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第八十五話「決意表明!」


 朝のヘレーネとのやりとりは授業が始まるからということで有耶無耶のままお開きとなった。下手に追及されてうっかりクラウディアのことで何か余計なことを口走らないためにもあまり深く会話しない方が良いだろう。


 結果として俺がクラウディアに土下座をさせたという噂が一人歩きした所でどうということはない。元々俺はこの学園で地位も立ち位置もないわけで、今更悪評の一つや二つ増えた所で同じことだ。


 それに流石に皆が皆あの壁新聞の内容を鵜呑みにしているわけでもない。俺の体感では半数ほどの生徒は巻き込まれたくないと遠巻きに見ているだけ。四分の一は壁新聞の内容にも疑問を感じているけど五人組と敵対したくないから指摘したり声を上げたりしていないだけのような感じだ。


 残りの四分の一は積極的に五人組を支持している層だな。それは五人組に媚を売りたいからなのか、ただ単純に俺が気に入らないからなのか、詳しいことはわからない。どちらにしろ75%くらいは壁新聞側の主張にも懐疑的か興味がない層だと思う。


 ただ明確な俺の味方は存在しない。内心でどう思って考えているかまではわからないけど、少なくとも対外的に明確に俺の支持を表明している者は皆無だ。誰も負ける方につきたくないと考えているんだろう。


 俺は負けているとも思わないし負けるつもりもないけど、周囲から見れば俺は学園で孤立していじめられている負け犬というところだろう。


 でも例え俺が負けそうだと思ったとしても普通俺に敵対するようなことはしないはずだ。名目上だけのダミーだったとしても俺は一応ルートヴィヒの婚約者であって、もしかしたら、万が一にも、であろうとも王族の仲間入りをするかもしれない存在だ。普通そんな相手にわざわざ喧嘩を売ったり敵対したりするか?


 四分の三ほどの興味がないか関わりたくないと思っている層はそのことも考えているだろう。万が一にも俺がルートヴィヒと結婚して王族になったならば将来自分達に跳ね返ってくる影響を考えているはずだ。ならば残りの四分の一は何なのか。


 それは俺がルートヴィヒと結婚することはないと確信している層なんじゃないのか?俺が将来王族の嫁にならないとわかっていればそのことについて恐れる必要はない。カーザース辺境伯家と敵対することについては考えなければならないけど王族に婚約破棄された田舎の辺境伯家なんて敵対してもどうということはないと考えているのかもしれない。


 そして……、ただ単純に俺がダミーの婚約者で将来婚約破棄されるから、と受動的に考えているだけではなく積極的に俺を婚約者の座から引き摺り下ろして別の婚約者をたてようとしているんじゃないだろうか。だからこそここまで強硬な手段に打って出ていると考えれば辻褄があう。


 例えカーザース家と敵対しようとも俺を婚約者から引き摺り下ろし、自分達の派閥の者をルートヴィヒの婚約者にさせる。それが成功するのならばカーザース家という大貴族と敵対してでもそれに賭けてみる価値はある。そして勝算があるからこそそういう賭けも出来るというものだ。


 まだ調査結果も出ていないし俺の推測の域を出ないけど裏で色々と繋がっていそうだな。


 俺としては是非五人組に頑張ってもらいたい。俺が婚約破棄されるのなら願ってもない展開だ。問題はその時に俺が悪いということにされて罰まで与えられたら堪らないということくらいだろうか。ただ円満に婚約破棄して別人と婚約しますというくらいならどうぞどうぞとお願いしたいくらいだ。


 今日は一段と周囲から白い目で見られているような気がしながらも、そんなことを考えながら学園での一日を過ごしたのだった。




  =======




 今日は特に何事もなく真っ直ぐ家に帰ってこれた。早速父に話を聞きに行ってみる。


「リンガーブルク家について聞きたいこととは何だ?」


 部屋を訪ねて入室許可を貰ったので入るといきなり父にそう尋ねられた。これは用件をさっさと済ませろという催促だろうか。俺も別に長々話をして父の仕事の邪魔をするつもりはないので単刀直入に問おう。


