ。


「それではそろそろカンザ商会へ向かいましょうか」


「ねぇフロト……、本当に行くの?」


 俺の言葉にルイーザは不安そうにしている。


「どうして?何か不安でもあるの?」


「それは……、カンザ商会と言えばお貴族様でもなかなか商品が買えないっていう今噂の商会でしょう?私みたいな平民どころか貧民が入ろうとしたら怒られるんじゃないかな……」


 何が不安なのかと思ったらそんなことか。カンザ商会は俺の方針で会員しか買えない高級品部門と誰でも買える日用品部門が存在する。俺の牧場で上役に就いているルイーザは最早貧民じゃないと思うけど、例え平民でも貧民でも誰でも気軽に入れるのがカンザ商会だ。そしてそれを見に行くからこそ意味がある。


 もし店員達が庶民達を馬鹿にしたりまともに接客してない等の問題があれば俺の方針を破っていることになる。きちんと教育出来ているかどうかも重要なことであり、今日はそれを視察することも含まれている。


「大丈夫大丈夫。心配ないよ」


「フロトは貴族様だから良いかもしれないけど私は……」


 まだ心配そうにしているルイーザの手を握って真っ直ぐ目を合わせて見詰める。


「ルイーザのことは私が守るから!ね?」


「……うん」


 お?ほんのり赤くなったルイーザが少し俯きながら頷いてくれた。可愛い。何ていうかルイーザは安心する。俺がもともと日本のただの庶民だったせいか普通の庶民の感覚を持つルイーザと一緒にいると安心出来る。他の貴族らしい貴族達と接するよりも気が楽だ。


 ルイーザの顔は決して美人というものじゃない。だけど愛嬌があって俺は好きだ。何だかほっとする。


 ルイーザの手を引いた俺は二人でカンザ商会の王都支店へと足を踏み入れたのだった。



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