「はい。王都に移ってからリンガーブルク家はナッサム公爵家の預かりとなっていると聞きました。それは父上やヴィルヘルム国王陛下のお考えでしょうか?」


 父が相手なのだから余計な捻りや腹の探り合いは必要ない。カタリーナやクラウディアとの行き違いもあったことだし、明瞭簡潔に聞きたいことだけストレートに聞くのが良いだろう。


「いや……、私は王都勤務のカーザース家臣団に加えようと考えていた。国王陛下はクレーフ公爵家で預かっても良いとおっしゃってくださっていたのだ。しかし少々横槍が入って結局はナッサム公爵家が預かることになった。私や国王陛下のお考えではない」


 なるほど。その横槍とやらが具体的に何なのかは教えてくれないようだけど父や王様の考えではないということは確実なようだ。


 父の考え通り王都に存在するカーザース家臣団に任せるのは妥当だろう。王都での連絡等もあるためにカーザース領から王都に派遣されて勤めている家臣達がいる。そこにリンガーブルク家を加えるという形で王都で役に就ければニコラウスを殺した犯人も牽制出来ただろう。


 あるいは王様の言うようにクレーフ公爵家に預けるというのも悪くはない。この国の宰相であるディートリヒが預かるとなればおいそれと手出しは出来ない。ルトガーがアレクサンドラの近くにいるのは面倒臭いけどそれを除けば悪い案じゃないと思う。


 じゃあ何故それらの案を蹴ってまでナッサム公爵家が無関係のカーザース辺境伯家の陪臣であるリンガーブルク伯爵家を預かる必要があったのか……。


 ここで一つの仮説が浮かび上がる。ナッサム公爵家は将来カーザース辺境伯家と対決する時のために楔を打ち込んだのではないのか?カーザース辺境伯家内のゴタゴタに便乗してリンガーブルク伯爵家を自分の手元に置いておく。


 もしナッサム公爵家がカーザース家と敵対することを見越して行動していたのならばリンガーブルク家の利用価値は計り知れない。内部情報を聞き出すことも出来るし、自分の味方に引き入れてから何食わぬ顔でカーザース家に戻すという方法もあるかもしれない。


 仮にリンガーブルク家が一切カーザース家を裏切ることがなかったとしても、ナッサム家とカーザース家の対立が表面化、激化した際にはカーザース家臣団内でリンガーブルク家への疑惑の目が向けられることになるだろう。そうなれば内部崩壊で自滅に繋がる可能性もある。


 こんなことは妄想だ。何の証拠もない。だけどあまりに何もかも繋がりすぎる。逆にそこまで露骨だとむしろ誰かがそう誘導しているのかとも思えるけど……。


 そもそも仮に何らかの陰謀があったとしたらそれはいつからだ?もしかしてニコラウスの暗殺もそこに繋がっているのか?


 駄目だ。考えが纏まらない。むしろこれは考えというより俺の空想だ。陰謀論を捏造しようとしている壁新聞と大差ない。


「父上は……、それで良いとお考えだったのですか?」


 父はどう考えているのだろう。ここで能天気に誰が預かっても良いじゃないかなんて言うような父ではないことはわかっている。だけど聞かずにはいられない。アレクサンドラが関わっているからだろうか。どうにも今俺は冷静ではないようだ。


「良いはずないだろう。しかし全てを一人で決められるほど貴族の社会というのは単純ではない」


 かなり怒った様子の父が俺にそう言い切った。俺の言葉でここまで怒った父を見たのは初めてだ。父だってリンガーブルク家のことを心配している。そしてナッサム公爵家の影響力がカーザース家臣団にまで広がることを警戒している。


 それでも父や、国王陛下であるヴィルヘルムですら一人の意思で全てを決めることは出来ない。相手が周到に用意していたならば抵抗もままならず条件を飲まなければならない時もあるだろう。


 そう、相手が準備して備えていたならばだ。そしてどうしてそんなことに備えていられたのか。考えるまでもない。元々の元凶からして仕掛けたのが相手側であればその後のことにも備えて準備しておける。仕掛けられた方は表立って抵抗することも出来ずにその用意された罠に嵌められるしかない。


 その先に罠があるとわかっていても、例えば議会ですでに多数派内で意見が決められていれば後で何を言おうとしても全ては決している。会議の席で参加者の多数を味方に引き入れていれば多少無茶なことでも通せるだろう。


 リンガーブルク家を預かるのに王家に負担をもたせるのは良くない。代わりにナッサム公爵家が預かりましょう。とでも言えば良い。カーザース家の王都家臣団に預けない理由も適当に作れば良い。前当主の突然死の原因が不明なままだから念のために警備の万全なうちで預かりましょうとでも言えばいいだろう。


 それは遠まわしにカーザース家臣団の内部に犯人がいるかもしれないから、カーザース家臣団の影響がないナッサム公爵家で預かるという意味になる。そんな突っ込みをされたら家臣団内に不和でもあるのかと周囲にも思われてしまうだろう。


 そんなことはないと反論すればじゃあうちに一時的にでも預けてそれを証明すれば良いと言われるはずだ。そんなことはないと証明されたらリンガーブルク家の身柄はカーザース家に返すと言えば無理に断る理由がなくなる。


 そもそも多数派がそうだそうだとナッサム家の言い分を支持すれば断るだけの理由をもって説明しなければならなくなるだろう。


 実に面倒なことだ。本当に貴族社会とは嫌になる。俺としてはそんな陰謀渦巻く世界になんて関わりたくなかった。だけどアレクサンドラが巻き込まれているのだとしたら俺は知らないと無視を決め込むなんて出来ない。


「アレクサンドラは私の友人です。例えナッサム公爵家と敵対することになろうとも私はその件に関して関わらせていただきます」


 俺は父にそう言い切った。お伺いを立てるつもりなんてない。これは決定事項だ。アレクサンドラが何かに巻き込まれているというのなら俺は黙って見ているつもりはない。


「言ったはずだ。貴族とはたった一人で全てを決められるわけではないと……。ナッサム公爵家とカーザース辺境伯家が全面戦争になるとしてもやるというのか?」


「例えナッサム公爵家と全面戦争したとしてもです!友人を、家臣を蔑ろにするような者に上に立つ資格などありません。アレクサンドラを、リンガーブルク家を見捨てると言われるのでしたら私も父上も当主の座を降りるべきです」


 俺は真っ直ぐ父を見詰める。子供の戯言だと、理想論だと笑われるかもしれない。でもその理想もなくただ自らの保身のためだけに長々当主を続けるくらいなら早々に身を引いて後進に譲るべきだろう。父にだけそうしろとは言わない。俺もカーン騎士爵家の当主を共に降りよう。それだけの覚悟がなければこんなことは言えない。


「…………わかった。それではリンガーブルク家についてはフローラの思うようにしなさい。ただしナッサム公爵家と表立って対立するのは最終手段だ。確かに家臣を見捨てるのは当主のすることではない。しかし一人の家臣のために何百もの家臣を、そして何千、何万の領民を危険に晒すこともまた領主のするべきことではない。それは忘れるな」


 そうだな……。俺はアレクサンドラと特別親しいから冷静じゃなくなっているだろう。他の家臣団のことも考えればリンガーブルク家一つのために他の全ての家臣団全員に死地に赴けというのは間違いなのかもしれない。


 俺だって無理にナッサム家と表立って敵対しようとは思っていない。ただそうなったとしても、それも覚悟の上で毅然とした態度で臨むという決意表明のようなものだ。出来る限りは穏便に済ませたい。


「ありがとうございます父上」


「……話がそれだけなら下がりなさい」


「はい。お時間を取っていただきありがとうございました」


 父に感謝してから部屋を出る。普通の親ならば公爵家と対立するかもしれないことを子供になど任せはしないだろう。父はカーザース家の家運がかかっている重大なことを俺に任せてくれた。ならばその期待に応えなければならない。


 少し冷静になろう。今のように頭に血が昇ったままナッサム家との対決方法を考えていたら本当に全面戦争になりかねない。まずは冷静に、確実に、そして安全にアレクサンドラの身柄を取り返すことを考えなければ……。


 一つ解決しては二つ厄介事が増えるかのようにいつまで経っても問題がなくならない。人生なんてそんなものかもしれない。だけど面倒だとか言っていられない。俺は必ずアレクサンドラの自由を取り戻す!




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